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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第二章 王国の盾と勇者の剣
65/204

五~盾を持つ者~

2020/04/22 削減修正改稿

 ヴァンダリア――イグラルード王国南部に位置する、その地の名を冠する彼らの当主は、『王国の盾』の称号を王より賜る。

 そして、それと共に歴代の王らの盾となり、守護者として正道を歩んで来た。


 いつしか『王国の盾』の称号は、ヴァンダリアそのものを現するものとなり、その名に連なりし者達の知勇の証しとなる。


 その中心地で、当代唯一ヴァンダリアを冠する『男』は、展開された等身大の魔方陣の前に立っていた。

 王国を跨ぐ程の距離を越えて、彼の知識とヴァンダリアが持つ力によって、これから主君と仰ぐであろう人物が映し出される光景の前にである。


 ――三者が向かい合う様な形で、相互に展開される等身大の魔方陣――


 そこに映る者は、王位継承権を持つ王子である、アーヴェント=ローベルク・イグラルード。それに、ヴァンダリアの盾にして影である、ヴァンリーフ家当主、グランザ・ヴァンリーフ子爵。

 そして、最後に彼。クローゼ・ベルク・ヴァンダリアになる。


 その三者が所在を無視して揃い、顔を合わせる場で、簡単な儀礼の直後、クローゼは激昂を見せていた。


「……と、何もなかった様に、王太子などと頭が可笑しいのかと。その流れで、ヴァンダリアが恭順すると思うのは、馬鹿なのかと」

 

「控えろ。殿下の御前だぞ」


 グランザの言葉は、厳密にはそうではないのだが、アーヴェントの目の前なのは確かである。


「まあ、心情をのぞけは我らはそう思う。ヴァンダリアは、王にとってそう言うものだ」


 アーヴェントの言葉通り、王となれは、無条件で使う事の出来る盾。絶対の忠誠が、ヴァンダリアの『王国の盾』たる所以(ゆえん)であった。


 ――エドウィンが、ヴァンダリアを意に介さずにいるのはその為になる――


「ですが、それにしてもエドウィン……王子は。ヴァンダリアにとって、主君と仰げるものではないです。兄上の件もそうですが、今回のディングルト宮中伯の事は看過できません」


 アーヴェントの「王にとって」に、クローゼは心情を前面に出した。気持ちは理解してはいると、受け手の二人も思っていた。


「表向きな顛末は、デェングルト宮中伯がノースフィール侯を陥れる為だ。と言う事になっている。表向きにはな」


 二人の会話に、不本意な表情をしたグランザが口を出した。それに、クローゼは疑念と断定を返す。


「それは……てすが。でも、大体、ディングルト宮中伯に、ノースフィール侯爵を陥れる必要がありますか? そんなもの無いし、この一連は、奴がやったに決まっている。だから、そんな奴に従う事なんて出来る筈がない」


 憤る気持ちには、気丈に振る舞うフェネ=ローラの姿に合わせて、事の理不尽さがあった。また、 この二人が、気持ちを受け止めてくれる器のあるのを、分かった上での事になる。


 そんなクローゼを、距離を越えて見るグランザは、それを理解した上で彼に気持ちを見せた。


「そんな、分かりきった話をする為に、お前は殿下を呼んだのか。何の為に正道を殿下に訴えた? そんな理不尽さを正す為だろう。自分だけが後悔の念持っているなどと思うな」


「何もそんな事は思っていません。ですが、相手がそれなら、それ相応の対処が必要だと。嫌な物は嫌なのです。殿下にその意思がなけれは、ヴァンダリアがそれを拒むなら、一人でもやります」


 転生者の彼は、自分のそれ理解した上でそう言っていた。


 ――自分は、ヴァンダリアだがそうでない――


 特異性などと、そんな事にクローゼは拘るつもりはなかった。


「何をやるのだ?」


「ヴァンダリアが、その特異性と言う事でエドウィン……に尻尾を振るなら、一人でも奴らを潰します。奴らはそれ相応の事をした。それに、自分の仕える相手を選べないなら、ヴァンダリアはただの犬だと思われますが」


「誰が選べぬと言った、その為に我らがいる。私とて奴は嫌いだ。それに、宮中伯の件を伝えるのに時間がかかった。それはそのまま私の後悔の念だ。やるなら自身でやる」


 アーヴェントの「御前」と言った、グランザまでも熱くなり二人の会話が激しくなる。それぞれの側にいる者にも緊張が走るのが分かる。


 本来なら、クローゼを止める事の出来る者はいた。ただ、今は彼の側にはいなかった。


「流石に。魔王と突然やり合った男は、言う事が違うな。カレンの話を半分で聞いていたが、強ちそうでもないらしい」


 いや、そこにはいた。クローゼとして、初見で王と認めた人物。そして、転生者として自由な振る舞いの彼を、理解しようとした人物。


「殿下……」


「殿下失礼致しました。この場ながら、王族に対する非礼な言、御容赦願います」


 クローゼの声がして、グランザの映像は片膝で跪く彼の姿を映していた。それを立ち尽くしたまま見て、クローゼは、自身が熱くなっている事に気が付く。


「ヴァンリーフ卿。この場は問題ない。その様な事は不要だ。それにクローゼ。君は、私を選んだと言う事なのだろう?」


 それを眺める様なクローゼは、冷静さを欠いたままアーヴェントの声を聞いていた。


 その声で……王が死んだのを知った時に、自身の王として、彼の顔が一番に浮かんだ事を思い出した。それをアーヴェントに伝えた時の事も。


 ――その答えが今の言葉なんだろう。

 

 そして、転生者としての記憶が過り、前世の自分を思い返す。それなりだが大半が嫌な記憶。全てが理不尽。指先の向こうだけは、楽しかった。その中で、確かな事。職場の真っ直ぐな上司……。


 ――あの人案外、口だけだったけどな。


 本人もよく分からない思考の後に、アーヴェントの言葉を受諾だとクローゼは理解した。


「御意に。……殿下、先だっての件、御了承頂けたと理解致します」


 そう答えて、クローゼは全力で片膝を付き跪く。


「既に、私の名を使っているのだろう。考えさせろとは言ったが、あの時の様に断ったらどうするつもりだったのだ。まあ、お前らしいと言う事か」


「そうです殿下。御伝えした時に申し上げた通り、殿下が断るとは思って下りませんでした。事後の叱咤でも、嬉々とした顔をから蒼白になって。今回も相変わらずの変わり身。熱くなった渡しが恥ずかしくなります」


 文句を言っていた男の突然な態度を、グランザは変わりに身と称した。それを聞いて、アーヴェントも何となく頷いている。


 本質的なクローゼである、特異なる者としてのクローゼを彼等は知らない。だが、クローゼが何であるか、踏み込んだ認識を彼等は双方に持つ。


「クローゼ。愚痴は後でゆっくり聞いてやる。まずは先の話だ」


「ヴルム男爵、そう言う事だ。言えぬ話はヴァンダリアですれば良い。まあ、自覚がなけれは盾に選ばれた飾りだとしても王は王だ。と言う事なのだろうヴァンリーフ卿?」


 グランザの言葉にアーヴェントがそう切り返した。『失言を拾われていた』と、グランザの表情は他者からそう見えただろう。

 彼にとっては、初めての事だった。彼は暫く考える感じで間をおいて、アーヴェントに答える。


「御意に。殿下の意のままに」


「面倒な事は抜きだ。王族に名を連ねる者として、忠義の臣から正道を説かれて、立たぬ訳にはいくまい。なろう、イグラルードの国王に。そなたらと共に正しき道を歩むとする」


 アーヴェントは、そう魔方陣に映る二人にらしさをみせる。ただ、側に立つカレンには、続く呟きが聞こえた。


「本当は、王などなりたくはないのだがな」


 それを聞いたカレンは、複雑な思い持った。瞳に映るアーヴェントの背中が、彼女には遠くに見える。


「では、ヴァンダリアよ。我が進む道筋を示して貰おうか。そのままでは話も出来まい、楽にせよ」


 クローゼはその言葉で、再びアーヴェントに向く。立ち上がり、展開する魔方陣に視線を戻したクローゼは、憤る気持ちがおさまって行くのが分かった。


 そして、視界が開けたのか、その信頼すべき上位者二人の後ろのそれが目に入った。本来なら、そのままアーヴェントの問に答える筈を。グランザも、当然その話になると思っている流れを。クローゼは断ち切る。


「殿下。その後ろの方は?」


 冷静なってみれば、アーヴェントが映し出されているそれの端から、時折、影の様な動きが見える。それと、カレンの隣で立つ大きな男。アーヴェントの真後ろで、景色の様になっている者の事を聞いていた。


「ああ、紹介せねばならぬな。いきなり卿が話出したので遅れたのだ」


 そう言ってアーヴェントは、カレンに手を振り促した。


「ラーガラル族の族長の御令息と御令嬢です」


 カレンの差し出された手の先には、頭の上に突き出した耳が印象的な獣人の男がいた。


 ――ランガーと呼ばれる亜人である――


 その男が、カレンのそれに名乗ろうとした時、アーヴェントよりも手前に、その絵は映し出される。


「にゃはっ。何これ? 何これ?」


「クアナ。やめろ、おとなしくと言ったぞ」


 クアナと呼ばれたランガーの女は、しきにり展開する魔方陣に手を突っ込んで、その様子不思議がっていた。


「むりむり。我慢できない、お兄ぃ」


 兄と呼ばれたランガーの男は、額に右手を当てる仕草で溜め息をついていた。それをお構い無しに、クアナは、魔法陣を横から見て驚いた顔する。


「なにこれ? ぺらぺらのぺらって」


「クアナ殿。私にも分からんのだよ。ヴァンリーフ卿、そこに見えているのはクルン卿か? もしそうなら彼女の説明を頼む」


 アーヴェントの言葉に、歩みでたエルマ・クルン子爵に、クローゼは居たのかという表情をした。その表情をエルマは軽く流し、立ち位置に変え 「殿下、拝謁致します」と、答えを返していく。


「通信用魔動器。と申します。名称以外を御所望であれば、半日、いえ、一日は必要になります。宜しいでしょうか」


「だ、そうだ。クアナ殿」

「むっ、むりかなかな。そんなの」


 突然、場の主導がクアナに移った。ただ、それを引き出したクローゼが一番困惑する。普段はさせる側も、そうなれば至って普通な反応だった。


「殿下。とりあえず、御説明頂けると助かります。服従させたと言う事でしょうか?」


「服従? 誇り高いラーガラルが、そんな屈辱を甘受すると思うのか貴様は――」


 アーヴェントの後ろから、服従の言葉に反応が出た。その声が自分に向けられたのを、クローゼは理解する。そして言葉の前に、アーヴェントの声を聞いた。


「服従などではない。盟約だ。そうだな剣獣士殿」


 アーヴェントは、その言葉だけを否定した。そして訂正する。その彼が剣獣士と呼んだのは、ランガー族で最大部族ラーガラルの族長の息子で、名はイーシュットである。


 怒りの気配を出していた彼は、アーヴェントの言葉にそれをおさめた。部族を代表してこの場にいる彼は、至極当然の反応をしたと言える。


「色々と説明不足だったな」


 その反応を見て、アーヴェントはクアナに丁寧に待つように示してそう言った。奔放そうなクアナもそれで真面目な顔付きになるのが分かる。主従のそれではないが、ランガーの二人の反応を見るとそう言うことななのだろう。


 そして、グランザ側の魔方陣は言うまでないが、クローゼもそれで理解した。


 ――色々とは、意図した言葉ではない――


 唐突な流れで、アーヴェントから語られた経緯は、簡単に言えば話し合ったと言う事だった。

 当初の予定では、ある程度打撃を与え気勢を削いでテーブルに着かせる。であった。その筈だったが、アーヴェントはジルクドヴルムから戻って直ぐに、話に向けて動いた。


 最後には、自ら敵地であった彼等の土地に、単身に近い形で赴いた。それを受けたのが、ラーガラル族だったという事になる。


 襲撃を始めた彼らにもの理由があった。だが続けるそれには、ラーガラルも含めランガーの部族の多くは危機感をもっていた。


 はじめに、理由もなしにいきなり襲われた。当然、境界の部族から順に多数被害を受ける。そして、ラーガラルを中心に反撃でる。簡単では無かったがそれを退けた。そこまではよかった。


 ただ、残された傷痕、それが大きかった。憎悪、復讐、悲しみ。荒らされた土地に自分たちの家。


 そして、ある部族が人の村を襲った。


 襲撃で復讐心を満たし、奪ったそれで失った物を補てんした。始まりは小さかったのだろう。

 ただ、その連鎖は大きなものとなった。あそこがやったのなら自分達も。それなら。こちらも。ならばまた。と、その繰返し。


 一枚岩だとは言えなかった、ランガーの部族。最終的に境界の部族はすべては、それに何らかの関係を持った。ランガー自体の生活水準が極端に低い訳ではないが、人地から得た物は大きかった。


 昔から、互いに不干渉だった。その為に、それらを得るのには奪うしかなくなる。人地に入れば、三に一つは戻らない。当然全部戻らない事もある。


 そして、もっとも危惧するのは、人が本気なれば勝てぬと言う事実である。

 単純な話、数で劣るランガー達は最終的にそうなると言う自覚が、部族の長達にはあった。


 その状況で、アーヴェントはランガーの族長達を説き伏せた。というより、彼等の中に半身を入れた感じになった。


「人として、現状の非道な関係を正そうではありませんか?」


 人智に生まれた者として対等にと。付け加えられた言葉に、彼らランガーはその席についた。



「殿下。ほぼ丸腰で行かれたのですか…その気が有ったのなら、カレン……殿を連れて行く選択肢があったのではありませんか?」


「それはそうだな、失念していた。だが、カレンがおらねば死んでいただろう。見に行けとは言ったが、殴り合えとは命じておらんぞ。全く」


「アーヴェント殿下」


 アーヴェントとクローゼが、あの時の雰囲気で話すのに、イーシュットが怪訝な呼び掛けをする。


「おおっ、すまない。彼はイーシュットで彼女がイークアナだ」

「イーはいらないない。クアナだよ」


「クアナ。少しおとなしくしろ。殿下お訊きしたいことが。先程、魔王の名が出たと思いますが、そのあとのやり合ったと言うのは……」


 掛けた言葉の相違に、クアナの声とイーシュットの疑問が続く。

 兄の方は顔と声質が、剣獣士の称号雰囲気で、受け手の理解を誘った。


「まあ、私も口伝だが。カレンは嘘をつかない。それでそちら側の魔方陣の男は、復活した魔王に喧嘩を売ったと言う事だ。やり合ったというのはそのままの意味だ。だな、カレン。クローゼ」


「御意」

「はい。カレン殿がいなけれは、今ここには居ませんが」


 質問者は、彼等の言葉に簡単に頷いて「本当ですか?」等とは言わなかった。それを彼らは、『納得』と受け取り話を戻していった。



 ――彼の耳に聞こえる言葉――



 王太子の宣誓式。龍の巫女 。ジルクドヴルム。王都……。


 剣獣士の称号を持つランガーの男は、自分が如何に小さな世界いたか自覚した。


 ――魔王など伝承ではないのか。


 心ここに有らずな兄に、クアナが心配気な様子なる。


「お兄。どうしたした? 顔色悪い……ぞ」

「何でもない。大丈夫だ」


 そう答えて彼は、大きく見える背中からのぞく、雄弁に語る若きヴァンダリアに視線をむけた。




物語に影響無いよう、修正してあるつもりです。

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