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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第二章 王国の盾と勇者の剣
64/204

四~召喚されし者は勇者~

2020/04/21 修正


 純白の魔法陣――その表現が相応しい、微かな光が残る静寂に包まれるその場所で、多数の視線を浴びてその男は立っていた。

 状況を把握出来ていない男は、ただ立ち尽くしている。周囲からはそう見えていた。


 そんな突然の出来事で多くの者が動けない中、タイランはその男に歩き出していく。

 姿は人のそれであったが、タイランは、男が望んだものであったのか確めるべく近付いていった。

 

「勇者殿」


 彼の直線的な問いかけに、男は怪訝な顔をする。その声に、彼は自らを確認するかの様に身体を動かした。一通りを終えて、呼び掛けの言葉を理解したのか、言葉と認識出来るを返してくる。


「勇者?」


「そうです。貴方は王国を救うべく召喚された勇者殿です。御名前を嘘、偽りなく……」


 彼の返事に追従するようにタイランは声をだし、従属の首輪(サブジュゲーション)に必要なものを手にいれる為、尋問(クエスチョン)と頭の中での呟き出していた。


 初歩的なその術式は、一般的には使えないとの認識がある。対象を捉える魔力を受けて発動する、対魔力防御の術式を施した魔装術。それによる魔装具等の魔装品の普及の為に、という理由でである。

 

 だが、目の前にいる男はその範疇にいるとは思えないと。駄目ならそれで良いという程度で、タイランはそれを使った。


「ローランド・ブレーズ。……嘘、偽りなく……」


 そして、彼はいとも簡単に名前を口にした。魔法に捕らわれて、尋問(クエスチョン)に抗うことなく名前をである。

 

 ――魔装具を持たぬなら、この世界の者ではないという事か? やはりそれ相当という事だな。


 タイランはその男の名を聞いてそう思い、ある種の確信を持ち勇者であろうと認識した。そのまま、彼を拘束をすべく従属の首輪(サブジュゲーション)を唱えていく。


「ローランド・ブレーズ。我に従属せよ。――従属の首輪(サブジュゲーション)

 

 対を成す。それがこの世界で力を持つ象徴。この呪文にもそれを彼は込めた。ただ一度、神をも従属させる程の術式を練り上げたつもりだった。


 ――勇者なら対価としては、十分だ。自分が死ぬまでとけぬ。十分だ。


 タイランの思考はそう動き、ローランドに向いていく。向けた言葉と共に、ローランドは光に包まれて、その首には具現化した拘束具が出現した。

 唐突に現れた首輪の様な拘束具に、驚きの表情を見せた彼が言葉を出そうとした時、別の所から声がしてくる。


「ベデス伯。事は成ったのか?」


 建物の入り口付近で、ラズベスが何人も供回りをつれてその場にいた。背を向けていたタイランは、突然の声に少なからず驚いたていた。

 彼の意識がローランドに集中し、彼が入って来たのに気付いていなかったのだろう。


 その声に彼が振り向こうとした時、間違いなく今まで視界に入っていた筈の彼女達。見たままで、意識を失っているシエラを抱くドーラの瞳と声がタイランに映った。


「伯爵様。シエラが……」


 ドーラの言葉は、タイランをすり抜けていた。タイランの意識は、シエラの手に握られた物を見ていた。――本来であれば、目の前にいるローランドを召喚した時に、砕ける筈の白い水晶が紫色に輝きを形を留めていた。


「ばっ、馬鹿なっ!」

「ベデス伯。何が馬鹿だと」


 タイランの驚きの声が響いて、ラズベスがそれに答える。自覚でもあるのか、自分に向けられたとでも思ったのだろう。


 その声をタイランは無視する。いや、聞こえていなかった。


「伯爵様?」

「うるさい。黙れ」

「黙れとはなんだ。ベデス伯。看過できんぞ」


 か弱い声と怒号とも取れる流れ。そして、更に上乗せされた声が広い空間に連なっていた。


「何だ? 貴殿らは。一体なんなんだ」


 そして、召喚された者。自分の状況も全く理解出来ていないローランドの声が続く。百に届く周囲を、無視するかの様な声の連なりが、周囲の意識を集めていった……。




 その全てを、自分の声さえも遮断して、タイランは紫色に変色した魔導の魔動器を瞳におさめる。そして、その事に自問する様に彼は考えた。


 ――何が起こった? 壊れない訳がない。そのつもりだった。どういう事だなのだ?


『人が越えてはならぬ領域を越えたのだ』


 突然響く声が、タイランの頭の中を突き抜けていく。そして、シエラの持つ紫色が彼女の手を離れて中空に飛び出し、輝きを増して地面を指し示す様に光を放った。


 その光は、彼の頭上を越えて、その後ろ側に魔法陣を展開した様に彼には思えた。


魔力防壁(マジックウォール)だ。防壁を張れ」


 その状況を見た、ベイカーが咄嗟に声を挙げていた。それに対処できた者が何人いたのだろうか? 勿論、タイランは振り向くのがやっとであった。

 また、唐突に自身の前で魔法陣が展開された形のラズベスは、絶句していた。



「何が起こるんだ?」


 紫色のそれが飛び出した瞬間に、ドーラに向けられたローランドの声。それに、ドーラが答える間もなく光が弾けた。


 その場で起こった驚きの声と瞬きが止まり、光が消えて、その中心に場の視線が集まっていく。そこに見えた光景は、先程までと類似した……いや、同じ魔方陣の展開だった。


 その魔法陣が消えて、中心であった所に見慣れぬ装束をした『男』と取れる者が現れる。


「うがっ。ここはどこだ?」


 唐突な鉢合わせ。突然現れた男と突然現れた男が顔を見合わせる。お互いに、彼らはそう思っていただろう。

 そして召喚されし者だろう男の「どこだ?」の言葉に、ラズベスが声を上げた。


「ゆっ、勇者殿か?」

「はぁ?」


 二人の距離はそれほど近くはないが、護衛がラズベスとそれの間に割り込む様に入った。しかし、取り敢えず二人の会話は成立している。


「侯爵様。御下がりを。何をしている、ノースフィール侯を御守りしろ」


「一旦拘束をしろ。何人魔術師がいるのか」


 護衛の声に、ベイカーが合わせる様に声を出していた。彼の心中では、――とりあえず……の言葉がついていた。


「何だよ。何処だよ。……お前ら誰だ?」


 そんな周りの反応に、召喚された男は混乱の様子で声を出していた。

 距離的に、タイランよりもラズベスの方が近かった。それが結果を分ける事になるのは、この時のタイランには分からなかった。


 また、彼は別の意味で動揺しており、ベイカーの行動がそれなりだったのも手伝って、状況に出す言葉が遅れる事になる。それでラズベスが先んじたのだった。


「勇者殿でしょう。貴方は」


 ラズベスの断定の声が、その男に向けられた。


 自身の周りに集まる配下と、それを取り囲む騎士と衛兵に、彼の気持ちに余裕がでたのだろう。本来であれば、得たいの知れない者に声をかける事もなかったかもしれない。


「俺は、勇者なのか?」

「そうです。勇者殿。皆も止めよ。勇者殿に失礼だぞ、下がれ」


 その男が勇者かどうかは定かではない。しかし、単純にその断定は、侯爵の思い込みではあった。そう、事実が『どう』という問題ではなく。


 ラズベスは先程の場面しか見ておらず、タイランの「勇者を召喚する」という言葉をそのまま『現状』に当てはめた。そして、見た目が人と異差が無いように見えたのが、それに拍車をかける事になる。


 この場で、彼は最上位者である。付け加えるなら、ベルクの名を持つ北部のヴァンダリアというべき地位人物であった。その彼が男を勇者と言えば、それは勇者になる。

 唯一物言えるタイランが、若干思考停止気味だった。そして、ローランドが、この場に馴染む格好していたのは、あの事に繋がる要因だったかも知れない。


「それでは勇者殿。行きましょう」


 そんな、ラズベスの最後の言葉と共に、タイラン達は取り残される事になる。

 そして、本来それが何で有るのか分からず。滅紫色の竜水晶を体に宿していることも知られずに、男は侯爵と共にその場を後にした……。




 ノースフィールの者が、男を伴ったラズベスに続いて場を後にした。残された広い場所で、タイラン達は若干意図を見失っている。そんな様子にあった。

 タイラン・ベデスもまた、というよりは彼が一番そうであったのだろう。


「師伯。これを見てください」


 そんな状況の彼に弟子の一人が、紫色で塗りつぶした様に見える、流動を映し出した魔法陣を展開する。


「なんだこれは?」


「後から出た男の流動転写です。恐らく、大きすぎて術式が追い付かないのかと」

「そんな事は……」


 弟子の言葉に、そう言葉を出して自らを遮る。そして、ローランド目掛けて呪文を唱えた。


 展開した魔方陣を見て、彼は落胆を確信した。ローランドも、並みではない感じがうかがわれるが、先程の人智を越える感じではなかった。


「騎士として、貴殿に問おう。先程の彼女等に対する言動如何がなものか?」


 ローランドが自身の現状を度外視して、タイランにそう問いかけていた。従属の首輪(サブジュゲーション)は、それを諫言と捉えた様である。


 ローランドの言葉に、タイランはドーラとシエラの二人を見た。そして怯えるドーラの表情で、後悔の二文字が彼の頭を過っていた。それで彼は言葉を出さず、自身の表情を理解しようとした。


 ――自己顕示欲と対抗心――


 自身の多くをそれが占めるのは、彼自身も否定しない。ただ、その大部分がある男によって培われていたのも、また事実だった。本来なら、彼の現在の地位はそれを十分満たすのだった。


「ドーラ。すまない許してくれ。誰か治療術士を呼んでくれ」

 

 タイランの言葉は、彼が積極的な善人ではないが、絶対的な悪人でもなかった事を示した。ただ、その声にドーラは返事をする事は出来なかった……。


 


 そんな思い返しの最中の彼に、声が掛かる。


「ベデス伯。どうされた?」


 エドウィン達の談合というのか、それに一言も出さないタイランにラズベスが声を掛けてきた。それにタイランは、悪くいえば一瞥をする。


「いえ、何も」


 そう答えたタイランは、その侯爵の事を考える。侯爵が「そうか」と言った言葉は、彼は耳にすら入れず僅かに思考を向けていた。


 ――この男は……あの時……いや、私か……と。


 彼は侯爵の顔を見た事で、自責の二文字を頭に浮かべて、あの最悪の事態に気持ちを向けた。謁見の間での出来事は、目の前の男から始まった。




 召喚術の流れで、ラズベスは勇者と決めたその男を、当然の様に自分の物として扱った。

 ベイカーの見解で、その男が人外の領域の住人で有ること確認して、尚更タイランから引き離した。


「ベデス伯が召喚したのは、ローランドとかいう男のはずた。勇者カイム殿は、私の屋敷に現れたのだからな」


 自らを「地の民」と称するそれを、自身の屋敷に現れたから自分の物というのは、屁理屈の域を出ない。それは仕方ないとしても、その後の彼の行動にタイランは失笑したという。


 ――エドウィン王子の密命。はびこる魔を払う為に、エドウィン王子がラズベスに命じたと――


「勇者をさがせ」


 それを聞いたタイランは、「はっ」との鼻に抜ける様な笑いのあとに、こう呟いたと言う。


「勇者は、その辺りに落ちているのか?」


 色々な思いも彼にあったが、喧伝されたそれは瞬く間に広間って周知となる。オーウェンに対抗して、エドウィンがそれに乗ったのだろう。


 そして、その日が訪れる。


 西北域の討伐に向かったアーヴェントを除く、エドウィンとオーウェンの立ち会いのもと、勇者カイムの国王謁見が行われた。


 事前承認の形式は、オーウェンと同じであったが、その場には金色乃剱(ゴールドソード)と|青濫の剱(インディゴソード)六剱の騎士(シックスソード)二人の姿があった。


 更に倍する数の近衛騎士。


 それはエドウィンの陣営から、唐突に持ちかけられた事に対して、国王のその意識そうさせたのだろう。それ以外考えられなかった。


 それは、両派の共通認識にも思える。


 当然、目撃者となったタイランとベイカーもその場にはいた。本来なら、ノースフィール侯爵の『立場だった筈』のタイランは王国魔術師総監として、ベイカーは侯爵の帯同者としてではあった。


 そして、王による見極めの場は、デェングルト宮中伯の不在の中で、形式的に進んでいった。


 ある種意図的に、結果を知っていれば当然であった。政治的要素の強いこの場に彼が呼ばれなかったのは、この時には目撃者たる彼等の納得出来る範囲ではあった。


 そして、それは確実に訪れる。


 事実確認とノースフィール侯爵の言上が進み、勇者と断定された者が国王の前に出る。


「その方が、勇者か?」

「そうらしい」


 如何にもどうでも良いという感じに、エドモント王はカイムにそう問うた。そう問われたカイムも、またどうでも良いという態度で答える。


 その態度を意に介さず王が再び声をかけた。


「何処からきた?」

「偉大なる。地の国からだ」


 王のそれに、胸を張るカイムが滑稽に見えたのかエドモントは微かに笑いを漏らしていた。


「知らぬな。そのような国。辺境の小国か」


 その言葉に、カイムの表情が変わる。そして、明らかにその視線上のエドモント王に怒気をみせた。

 

「俺の国を馬鹿にするのか。……何様だ」


 向けた先は『王様』である。


 何処に? どの点に? と、沸点が分からない怒りに続き、予定調和なのかどうかも分からない彼の行動が起こる。勇者を名乗る男は、言葉と共に王の元へと歩き出した。


 そこに走る緊張がタイランを抜けていた。彼の目の前で起こる光景を、通り過ぎたそれをタイランは見送った。

 一瞬の困惑が彼を襲い、彼は隣のラズベスを見る。動揺の素振りだけを演じている感じが、タイランには分かった。


 タイランは、歩み行くカイムが何であるか知っていた。そして、それが最悪の事態を招くであろう結果までも。それに対して彼は全力で魔力を込める。届くかどうかは分からない。ただ、それを他人に転化しなければ、始まりは自身からだった。


 思い詰める雰囲気なタイランの耳元で、その囁きは起こる。


「ベデス伯。死にたくなけれは止めるのだな」


 終焉の囁きに聞こえたのは、ラズベス・ベルク・ノースフィール侯爵の声だった。そして、その囁きの様に聞こえた声に、タイランはそのまま飲み込まれた。


 その後の光景は悪夢だった。歩みよるカイムの前に金色乃剱が立ちはだかり剣先をむける。

 だが、警告を発する前に彼の腕はちぎられて、そのまま握りしめた剣の硬直の支配がとけぬうちに、彼の腕は振られ金色の剱の首が落ちた。


 そして、流れる様な動きで奪われたその剣が投げられて、エドモンド王を貫く。目を見開いて絶命する王。オーウェンの絶叫が響き、近衛騎士らが襲い掛かる。

 最後に、青濫乃剱(インディゴソード)が、傷を負ったオーウェンを辛うじて逃がし崩れ落ちる様に死んで、その場に静けさが戻ってきた。


「オーウェンを捕まえろ。必ずだ」


 そんなエドウィンの声以外は、出来上がっていた調和に収まる。予定調和のままで、テェングルト宮中伯は汚名を擦りつけられ、その生涯を閉じる事になった。

 勿論、手をを下したのはそれ――勇者にされた者――であるのは言うまでもない……。




 高くなった日の光が、タイラン・ベデス伯爵を照していた。――始まりの一点に戻りたい。とも思う彼の後悔の思い返しは、その場のエドウィン達の声。彼にとっての雑音が、午後の休息に至るまで続いていた。

 

「オーウェンはまだ、見つからんのか」

 

 回想の途中のタイランに、エドウィンの声が耳に入ったのはそれだけだった……。




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