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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第二章 王国の盾と勇者の剣
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参~純白の召喚術士~

 王国魔術師総監――王国最高位を地位を持つタイラン・ベデスは、見上げた視線を伏して、その時に至るまでを思い返していく。

 それは、現実の声と取り巻く者達を、頭の中から消し去る様にだった。



 ――思い返しは、それなりの時間を遡る――



 王宮の一角にある、堅固な造りをしたその場所は、高位の魔法等を試す為に作られた部屋だった。

 それなりの広さを持ち、時折、何らかの魔力試験をするのに使われている。


 そんな部屋で、タイラン・ベデスは十人程度の弟子と共に、二人の女性を向かえていた。


「疲れただろう。楽にしたまえ」


 タイランの声に、彼女達は緊張した顔をする。当然、目の前の人物は道中で聞かされた事を踏まえれは、話す事すら出来ない人物であったからだ。


「はっ……はい」

「ありがとうございます」


「緊張しなくてもよい。名前は君がシエラで、お姉さんがドーラでよかったかね?」


 タイランは彼女達にそう確認して、その返事に呪文の発動に入った。


「では、シエラ君。少し確かめさせてもらうよ」


 如何にも、自尊心の高そうな顔からは、想像できない柔らかい物言いに、彼女達の緊張は解れて行くのが見て取れる。


「なにを、たしかめるんですか?」


 シエラが思いのままを口にして、タイランの顔を見ていた。その事にドーラは一瞬はっとなるが、彼は気にした様子もなく、シエラの問いに答える。


「流動を見せてもらうよ。君も魔術師なら分かるよね。では、そのままで」


「わたし。流動は普通だっていわれました。だから、見てもたいしたことないかな」


 シエラの年齢とは、不相応な言葉をタイランは聞いたが、目的の行動をそのまま行っていた。

 流動転写の呪文を唱え、シエラの魔体流動を魔法陣に映し出していく。


 それに、彼の師の遺産である書から、適合者の流動を描いた絵を彼の弟子達が重ね合わせる。


「ここまで、合うものなのでしょうか?」

「寸分違わずとは、正にこの事でしょう」


 弟子達の声に、いや聞くまでなく見て分かる通りで、合わせた物はそのものに見えた。

 その交わされる言葉は、シエラには分からなかったが、次に発せられたタイランの言葉で、彼女は笑顔を見せていた。


「合格だ。これで君は王国認定の魔術師だよ。ご両親に、楽をさせてあげられると言うことだね」


「あ、ありがとうごさいます」


 タイランの言葉に、シエラは屈託のない笑顔のままそう答えたが、ドーラが遠慮がちに彼に問かけていた。


「伯爵様。よろしいですか?」

「何だね? ドーラ君だったね」


 シエラに顔を向けていたタイランは、彼女に問われてドーラの存在に改めて気づいた様な顔した。


「あの、妹は冒険者の適性で、普通といわれました。それが、いきなり認定魔術師になるのは何故なんでしょうか?」


「ん? 申し訳ないが、冒険者の適性については分かりかねるがね。まあ、シエラ君は、私のそれには合格したと言うことだよ」


「やったぁー。うれしい」


 シエラが二度目の『合格』の言葉に反応して声を上げたので、ドーラはそれ以上その事について口にする事なく、彼の言葉聞くことになった。


「取り敢えず、今日はゆっくりと休むがいい。食事と部屋を用意させよう。明日からは私の元で働いてもらうからね」


「はいっ」


 タイランの言葉に、シエラはわかった様に返事して、ドーラに満面の笑みで喜びを伝えていた。


 それを見て、タイランは少し考え込む仕草をしたが、思い直した雰囲気で明日からの事を考えていた様に見えた……。




 部屋に通されたドーラとシエラは、部屋の大きさと綺麗さに目を丸くしていた。勿論、タイランの屋敷の一室である。


「お姉ちゃん。ベットふかふかだよ。こんなの初めて見たよ。すごいね。わたしがんばるから」


 シエラはベットに飛び込んで、コロコロしながらドーラに向けそう言っていた。そんな彼女を、優しい顔をしながらドーラは、少し不安な思いも頭にはあった。


「あんまり、頑張り過ぎると体に良くないから、程々にしてね」

「大丈夫。からだだけは、じょうぶだから。でもよかった。あの時、死ななくて。領主様にお礼しなきゃ」


「多分、覚えてないと思うけれど、もしお会いしたらきちんとお礼しないとね」

「うん。わたし、もう王国認定魔術師だから」


 コロコロとベットで動き回るシエラの興奮は、ドーラにも伝わった。その興奮は暫く続いて、彼女はそのまま眠りについていく。


 ドーラは、妹の寝姿を直して自身もベットに入り、少し不安な気持ちを整理する。


 ――見た事もない馬車に揺られて、信じられない程の大きな街の立派な屋敷に来た。温かい食事を頬張る笑顔の妹に喜びは感じたけど、あまりにも旨くいきすぎて不安になる。


 そんな事を暫く考えて、ドーラも眠りについた。




 翌日、彼女達は始めに訪れた『試験場』と聞いたあの場所に来ていた。そこでは、タイランの弟子達が既に何かを準備している。


 そんな様子も気にせずに、シエラが他愛のない話をドーラにしているのが見える。そこにタイランが近付いて、シエラに声を掛ける。


「先ずは、これをつけて体で術式を覚えてもらうよ。こちらの本も理解してほしいな」


「わたし、何をするんですか?」


 少し真剣な顔のタイランに、シエラは不安な顔を見せた。彼はその言葉には返答せず、彼女に強制発動型魔装具を装着して、タイランを見上げていたシエラに笑顔を向ける。


「王国を救うんたよ。魔王からね」


 その笑顔を部屋の端で見ていたドーラは、背筋に何か感じるものがあった……そんな思いになる。


 そんな彼女の視線から、その日に見た物は想像を越えていた。簡単言えば、妹のシエラを媒体にして得たいの知れない物が出現していた。

 勿論、シエラの体から出ている訳ではない。シエラにつ着けられたあの魔装具によって、強制的に発動される魔法陣からである。



「第三階層の召喚を確認しました。初日でこれはすばらしいです」

「思ったより早いかもしれませんね」

 

 タイランの弟子達が、口々にそう言って話す中、タイランは想像以上な事に驚いた顔を見せている。


「なに? これー。すご~い」


「魔導書通りの召喚獣だと思われます」

 

 タイランの弟子達は、シエラ自体を認識しているかあやしい様で、彼女に答えた様に聞こえたそれも、シエラの頭の上を通りぬけて行くのが見えていた。


「これー。わたしがやったの?」


 嬉々としてその場に聞こえる彼女の声に、答える者はおらず、タイランも腕を組んだままそれを見て呟いていた。


「想像以上だな。召喚術がこれほどとは」

 

 呟きの後に、彼の思考が加速した。


 ――召喚術士と言う名が示す様に、それ自体が確立された魔術ではないが。師である、大魔導師マリオン・アーウィンが、その魔法というのか古の技法を魔動術式に転換したものが、目の前でおきているということなのだろう。


 勿論、彼自身もそれを使ったが、何も起こらなかった。そしてこの光景である。流動を合わせるだけでは、起こらなかった光景が起こっている。


 ――この少女は特別なのか?


 と、自称召喚術士という輩の大半が紛い物であるのは、ここ何年かでタイランは知った。文献でも伝承の域をでない。そして、彼の思考は終息を迎えるのだが……その最後に彼は思っていた。


 ――このまま、強制的にこの少女に体感させて行けば、覚醒するのではないか……。


 と、自らが強いた魔法陣の中で行われている光景を、彼は見つめている。

 

 結局、用意した魔装具の蓄積魔量が切れて、魔動術式が発動不能になり、その事自体は終演を向かえる。

 そして、暫くして魔法陣にとらわれていた、召喚された階層の住人が消えた時に、そこにいる者が声をだした。


「今日はこの辺りでしょうか?」


 その声にタイランが「ああ」と答えると、強制的に流動を合わせていたシエラは、ドーラの元にふらふらと歩きだした。

 支えるつもりだったのだろう、ドーラは彼女に近付いて彼女を抱き締めていた。


「妹さんは、すばらしいよ」


 タイランの声が彼女達に掛けられた。それをドーラは、自分の膝の上で、意識がおぼついないシエラを優しく抱いて聞いていた。

 

「今日は終わりにしよう。後で、治療術士を部屋にやるので見て貰うといい」


「わかりました。休ませます」


 声が震えぬ様に、ドーラは彼に答えて、シエラを抱き締める腕に僅かに力が入っていく。


「そうするといい。明日から忙しくなるから」


 表面上の優しさと言葉を見せるタイランの声とシエラの現状に、ドーラは不安を覚えずにはいられなかった。

 その日の夜、結局シエラはそのまま眠りについて、彼女の隣でドーラは眠った。


 翌朝、何事も無かった様に、朝食を頬張る笑顔のシエラに少し安心したが、それはその時の事だけだった……。




 二日目のそれは、加速度を増して進行する。タイランの視線からは、その魔動術式がまるでその少女の為であった様に見えた。


「第三階層使役確認しました」

「第四階層の召喚獣らしきものが出ました」


「新しい魔装具を用意しろ」


 タイランの弟子達が、転写術式を発動し魔法陣を展開して、状況を確認している。

 そしてそれは、マリオン・アーウィン大魔導師が残した、その術式と魔導書に記載された内容の通りに進んでいた。


「伯爵様。シエラは大丈夫なのでしょうか?」


「召喚された物は、召喚主には危害を加えない。文献にはそう書いてある。だから問題ない」


 ドーラの言葉の意味とは違ったタイランの言葉に、彼女は言葉を返そうとした。しかし、その横顔が浮かべる難しい表情にそれをためらった。


 そんな顔を見せるタイランは、想像以上の事に驚きを持っていた。だが、それを為しているのがあの男の手がついた魔装具であるのが、彼の気持ちを暗くしている。


「結局。そう言う事か……」


 その呟きを聞いたドーラは、それがなにを意味するのか分からずにいた。そして、声も出さずそれをこなしている、シエラの姿を見る事しか出来なかった……。



 結果的に、ドーラは終日その光景を見ているしかかなった。現れては消えて、また現れる。そして消える。 その繰返しは、山のような紺碧の青色が透けて見える物ばかりになり、それで終わりを告げた。


「ここまでにする」


 タイランがその場に終わりを告げて、最後に現れたそれが元の世界に戻る。そして、彼が弟子達に絶え間なく強いていた、魔力の防壁が消えた。


 ドーラは、全体に疲労感が漂うのをシエラを抱き支えながら、その光景を感じていた。


「伯爵様。暫く妹を休ませてく……」


「お姉ちゃん。大丈夫だから。わたし。がんばるから。伯爵さま。わたし、かんばります」


 ドーラの声を遮る様に、シエラはタイランにそう言った。真剣な眼差しで彼を見る彼女に、ドーラは何も言えなくなったのだった……。



 だだ、その日シエラは食事を取ることが出来ず、部屋にスープだけ持ち込んで、それを口にしていた。


「お願いたから、無理しないで。何かあってからでは遅いから」


 僅か二日で、シエラはこの様子である。ドーラは心の底からそう思っていた。


「大丈夫だよ。わたし、からだだけはじょうぶだから。それに色んなの出てくるけど、みんないい子だよ」


「いい子?」

「うん」


 シエラの言葉にドーラは戸惑っていた。見た事もないそれらを、シエラはいい子だと言ったのだ。


「えっとね。なんかね。あの……ね……」


 そう何かを伝えようとして、彼女はそのまま机に頬をつけて眠りに入っていった。それを見つめるドーラは、天を仰ぐ様に天井を見上げて溜め息をついた。

 そうして、彼女達が王都ロンドベルクに来て、三度目の夜は更けていく……。



 それから、問題の刻が訪れるまで、幾日も同じ光景が繰り返される。


 日をまたぐ度に、彼女達の回りに人が増えていった。場所が変わり、防壁を担当する魔術師が増え、衛兵がならび騎士達が加わる。その度に、彼女の手には白い結晶が増えていった。


 そして、それと比例するように、その階層が上がっていく。


 そんな中でその様子を、タイランと並んで眺める男が口を開いていた。


「師の遺産ですか。私はこんな恐ろしい物、受け取ってませんよ。それに、まあ、よく国王が許しましたな」


「内容までは知らんよ。それに、それ所では有るまい。王も王子も」

「確かに」


 タイランに話し掛けた男は、ベイカー・シュラク客子爵。彼も、マリオン・アーウィン大魔導師の高弟の一人で、ノースフィール侯爵家お抱えの魔導師である。タイランから見ると、弟弟子になる人物であった。


「それより、先程のあれはなんですか? 二人がかりで紙一重とは、危険極まりないですが」


「だから、呼んでおいたのだ。流石に、正しい判断だったと自分でも思うのだがね」


 ベイカーの言葉は、先程シエラが召喚したものの事であった。

 ノースフィール侯爵から提供された広いこの場所で、相当数の魔術師のなす防壁から、それが腕の様な物を突き出した事を言っていた。


「次で、届くはずだ……」


 そうタイランは隣の男に投げた言葉とも、呟きとも取れるそれを口にする。

 恐らく先程のものは、第十一階層のそれ、天の息吹によって生まれた四大精霊の何れかと思われた。


「シエラ。最後だよ」


 壮絶だった光景の後、静寂に包まれて放心のままに立ち尽くしていたシエラに、タイランはそう告げた。

 彼は、展開している魔力の防壁を抜けて彼女に近付き、小さな手に白い竜水晶がついた魔装具を持たせる。


「よく頑張った。次で終わりだよ」


 タイランがそう声を掛けた。

 

 それに、マリオン・アーウィン大魔導師が残した遺産である、召喚術式の触媒の様になっていた彼女は、少女のままに、純粋無垢な笑顔を彼に向ける。


「お国はすくえますか?」


 魔王とは、人智の歴史の中で、破壊と殺戮の象徴にして諸悪の根源になる。そして、想像を絶する力を持つ存在であった。

 魔王から王国を救うと言われた彼女が、それを理解していたかは分からない。


 ただ、彼女はそう言った。


「そうだね。シエラ」

「シエラ。大丈夫?」


 タイランは、シエラを見て一瞬何かを感じた。それにドーラの声が被さり、気を削がれる。


 声に紛れた訳ではないが、感じたものは彼自身でも分からなかった。躊躇なのか決意なのか不安なのか、また、確信なのかだった。


 僅かに内向きなタイランは、シエラが姉に声を返すのを感じたが音は入らない。


 ――確信はあった。人の智が届かぬ……魔が解き明かせぬその領域に、届くだろう事は。手渡したそれは一度切りであるが、儀式で言うなら万を十分に越えるであろう増幅の魔導具である――



 隔離されたその場所を出て、タイランはシエラを見る。


 ――自信はあった、その成功とその拘束――


 あの男を屈服させる為に練り上げた。そう、それだけの、その妄想を満たすためだけに、長い年月をかけて組み上げた、従属の魔体流動展開術式。


 従属の首輪(サブジュゲーション)


 そして、タイランはシエラに合図を送る。シエラの答える声がして、彼女の口から――起動から同調。そして、魔動術式の発動を促す召喚(サモンズ)の呪文。


 シエラの手から、その場の床に今までとは違う純白の魔法陣が展開される。取り囲む魔力の防壁が波打ち、魔法陣の中心から、閃光とも取れる光が弾けて防壁を飛ばした。


 今までとは違う流れと弾ける光に、その場の視界が一瞬、失われる。

 そして、僅か時の流れの後、静寂と共に純白の魔法陣が展開されていたであろう場所には……


 明らかに、騎士と思われる出で立ちの者が、長い剣を携えて立っていた。




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