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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第二章 王国の盾と勇者の剣
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弐~はじまりの視点~

2020/04/22 タイトル修正


 あの事件から一ヶ月程たった、王都ロンドベルクは一応の静寂を見せていた。焼け落ちたままの屋敷の跡を除けば、街並に差ほど……そう、差ほど変化はない。

 表面上の静寂の様子とは別に、その中の一室でエドウィン王太子の怒号が響いている。


「半分以下だと。私は王太子だぞ」


 側近のカーク・ボレスラク子爵に、エドウィンは怒りをあらわにしていた。その部屋にいる貴族達は、恐々とした面持ちを彼に向けている。


「西方諸侯は魔王と獣人の対応で、東側の諸侯らはゴルダルードとエルデダールに各々があたっております。一応、情勢は予断をゆるしませんので」


「西は。奴がいるからあれだが。東は王国の騎士団を四つも送ってあるのだ。何故これん。正式に王太子になって、その後、必要期日を経て戴冠式のはこびであろう。国王だぞ。皆私の前に参集するのが当たり前だ」


 エドウィンの言葉に苛立ちが含まれているが、西は放置など出来ず東側においては届いてもいない。更に言えば、王処か王太子ですらない。

 彼も自ら、王太子を自称している自覚があるのだろう。経緯の全貌を差し置いても、形式に拘るところは何かの現れと言えた。


「南部のあれは?」


 と、子爵に向けたラズベス・ベルク・ノースフィール侯爵の声がした。


「書状で参集の意は一応来ております。南部から早急に参集した者の話では、こちらの書状が届く前にヴルム男爵の生誕祭の招きがあったと」


「ふっ。たかだか男爵ごときのそれで、私の命令が聞けぬとはふざけてるのか」


 更なる、エドウィンの怒りが加速してその場に何とも言えない雰囲気が漂う。

 その言葉に、カーク子爵はその解答を提示した。


「……図らずも殿下の喜時に、微小な祝いが重なったのも殿下との由縁。南部の結束と忠誠を王太子殿下に示す為。南部諸侯の盟主にして、王の盾たるヴァンダリアの末席連なる者の責務として、ヴァンダリア当主に、一団を持って整然と王国と殿下への忠節を示すのが肝心との進言を……」


「もうよい。なんだそれは?」


 旧式然とした儀礼に沿った書状を読み上げる、カーク・ボレスラク子爵の言動をエドウィンは遮った。


「ヴルム男爵から、殿下宛の書状です。一応前節を除いて、今の殿下の疑念にそう部分のみを此方で選びました。それに御座います」


 そう言って、更にそれをエドウィンに見せる。一目で分かる無駄な量に、エドウィンはうんざりした顔を彼に見せた。


「もうよい。好きにさせろ。戴冠式には間に合う様にしろと。ふっ、ヴァンダリアなどどうでもよい。それより……」


「御意に。殿下の御名で此の件は致しておきます」


 既に「それより……」から、ノースフィール侯爵との会話をエドウィンは始めており、彼の言葉は届いていなかった。

 ただ、彼はそれを気にする様子もなく、恭しく礼を済ませてその場を後にする……



 それまでの様子を、そして、部屋を後にした子爵の後ろ姿をタイラン・ベデス伯爵は複雑な表情で見ていた。それで、僅かに省みる様子になる。

 ――王国魔術師総監の彼は、魔王出現の対策として勇者を召喚する事を進言した。それが数ヶ月前だった。 実際には、魔王が出現した少し前の事になる。


「勇者を召喚するなどふざけた事を」


 この話を持ち込んだ時に、彼が王の目の前でエドウィン王子に言われた言葉だった。その時は、私欲もありその有用性を理屈で固めて熱弁したが、結果的に王が本来いる場所には、何故かエドウィンが座っている。


 疑問を持った感情で、彼はその時の事に思いを向ける。何を間違ったのか? 召喚魔法など使わなければ良かったのかと……。


 ――召喚魔法とは――


 一般的には、召喚というと『龍の巫女』と答える。それは魔術ではなく儀式であった。それも形骸化した形だけのもの。

 天極の地より、龍の神子を招く儀式。聖なる龍翼の神……天極の側の神々の事だが、それを崇拝者する者達の多種にわたる教会が行う儀式であった。


 では、タイランの頭の中にある召喚魔法とはなにか?


 簡単に言えば、違う階層から何かを召喚する魔術。召喚術士と呼ばれる者が使う、特殊な魔動術式であった。

 それを利用して、彼は相応の階層を天極の地とし、神子または神そのものを召喚し、勇者の変わりさせようとしていた。

 では、階層を越えて天極の地まで、その力が及ぶのか? と言う点について少し考える。


 ――召喚の儀式と召喚の魔術――


 召喚の儀式は、形骸化した物ではあるが龍の神子を召喚する祭事である。一般的には必ず龍の巫女になり、女性のみであった。

 その代表的なのは、エルデダール王国の最高司祭の地位ある龍の巫女であろう。


 完全に余談ではあるが、召喚されるのは必ず巫女であり男性は存在しない事にしている。と言うことだ。


 儀式で行われる祭事は、彼らが真力と呼ぶ力を祈りにのせて行う聖霊魔法の一種であると言えた。

 真力とは、魔力と同義であって純粋な思念を込めた魔力を真力と呼ぶ。そして、その大本は共に隔てし竜鉱石の岩盤から絶え間なく出ている魔力である。


 人と魔が魔力を持つのは、彼らの存在が器になり魔力をためる事が出来る為で、それが神々の欠片から出来た事の証明になると言える。

 それでは、召喚の儀式と召喚魔法は何が違うのか? について、まず、召喚術士と言われる者の存在がそれを別ける。ただ、本質的には同じだろう。


 特殊な魔体流動を持った者しかなれず、特殊な魔動術式が必要になる。

 適性。それに気が付かなければ一生普通の人である……というような魔体流動をしているので、自認出来る者は少ない。


 クローゼの母親やカレンらの儀式による召喚者は簡単言えばこう言う事になる。

 教会が巫女たる司祭の純潔性を保つ為に、一定周期に行われ用意された容姿端麗な少女がそれに変わっていった。

 そして、その時に集まった人々の祈り合わせによって形式が進行するのだが、その中にその資質を持つものが含まれると稀に本当の意味での召喚者が生まれるのである。


 因みにではあるが、クローゼの母親はエルデダール王国の国教会である中央龍翼神聖霊教会で行われた儀式による。

 カレンはイグラルード王国内で、多くが信仰をする西域龍翼神聖霊教会で行われた儀式によってであった。


 出し惜しみは無しだとすれば、クロセサキは万を越える祈りで、カレンは千を越える祈りによって召喚者された。そう、クローゼの母親は本当のであればエルデダールの国教会の最高司祭だったらという事をさしている。



 余談さておき、話を戻そう。


 明確に声を上げる以前から、タイランはその方法を知っていた。また、話を国王にする前からその事をしていた。


 それは何故か?


 魔導師としてのタイラン・ベデスは、名実共に王国最高位だった。紛れもない事実である。

 歴代最高と言われたマリオン・アーウィン大魔導師の一番弟子であり、それにふさわしい知識と力を持っている。

 だが、彼は自覚してきた。自身の名が歴史の(ページ)に綴られることが無い事を分かっていた。もしそうなるとしたら、マリオン・アーウィンの弟子としてのみであるだろう。という事までもであった。


 しかし、彼の心にある男はそうでは無かった。単なる地方領主の録を受けるだけ(・・)の男は、既に魔導技師なる冠を世間から受けている。

 そして、その男が手掛けた物が、王国中至る所にある。目に見えてなくてとも、その手がかかった物がそこら中にあった。


 だから、彼は既に歴史の頁に刻まれて人々の記憶になっているとタイランはそう思っていた……。


 タイランとその男は、血の縁はないが、兄と弟の関係であり矛と盾の状況に似ていた。そして、これ迄彼は、その男に阻まれ続けてきたと言える。


 魔装術の昇華。その男の魔装の術が、タイランにそう思わせてきた。今や当たり前の魔装技師や魔装術師という魔術師崩れの輩が、その男によって昇華した。

 彼、タイランにとって魔術は技術ではない。

 そして、魔術は偉大だった。騎士や剣士に戦士。亜人や獣人の血をひく者も全てなぎ倒してきた。小さい頃に彼が見た魔術や魔法は、彼にとっては憧れであった。


 そして、タイランにとっては決定な事が二年ほど前に起こる。……その男が弟子をとったのだ。 頑なに拒んでいたはずの状況を止めて。そう、タイラン自身にも少からず弟子はいるが……その男の元には、志願の列が出来て、タイラン自身でも一目置くような才能の者が多数集まった。


 そして、タイラン・ベデスの意識が変わった。


 自己顕示欲を積み重ねた魔法ではなく、別の何かで満たそうとした。その男に対する自己の格付けを優位に保つ為に。

 マリオン・アーウィン大魔導師の遺産。何故これを彼の師が彼に託した分からないが、古の召喚魔法を師が魔体流動展開術式にした物をだった。


「適性者しか扱えんが、後学の為に託そう。正道に役立てるのじゃな」


 彼の師の言葉は、この時のタイランには届いていなかっただろう。そして、その時から彼は適性者を探し始める。

 彼の権限と知識と力を使って全力で、また、魔王の出現の噂がそれを後押しした。


 そして、彼は適正者を見つける事になった。そう、その少女を。


 イグラルード王国の南部。冒険者はじまりの街で冒険者をしていた魔術師の少女を彼の探知魔法が捉える。

 僅か魔動が起こったのが、タイランには分かった。その時の彼の言葉を聞くと、何を捉えたかよくわかる。


「何か召喚したな」


 ただ、正確にはそれではなかったのだが……。


 それから、何日か経て彼女は王都にやって来る事になる。王国認定の甘い言葉につられて、それに付属するであろう対価に喜んで、彼女はやってきた。姉をつれてである。

 そして彼女達は、贅沢は馬車に乗って王国の使者と共に、王都ロンドベルクの城門を通り抜ける。


 その時に感じた何かを彼女の姉は後悔する事になるのだが、それに気が付くのは無理だっただろう。


「お姉ちゃん。わたし何にもしてないのに、王国認定魔術師って? 大丈夫だよね」


「大丈夫よ。何かあったら、守ってあげるから」


 と何気ない二人の会話だった……




 目の前の様々な光景を瞳に映しながら、タイランは頭の中に色々な場景か浮かぶのを感じていた。流石に彼女達が、王都を始めて見た時の心情まで分からなかっただろうが。


 そのまま、彼は感じた映像を掻き消す様に瞬きをする。それで意識と視点をその場にもどして、窓際で外を眺める従属の首輪を着けた男を入れ、軽く天井を見上げていた。





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