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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
序章 王国の盾と記憶の点
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五~剣と力と刻の流れ~

 ・が追いかけ(つづ)られる物語が、時を(きざ)んで(とき)となり、各々(それぞれ)の舞台で物語を続けていた。

 勿論、クローゼである彼も例外ではない。


 ――暦の理(こよみのことわり)――

 極天から獄天。――太陽から太陰――

 十二の極と十二の獄を時刻とし。極と獄の巡りを一つとし、六の巡りを一つとし。三十の巡りを一つとし。三百と六十の巡りを一つとする。各々、時と日と週と月と年の刻となる。


 クローゼである彼は、身体(からだ)と心の刻まれを戻すには、(およ)そ 百と八十の日を数えていた。




 俺は屋敷の中庭で木製の剣を持ち、レイナードと対峙していた。最近の鍛練の流れで、時折する光景だった。

 屋敷に来てから、起き抜けに警護の者と鍛練をしている。そこに、当たり前にやって来るレイナードと、共にするのが日課になっていた。


 そして、何日かおきに試合(しあ)う――成果を試し合う――その立ち合いになる。


 アリッサの合図と同時に、何合かの打ち合いの末、レイナードの速度が上がり鋭い突きを繰り出してきた。

 その突きを僅かにかわし、俺は横払いで剣を走らせる。それにレイナードは、突き出した剣を器用に切り返し弾く。


 弾かれた反動で俺は剣を素早く引き戻し、肩口目掛けて振り下ろす。振り下ろした剣がレイナードを捉えるより先に、彼は剣筋から消えていた。

 空を切った勢いで、俺が体勢を崩した所で上から剣を叩かれ、地面に剣が落ちて行く。


 それで、手首を押さえながら、俺は片膝をついて倒れこむのを堪えていた。諦め気味に顔を上げると、レイナードが見下ろす形で、剣先を向けながら声を出してくる。


「これで十二連勝……だな」


 抑揚なく言われて何か返すでもなく、そのまま尻餅をついて座り片手を挙げる。――見えてはいるんだけどな。そんな感じだった。


 試合うを周りで見ていた他の者から、拍手が送起こる。目の前には、濡れた厚手の布が差し出されていた。

 見上げた視線の先には、同じ布を首にかけたアリッサが見える。


「お疲れ様でした。クローゼ様」


 受け取った濡れた布を頭から被り、アリッサの声に答えるように片手を挙げる。汲み上げたばかりの井戸水に通した気遣いは、冷たくて気持ちよかった。


「剣の才能は、俺にはないな」


「やっと気が付いたか?」


 聞かれるつもりのない独り言を、レイナードに拾われた。――毎日、お前を見てたらそう思うよ。

 と、負け惜しみでは無いけれど、取り敢えず何か言っておく。


「今の俺はな。まあ、前の俺は大分前に気が付いていたみたいだけどな」

「私が知る限り、そんな素振りは御見せになっていませんでしたけど」


 そんな言葉を俺に向けてるアリッサが、もう、片方の手に持っていた水の入ったコップを差し出していた。

 それを見たレイナードが「俺のは?」とアリッサを見やり「前は、そんなこと言う奴じゃ無かったな」と彼女の言葉に同意する。

 ただ、アリッサに、井戸の方向を指差す仕草をされて、不貞腐れた様に井戸に向かって歩いて行った。


 その後ろ姿から視線を外して、受け取った水を飲み干し一息ついた。アリッサが差し出した手に、空のコップを預けて、地面を見ながら「ふぅー」と大きく息を吐く。


 取り敢えず、半年がかりで身体は動く様になった。記憶が無くても、身体が覚えていたという事かもしれない。


 ――でも、こんなものだろう。


 レイナードが強すぎるのかもしれないが、正直な所、アリッサにも勝てるか怪しい。只の試合なら何とかなる。まあ、何でもありなら、まず勝てない。

 大体、アリッサと試合(しあ)う時も、若干手を抜かれている気もする。


 ――気のせいだと良いけど。


 そんな二人が、騎士でないのもあれで、普通に剣技や魔術を使われたら、瞬殺される自信がある。

 よくもまあ、そんな才能を見抜いて、人材を集めてくるモリスの人を見る目は凄いと思う。

 アリッサの場合は、ある意味おまけみたいな物だけど。


 兎に角、自分の事は良しとしておこう。地面と向き合いながら、そんな事を考えていると上から声がしてきた。


「取り戻しましたな」


 掛けられた声に俺は「師匠」と答え、立ち上がり身体を向ける。目の前に居るその白い髪の人物は、ジワルド・ファーヴル客子爵と言い、ヴァンダリア侯爵家の剣術指南で俺達の師匠である。


「師が言われるなら、自信を持ちましょう」


 続けて言葉を返し、頭から被っていた布を首にかける。師匠はそれに合わせて、桶ごと水をがぶ飲みするレイナードを示して俺を促していた。


「才能の有るものは、僅か一握りです。あれはその類いです」


 そう言うと、俺の顔をしっかりした眼差しで見てくる。少し間をあけて師匠は言葉で示してくれた。


「剣術は才能だけではありません。日々の鍛練が如何(いか)にも重要。それに、クローゼ殿は十分御強い」


 彼は話の終わりに、俺の肩に手をかけ軽く「ポンポン」としてくる。――肩に掛かる手のひらは、剣士の物だと分かる気がした。

 出された腕と目の前ある身体(からだ)は、現役さながらに鍛え上げられている。それは疑い無いと思わせるには十分だった。


 自分と比べ、四倍近い人生の積み重ねのある彼は、(よわい)で言えば老人になる。ただ、そのまま当てはめるのは間違いな気がする。

 王国正騎士団の副団長まで経験し、現役当時に王国で五本の指に入るとまで言われた師匠。彼にそう言われたなのら、上部の言葉をではなく本心でそう思う事にする。


「努力致します」


 そう俺が答えると、師匠である、ジワルド・ファーヴル客子爵は考えを察したのか、納得した様子でこの場を後にしていった。


 師匠との会話を終えて首にかけた布で、顔を拭い振り向くと、アリッサが、俺を食い入る様に見ていた。

 その顔は「そうです。クローゼ様は御強いです」と言わんばかりで、いつも冷静で綺麗な顔が少し緩んでいる。


 そんな様子に「やめてくれ。……恥ずかしいから」と思わず出てしまう。漏れた声に、驚いた顔をするアリッサ。――そんな顔もするんだなと、そう思ってしまった。


 その時、意識の外から唐突に声が掛かってくる。


「ところで、魔獣、ヤバいらしいぞ」


 ずぶ濡れになって、戻ってきたレイナードがそんな事を言ってきた。


 ――桶ごととか、どうなんだ?


「街道沿いも、安全とは言えんらしい。うちの領内は、まだましだが、ロンドベルグに行くのにも、護衛無しじゃ厳しいとよ」


「出どころは?」

「聞くな、兄貴だ」


 続けて話す、レイナードと軽い会話をしていた。彼の兄は、ウォーベック商会にいる。ヴァンダリア領内の商家組合に加盟する中では一番大きい所で、レイナードの父親が商主。因みに、モルスの妹がレイナードの母親になる。


 余談ついでに、レイナード・ウォーベック。と、彼が爵位を持たないのに、家名を名乗るのは実力を誇張するためではなく、屋号を名乗っているからだ。

 勿論、宣伝を兼ねてになる。本人は、商人と言う感じではないけど。

 ――誰に話してるんだ、俺は?


 何と無く忘れない様に、思い出した事や気付いた事を頭の中で、復唱する癖が付いてきた。――気を付けておこう。まあ、いいけど。


「それなら、確かだな」

「他の領内はひどいらしいぞ」


 確かに彼の言葉通り、セレスタが大変らしく、少し心配してた所なんだ。


「セレスタ様も、半年で七回も大規模討伐をされてますよね」


 アリッサの言葉がハマりすぎて少し怖い。顔に何か書いてあるのか? と、俺が若干の動揺したのを見て取れたのか、アリッサが怪訝な顔を見せていた。


「昼食をよく御一緒されてみえるので。ご存知でしたよね」


 とのアリッサの言葉に「えっ」となる。


「週に五日は、俺達と食ってんだろ」

「クローゼも、同じ面子だと飽きるだろ」


 俺の声を受けてなのか、唐突に濡れた上着を脱ぎながら、レイナードはアリッサにそう言っていた。

 そう言われたアリッサが、俺の方から顔をその言葉に向いていく。


「なんで脱いでるんですか!」

「濡れたからだろ」


 レイナードは当たり前の顔をして、脱いだ上着を絞り水気を切ると――勢い良く(はた)いていた。それを武具立ての角にかけ、下を無造作に脱ぎ始める。


「下も脱ぐんですか!」


 言うと同時に、アリッサはくるりと身を(ひるがえ)し両手で顔を押さえる。こちらに向いたので、指の隙間から見える顔が赤くなるのが分かった。


「だ・か・ら。濡れたからだろ」


 当たり前の様に答えるレイナードは、仁王立ちで鍛え上げた肉体を魅せていた。まあ、格好いいけど下着だけだとあれだな。


 ――だけど、レイナード。濡れたからでなく、自分で濡らしたんだと思うぞ。それは。


 取り敢えず、今日はこのまま鍛練場に行く予定だ。もう試合ったりはしないけど、もう少し剣を振っておきたい。

 面倒。いや、果たす義務もあるからな。と、そんな感じだった。




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