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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第一章 王国の盾と魔王の槍
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二十九~黒の六楯~

『ビアンカ』とアリッサに呼ばれた彼女は、境遇としては、建前上のアリッサと同じだった。そう、人狼である彼女は帝国の領内で注意深く、人として暮らしていた。

 ただ、増え始めた魔物と帝国の争いの中で、彼女がその立場を捨てなくてはならなくなり、そこをヴォルグ達に助けられた。


 そして、人との繋がりを持っていた事によりバーラルの下で働いていたが、今はその流れから、ヴォルグの元でアリッサの護衛の一人として、この場にいる。


 ――人魔族と括られる人狼達は、魔族の中でも地位が低い。人が、亜人達を異質として見るのにも似たそれにあたる。

 ヴォルグが、馬鹿に思われていると気にしていたのもそう言った側面があった。


 本来の意味の魔族。魔王の容姿のそれと類似した青みがかる肌を持ち、人族のそれと対を為す形の魔族が、この町にも目立ち始めている。


 その状況でも、彼らの立場が悪くならいのは目の前の人狼をまとめるヴォルグと、その主であるフリーダが、魔王の側近であるのが大きな要因ではあった。

 それとエストテアと呼ばれた国は、紫黒のフリーダの持ち物であったのもそれである――



 しかし、ビアンカから見るそれは少し違った。


 彼女の中では、人狼達が好んで着る特有のゆったりとした衣装を身に付けた、アリッサの存在が大きいと思っていた。ヴォルグが人狼だといった、彼女がである。


 ビカンカは、ヴォルグがそう言うので、彼女を人狼と思い、その立ち位置でアリッサ様と呼ぶが、ビアンカの鼻は彼女を人だと認識している。


 ――ヴォルグとは異質であるが、彼女が持つ、魔と人を見分けるそれは、彼女に嘘をついた事は無かったのだったが――


 そんな彼女から見た三人の様子は、その光景を初めて見た時からそうであったと感じていた。


 初めてビカンカが、黒の六楯(クローゼ)と称したその男が、アリッサと共に現れたのを時は、一発触発であった。


 しかし、アリッサに二人とも怒られ先程の様になり、その場が収まったのを彼女は見ている。

 言ってしまえば、毎回この男が来る度にそんな感じになる。そう、ビカンカは思っていた。


 そのビカンカが、彼らの関係に思いを向けるなら、こんな感じになる。


 ――ヴォルグ様は、アリッサ様に弱い……と言うよりそうなんだろう。初めて会ったときの殺伐とした感じは今は無いけど、あの刻より今の方が……。

 そんなヴォルグ様と、この男がどんな関係か分からないが、この男からは特殊な臭いがする。


 人なのか?魔なのか?その両方なのか?


 そして、そんな事より私にとって一番問題なのが、この男とアリッサ様の関係だ。毎回気付かれない様に慎重に話を聞いているけど…いつも複雑な気持ちになる。そう……今も……。


 

 ビアンカの見つめる先で、庭先に用意された机の周りに座る彼らの予定調和が終わりを向かえた頃に、クローゼの口から本題がでる。


「取り敢えず、今回提供出来る情報だ。パルデギアード帝国は本気になったと思って良い。正規騎士団のほぼすべて、諸侯軍に動員兵合わせて十四~十五万でエストニア領内に侵攻する。という情報がはいった」


「ん――」


 その言葉に、ヴォルグはよく分からないと言った顔でアリッサを見る。


「時期が問題ですね。……えっと、とりあえず西側から兵士が大勢くるってことだから」


「おう」


「勅命が出た時期からすると。遅くても年内には国境を抜ける感じか? ってとこだ。まあ、収穫期だし、帝国内の魔物の出没次第ってのもあるから、何とも言えない」


 ヴォルグを挟み、アリッサの問いにクローゼが答えた。その答えの後にクローゼは、ヴォルグに世間話の風を見せる。


「実際のところ、魔王軍はどれ位いるんだ」


「人狼は、で、今二千位だ。……で、アリッサ?」


 その問いにヴォルグは口を開くが、結局アリッサを見る事になった。それを見て、クローゼは以前の自分を思い出し、彼もアリッサに当然を見せる。


「えっと。どうして二人ともこっちを見るの?」


「で、分かるだろ」

「知ってるんだろ」


「分かるというか、知ってるけど……でも、ヴォルグ。そんな事話していいの?」


 『大丈夫? 』な顔のアリッサの答えに、彼らは顔を見合わせてこう言った。何となくの暗黙が、その感じを出してだった。


「取引だから」

「で。あれだ……それだ」


 そんなやり取りを、周りで見るそれらが怪訝な顔をする。それに気が付いたクローゼが、自らつけている仮面に指をつけて黒の六楯(クローゼ)然として言葉を出した。


「情報提供者として、反逆行為もしている。だからその対価も必要だろ。諸君?」


 周りで所謂(いわゆる)、護衛の役をしている人狼。また、貴族の屋敷に相応な、執事やメイドに向かって彼はそう言ってみせた。

 この場にいる人狼は、アリッサの護衛だという事と、屋敷の者が人であるのをクローゼは知っている。

 その上で、その反応を確かめる事なく、クローゼは更に彼らへその雰囲気を向けた。


「建前の話は、取り敢えず良い。聞かなくても知っているからな」


 そう彼は言葉を区切り、申し訳程度の仮面を外して見せる。


「護衛の諸君。人狼である君達の能力に微塵の疑いもない。だから、アリッサを宜しく頼む。彼女は私の想い人だからな」


 突然仮面をはずし雰囲気を変えて、そう話出した黒の六楯(クローゼ)の顔とその言葉で、人狼の一人が声を出した。そう、あの場に居合わせた一人がである。


「ヴァンダリア?」


 その声に、人狼達が殺気立つのがわかった。しかし、誰も動く事すら出来ずにいる。


 当然、驚きと畏怖を見せる、ビアンカもその中に入るのだが……。


 彼女の目の前のこの男。それはバーラルを一瞬で倒し、人狼では……いや、魔族でも最強の部類に入るヴォルグと互角以上。それに魔王と正面から殺り合って、ユーベンから逃走した筈だった。それが平然と、この場にいる事がビアンカには、理解できなかった。


「協力者だ。で、失礼だろ」


 見えない鎖で縛られた様な彼らは、ヴォルグの、これも『それまでの雰囲気』と違う声に、解き放たれる。

 そんな彼らを他所に、クローゼは屋敷の者達に優しい目をむける。そんな感じをだしていた。


「ルヘルさんでしたね、メイド長。彼女の事を宜しくお願いします。私の想いの人なので」


 クローゼの言葉で――萎縮した人がそうなった時の様子――をそのまま表現する彼女に、彼はそれまでのクローゼではなく、慈愛にみちて柔らかな表情をした。


 そんな唐突な流れ。『威圧と解放と慈愛』がもたらした、緊張の連鎖からその場が解き放たれて、先程までの雰囲気に戻った頃、アリッサの声が二人に向かう。


「止めなさい二人とも。皆が怖がってるから変な事しないの」


「おっ、俺は何もしてないぞ。で、あいつだろ」


「いや、普通に話した……だけだし」


 明らかに、この場の魔族的な上位者の二人。それに向ける、アリッサの言葉と表情は、幼い弟たちを嗜めるそれに見えて――周りの雰囲気が変わり、予定調和が戻ってきた。


「というか、最近のアリッサ。義姉上に似てきた気がするぞ」


「えっ、フェネ=ローラ様に?」


「そんな気がする。まあ良いよ。それは」


 周りの様子も気せず、何事も無かった様にクローゼはアリッサの事をそう言って、彼女と話しながら仮面を着けた。


「まあ、すまなかった。謝るよ……」


 そう口にした彼に、周囲の彼らは怪訝を向けた。


 その中で、ルヘルは自分に向けられたクローゼの言葉に、時折見せる様になった魔族の主人――ヴォルグ――のそれを重ねる。


「クローゼ様。畏まりました」


 時間をかけたルヘルの返事に、そう言う事だと周りも理解した。そんな空気が流れた。


「簡単な事だ。私とヴォルグ殿の思惑に心優しいアリッサ様が付き合ってくれているだけだ。その恩恵を君達は甘受すれば良い。その対価として彼女を宜しく頼むと言っている」


 誰にではなく、その場に向けたクローゼの言葉を、ヴォルグは頷いて同意してみせた。


「私は黒の六楯(クローゼ)であって、今はヴァンダリアではない。いずれ刻がくれば、そうなって君達魔族と対峙するだろう。その時どんな結果になろうとも、私かヴォルグ殿のいずれか……そして、アリッサ様が居れば、君達の安寧は脅かされる事はないよ」


 軽く息を吐いて、クローゼは言葉を結んでルヘルに手を上げてみせた。


「そんな事はいいんだ。アリッサ渡す物がある」


 そう言いながら、彼は足元に置いてあった袋を机の上に置いて、中から首飾りを取り出した。


「今の魔装具の変わりだよ。アレックス特製の対魔力防護術式付き。デザインは基本的なのはセレスタ。装飾関係はレニエで、バルサス制作。竜水晶は、高純度魔力製錬を施した導師の特別製だよ」


「私に?」


「そう、ヴァンダリア至高の逸品」


 手に取るそれを得意気に、アリッサへ子供様な笑顔をクローゼは向ける。そして、魔力調整用のそれではなく一回り小さな竜水晶を指す。

 その深紅の輝きは製錬課程で、意図せず薔薇の様な模様を映し出していた。


「この色の共鳴竜水晶、探すの大変だったんだ。それで、何かあったら魔力を込めて。此が共鳴するから、何があっても飛んでくる」


 クローゼはそう言って、腕にはめた魔装具をアリッサに見せる。そこには、三色の共鳴竜水晶が三角の形にならんでおり、中心に紺碧色の竜水晶があしらってあった。


「どうやって? ……人には転移できないでしょ」


「アリッサのそれを目印に、近くに出来るんだよ、これ。不可侵領域(フィールド)発動してれば、何処に出ても死なないから。大丈夫」


 アリッサの疑問。それは初めてクローゼが、空間転位をしてユーベンを訪れた時に、アリッサに言った事を彼女は言っていた。

 彼女に見せたのは、その時に使ったものの完成品。いや、彼専用の魔装具だった。


 ――原型は、アレックスが作った、強制発動型魔装具――


 それにあのマリオン・アーウィン大魔導師の遺産、空間転移の魔体流動展開術式を、彼の弟子であったジャン=コラードウェルズ・グラン客子爵が組み込んだ試作品であった。


 それで、クローゼはユーベンに初めて戻った。


 勿論、導師と呼ぶ彼――ジャン・コラードウェルズ――を、通信用魔動器辺りの流れで大いに煽った結果、形になったものである。

 恐ろしい程の魔力魔量を使う、空間転移の術式は、使用者を選ぶが、クローゼは当然のようにそれを使った。


 但し、何処にでも行ける完成形の術式とは異なり、強制発動型魔装具の制限上の措置として、帰還(リターン)を規準としてそれを作くる事となる。


 そしてその――初めて来た――刻にクローゼが言っていた言葉が理由になる。


「行った事のある所には、ある程度任意でいけるんだよ」


 その事をアリッサは言っており、『ユーベンから離れたら来れないのでは?』 の意味が含まれていた。

 ――少なからず、ユーベンにいる限りアリッサは安全のはずた。無論、ヴォルグの庇護は必須であるが――


 そして、その答えが先程のクローゼの言葉だった。


 中の人も動員して、彼が使える。……寧ろ彼専用のそれは――三つの共鳴竜水晶を目印(マーカー)にしての転位も可能にした。

 当然、使用者の魔力魔量には相応が必要なのは変わっていないのだが……。


「つけさせてくれ」


 そう言ってクローゼはアリッサに、優しく触れて……それを着ける。そして、それに軽く指を掛けて微かに呟いて見せた。その呟きと共に首飾りは、ゆったりとした感じから、アリッサの首に優しく合わさる……。


「すごい!」


「アレックスは天才だよ。これは、君へのプレゼントだそうだ」


 驚きを見せるアリッサに、アレックスの事を告げて、クローゼは耳元で呪文を呟いてそれを元に戻した。 ――これでこうなる――その感じを出してだった。


「すごいよ、アレックス」


 アリッサは、ここには居ない大切な友達の名を呼んで、少し複雑な顔をした。どこかしら、寂しさがみえる感じがあった。


「それと妹のエリーナは、フローラの侍女……見習いになったよ。オリヴィアと年が近いし、サラとトゥバンも専任の護衛にしたから、寂しくないだろ」


「ありがとう。クローゼ」


 今にも泣きそうな顔のアリッサに、クローゼが笑顔を向けていく。


「後、皆から手紙を預かっている。ここには、流石にあれはおけないから、話はできないけど。それは許してくれ」


 クローゼの表情と声に、返事ができないアリッサ。その彼女をみながら、彼は続けて言葉の手紙を渡していた。


「マーサさんが、体に気を付けて、いつでも帰っておいで。愛してる……私の可愛い娘。だって」


「クローゼ……今日なんか変だよ」


 クローゼの一連のそれに……既に泣いているアリッサが、そう言っていた。そんな彼らのやり取りを男らしく見ていた、ヴォルグが口を挟む。


「男だろ。で、女を泣かせるな」


「今のは違うだろ? ヴォルグ」


「喧嘩は……止めなさい……二人……とも」


 クローゼとヴォルグの会話に、泣き声混じりのアリッサ。それに、二人は互いの顔を見合わせた。


「してないし」

「してないぞ」


 アリッサに答えた……何となく息きのあった彼らの声。その後に、ヴォルグを呼ぶ声がしてきた。


「旦那様。伯爵が御見えです」


「待たせろ」


 その呼び掛けに、即座にヴォルグは答えた。 一瞬、怯える表情を見せた執事に、それを見ていたアリッサの柔らかい雰囲気を向ける。


「大丈夫です。……申し訳ありませんが、当主は公務中ですので、御時間が有ればお待ちくださいと。失礼の無いようにお願います。宜しいですか?」


 アリッサの落ち着いた声に、そう言われた執事は、安堵の表情をして「畏まりました。アリッサ様」と彼女に答える。


 そのやり取りで、クローゼは「やっぱり」と呟いてアリッサを見た。その顔は、僅かに真剣さが出ていた。


「ユーベンの民をよろしく。背負わせた物は大きいけど。必ず正面から戻ってくる」


 アリッサに向けた言葉と気持ちのまま、ヴォルグに向いて彼に言葉を投げ掛けた。


「ヴォルグ。アリッサを頼む。……俺が言うのもなんだけどな。必ず決着をつけにくる。その刻まで手を出すなよ。……嫌われるぞ」


「出すか! 俺はいい男だからな。で。どうした?」


  一ヶ月程の間に、何度か黒の六楯(クローゼ)仮面をつけて訪れていた彼が、今日は何にか違う事にヴォルグも気がついていた。勿論、アリッサもそうである。


 そんな、アリッサとヴォルグに、そういう視線を向けられたクローゼは、少し考える仕草をした。


「野暮用……アリッサ達よりも重要な事はほとんどないけど。やらなければいけない事ができた……」


 そんな答えに、ヴォルグは勿論、アリッサも更にクローゼに気持ち向けていた。それに頷くクローゼの、躊躇から首をならす仕草が出ていた。


「本当に此処だけの話だ。ヴォルグ殿。信用するぞ」


 改めて、そんな言い方をして言葉を区切る。彼の仮面の奥の瞳は真剣な雰囲気だと、二人には見えていた。

 それを感じたのかクローゼは、思いを決めた様子になる。


「イクラルードの国王が死んだ」


 彼の言葉をそのまま訳すと――エドモンド=ローベルグ・イグラルード王が死んだという事になる。


 その会話の流れの最後に「そう言う事だから」と驚くアリッサに別れの言葉を掛けて、彼は先程の魔装具のついた手を地面にかざした。

 そのまま最後にら見送るアリッサの瞳を見つめてそれを口にする。彼の気持ちを……。


「アリッサ。好きだよ」


 そして、彼は魔法陣のに飲み込まれる様に、その場から消えた。



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