クローゼ・ベルグ・ヴァンダリア
真っ暗な世界を漂っている感覚。体と意識が繋がっていないような……
最初に俺の視界が戻ったのは、セレスタの波動の様なものを感じた時だった。体の痛みを感じてそれが引いていくのが分かった。
その時に、一瞬だけ笑顔を出せて、セレスタの安堵の表情だけが見えた。――そして、また暗闇が訪れて……。
断続的に、感覚が戻り音が聞こえる。周りはとても騒がしかった。時折感じる優しさと温もり。喉を通る何かの感じていた。――そして、また暗闇が訪れる……。
――ここは何処だろう? この感覚は何だろう? これを感じているのは、誰だろう。此れは……。
『それは君だよ』
――ああ、またこの感じた。そうだ、これは自分だ。
『そう、それは君だよ』
クローゼ・ベルグ・ヴァンダリア。自分の名前を思いだして、これまでの記憶と場景が戻ってくる。
――ここは幌馬車か? 取り敢えず、死んでいないのか……
『少し話をしないか? 』
内側から語りかける声が、自分の中で響いているのをその時に理解した。そして、それに向かって言葉を返そうとする。
「貴方はだれですか?」
一応に発した声は、自らの内側に向くのが分かった。感覚的には、独り言のそれだった。そして、こちらの問いかけに『それ』は答えてきた。
『君の知識で言えば、守護霊? というものかな。英傑の守護者とか英霊の加護と、この世界では言われている。君の言う所の中の人の一人だよ』
その答えに、クローゼは自身が纏う流動なのかと思った。ただ、幾つか引っ掛かる単語が通り過ぎたのも感じていた。
――頭が回らない。
『仕方ないよ。生命の限界まで力を使ったからね。まあ、それで私も君に干渉出来ているとも言える。因みに、初めにそれをしたのは私ではないよ』
考えている事が、彼自身では纏まらない。只、守護霊? 守護者? と言ったそれは声を向けていた。
『守護者。と呼んで貰った方が馴染みやすいよ。私は智で守護する者と認識して貰えばいい。…逆に言えば、知識を欲する者ともいえる。因みに、それは誰よ?は私だよ。』
――好奇心?
『そうだね。君のそれを刺激しているのも私だ。それをさせているのは君だけどね。』
そう言われた感じがして、彼自身はそんな話をする暇はないのではと思う。
『今の君は、どうにも出来ない状態だ。単純に時間を必要としている。この現状で、君がどうなるかのと言うのは他者に委ねるしかない。信頼に値するそれらに任せるしかないよ』
――そうなのか?
『そうだね』
その言葉の後で、守護者と名乗ったそれは話始めた。『それでは本題に入ろう』の言葉を始めにおいてである。
それは、『自分は誰かの問に、君の記憶と守護者としての知識で答えるなら、今漂っているのがそれだ』と言った。クローゼは、槍に貫かれた時に『時間を止めた』要するに存在が消滅したと言うことになると。――彼? の説明はそうだった。
続けて、『黒瀬 武尊が死んだ時に、龍翼の奇蹟によって君を生かすためにその事象が起こった』と言っていた。――だから、クローゼは君に代わったのだと。
『元々おなじものだったからだよ』
時間軸の問題ではなく。黒瀬 咲希がクロセサキでクローディア時に、クローゼはハンネスとの間に生まれる。クローゼを産んだ黒瀬 咲希は、元の世界に引き戻されて……その時には、まだ君を身ごもっていたんだよ、と。
――よくわからない……。
『そうだね。よくわからないよ。君の記憶の深層をたぐるとそうなるよ』
――記憶の深層?
『君が忘れている。それだよ』
彼は、母親の名前だけを覚えていて、天涯孤独だった。施設を出てからの、何となくの記憶はあったのだが……。
守護者と名乗るそれは、触れる事が出来るだけの記憶では、全ては分からないが事実だと。
『だから、自分は誰か? 何て考える必要ないよ』
『君は君だから』と言って、話を続ける様に『今の君の事を話すよ』と語りかけていた。――唐突に語られるそれは、彼も直ぐに理解出来るものではなかった。
――六つの守護者による、守護を受ける存在。魔王を貫きし槍によって、クローゼの体が貫かれた時に、それに封じられた魔力を六つの守護者が宿し、彼は特異な存在になった――
『元々、クローゼ君自体も特殊だったけど、我々がそうなった為に特異な者になったんだよ』
――なぜ?
『何故だろうね?我々を遣わした天極の神々なら分かるかもしれないけれど、単なる守護者には分かりかねるね』
――理不尽な……
……転生なんてものは、理不尽なものだよ。と、はっきりと分からない感じで、彼に伝わっていた。
『そうでなけれは、魔王と対峙してこの程度では済まないよ。それに君の知識なら、今の魔王なら倒せただろ?』
――益々分からない。
『君が君であればそうなっていた。と言う事だよ』
そして、『守護者は万能ではないから』と、それはクローゼについて話を続けた。――彼、クローゼの力は、智の守護者が彼の『皆を守りたい』という思いに答えて、作ったという事だった。
……天極の神々が纏いし、龍装神具のそれを真似て。――君に代わらなければ、これ程にはならなかったけれど、と微かにそれが伝わる。
――自分はなんだ?
転生者?召喚者?超越者?
――特異なる者――
『勇傑なり者』『探求せし者』『慈悲ある者』
『正道たる者』『意志もつ者』『支配せり者』
――意味が分からない。何の話だ? 理解出来ない事が多すぎる。
『意味などないよ』
――意味が無いってなんだよ。俺の事を話しているのじゃないのか?
「結局、俺は誰なんだよ」
『ヴァンダリアだ。我らが紡ぐそれだよ』
クローゼ・ベルグ・ヴァンダリア。結局、それはそう言った。天極の理によってそうなった。自分が誰か?などとは、愚問だと。
『君の言葉で言えば、設定だよ』
「設定ってなんだよ」
天極の理……君が君で有るためのもの。
『だから、君はクローゼ・ベルグ・ヴァンダリアだよ。知識や認識が多数あっても良い。思い悩むのも良い。だが、自分が誰だとの自問は無意味だよ』
「ループしてるだろ?」
『そうだね。申し訳ない。この辺りにしておくよ。中途半端でなんだけれどね』
「何だよそれ? あり得んと思うけど」
『いずれまた』そう言って、それは言葉を止めた。
――取り残された『俺』は納得出来ないまま、何となく、自分が誰か何て言う事が下らない事に思えてくる。そんな気がしていた。
彼は意識を落ち着かせて、考えるのを止める。そして、暫く時間を噛み締めていた。体と意識が繋がるのを感じて、心地よい何かが身体を流れるのが分かった。そして、視界と音が戻り目の前が開けてくる。
そこには、彼を見るセレスタの優しい顔があった。目を開けたクローゼに気が付いた彼女は、柔らかく微笑みを浮かべていた。
――膝枕? をされている様だな。
そんな、セレスタとは別の優しさが込められた気配を感じて、クローゼはそちらに瞳を動かしていった。
少しだけ、疲れているように見えるレニエがそこにいた。ただ、それでも彼女の気高さ少しも損なわれていなかった。そんな感じだった。
彼はそれを確かめてから、軽く瞬きをして、セレスタの瞳に告げる。
「セレスタ。好きだよ」
唐突に口にした言葉に、セレスタは動じる事もなく「はい。クローゼ様」とやわらかな声を返す。
その突然起こった場景を、包み込む様な笑顔でレニエは受け入れていた。
そんな彼女の表情がはっきりと分かる様に、クローゼはゆっくりと身体を起こして、彼女に向けて思いを伝える。
「そんなレニエが好きだ」
その言葉に、いつもの気品のある美しい彼女が、まるで少女の様な笑顔を浮かべて「はい。私もお慕い申しております」と嬉しそうに答えた。
そんな二人の言葉を聞いて、クローゼは何か吹っ切れた表情をする。それを見た彼女達は顔を見合わせてから、クローゼに視線を戻していく。
「話しておきたい事がある。俺の事を聞いてくれないか? 」
クローゼの言葉に、二人は軽く頷いている。心地よい揺れを感じる幌馬車の中で、クローゼは二人を見つめる。
「あ~あ、僕の事忘れているよね」
意識の外からのアレックスに声に、クローゼは一瞬「はっ」となり、彼に驚きの表情をする。 あからさまな感じが、そこには見えていた。
「やっぱり、忘れてたよね」
「大事な話……だと思う。だから、アレックスも聞いてくれ。……気が付かなかったのは謝る」
やけに素直なクローゼに、アレックスは『そうなんだ』という顔をしてから、「分かった」と言って頷いていた。
その場の納得した雰囲気に、クローゼは心の中で向き合っていた事について話を始めていた。
ゆっくりと流れる時間。それに、クローゼの言葉が綴られる。色々な思いが流れて、彼の言葉を受けた三人が真剣な顔をしていた。
最後の言葉を声に出して、それを終わらせたクローゼは、皆の声を聞く前に呟く。
「この話を……自分事を、きちんと話さないといけない人が、まだいる」
その言葉を誰に向けるでも無く、クローゼは心のに刻んで、今は遠くなっているユーベンの街を思い返していた。
本編、改稿改編加泌修正作業、失礼致します。




