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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第一章 王国の盾と魔王の槍
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二十六~退却戦。向けられる思い~

 ある種の機転に助けられて、クローゼを乗せた幌馬車はユーベンを脱出していた。その後、何日か断続的に追撃を受けながら、イグラルードの国境を目指して平原を進んでいる。



「隊長。左翼後方、小隊規模の魔獣騎兵きます」


 馬車を伴った騎乗の一団は、先程振り切った魔獣騎兵に、二度目の追撃を受けていた。その報告を確認したセレスタの指示が、馬上から出てくる。


「カレン、二個分隊で迎撃を。足止めだけでいい。ミラナは分隊を連れて、逆から入って援護を」


 当たり前に声出してから、セレスタは幌馬車に向けて、問い掛ける言葉をつないでいた。


「どちらでもいい。魔法でやれない?」

「絞るけど、今度は僕が――」


 それにアレックスが答えて、控えめな魔力が発動する。その様子を見ながらセレスタは、御者に行先を示した。


「馬車は左に流して」


 アレックスの魔法で勢いを挫かれた、魔獣騎兵の一団に、カレンとミラナがその先頭をかすめる様にクロスして、その一団の動きを止めていた。

 その流れで隊列に戻る彼女らを、セレスタは確認する。その最中に、別の報告が彼女の耳に入った。


「一騎。後方の一団から抜けてきます」


「レニエ。仕留めて」


 集積地で矢を補充した、レニエにそうする意図でセレスタは告げた。意図を理解したのかレニエは、幌馬車の後ろからそれを狙って弓を引いて、そのまま、つがえたていた三本の矢を放った。


 放たれた矢は、騎乗の魔族の額と戦闘獣の両目に刺さり、それを脱落させていく。光景を確認する間も無く、立て続けにセレスタに向け声がする。


「今度は回り込んで、左翼から何騎か抜けて外に」

「何騎? 正確に」


 情報の再確認を促したセレスタは「三です」の声に、前方を走るエストテアの男爵に声を投げた。


「男爵、頼みます」

「任せろ!」


 セレスタは言葉と共に、彼に追従する分隊の動き確認しながら、その先の指示をだしていた。その「抜けて合流で」の声に被る様、御者の横で先程から言葉を出す者の声が重なってくる。


「騎射きます」


 その声に、セレスタが騎乗姿勢から振り返ると、騎射姿勢をとる魔獣騎兵の一団が見えていた。


 ――中隊規模? 百はいない?


 一瞬でそう考えて、彼女は指示を出していく。


「全隊――速度上げて散開。カレン出来る!」

「何とかする」


 セレスタの声に、カレンは自分の馬の速度を落としいく。そのまま隊列から少し下がり――斜め前に抜ける様に駆けながら、騎射に合わせて剣技を放つ。

 それによって、放たれた矢は払い落とされた。


 一瞬の安堵と歓喜の後、散開した一団のどこからか「マルセルがやられた」のか声がする。

 何本か抜けた矢が背中に刺さり、騎乗速度が落ちて、彼は徐々に隊列から下がっていた。


「全隊速度を戻し、隊列を整えて」


 様子と声を聞きながら、セレスタは指示を出した。その後に、直ぐ様隣の騎士を促す。


「ティン。援護して」

「了解です」


 促しに同意が続いて、そのまま「マルセル」と呼ばれた騎士に、セレスタは近付いて並走していく。


「――気を確かに持て」


 彼女はそう声を掛けて、刺さった矢を躊躇なく引き抜いていた。


 ――半端な返しがない矢は綺麗に引き抜かれて、鮮血か出でていた――


 その傷口をセレスタは、その矢を投げ捨てて手のひらで押さえ、治癒の力(ヒーリング)を唱える。

 魔力の効果なのか、飛びそうになっていた意識を戻したマルセルは、セレスタを見て頭を下げていた。


「助かった、感謝する」

「隊列に戻る。速度上げて」


 感謝の言葉を聞いたセレスタは、少し笑顔を見せいた。そして、隊列戻る為に騎乗の速度を上げながら、セレスタは思っていた。


 ――そろそろ限界かもしれない……


「騎射。二射目きます」その声に、彼女は思考に向いた意識を戻して、そのまま指示を出していく。


「全隊、速度を上げて散開――アレックス!」

「私がやります」


 セレスタのアレックスを呼ぶ声に、レニエが声を出し、詠唱の最後の「風の防壁(ウィンドウォール)」と共に、風の流れが壁を作っていった。


 風の壁によって二射目をやり過ごして、その場景に一瞬安堵が起こったが、続いて聞こえた声に緊張が走る。


「隊長!更に後方……敵。大隊規模と思われる、魔獣騎兵がきます」


 それを聞いたセレスタは、一瞬唇を噛んだ。そして、周囲を見回して覚悟をきめる。


「進路を右に……あの丘を越える……」


 その言葉聞いて、カレンとミラナはセレスタに馬体を寄せてきた。恐らく、その指示の意図を察したと思われる。


「迎え撃つのか?」

「セレスタ殿? 」


 二人の言葉に、セレスタは凛とした表情を魅せていた。勿論、流れる速度に相応の雰囲気はあった。


「ミラナ殿は馬車の護衛を。以後の事はレニエさんに頼んであります。残りはあの丘で迎撃をします。男爵には話を通してありますので……」


 はっきりとした声で、話の最後に間をおいて、セレスタはカレンを向き見つめていた。互いの認識が合わさって、会話が流れていく。


「カレン殿。申し訳ないのですが……」


「カレンで良い。たかが魔獣騎兵の五・六百。私一人でも十分では。それに、セレスタがいてくれるなら負けはしない」


「御二人は、何を言っているの? 私も残る」

「それは駄目です」

「それは駄目では」


 そんな、予定調和の様な三人のやり取りを沈黙させる報告が、彼女達に聞こえてきた。


「隊長。前方の丘に騎影あり。いや騎兵多数です」

「魔獣騎兵か?」

「挟撃された?」


 カレンとミラナの驚きの声を、セレスタが安堵の声で消していた。


「カレン、友軍です。あの一番前……レイナード」


 カレンが視線を向けた先には、見覚えのある顔があった。そして、隣のセレスタをカレンは見直していた。セレスタは、それに安堵の表情を浮かべてカレンに笑顔を見せ、凛とした表情に戻っていった。


「全隊、援軍が来ました。……貴殿等の意志と力に敬意と感謝をします」


 速度を維持して丘に向かいながら、セレスタは自身の周りにそう告げていた。彼女の言葉が終わる頃、前方の丘からブラット・コルトレーン士爵の声がした。


「全隊。槍撃戦用意。目標は――」


「行くぞ!」


 ブラットの号令が途中で、レイナードが駆け出しにそれが切られる。そのまま飛び出しに釣られて、何騎かの騎兵が追従する。


「レイナード殿……あ~、目標は目の前の魔獣だ。行くぞ」


 ブラットのよそ行きな、レイナードに掛ける言葉の後、彼の号令と共に騎兵が砂塵を上げて丘から駆け降りる。それを視認して、ブラットも駆け出した。


「ヴルム中隊は幌馬車の護衛だ。そのまま後方へ」


 ブラットの声が、馬蹄の音に負けないことが、セレスタには少し驚きだったが、その声を聞きながらそれを見上げていた横を、レイナードが駆け抜けていった。――そして、すれ違う最中の彼の声は彼女達に届く。


「もう大丈夫だ。俺が来た――」


 そこにいた全員が、振り向き彼を追った。その場は、そんな勢いになる。ただ、セレスタもカレンもその声に、本当意味で安堵の表情をしていた……



 ……セレスタとカレンが丘に上がり、眼下の戦場を見たときの光景は、彼女達の驚きを誘った。


 敵陣のど真ん中を、魔獣騎兵を薙ぎ倒しながら突き抜けたレイナードもそうだが、両翼に挟撃する形で展開した、ヴァンダリア騎兵の槍撃による竜硬弾の掃射によって、音もなく討ち減らされる魔獣騎兵の(さま)が異様に見えたからになる。


「あれは、なんですか?」


 隣に並んだミラナの向こうから、男爵が声を出した。その言葉は、セレスタに向けられたものだったが、彼女は一瞬ためらう仕草をした。


「……クローゼ様からお聞きになるのが、本来ですが。……あれは、ヴァンダリアの槍撃大隊です」


 そう言って、彼女は後方に下がった幌馬車を見て悲しい顔をしていた。


「男爵。それ以上はやめておこう。ここまでも尽力頂いた。ニナ=マーリット王女のもとまで、まだ尽力して頂けるのだ。後は我らの力で……」


「そう言う意味ではありません。隠すとか協力しないとか……」


 ミラナの言葉に、セレスタが弁明とも取れる声を上げた時に、ユーリ・ベーリットが先程までと同じ感じを出した。


「隊長。敵壊走します。 追撃は、しない模様……」


 そう言った、エストテアの騎士見習いの彼は、自分に向けられた視線で、思わず口を手で塞いでいた。


「そうだな。セレスタ・メイヴェリック士爵。貴殿には感謝以外にない。絶望的な退却戦を見知らぬ我らを指揮して、一度も折れることなくここまで導いてくれた。改めて感謝する」


「やめてください。私のせいで何人も命を……」


 男爵の言葉にセレスタが答え、言葉を続けようとして別の声に遮られる。


「死んだ奴の気持ちはあれっすけど、無意味じゃなかったと思いますよ。魔王軍中央突破とかあり得ないっすからね。そんで、あれっすよ……いで! 」


 ティンの話の途中で、マルセルが彼の頭をげんこつを食らわせて話に割り込んできた。


「自分を含めて、ここにいる何人も貴殿に助けられた。それで相殺と言う事はないが、それも事実だよ。もし、立場が違ったとしたら、貴殿の(もと)でなら喜んで命かける。少なからず何人かそうだ」


「クローゼ殿が言われた言葉を、噛み締めさせて頂きます。こうして、兄とステファン殿の仇を討つ機会を与えて下さった事にも感謝します」


 会話の流れを、ミラナが締め括る様に言葉を繋いていた。相応の表情のそれでである。


 それを聞いたセレスタは、幌馬車の中で抜け殻の様になっているクローゼの事を考える。そして自分の気持ちが切れるのを感じて、もう一度唇を噛んだでいた。



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