二十五~脱出。それぞれの思い~
クローゼを抱えたカレンは、ここに至る過程を思い返していた。当然、ギリギリだったのを実感してである……。
突然、ヴァンダリアを名乗り「殿は」で雰囲気の変わったクローゼのを見て、カレンは状況を把握しきれずいた。ただ、彼女は最善だと思い、その言葉のままに動く。
「聞いた通り脱出する。貴殿等もその様にされよ。二人とも馬車まで行くぞ」
カレンは迅速に、近くにいたエストニテアの騎士にそう告げて、アレックスとレニエも促した。
「アリッサは?」
「後で私が戻る。一旦脱出を」
アレックスにカレンはそう答えて、正面の入り口に向けて走り出す。
カレンの向かった先。ホールの正面入り口には、エストテアの騎士が増援の衛士や人狼と争っていた。
「エストテアの騎士は、避けられよ」
そう声を出し走る速度を上げて、カレンは魔装具に流動を合わせ、騎士達の横を抜け剣技を放った。
――剣圧を乗せた魔刃の波動が、立ちはだかっていた魔族の一団をなぎ倒す――
一定の断末魔の叫びの後に、エストテアの騎士達の驚きの声が続いた。
その流れを意にも介さず、カレンは、一旦その勢いを殺してその場で剣を奮う。繰り返す斬撃の度に、標的となった者が絶命の声をあげていた。
「二人とも早く此方へ」
促された、アレックスとレニエが思い残しを後に歩き出し、言葉を交わしていた。
「凄いよね。カレンさん」
「ええ。……兎も角、急ぎましょう」
カレンに引きずられる形では有るが、レニエの護衛の形になっていたエストニアの騎士と共に、二人が正面の入り口を抜けて外に出ることになった。
入り口のホールで二人を送ったカレンが、ミラナを抱えたエストニアの騎士を見つけ声を掛ける。
「ミラナ殿の様子は?」
「意識がありませぬ。状態は思わしくないかと」
それを聞いて、カレンはミラナの首筋に手を添えて、暫く感じる仕草をした。
「我らの馬車へ、セレスタ殿に見せた方がいい」
「わかりました。感謝します」
カレンはそれを見送って、ホールの中央で魔王と対峙するクローゼを確認する。
――クローゼ殿を信じるしかないが、魔王相手の殿では……どれ程の時間が稼げるものなのか? 最悪でも彼女の元に……
そこまで考えて、外から魔法が炸裂する音を聞いてその場を後にした……
幌馬車では、カレンを送り出したセレスタが、若干の不安と戦っていた。
「大丈夫でしょうか?」
「大分派手な感じですが、多分、子爵様の計画もなされた様です」
「計画?」
不安な気持ちを御者に告げると、想定外の答えが返ってきた。セレスタは、計画の精細の求め説明を受ける。それを裏付けるかの様に、エストテアの騎士と共にアレックスとレニエが馬車に戻って来た。
「クローゼ様は? ……状況を」
アレックスとレニエに開口一番で、セレスタそれを向けた。その答えが帰ってくる前に、カレンの声が聞こえる。
「セレスタ殿。早急にミラナ殿の処置を頼みたい。安定したら、合流場所を定時間待機で移動を。私は戻って二人をなんとかする」
精細を聞きたそうなセレスタに、用件のみを伝えてカレンは一旦息を飲む。
「時間がない。最悪を想定して、想定外なのだ。精細は二人に聞いてほしい」
「私も行きます」
「こちらの指揮を。エストテアの騎士達の計画は分からないが、ミラナ殿と協議して最善を」
前のめりなセレスタの後ろから、弓を手にしたレニエがカレンに同意した。
「クローゼ様の状況次第ですが、貴女が希望になり得ます。御自分の適所でお力を。……私も行きたいですが、今はカレンさんを信じましょう」
その会話にアレックスも加わり、セレスタも納得してカレンを送り出した。
送り出されたカレンは、疾風の如く走り、元の場所に戻っていた。そして、気配を消して身を潜め、中の様子を伺う。中の様子と周囲を探ると、数が増えていた魔族達は集まっているだけで、統率はとれていない様に見えた。
それはカレンとって、不幸中の幸いであったと言える。また、完全に中が目視出来る位置についても、自分が気が付かれないのは何故か、という疑問は、その位置について解決する。
「凄まじい……」
カレンは、現状クローゼを取り巻く中では一番強いと思われる。そのカレンから見てもその言葉が出るほど、その光景は衝撃的だったのだろう。
そこで争う二人が、放つ力と魔力がぶつかり交差して、ホールの中程で渦の様な流れが出来ていた。それが集まった魔族には、感じられるのだろう。そこ以外に意識は向いていないように、彼女には思えた。
「なんとかするとは、言ったものの……」
そんな躊躇ではないが、その言葉が出るほど場には雰囲気があった。――それでも皆の所に。……カレンは、その覚悟は持っているつもりだった。
一方の送り出した側では、セレスタがミラナに治癒魔法を施していた。魔力を通した、ミラナの表情をセレスタは確認する。
「とりあえず安定しました。ですが、暫くはこのままで安静にしてください
「すまない。迷惑をお掛けする」
セレスタの言葉に、幌馬車の中で横になるミラナが、弱々しい表情する。
ただ、セレスタにしてみれば、クローゼの影響下で、この状態は少し信じがたく、一層の不安を覚えた。
しかし、彼女は、それを振り払う様に今に向く。
「ミラナ殿。そのまま、少しお話しを、取り敢えず、脱出の計画を聞かせて貰えますか?」
「馬が用意してあります。……それで南部のクーベンに向かって、王女様と合流する……予定です」
セレスタの問に、大雑把に答えるミラナ。それにレニエが、難しい表情を向けていた。
「魔王軍の展開している、南部を抜けるルートでという事でしたら、無謀かと存じます」
レニエの言葉に、返答に困った顔したミラナを見て、セレスタがアレックスに確認を向けていた。
「アレックス。クローゼ様は、ヴァンダリアの名を出したと言ったわね」
「そうだね。そう言ったね」
それを聞いたセレスタは、思案する仕草からミラナに最善を向ける。
「私達と北部を行きましょう。ヴァンダリア経由でクーベンに向かう方が現実的です」
「それでは……」
「レニエさんの手配で、集積地が用意してあります。それを辿るルートなら、街を迂回して進めます。聞いた限りでは、街は使えないでしょうから。後は、ヴァリアントから船で城塞都市国家同盟に向かいそこから、クーベンに行くと言うことです」
「そうですね。それが宜しいかと思います」
畳み掛けられる様に、ミラナはセレスタとレニエに現実を向けられ、彼女は返事が出来ずにいた。思案と困惑のミラナに、セレスタは確かな矜持を見せる。
「ヴァンダリアの名にかけて、最善を尽くします。私にお任せください」
「……わかりました。お願いします」
その言葉受けて、セレスタは幌馬車の外に集まる、エストテアの騎士達に向け、カレンに託された言葉を示した。
「私は、セレスタ・メイヴェリック。イグラルード王国の士爵です。ミラナ・クライフ殿にこの脱出に関して、一任を受けました」
セレスタの声に注目が集まって、エストニアの騎士達の怪訝な顔を向ける。
「非才、若輩の身ではありますが、この件に関して指揮権を頂きます。宜しいか?」
凛とした立ち姿で、エストテアの騎士達を見つめるセレスタに、その場の最上位者であろう人物が答える。
「宜しいも何も、ミラナ殿からの一任なら異存はない。お任せする」
「感謝します」
その言葉にセレスタは答えて、その場で「馬の準備と…」「分隊の編制を」と短く的確で、矢継ぎ早に言葉を続けていた。恐らく、不安を消す為にでもそうしていた。
――クローゼ様はかならず戻る。そう信じる。今出来る事をする。最悪の時は必ず……。
そう、セレスタが決意したときに、あのホールでは終局に向けて閃光が放たれていた……
……閃光が、その場を膠着させる程の光景の後、カレンの全力の覚悟が魔王を弾き飛ばし、彼女の手の中には、意識を朦朧とするクローゼがあった。
「不可侵領域……」
呟かれるクローゼの言葉。カレンはそれを聞いて、その発動を感じた。そして、――どれくらい持つ? ……とカレンは自問する。
「アリッサ……」
その思考に、更に小さな声で呟かれる言葉が入り、それをカレンは視界におさめる。それで、アリッサと目が合って、カレンには頷く彼女が見えていた。
――すまないアリッサ殿……。
そうカレンは思いをのみ込んでいく。ある意味、握りしめる様に最善と信じる決断をカレンはして、その場を離れようとした。
その時、魔王が動く前。突発的に獣化したヴォルグが、カレンとクローゼに向けて、飛翔とも取れる動きで蹴撃を放ってきた。
不可侵領域の発揮で、それはカレンには届かなかったが、その衝撃でホールの入り口付近まで飛ばされる。それに、更に追撃を仕掛けるヴォルグが迫った。
クローゼを抱えたまま、迫撃の構えを取るカレンに、距離詰めたヴォルグが小さく呟きをみせる。
「聞いた通りだな。で、アリッサから伝言だ」
その呟きにカレンの顔が一瞬曇るが、ヴォルグはお構い無しに伝言を押し付ける。
「黙って聞け。で、『大丈夫です。そいつを宜しく』だと」
不可侵領域の壁に、無作為に打撃を加えながら、ヴォルグは魔王との死角に立ちクローゼを見た。
「で。俺からだ。アリッサは俺が守る。で、決着ついてねぇと」
そう言って、ヴォルグは拳に渾身の力を込めて、届かぬであろうカレンに打撃を放った。
「で、ぶっ飛びやがれ」
ヴォルグの言葉をカレンは理解して、その衝撃を利用して後ろに飛んだ。それらしく、かなりの距離を退いて、外の建造物に当たり音と煙をあげる。
そのまま、追撃の姿勢を見せるだけで、あえてヴォルグはその場にと止まっていた。カレンもそう思い、間髪入れず、その場を飛び退きクローゼを抱えその場を後にする。
その光景を立ち尽くして見送るヴォルグと、その場の魔族達。ヴォルグは振り返って、魔王を見た。
「魔王様。で、どうしたら?」
その声で、一斉に魔王を見る彼らに、オルゼクスは怪訝な様子だった。
「どうしたら? とは」
「いや。で。逃げられたのかと」
魔王はそんなヴォルグの言葉を聞いて、こいつはやはり馬鹿なのだと感じていた。
「追えば良い。何故そんな事を聞く?」
そう言われたヴォルグは、ゆっくりと紫黒の騎士の頭を指差した。
「フリーダ様はいねぇし。バーラル様は死んだから。で、魔王に聞くしか」
真顔で、魔王に向けてそう言うヴォルグに、魔王は呆れた顔を見せる。
――衝動的な行動は奴らしいが、所詮従属者と言うことか。
「分かった。追え……いや。人狼何人かで場所を探らせて衛士は全員追撃しろ。残った人狼は、ここを片付けておけ。後、ヴォルグ。魔獣騎兵に追撃をさせる伝えておけ……出来るな」
魔王の言葉で衛士達は追撃に移り、ヴォルグは近くにいた人狼に声をかけた。そして、魔王に『それらしく』答えを向けていた。
「まかせてください」
その声を聞いて、魔王は歩きだし「興醒めだな」と呟いていた。




