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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第一章 王国の盾と魔王の槍
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二十四~乱戦。終劇~

 絶対的な強さの差、というのは何か? または、そもそも強さとは何か? という点について考えさられる。そんな光景が、本来はダンスを踊る為に設けられた場所で行われていた。


 演武者は、クローゼと魔王の二人。観戦する者は、アリッサを除けば魔族側に属する。表面上、クローゼ以外には敵はいない、という事でおさまっている。

 その点を踏まえると、結果的にクローゼは最善の状態は成していると言えた。


 その光景を見つめる者の中で、その次元の話が分かるのはやはりヴォルグだろう。塞がらない傷の処置の為に、それが分かるフリーダは退場していたので、当事者の魔王を除けばそういう事になる。


 そんな彼は、既に擬態化して壁に背中を預けていた。整えられていた正装も、半身に申し訳け程度に残るのみという格好だった。


 ヴォルグの視点で言えば、逃げ去った奴等と入れ替わる様に、彼自身が呼んだフリーダの配下の吸血鬼や仲間の人狼達が何人もホールに集まっている。

 敵として明確なのは、魔王とやり合っているそれだけという事もあって、彼は擬態――人の容姿――になっているのだろう。


 そして、ヴォルグがその場いる理由の一番は、隣に立つアリッサの存在だと言える。その彼女は、息を殺し気配も消して、クローゼを片時も目を離さないで見ていた……。



 アリッサは意識を取り戻した時、混乱して声を上げようとした。それをヴォルグに止められる。


「声を出すな。で、奴が死ぬ」


 そう、言われたアリッサは、幾分か冷静さを取り戻し、状況を把握するのに努めていた。

 そして、ヴォルグの言うとおり、自分が声を出せば、ぎりぎりのラインをクローゼが越えてしまうのが分かった。


「奴は常にお前に気にしてる。で、分かってやれ」


 ヴォルグは、この時、自分の気持ちをではなくアリッサの側についていた。『奴が死ねば、こいつも死ぬか』の判断であったが。


 ――ただ、結果的に奴は死ぬだろう。何度も離脱できるチャンスはあったが、アリッサを気にしてそれをしなかったな。


 そう『自分には見えた』と、ヴォルグは思っていた。


「で、大事な想い人か」


 アリッサには聞こえない様に、ヴォルグは呟いて目の前の光景に目を向ける。ヴォルグから見ても、クローゼと魔王の戦いは壮絶であったと言える。


 戦いの質という意味では、大雑把な雰囲気があったのは否めないが、元々小賢しい小手先に頼っていない魔族はそうなる事が多い。『自分も』と思うヴォルグは勿論、魔王なら尚更だろう。


 そして壮絶な光景に、拍車をかけるのが単純な比較だった。ヴォルグ自身は、単純に「魔力魔量」の総量が強さと比例するとは言わないが、彼の感覚で現状を見るなら、『魔王……は奴の数倍ではきかない。いや、彼には寧ろ十倍程の差はある』と感じられていた。


 それを突然、技の練度が跳ね上がった様な体捌きと、奴のあの力を駆使して詰めていた。それを嬉々として、受ける魔王がそれなりの力を出しているのも、ヴォルグには分かった。


 ――もし自分なら、この戦い方は出来ない。やるなら全力でとなるが、結果的に魔王には届かないだろう。


 そう彼自身が思ってしまったのが、「奴との差なのだろう」とヴォルグは認めてはいた。


 強さとは何か? 。ヴォルグに取って『奴とやり合う前』は単純だった。彼自身で、自分より強いのは魔王だけだった。それなりに名持ちの魔族もいるが、負けるとは思わない。それが強さだと彼は思っていた。


 だが、彼自身は目の前の奴に負けるとは思わなかったが、今はその差を認めている。


 そう考えると、他の名持ちもそれなりに強いのかもしれないと彼にはそう思えた。自身が弱くなった訳ではないが、そう言う視点が増えた。と言うことだと。そこまで考えて、ヴォルグの意識がふと巻き戻る。


 ――魔王……とヤるとか。俺もおかしくなったか?


 妙な感覚を覚えたヴォルグは、改めてその男の動きを追って、小さく呟やく様に声を出した。


「自分の女の前だろ。で、なんとかして見せろよ」


 ヴォルグにそう『見られて言われた』クローゼには、そんな声は聞こえていないが、当たり前にそう考えていた。


 断続的に続けられる攻防の中で、魔王に対して出来る限りの行動を体感していた。繰り出す突き、発揮される対物衝撃盾(シールド)を任意で自動で。更に、空間防護(スペース)を駆使して。そして自身では出来ないであろう、体の捌きと剣の技術を見せていた。


 ただ、彼も限界なのは何となく理解していた。


『そろそろ諦めは付いたか?』


『見てるだけでは、何も変わらんぞ』


 ――アリッサが目を覚ました。


『お前は、魔王ではなくその女しか見て無かっただろう。何度? 抗った』


 答える事が出来ない連なり。現状を客観的に判断すれば、魔王に致命打を与えることが出来ないと分かる。身体的な能力で言えば、魔王の速さは人知を越えるものではない。全開で動いているとは思えないのだが、今の所クローゼの攻撃は届いていた。


 だが、ミラナが見せた魔王を貫いた状態には届かなかった。龍極剣エスターが自分を所有者と認めていないのだろう。最後の一線を越える助力が得られなかったのだ。それが、クローゼの認識にあった。


 唐突に話の流れで、龍極剣エスターに思いが行き、一瞬はっとする事柄が彼を過った。


 ――まさか、模造品と言ったのを気にしてるのか?


『くだらぬ事を。……そろそろ手が尽きるぞ。諦めろ。最後のは抗うな。お前が死ねば慕う者が追従する。そんな分かりきった事を否定するな』


 ――分かってはいるけれど、『はいそうですか』とはとても言えない。

 でも、自分自身。言い方は可笑しいが、それではどうにも出来ない。時間を引き伸ばしているだけだというのも分かる。それは、魔王にも伝わっている気もしていた……。




 魔王オルゼクスは、ヴァンダリアを名乗った男と対峙し、久方ぶりの高揚感を味わっていた。


 ――この魔王たる我に対して、大言を吐いて挑んできたその男が、ヴォルグと戦った時より格段に強くなったのを手を合わせて感じた。


 その感覚であった。その攻防の中で、魔王たる彼自らの魔力が上がるのが分かり、今までの怠慢を多少なりとも自覚する事になった。

 ただ、気に入らない事があるとすれは、何故か意識の一部が此方を向いていない事だった。


 ――我が攻撃の致命打をその能力で防ぎ、繋ぎの攻撃は一重にかわす。こちらに向ける剣先は、特殊な動きで我に届いていた。しかし、やはり力が足らぬ。その点は良いがやはり気に入らぬ。


「半端な覇気など、もはや要らぬ。そろそろ終わりにするぞ。ヴァンダリアとやら」


 魔王は自らに向き合うそれに、そう告げてその手に魔力を込める。その先に立つクローゼは、それが絶対的な力を持つの感じた。


『半端な対魔力防壁(ウォール)では防げんぞ。呪文を唱えろ』


 ――不可侵領域(フィールド)を唱えろと。


『そうだ。それでそのまま逃げるのだ』


 ――せめて、アリッサを連れてからに。


 クローゼとして、諦めの選択をしなければと理解して、魔王から視線を逸らしてアリッサを見た。全くそんな余裕など無いが、残した最後の思いがそうさせた。そこに見た光景に彼は目を疑う。


 それは、アリッサがヴォルグの腕に自ら手をかけ、寄り添う様に体を合わせて、上目使いで何か呟く様だった。


 ――アリッサ、何してる?


『お前より冷静なのだ』


 ――うるさい。


『もう間に合わんぞ』


 その内側の声を聞いた時に、魔王の肢体から放たれてた魔力の波動が彼に届かんとしていた……。




 アリッサの見つめる先では、今まで見た事のない動きをするクローゼが、何故か魔王と戦っていた。彼女は目を覚ました時に、ヴォルグに止められなけれは驚きの声をあげてしまっていだろう。そんな光景だった。


「ヴォルグ……クローゼ様は勝てる?」


「クローゼ? 奴の名か。で。勝てるかと?」


 ヴォルグに近付き隣に立ち、アリッサはそう問い掛けた。回りに聞こえない様に、細心の注意を払ってである。

 そして、ヴォルグの確認とも取れるそれに「そう」とヴォルグの顔すら見ることなく、アリッサは頷いた。


「無理だな……勝つのは」


「そう」と表情も変えずに彼女は、ヴォルグのその言葉に答える。そう、自分が招いた事だと理解していた。自分の軽率な行いが招いた事だと。常に気にされていると、ヴォルグの言葉にアリッサは呟く。


「足枷……」


「違うだろう。で、惚れた女だ」


 ヴォルグにそう言われ、戸惑ったアリッサはそのまま体をよせて、傷の癒えきっていない彼の腕に手をかけた。「うっ」と声をあげるヴォルグに、アリッサは隣いたその人狼の事を、見もしていなかった事に今更気が付く。


「ごめん」と謝る声に即座に「大丈夫だ」と答えが帰ってくる。その答えを聞きながら、一連の会話をアリッサは噛み締める。


 そのヴォルグの言葉は、彼女を絶望的にさせるのに十分だった。


 ――彼が死んだら私も……。


 そして、アリッサは改めてヴォルグを見た。少し距離をおこうした彼の腕を、優しくつかんで体を寄せて そのまま「動かないで」とヴォルグに告げる。そして、流動を合わせて呪文を唱える。


治癒の力(ヒーリング)


 彼女のとっておきだった。その魔法をかけられたヴォルグは一瞬たじろぐ。アリッサは魔力をヴォルグに流しながら、少し延びをするように顔近づける。


「ヴォルグ。私、人狼じゃないの騙してて、ごめん」


 アリッサの告白を、ヴォルグは淡々と受け入れた。そして、アリッサが目を逸らしている目の前の光景に気持ちを向けていた……。




 放たれる魔王の渾身の一撃が、一瞬、何かを躊躇した様なクローゼの防護圏内に入る。勢いに乗った拳を、対物衝撃盾(シールド)対魔力防壁(ウォール)の連続発揮で受け止めた。


 ぶち当たる強さと強さ。弾ける力と力。視界を奪う程、拡がる衝撃。それに伴う絶句と沈黙。煙ともとれる何かが舞っているその光景が――途切れた。


 その時に、彼はクローゼとして、辛うじて立っていた。シンクロしていたそれの気配はなく、肉体が限界を越えたかのような疲労感と激痛が体を襲っている。体にまとっていた見えない鎧は、もはや機能しないほど魔力魔量は減っていたと。そう彼は認識した。


「残り一本かよ。それ使っても、もう動けない」

「まだ、死なぬか……」


 そう魔王が声を出して、辛うじて押し返した距離を詰めてきた。この魔王の言葉をどう取るのかは、受け手次第だが、この場合は本当の意味での絶望だった。


 ――死んだな俺。アリッサ、ごめん。セレスタ、レニエ、みんな……


 そう思って諦めた時に、魔王が右手を向けてクローゼに言葉をかける。


「中々であった。誇っていいぞ、誉めてやる。それでは心置き無く逝け」


 クローゼにも、魔王の右手の先に魔力が集まるのが分かった。それが放たれようとした時だった。


 魔王は横からの衝撃を受けて、クローゼの前から消える様に飛ばされていた。クローゼは事態を理解出来ぬまま、龍極剣エスターを握りしめ崩れそうになる。


「クローゼ殿。遅いのでは」


 言葉と同時に、クローゼはカレンに体を支えられていた。


 彼は「カレンか……」と、意識が遠くなるのを感じながら、残り一つの魔力魔量を流動に合わせて不可侵領域(フィールド)と起動に移る呪文を唱える。


 そのまま。薄れ行く意識の中で、多分……「アリッサ」と呟いたと彼は思った。





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