二十一~乱戦。それぞれの戦い~
行きなりの事に人々は驚き、ホール全体は騒然としていた。ただ、逃げ惑う人波の中で、冷静な様相の者達がステファンの声に呼応する。
彼が用意周到に準備した武器を手にして、魔族やそれに準ずる者達に向かっていた。
「エストテア王国の為に!」
そんな声を聞きながら、クローゼは恐らくこの場で最も強い魔族の三者と対峙していた。
レニエの風陣の束縛によって恐らくは、拘束されている魔王オルゼクス。彼は変わらず、クローゼを見下していた。
そして、クローゼと魔王の間には、ヴォルグに押し退けられたというより、突き飛ばされたというのが正しいフリーダが、片手を付き片膝立ちでいる。
彼女の足は、突き出された側のタイトなドレスが裾から裂けて白い肢体を露にしていた。
「ヴォルグ?」
そして、最後の一人である黒銀の……彼の名をフリーダは声にした。彼女から見る彼は、肩から背中にかけて傷を負って鮮血に染まっていた。
それを見たフリーダは状況を掌握し、突然襲われた衝撃に対する怒りを納める事になる。彼女の二の句は、クローゼの後ろから掛けられた、アレックスの言葉によって止められた。
「クローゼ。アリッサを助けて帰ろう。もういいよね」
「クローゼ殿。約定がある、引かれよ。見るだけのはずだ。……後は我らが引き受ける」
アレックスを追い越して、クローゼに並びながらステファンは彼をそう促した。
圧力に対して、圧力を持って魔王と対峙していたクローゼは、アリッサ・アレックス・ステファンにと、立て続けに「クローゼ」と呼ばれて、この場にそぐわない事を考える。
――俺的には、今はクロセなんだけどな。
「何を唐突に。クロセがどうのと、この状況で」
「家畜ごときが、我らを欺こうとしたのか?」
「クローゼ様。長くは持ちませぬゆえ、御早く願います」
クローゼは、掛けられたステファンの困惑とフリーダの怒気をおいて、レニエの言葉に「何故答えた? 」とは聞かないで、後ろに確認を向ける。
「アレックス」
「聞こえたね」
「そうじゃない。俺の残りは?」
「まだ、行けるよ。って先にアリッサだよね」
――いや…ここで終わらせる。
それが漏れたかは分からないが、彼は続けて思っていた。
――呆気なかったな。……まとめて、切り捨てて終わりだ。
短絡的な思考とも取れるそれで、クローゼは魔王を指してから、なぞるように三者を差し示していた。
そして、彼は「空間防護」と唱える。
――しかし、静寂が流れ行くのみ――
発動、展開されない魔方陣に、クローゼは動揺して最期に指差したヴォルグの手前で、再度それを唱えた。水平展開されるそれが、発動したのを自身が確認して状況を理解する。
そして、軽く……極軽く後悔して……前のめりだった気持ちが消えるのが分かった。自信満々のクローゼの一言からの静寂。その場で、先に声を出したのはフリーダだった。
「ヴォルグ!」
クローゼの動きに、若干動揺していたフリーダが何も起こらない事に怪訝な顔をしながら、クローゼの目の前に立つ手負い人狼の名を呼んだ。
今度は先程とは違う感じであったが、ヴォルグはそれを理解した。そして、遠吠えをする。
「で、逃がしゃしねぇ」
遠吠えから言葉は、先程までの生気の無い感じからは想像し難い雰囲気であった。
現状、ホールに限って言えば、クローゼ達が有利に見える。衛士の多数をアレックスが倒し、ステファンの仲間の騎士達が、数十人が抜刀して戦っている。
そんな状況で小賢しく動く人の感じが、それなりの雰囲気のする匂いであったと、ヴォルグは気付いていた。だが、それに気持ちを奮い立たせたなどと言う事ではないが、明らかにヴォルグの矜持は戻っていた。……それは何故か?
フリーダとクローゼの会話に、彼は耳を使い、何と無くその流れを理解していた。
そして、クローゼの「俺の残りは?」の言葉を聞き、無造作に行われた、彼の魔方陣の展開を目の前で見て気が付く。
――奴とのそれは、で、まだ着いていない。
得たいの知れない奴の力が有限で、目の前のこれが傷の正体なら決着はついていない。それは、先程までこの男が放っていた、圧倒的な強者の雰囲気がない事からも分かった。
ヴォルグの心理状態を表す様に、彼は一歩前にでて正体の分かったそれを上から拳で叩く。衝撃を受けて砕けて消える魔方陣……。
それで、クローゼ達との距離を僅に詰めたヴォルグは、フリーダが手をあげる気配を感じて、その方向を視界にいれていた。
フリーダの降り下ろされ突き出された白く細い腕は、クローゼ達に向かってしなやかに伸びており、何らかの魔力発動がされるとヴォルグは感じる。
それに合わせて、彼も威圧の咆哮を放つ体勢に入った……。
クローゼ達は、向けられたそれを見ていた。先程の傷も無かった様に突き出された、フリーダの手のひらが、威圧的な魔力をためているのをクローゼも感じる。
目の前では、意味ありげに魔方陣を叩き壊したヴォルグが先程までと変わり、生気を取り戻した顔をで彼らに向かって僅に距離詰めてきた。
――何か有れば逃げる――
――アレックスが衛兵を倒して、レニエが魔王封じ込めて、カレンがヴォルグを押さえる。
それを俺が守って逃げ、アリッサが隙を見て合流する。
最悪を想定して、彼らは逃げる計画を立てた。最悪を引き起こすのは、クローゼという前提で当たり前の様にそうなった。……ただ、である。
――そろそろ、カレンが突入して来る頃か? 微妙に計画どうりでは無いな。アリッサまでの距離がある。と言うか気を失ってるだけだよな…大丈夫か?
色んな決断を早くしていれは、こんな事にはなっていなかったかもな。と言うよりも、初めから何もしなければよかった。……なんでこうなった?
何?が最悪かなんて想定出来る訳はない。取り敢えず、フリーダとヴォルグのに対応しないとか。回りには何人だ? 対魔力防壁はどうだったっけ? 範囲防護だから、いいのか?
頭か回らない。誰がなんか言えよ……。
「ミラナ、前に出て紫黒を止めろ――」
ステファンの声がクローゼの隣で聞こえて、彼は肩を掴まれて後ろに押し退けられた。前に出たステファンは、放たれた威圧の咆哮に合わせて剣を一閃する。
「キィーーーン」
空気が切れる感じがして、魔力が消え去った。とクローゼは思った。対魔力防壁の発揮を感じなかったから、何かによってそうなったのだろうと。そして、その光景は隣でも起こっていた。
ステファンとミラナは一閃した剣を戻し、それぞれ相対した敵に向かい構えていく。
「龍極剣エスター。王国の至宝だ。これがあの刻、エバンの手にあれば結果は変わっていたさ」
ヴォルグに対していたステファンが、彼に向かって剣先をのばしそう言った。フリーダに対するミラナは、それと対をなす龍極剣エスターナを彼女向けていく。
エスターとエスターナは、残されし龍装神具であると伝承によって伝わる、エストテア王国の至宝である。対の剣として、エバンとミラナがそれぞれ剣によって、所有者と認められていた。
「我が名、ミラナ・クライフ。龍極剣エスターナの守護者として、王国と王国の民に仇なす魔王に告ぐ。悪行を悔いて、大人しく我が剣の錆となれ」
ミラナ・クライフ騎士爵の口上が、いつの間にか男装に変わっていた彼女から聞こえた。
「全くの無策で、反逆者になった訳ではない。切り札を集めるのに必要な時間だった」
ステファンの言葉は、一応、後ろにいるクローゼに向けられたものだ。ただ、それに対する答えは彼は必要としていなかった。
「さて、ヴォルグ君。悪いが、友の仇を討たせて頂こう。手負いのようだが全力で行かせて貰う」
思考停止寸前だったクローゼの目の前で、ステファンとミラナは、魔族強者二人と戦っていた。
少し前のクローゼと同じに、切り札を切って魔王を倒す事に意思を表して剣を奮う。
そんな彼らを見て、クローゼは思う。
――多分、俺の行動で引きずり込んだんだよな、きっと。取り敢えず、出来る事はしよう。
そう考えて、目の前の二人の援護の為に対象防護を指定して発動する。そのまま、アレックスとレニエにも続けていた。
そうして、邪魔者がいなくなったアリッサとの間を見る。兎に角、アリッサの確保をと彼は思っていたのだろう。
「今なら、アリッサの所に行けるよね。クローゼお願い」
「レニエ、風の精霊の様子は?」
アレックスの言葉に、クローゼはレニエに魔王の状況を確認する。
「何とかと押さえてると。私も感じますが魔王の力が上がっているのでそろそろ限界です」
レニエの言葉にクローゼは焦り、アリッサに向けて歩き出そうとした。
その時に、ホールの入り口からクローゼに迫る幻想の様な影が、僅かな間で彼の行先を塞ぎ、斬撃を仕掛けてきた。
当然の様に、クローゼの魔方陣はそれは防いだが、アリッサとの間に紫黒色の鎧を全身に纏った騎士が立ちはだかる。
「邪魔だ、退けよ」
「退けと言われて、素直に退くと思われるか?」
「じゃあ、退いてよね。爆炎の槍」
レニエの援護で、近付く衛士を魔法で迎撃していたアレックスが、エストテアの騎士何人か援護に駆けつけた事で、彼らにそれを任せていた。
そして、彼がアリッサに向いた時、立ちはだかる紫黒の鎧が目に入る。クローゼとその男の会話に、突っ込む様に声を出して、アレックスが魔法をその男に向けて放った。
呪文と同時に魔方陣が展開して、近距離から、炎の槍が紫黒の鎧に向けて飛び出した。
――アレックスの炎の槍は、紫黒の鎧に命中するが、鎧を炎で砕いた瞬間に、紫黒の騎士はそれを交わして移動していた――
クローゼの横をすり抜けて、炎の槍で体を焼きながら、アレックスへとそれは向かっていく。只の衛士とは違う、尋常ならざる動きだった。一瞬での移動。躊躇無い斬撃がアレックスを襲う。
対象防護指定しているから大丈夫だと、その動きに反応出来なかったクローゼは思った。だが、何とかと振り返った時のアレックスと、それを見るレニエの顔は、彼を後悔させるのには十分だった。
――強いとか弱いとかの問題ではない。二人にはこんな経験をさせてはいけなかった。
そう後悔する。後悔の瞬間、クローゼ視線の中でアレックスに迫る斬撃が――弾け飛んだ。
「アレックス殿、遅くなった。すまない」
その場景は、カレンがアレックスを庇う様に、紫黒の騎士の一撃を文字通り弾き返していた。
「ちょっと、惚れちゃうね……これは」
アレックスの本気とも、冗談とも取れるその言葉にクローゼの気持ちは緩んていく。だが、レニエの次の言葉で引き戻される。
「破られます……」
その言葉に、クローゼは魔王オルゼクスを見る。そこにはなんともいえない、顔をした彼がクローゼを見ていた……。
それを見て、今度は『それがどうした』とは、クローゼは言えなかった。




