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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
序章 王国の盾と記憶の点
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四~覚悟と自覚と書庫~

 この世界は、()の視点では物語である。しかし、そこに生きる者達は、自身を演じている訳ではない。勿論、見る側の(こちら)も、そうであるが故に面白いのではある。


 ただ、異質な入り方をした、クローゼである彼は、今の所『クローゼ』を演じている。それが、差違を生み誤差を演出していた。


 無論、『今』彼に向けられている視線は、人智のもの。当然、こちらの視線ではない。特殊な力でもあるならだが、今のところは大丈夫だ。――それでは、彼の流れを追ってみたい。





 フェネ=ローラ様がその場を後にして、自分に皆が、色々な雰囲気で集まっていた。


「行くとき、見た光景だったな」

「申し訳ありませんが、私もそう思います」


 レイナードの驚きの声に、アリッサが続き、モリス・カークラント士爵も苦笑いしている。


 隣に立っていたセレスタは、途中から怪訝な表情で、今もそんな雰囲気だった。


「本当に記憶がないのですよね」


 こちらの袖を軽く掴み、問い掛けるように、身体を近付けている。――寄る感じでも、掴んだ袖を引くでもなく、絶妙に向かい合う状態になっていた。


「本当だ。君に……というか、嘘なんか付かない」


 彼女との身長差はあまり無い。だから、普通に向き合うと、彼女のおでこを見る事になる。それが顔を上げているので、絶妙な上目遣いに見えて、非常時に困った事になっていた。


「本当なんですね。わかりました」


「本当だ……」と言いかけて、先にセレスタが我に返ったのか、顔を真っ赤にし慌てて手を離した。それで、僅かに彼女との距離が出来る。


 そこで、何か言いたげに唇を動かすセレスタが、大きく深呼吸した――それも、二、三回。


「ごめんなさい……失礼します」


 そう彼女は一礼して、外に向けて歩き出す。


 唐突なセレスタの後ろ姿に、かける言葉を探して固まる。単純に、どうして良いか分からない。それに、謝られるのに慣れるのも――どうかと自分でも思う。


「クローゼ様」


 そんな気持ちで、後ろからモリスの声を聞く。振り向くと、彼が一礼が見えた。


「我らは一度、領地に戻ります。レイナードを残しますので、火急の件がありましたら、早馬にでもお使いください」


「わかった」とモリスに答えて、軽く手振りを加える。レイナードからは「伝書鳩かよ」と相変わらずの口調が聞こえた。


 取り敢えず、彼の声は聞こえなかった事にして、セレスタに視線を戻した。けれど、もう声が掛けられる距離ではなかった。――敢えて声を掛けてくれたのだろうと、モリスの背中にも、心の中で頭をさげておく。



 一息着いた感じに、改めて周りを見ると、メイド服を着た少女が入る。明らかに待っている雰囲気だったのに、軽い頷きを向けてみた。


「クローゼ様、お部屋の方にご案内致します」


 そう、少女が恭しく一礼して歩き出す。それに――空気が読めた? と何故か少し嬉かった。


「ああ、頼むね」


 その勢いで答えて少女の後に続く。歩き出して――この場だけでも広い。と今更に気が付く。


 ――この屋敷に住んでいたらしいけれど、自分の部屋すら分からない。まあ、当たり前に……


「本当に記憶は無いよ」


 そう呟いて、もう一度振り返る。そこには、もうセレスタの姿は無った。――彼女は何を思ったのだろうか? そんな疑問が頭を掠めた……





 ……恥ずかしさの余り、その場を離れてしまった。 早足で、玄関の扉を抜けたあたりで、気になって少し振り返る。


「元に戻ったのかと思った」


そう、後ろを確認して、誰にも聞かれないよう呟いて少し唇を噛んだ。そのまま両手を頬に添えて、軽く『ポンポン』と叩てみる。


「しっかりしろ、セレスタ」


 周りを気にしないで声にして、前を向く。続けて自身にもう一度同じ言葉を心の中で呟き、やるべき事に向かって踏み出した。




 ――中々に、彼女も気丈なものではある。クローゼである彼に伝わるのか、些か怪しい所ではあるが――




 広い屋敷の中は、記憶がない自分には結構大変そうだった。まるで初めて歩く感じで――もう、何処か分からないと心の中で呟き、促されるまま廊下を歩いて行く。


 あの場と同じ屋敷とは思えない廊下を突き当たり、曲がった先の先に、大きな扉の部屋が見える。その前にも、メイド服を着た少女が控えていた。


 後ろからは、アリッサがついて来て、何故かレイナードも当たり前にいた。――そう、当然な顔で。


「レイナー……ド……は、どうして付いてくる……」


 流石に自分でも、言い回しが妙なのを自覚した。だけど、出た言葉は止まらなかった。――何か言われる。そう思った通りに『声』を掛けられる。


「名前ぐらいきちんと呼べ。それと何度も言ってるが、その言い方何とかしてほしいんだが」

 

 ただ、少し違った返答に困惑する。


 今は他人に対して、どう接して良いのか分からない。特に、レイナードにはそうだ。でも、そんな事は関係なく、更に彼は言葉を続けて来る。


「俺は、レイナード。様でも、殿でも、さんでもない。お前の家臣でただのレイナードだ」


 そう言うと彼は立ち止まり、こちらを見据えながら手を広げて、更に言葉を重ねてきた。


「お前はヴァンダリアの男だ。それも、今は唯一、ヴァンダリアを名乗れる男。記憶があろうがなかろうがそれは変わらん」


 彼の言葉は、少ない情報からも『云われれば』確かにそうだ。セレスタの様子からも、皆そう思っているのだろう。その認識で、彼の真剣な眼差しから目が離せなくなる。


 ――ただ、どうしたら良いのかは分からない。


「年上だろうが下の者に、媚びたり遠慮する必要はない。労いと思い遣りは必要かもしれんが、必要ないことをされても逆に困るだろうが」


 レイナードだけでなく、他にもそう接しているのが、彼には見えているのだろうか。それか、仕方ないという気持ちが、透けて見えているのかもしれない。


「自覚を持て。自分で何者か分からなくても、俺達は知っている。お前が、ヴァンダリアだと言う事をだ。そして、俺達はヴァンダリアに付き従う」


 もう、ここが屋敷の廊下なのを忘れる位に、彼の言葉に意識が向く。漠然と何か答え無くてはと思うが、そうする事が出来ない。


「お嬢を……じゃなくてだな、フローラ様を戦場に出せるか? あり得んだろ。だから、戦場で王国の盾である俺たちを率いるのはお前だ。次の世代は知らんがな」


 レイナードから、フローラの名が出てきて、少し冷静になる。それで、彼の表情を見る余裕ができた。だから逆に、彼の顔が曇るのを感じた。


 そして彼は下を向きながら、明らかにこちらに対してではなく。何か言いたげな感じを見せていた。


「次はない、必ず、俺が守る。……絶対にだ」


 その雰囲気のまま、レイナードは「ばっと」顔を上げてアリッサを見る。


「アリッサも言ってやれ」


 彼が向けた言葉につられ、アリッサを見ると、彼女は俯いたまま拳を握り、腕を微かに震わせていた。


 レイナードから聞いた話しでは、白の竜結晶をセレスタに手渡したのは彼女だった。一番近くにいて「何も出来なかった」と自分を責めていたと、後から彼に聞いた。


 一度彼女から、直接謝罪を受けた事があった。その時は、右も左もわからない状態だった事もあり「もう、謝らなくてもいい」とも「不便たからと側に居るように」とも言った。


 彼女は、それを(あるじ)をからの命令と受け止めていたのかもしれない。


「わかった、努力する」


 アリッサの微かに震える腕に、軽く手を添えてそう言った。それで彼女が顔を上げてこっちを見たのを横目に、レイナードが深い息をしてもう一度を見せてくる。


「こんな話しをするのは二度目だ。一度目は気負いすぎていた。今なら逆にまっさらだから、良い方向に向くと思いたい」


 そう言いながら、片膝付きで(ひざまずき)、恭しく右腕を胸にあてる仕草をする。


「閣下。誠に非礼な物言い伏してお詫び申し上げます。臣下にあるまじき言動、お怒りのほど至極当然。いかなる厳罰も慎んでお請け致します。なれど私の言が一考の余地ありと思し召しなら、家臣の諫言とお受け取り下さい」


 そう言いって、頭を垂れたまま、無言でこちらの言葉を待つ……そんな雰囲気を出していた。


 自分は言葉に詰まったまま。驚きを見せるアリッサと顔を見合わす。一連の様子を見ていたメイドは、口に手をあてて驚いた表情をしていた。


 ――どうしたら良いのか『困る』以外に反応できない。


 しばらく沈黙が続くと、レイナードが突然立ち上がり、膝をぽんぽんと払う。当たり前にそんな仕草をしていた。


「行くぞ。取り敢えず、さっきの質問の答えだ。お前の部屋に興味がある」


 そう彼は、何事もなかった様に歩き出していた。


 ――何なんだ?


 そう思わずにはいられなかった。その思考で「ああ」と答えて、こちらも歩きだす。


 ――本当に、どうして良いか分からない。


 分からないまま、取り敢えず部屋の扉が開いたので中に入る。すると、先程の驚きとは別の驚きが広かっていた。


「アリッサ……」


 驚きと条件反射で、助けを求める感じにアリッサを呼んだ。だけど、彼女は顔の前で小刻み手を振っていた。隣に並んだレイナードは、手を広げて「これはあれだ」と言う顔をしている。


 それで、諦めて見直した光景は、ベッドのある書庫。一応、そこにあるのが本と言うのは、理解できた。


 ――自分は勤勉だったのだろうか?


 そう自身の無くした記憶に問い掛け、呆然と流れに任せた……。



 答えの出ない事は置いて……その後の、フェネ=ローラ様に誘われた夕食には、アリッサとレイナードも同席する事になり、少しだけ特別なものになった。


 テーブルマナーがよく分からない、俺=クローゼと、緊張からか、何時もの冷静さを無くしたアリッサの特別な顔。フローラに必死な自己アピールするレイナードと、いつもと違う夕食に、凄く興奮したフローラが俺の膝の上と言う。


 ちょっと変わった雰囲気になった事。


 ただ、フェネ=ローラ様が終始笑顔だったのが、一応の救いだった。――きっと。多分……その筈だ。


2021/09/15加筆修正

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