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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第一章 王国の盾と魔王の槍
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二十~乱戦への誘い~

 瞬間の訪れで、魔王の前に多くの視線が集まる中、一組の男女がまるでダンスを踊るかの様に寄り添っていた。


 一方の男は、自分の胸の中に居るその女性を「殺意」にも似た輝きを瞳に持ち、見つめている。もう一方の女は高揚した顔で、紫色の瞳を文字通り輝かせて彼を見上げていた。


 そして、その女……紫黒のフリーダは驚きと取れる表情をして、彼に何かを呟いた様に見えていた。


 静寂でそれを見守る人々は、その言葉も、彼らの浮かべる表現の真意も分かってはいない。ただ、その場でその男――クローゼ――に意識をむけて、彼を見つめる女性。アリッサ以外はであった。


 そんな彼女の視線を知らないフリーダが、掴んだクローゼの左手を、自らの腰の辺りまで引き下げる。それを利用する形で、軽く彼の服に絡ませていた自分の左手をクローゼの肩から首に這わせた。


 見た目は華奢な彼女のそれは、成人男子のクローゼがその場を動く事が出来ないほどの拘束を持ち、彼に抗う事を許さなかった。

 身をよじるクローゼの首に、フリーダの顔が近付き『赤』に塗られた唇が開き、配色の映える白い牙が存在を主張する。


 それを見たクローゼは、その様子に美しさを感じながらも、幾ばくかの恐怖を感じていた。


 恐怖の訳は、本来なら彼の魔動術式によって体はおろか肢体にさえ届かぬ盾がある。それを越えて、フリーダと肢体を合わせている事によって、恐らく届くであろう事実によって。


 彼は、レイナードの言葉を思い出していた。


「掴めば届くんだな」


 散々付き合わせたこの魔動術式の調整の合間に、差し出された彼の手を掴んだ時、待機状態(アイドリング)であったにもかかわらず、彼が放った拳が胸板に届いた。

 寸での所で止められた拳を彼は確認して、「試して見たかった」と言った後、その言葉をクローゼに向けたのだった。


 彼の特殊な流動に合わせて、複雑な術式を組み上げたそれを彼が使える様にする為に、外れた部分が現状に当てはまる。勿論、結果的にというだけではなく、意図的な所も含まれているというのもあった。


 逆に、フリーダが誤解をしている左手の束縛は、クローゼにとっては絶望的な脅威ではない。肢体の動きに関係なく発動は出来るという事を踏まえれば、問題ではなかった。


 ただ、対象防護(ターゲット)は勿論、直接防護(ダイレクト)は自分を対象にとれ無い。また、空間防護(スペース)を防御に使うには、切れるのが分かった以上、使い処が難しいに至る……。




 フリーダの意図と行動に『恐怖』の二文字が浮かび、レイナードの言葉を思い出して、現状を掌握したクローゼは決断の形に至る。


 ――ヤるか……であった。


「クローゼ様ぁぁっ」


 その意識は、クローゼに向かって走り出しながら、彼の名前を呼ぶアリッサの言葉の響きによって、削がれる事になった。


 叫ぶ言葉に、彼らはその方に意識を向ける。二つの視線を感じたアリッサは、夜会用の礼装ドレスを閃かせて、低い姿勢を取り走る速度を上げた。

 そして、脹ら脛(ふくらはぎ)が隠れる丈のフレア調の裾から短剣を取り出し、フリーダに流れる様な動きで向けていた。


 切っ先を自分に突き出すアリッサに、フリーダが応じた事で、彼女のクローゼに掛けられていた左手が離れ、瞬間的な危機感は去っていった。


「痴れ者がっ」


 更に、アリッサに注意がいった事で、フリーダの込められていた右手の力が一瞬揺るんた。今度はクローゼも躊躇はせずに、フリーダを押し離す。

 一瞬と瞬間と刹那的な。言うならその刻の合間であった。


「アリッサ。危ない止めろ!」


 二人の声が連なって、アリッサに向けられた。しかし、その瞬間彼女は加速する。

 衝動的に飛び出した彼女は、恐らく人生で初めて考えるよりも先に行動した。


 両親を亡くし、幼い妹と共に縁者に育てられた彼女は、自分に残された唯一出来た……考える事。両親に与えて貰った知識という恩恵を、妹を思い考え、冷静に知識や見識を積み重ねた。常に冷静を保ち、考えを巡らせて行動してきた。


 それが認められて……その先に彼がいた。


 ――絶対に死なせない


 握りしめた短剣に思いのせて、飛ぶような勢いでフリーダに迫る。普段のフリーダなら、かわす事も出来たであろう。しかし、目の前のそれが人狼であることに気が付き、切っ先を払おうとした右手に魔力を込めた。


「人狼風情がぁぁっ」


 アリッサの短剣が、フリーダの右手を切り裂いた。逆に、払いのける彼女の腕の振りに続く魔力の波は、アリッサの軽い体を弾き飛ばしていた。


 飛ばされたアリッサは、魔王の座る横を抜けて絵画が飾られた壁に激突する。そして、そのままずり落ち床に横たわる。 衝撃は、クローゼそれで彼女に届かなかっただろう。続いた、打ち付けられる魔力が彼女の意識を奪っていた。



 一部始終を呆然と見ていたクローゼは、激昂の中で考える。


 ――こうなる予感はあった。あの時、躊躇(ちゅはうちょ)などしなければ……。


 と、倒れ込むアリッサに、衛士が向かうのが見え、思いを決めたクローゼは大声で叫ぶ。


「アレックス。ぶっぱなせ――」


 言葉と共に、目の前の切り裂かれた腕を押さえて彼を見るフリーダを、今までの彼からは想像できない目で見つめて、思いを込めた雰囲気を出した。


 ――殺してやる。


 明確な殺意をフリーダの首に定めて、空間防護(スペース)を発動させる為、起動の詠唱をした。その刹那――フリーダが視界から消えて、ほんの僅かに遅れる様に水平に魔方陣が展開する。


 そして、目標を失ったかに見えるそれに、消えた様に見えたフリーダを押し退けた。「それ」ヴォルグが当たる事になった。展開した魔方陣の裂傷は、血飛沫あげて彼の肩口から背中にかけて走るようにも見えた。


 ――(うめ)きも悲鳴も上げないヴォルグ――


 ヴォルグの顔は、切り裂かれた傷の痛みではない何かで雲っている様子で、そのまま生気の感じられない目でクローゼを見ていた。


 彼がその視線を感じた時、クローゼの後方から無数の爆炎が残像を残しながら通りすぎ、アリッサに群がっていく衛士達を炎で包み、爆音と共に爆散させていた。


 その光景を頬で感じて、クローゼはヴォルグを一瞥する。それから、フリーダとその向こうで立ち上がり自身を見下ろす魔王を見据え返していく。

 怒気とも覇気とも取れる魔王の雰囲気に、クローゼは殺気を込める。


 ――それがどうした?


 その思いとは別に魔王の周囲の風が、意思を持った様に巻いていくのをクローゼは感じていた……




 アリッサが飛び出したのをステファンが見た時に、隣に立っていたアレックスがホールの内側へ歩き出すのを感じた。彼の視界がアレックスを完全に入れて、アリッサの華奢な体が宙に舞い壁に当たる音が聞こえる。続いて、クローゼの大声がホールに響いた。


 それと同時に、斜め後ろのレニエが聞き慣れない言葉を発しながら前に出ていく。


「我と契りし風の精霊(シルク)よ。その力を持ちて彼の者を拘束せよ……」


 精霊に詳しい訳ではないが、第八階層の上位精霊の名を耳にしてステファンは驚きを覚えた。彼女のその言葉が続く最中に、アレックスの呪文を唱えた声とその光景に更なる驚きに直面する。


  「爆裂の火焔流弾(バーストフレイム)


 アレックスが、起動の為の呪文を唱える。


 起動呪文を切っ掛けに、同時で瞬間的に数える事が出来ない複数の魔方陣が、彼の前方に展開した。そこから放たれる魔力が、うねりを起こし炎と類似した火焔を作り飛翔する。


 同時にレニエが「風陣の束縛(ウインドバインド)」と詠唱を終えていた。

 

 呆然とした、ステファンの目の前で起こる光景。悲鳴と絶叫が交差して人々は逃げ惑う。それを引き起こした場景。……炎に包まれ爆散する吸血鬼の衛士。魔王を取り囲む様に廻る、目に見える風の渦。


 そして、魔王を見据えるクローゼの後ろ姿。


「ミラナ。私は何を見ている? 彼らはなんだ?」


「貴方に分からない事が、私に分かるとでも?」


 掛けられた言葉にミラナは答える。見識や経験において、ミラナはステファンに及ばないとの認識があった。だから彼女は、素直に思った事を口にした。そして、見たままを出す。


「ただ、好機だと」


 ステファンはミラナの顔を見て、その表情を認識する。そして、エバン・クライフの存在を……。


「我が友の敵か?」

「はい、我が兄の(かたき)です」


 真っ直ぐな目で、ステファンを見るミラナの顔は覚悟決めていた。頷きを返す覚悟が息を吸い、その振り返しを放つ。


「エストテア王国の為に、魔王を討て――」


 ステファン・ヴォルラーフェン子爵の声がホールに響いた。その瞬間になる。




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