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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第一章 王国の盾と魔王の槍
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十八~クローゼ対ヴォルグ~

 開幕の激突音を辿る、その前の攻防に視点を向ける。単純な正面激突であったが、委細に触れれば、それなりの攻防であった。


 ヴォルグの放った、威圧の咆哮(ソウルブレイク)の魔力発動を対魔力防壁(ウォール)の発揮でクローゼが防ぐ。その直後、直線的に出されたヴォルグの拳を、クローゼが剣で防ぐ動きをしていた。


 直線が彼に届く前に、魔方陣が展開しヴォルグの拳をを受け止めていく。しかし、撃ち抜こうと出されていた拳は、そのまま魔方陣をねじ込む様に湾曲させて、遅れてきたクローゼの剣の腹に当たり、カン高い音が響きわたる。


 それで、両手持ちの剣に痺れるような刺激を感じて、衝撃を逃がす様クローゼは後ろに飛ぶ様に下がっていた。

 続く筈のヴォルグの追撃は、二度目のその妙な感触を確かめる様に、自らの拳を眺める彼の行動によって止まっていた。


 ――威圧から、変身の流れでヴォルグの一撃は魔力の同時発動により、最初のそれよりは劣った。しかし、この威力である――


 クローゼは、それを織り込んで動いた訳ではなく、正攻法の剣で挑んだ。クローゼ自身も十分強いと師匠にお済み付きを貰っている。しかし、ヴォルグのそれを体感して、彼は「やはり」と感じる。


 ――強いし速い。普通には無理か?


 そんな、クローゼの思考であるが、落胆ではなく冷静な認識だった。


「今ので、殺れなかったのは、で、初めてだぞ」


「その程度、初めてではないぞ」


 クローゼの言葉が終わると同時に、ヴォルグが動いた。瞬く間に間合いを詰めて、肢体を駆使した連撃が繰り出される。クローゼは、それを連続展開する魔方陣によって迎撃する。


 自動発揮される盾魔方陣に、防御を任せてクローゼは攻撃に専念する。しかし、目では追えるヴォルグの動きに剣先が届かない。攻防を続ける中では、絶望的な距離ではない。しかし、ヴォルグの瞬間的な動きでかわされていた。


「そんなんじゃ俺は殺れんぞ」


 剣を奮うクローゼにそう言ったヴォルグは、既に頭が冷えたのか、激昂した様子はなく余裕の笑みまでたたえていた。


 ――もう、冷静になりやがって。


 と、心の中でクローゼは呟き、届かない斬撃の最後に距離を取る動きした。


 そして、片手に剣を持ち、いつもの双剣の構えを取る。片側は徒手で空剣であるが、あたかも二刀のそれであった。

 そして、持てる最大の瞬発力でヴォルグを向かって距離を詰め、直前で体を返して回転するように下から剣を走らせる。


 余裕な顔のヴォルグの動きを冷静に見て、クローゼは空間防護(スペース)と呟き、ヴォルグの避ける動きを阻害する様に、彼の後ろに魔方陣を展開した。

 

 ――徒手の指先で、場所と角度をイメージし、示すを意識と連動させ的確にそれを指定する――


 顔面間近にヴォルグの拳を感じながら、練り上げて貰った魔動術式による自動発揮の魔方陣を信じ、クローゼはその動きを加速する。


 そして、その一連の動作を、ヴォルグは気付いていなかった。


 その為、然程な速度ではないクローゼの剣撃を、瞬間的に飛び退く形でヴォルグは避けようとした。しかし、背中に突然衝撃を受けて、ヴォルグの身体(からだ)が止まる。


 迫る剣先を身体(からだ)(ひね)りかわそうとしたが、痛みより、クローゼの剣先で弾かれ飛び出した、鮮血が先に彼の目に入っていた。


 何が起こったか考える前に、ヴォルグの目の前の敵は、当然の流れのように二撃目を出してきた。そして、先程のそれが繰り返され、身体から鮮血が飛び散っていく。


 その血を視界におさめて、ヴォルグは驚く。


 ――向こうの攻撃よりも、俺の手数の方が明らかに多い。で、その尽くが届かない。

 それで、また……。一撃で殺るつもりで繰り出しているのに、奴は躊躇無しに前に出て来る。普通と奴なら。……見えている。奴の剣は……で、何が起こっている?


 端から見ていると、クローゼが一方的に殴られ、時折繰り出される彼の剣が、ヴォルグに出血を強いているという構図になる。

 付け加えるなら、ヴォルグの避ける動きがぎこちなく、そしてヴォルグの連撃には、美しい魔方陣が連動して浮かび上がっていた。


 言うなれば、矛と盾であった。構図は地味だった。本人達ほど周りには、すごさが伝わらない。


 そんな様相を見る魔王には、クロセのやっている事は見えていた。その能力は評価できるが、ヴォルグをねじ伏せる程の力が無いことも分かった。ヴォルグについては、想像通りであるが、クロセの能力を上回る何かが出て来るとは……思えなかったであった。


 魔王の最初の感情が冷めているのは、遠目から見ているステファンにも分かった。そして、彼にも恐ろしく凄い事が起こっているのは分かる。――ただ、ある意味実力が拮抗しているのだろう。先が見えない。そう思いステファンは、隣のアレックスを見た。


「どうなるのだ?」

「暫くこのままかな。二人共余裕あるからね」

「何が起こっている。いや、彼のあれはなんだ?」


 そう言われたアレックスは、少し考えてから言葉にする。


「う~ん。彼は変人だからね。簡単に言うと魔法で魔法を使ってる。守るに特化した魔法。でも、いつもの装備なら終わってるよ」

「終わる?」

「うん。あの人狼死んでるね」


 ステファンはエバンの顔がよぎった。


――黒銀のヴォルグを殺すのか?


と、彼は疑問に思う。拮抗した状態に持ち込んでいるが、技量だけ見ればクローゼは然程でもないと。


 ――武器ごときで変わるものなのか?


「あっ、でも何か狙ってるね。と言うか、ヤバイ顔してる。だよね」


 アレックスは、レニエの顔を見て同意を求める様に彼女の反応をみる。レニエ「そうですね」の言葉に「そうだよね」と確信をみせていた。


 アレックス達の会話を聞きながら、ステファンは思っていた。


 ――彼らの言葉に。いや、会話に緊張感が薄れているのは、この場にの流れが、何となく彼が意図した物になっているからか? 彼の力を信用しているからなのかも知れないが。


 彼には、クローゼの思惑は分からない。ただ、クローゼが派手にやってくれたお陰で「彼らの」準備が出来ていた。


 ――彼らの力が想像以上なのも都合いい。そしてこの流れなら。


 それは、ステファンの決意に続く思いであった。


「ミラナ準備は?」

「はい」


 先程まで存在を紛れさせて、その場にいなかったミラナが当たり前の様に答えて、ドレスを少しつまんで、その中の彼れらの決意を見せていた。


 それを見て――クローゼ殿だけ返せばいい。ステファンはその言葉を手繰(たぐ)りそう思った。そして彼は、クローゼが剣を振るに目を向ける。そこには停滞の感じが見えていた……。




 全体的にその場にいる者が、なんとなく地味な攻防に飽きを見せていた。ヴォルグの傷はある程度増えはしたが、徐々にクローゼのそれに対応し始めている。そんな流れの最中であった。


 結果を見切った魔王が、ある程度満足したのだろう。隣に立つフリーダに指示して、目の前のそれを止めさせようとした。そして、それから目を離しフリーダの横顔を見ながら「止めよ」と言葉を出したその時――ヴォルグのうめき声がして、魔王はそちらに視線を戻した。


 オルゼクスの視線の先に、右腕の外側を手首から肩先にかけて切り裂かれ大量の鮮血を流し、それを左手で押さえて後ずさるヴォルグが見えた。


「それをかわすかよ」


 クローゼの声に、魔王の意識がそちらを向く。そこには、半笑いで得意げな顔をしたクロセのクローゼがあった。


「次もやるぞ。気を付けろよ」


 目の前のヴォルグに向かってクローゼが、更に顔を緩くしてそう言った。しかし、ヴォルグにも、それを見ていたフリーダすら、何が起こったか分かっていなかった。そんな二人は、共にクローゼを凝視していく。


 二人の視線を集めるクローゼは、ヴォルグとの攻防の中で思っていた。


 ――ヴォルグの攻撃半端ねぇな。対物衝撃盾(シールド)切れたら死ねる。

 

 と、そんな打撃を間近で受けながら、空間防護(スペース)を使いヴォルグの行動を制限して、クローゼは相手に傷を負わせていた。

 しかし、ヴォルグの自己治癒力で徐々に回復する傷を見て、平静を装いながら焦っていた。


そして、彼はふと思った。


 ――空間防護(スペース)の魔方陣って、横から当たったら切れんじゃないのか? ……固いし。


 その思考を具現化した結果、ヴォルグの右腕にダメージを負わせたということになる。その結果によって更に「気を付けろよ」の言葉の前後で、緩んだ顔の感じまでの勢いで『その先のヤバイ事』を試したいとクローゼは思っていた。


 そんな事を相手が考えているとは思っていないヴォルグだが、何をされて自分の右腕がこうなったか分からない。致命傷ではないが、流れでそのまま殴っていたら、拳の先に唐突な痛みを感じて本能的に打撃の軌道をかえた。


 そして、撃ち抜き戻した腕から鮮血が吹き出した、となる。


 理解への思考よりも先に、ヴォルグは右腕に魔力を集中して力を込め止血していく。傷はまだまだで、動きも鈍くなったが、取り敢えず問題ないと彼は判断した様であった。


「そんな事も出来るのか」


 クローゼの声に、ヴォルグの意識は捕らわれる。そこに居るその男の雰囲気は、先程までと違い「獲物狩る」それに見えた。


 ――黒銀の俺が、で、そう思った?


「うるせぇ。で、殺すぞ」

「吠えるな。犬野郎」

「てめぇ…」

「何処がいい?……腕か? ……足か?」


 何を言っているのか、ヴォルグには分からない。ただ、本能が『ヤバイ』と告げていた。その感覚がクローゼの言葉にはあると、ヴォルグは分かった。


 ――このまま行くか? で、何か言うか?


そう、ヴォルグが迷っている所で、横槍が入いる。


「止めよ。埒が明かぬ。魔王様はもう良いと」


 絶妙なタイミングで、フリーダが終了の合図を口にした。体裁上は、両者決め手無しの痛み分けと見える、その声だった。


 それは、ヴォルグにとって、絶妙で微妙なタイミングであった。

 自身は傷だらけで相手は無傷。それ所か触れることすら出来なかった。そして最後のクローゼの雰囲気に、――このままだと決まってしまう。と、ヴォルグは思った。


「仕方ない。この位にしておいてやる」


 クローゼの声がして、ヴォルグの何かが壊れたのだろう。その声に向かって拳を向けて走った。思いの他、後ずさった距離をヴォルグは感じる。


 その光景をクローゼが捉える。彼は終了を告げる意味で、ヴォルグに軽く声をかけた。終ったのだからと深く考えていなかった。何故かではない。たた、ヴォルグがクローゼに向かっていた。


「そうだよな」と呟いて左手でヴォルグを指差す。


 このまま、向かってくる軌道上に空間防護の魔方陣を水平に展開すれば……と。



 その瞬間、ヴォルグに向けた左手の手首を誰かに捕まれた。掴んだその手は、青白く生気を感じさせないものだった。


「もう、止めよ」


 フリーダの声とヴォルグが発揮された魔方陣を殴る感じが、クローゼを通っていった。

 その状況でクローゼは、『声』の主を見て、なかなか美しいとそんな表情を見せ、唐突に驚きに変わる。


 ――じゃなくて、何故掴まれてる。えっ?……であった。






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