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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第一章 王国の盾と魔王の槍
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十七~茶番の終演~

 魔王オルゼクスの言葉の後に流れる、再度の沈黙。それを複雑な心境で見る人々の『思い』を、その主たる彼は理解していたのだろうか。それは定かでは無いが、雰囲気は斜め上を行く感じだった。


「魔王陛下。自分で自分が何者かと自問の最中にて、『何だ?』と問われても些か返答に困ります」


 彼はそう言うと、呼吸を整え魔王から視線を外し、体を翻しアリッサに真面目な顔を見せる。視線を向けられた、アリッサから見た彼の眼差しは、今までとは違う様に見え、『任せろ大丈夫だ』と彼女には聞こえていた。


 ――クローゼは、アリッサを見たその瞬間に待機状態(アイドリング)を続ける術式から、対象防護(ターゲット)を選択し頭の中で唱え、アリッサを包み込んでいた――


 そして、彼は確実にアリッサの瞳を捉えて、微かに口形をかえた。アリッサには、それが何と言ったかは分からなかったのだが……。




 クローゼは、一連の動作を然り気無くこなし魔王に向き返る。そして、一段声の質を上げて魔王に自身を告げていく。


「魔王陛下の御身の前で、我が名を発する非礼を御許し頂きたい。我が名はクロセ。クロセと申します」


 堂々した態度で、そう言う彼の思考は『やってやった』感があった。


 ――大事な事なので二回言った。本名だが偽名だ。配慮が微妙過ぎるかも知れないが、皆なら察してくれるだろ。


 とは、クローゼの心の声である。


「そこに控える黒髪の女性は、私の大事な想い人。魔王陛下の御前に、どうしても帯同をとの申し出があり、やむなくお請け致しました。それを何を勘違いしたのか、勝手に自分の女などと下卑な発言。看過出来ぬ故、魔王陛下の御前にも関わらずこの様な愚行に」


「何だとてめぇ」そう、ヴォルグが遮る様に声を挟んだが、魔王の一瞥で、彼は再び沈黙彼方へ向かっていった。


 ここまで来るとクローゼのペースなのだろう。初めに、魔王が動かなかった時点で、そうだったかも知れないが……魔王はクローゼに食いついている。

 そこには他の者が入る余地はない。そんな雰囲気である。


「成る程。看過出来ぬか」

「御意に」

「それで魔王たる我れに、我が配下の黒銀のヴォルグの制裁を懇願すると?」


「滅相もございません。魔族の法にて、制裁の許可を……いえ、制裁ではありません、躾です。高貴な正妃様の従属者足るよう、飼い犬は飼い犬らしく。手癖が悪いようですから」


 この辺りで、ヴォルグの感情的抑止は爆発寸前になる。それをクロセと名乗るクローゼ越しに魔王は見て思っていた。


 ――なかなか出来上がっているな、今暴れたら手を焼きそうだ。


 と、改めて魔王はクローゼを見直して、思案の風を作っていった。


 ――それもそれだが、魔族に法などない。結局力が全て……いや、そう言う事か、笑止な。黒銀は単純な殴り合いなら鉄黒や漆黒に匹敵する。衛士ごとき葬ったとて……まあ面白い。



「魔族の法とは?」

「力が全てと聞き及んでおります」

「成る程。では、黒銀を力で伏せると言う事か?」

「左様で御座います」


 それまでの会話の流れで、魔王の瞳に覇気が少なからず戻っていた。笑顔と表現していいのか分からないが、魔王の顔には表情が出ていた。

 隣のフリーダも、別の意味でそうなっているが、ヴォルグを伏せるという点については、鼻に掛かる笑いが見える。


 また、名指しされて、見えない鎖で繋がれたヴォルグは、魔王の声さえあれば今すぐにでも、と言った感じだった。


「面白い。黒銀をねじ伏せる力があるか。良かろう、もし……」


 魔王の「良かろう」の言葉に、ヴォルグが反応する。彼に背を向けるクローゼに向けて、瞬間的に距離を詰めて渾身の一撃を放っていった。打ち出された右の拳は、擬態と呼ぶ人の形で出せる彼の最大だった。


 ――完全に不意討ちの形――


 ヴォルグはその一撃で、目の前それを『文字通り』粉砕するつもりだった。だがそれは、唐突に発揮された魔方陣で受け止められる。

 撃ち抜こうとした拳は、弾かれることなくヴォルグをその場に留めていた。その瞬間、凄まじい音がして、周りからも声が上がっていく。


 しかし、魔王は微動にせず、フリーダはそのヴォルグを見据えていた。そして、それを打ち込まれた当の本人は、至って冷静な様子で振り向きもしないで、それに答えていく。


「『待て』も出来ないのか?」


 クローゼが、ヴォルグに向けた呟きの本当の意味は、彼には分からないかも知れない。ただ、二撃目の意識を彼が込めた時、フリーダの「馬鹿者」という言葉で理解する。


「魔王様の御言葉を遮るとは愚か者。控えよ」


 ヴォルグが、フリーダの声を見た先に自分を指す魔王の指と不機嫌そうな顔があった。


 彼は――最後まで話を聞けなかったという事か? ……と熱くなる頭で考えたが、思考が纏まらず、そのまま後ろに残して、……いや、置いてきたアリッサを思い出し彼女を視界に入れる。


 彼女は口に手を当てて、不安そうな眼差しをその場に向けていた。そして、その意味も今のヴォルグの状況では分からなかった。


 その間に、クローゼが歩きだして先程の首なしにした衛士の手から、剣を取り軽く振っていた。そして、ブラットがよくやる仕草を、それらしく真似てその剣を流し魔王に一礼する。

 そして、そのまま剣先をヴォルグに向けて、こう言った。


「ヴォルグ殿に剣を。……ああ、犬には無理か」

「てめぇ?」

「『待て』だ。魔王陛下の前で、正妃様に恥を欠かせるな。爵位は飾りか?」

「なっ」


 魔王がヴォルグの怒号を止めた辺りで、クローゼの方針は、最初に魔王に媚びた流れでヴォルグを標的にした。無論、話をまとめる為にであった。


 ヴォルグは、知識がないだけで頭が悪いと、クローゼは思わない。戦闘に関して言えば、冷静で残忍であるとのだろうと思っていた。『ク○野郎』と言ったが、エストテア王国最高峰の騎士が、そんな奴に肉片に変えられるわけはないからだと。その上で、彼は心の中で呟き思っていた。


 ――気に入らないのは事実だけどな……。


 その感覚で先程の一撃も、細心の注意を払って冷静さを装ったが、剣技無しのカレンやレイナードの本気の一撃を凌駕する。擬態の一撃と考えれば、更に上があるのだろうと。起動中だったが、気付いた時には、背筋が凍る感じがした。


 ただ、ここに立てているのは……あの時のおかげなのだろうと。彼が体感した彼らの全力。人外な部類の強さについてである。


 ここに来る前に、クローゼは散々気を付けろと注意されたので、起動中のこの魔動術式をレイナードとカレンの二人で試していた。勿論、何でも有りである。


 カレンは躊躇したが、レイナードとアレックスに言われて参加した。最初は遠慮がちに、レイナードの必死さが伝わり、最後は「全力でこい」の言葉にに、彼女の持ちうる最大限を披露した、と言う事になる。


 当然に、あり得ない程の煌めきで、「死ぬかと思った」をその場に出し、彼は受け切って魅せていた。そして、カレンが更なる皆の信頼と尊敬を勝ち取り、クローゼは、カレンをカレンと呼ぶことになる。


 ――皆も納得してくれた。ブラットとヴィニーが俺に向かって『クローゼ様も十分人じゃないです』的に言っていたのも覚えている。


 その上で、クローゼには死なない算段はあるが、ヴォルグを倒すのは『俺には無理だ』の自覚もあった。あの双剣が持ち込めたら、話しは変わるが今はない。

 なので、彼は煽った流れでそのまま行くことにしたと。冷静な殺し屋でなけれは、何とかする手はあると短絡的な発想ではある……。




 クローゼは、剣を拾う時にさりげなくアレックスとレニエの方を見ていた。チラ見なのだが、拾えた表情からギリギリな感じがする。その認識を彼は認めていた。


「魔王陛下。始める前に私的な言を御許しください。相対する男爵殿は、淑女に対する配慮が見えませんので」


 クローゼは、ヴォルグに向けていた剣先を納め、魔王に儀礼をはたして断りをいれて、アリッサに向いていく。


「アリッサ。下がって見ていてくれ、そこは危ない。君は大事な想いの人だ。何かあったら……その困るから」


 大きめな声だった。周囲に聞こえる様にクローゼはアリッサを真っ直ぐ見つめてそう言った。アリッサは、小さく「はい」と答えて下がっていった。……その言葉には、色々な思いが込められていたのだろう。


 遠くからそれを見ていたアレックスも、クローゼの言葉とアリッサの動きを見て何か思う所があったようだ。それが何かまとまったのか、隣に立つレニエに向けて声をかけていた。


「妬けちゃう?」

「私も一番だと言って貰えましたから」

「そだね」


 緊張感が無いわけではないが、それとこれとは話が違うのだろう。二人の会話を聞いていたステファンは、呆れた様に呟きを出していた。


「『何だ? 』の答えが、分かりませんとは。アリッサ殿には助けられたが、彼の行動が彼女の為とは。まあ、分かりやすいのか」


 出した言葉で彼は、軽く息を吐いて呼吸を整える。そうして、ステファンは思った。


 ――そろそろ緊張で吐きそうだ。茶番はおしまいしてくれ。


 彼の気持ちを察したのかは別に、アリッサが下がったのを確認したクローゼが、剣先をヴォルグに向けていた。


「これで分かったか? 彼女は俺の女だ。犬野郎」

「何が『分かったか』だ。で、殺すぞ」

「こちらは躾だ。殺すのは勘弁してやる」

「なめてんのか?てめぇ」

「なんで分かった?」

「なっ、てぇっ、で、ぜってい殺す」

「ヤれるもんならやってみろ」


 二人のやり取りに、魔王が立ち上がるのがクローゼには見えた。そのタイミングで、彼は魔王に意識を向ける。


「魔王様。そろそろ宜しいか? 当方の化けの皮が剥げかけて、儀礼所作が面倒になりました」


「なかなか面白奴だ。黒銀は強いぞ、瞬殺など興ざめだ。心して殺れ」


 そう、オルゼクスは、クローゼの言葉に容認を向け、ヴォルグの見えないを手放す。


「ヴォルグよく耐えた。後で褒美をやる。存分に殺れ」


 興奮ぎみに、双方に声をかける魔王。その表情は明らかに、魔力を帯びていた。そして、二人の応じる声を聞き、魔王オルゼクスは思い至る。


 ――これぞ我らだ。


「フリーダ」


 勢いよく椅子に戻り、オルゼクスは傍らの紫黒に声をかける。魔王の意図を素早く察した、彼女の号令がかかった。


「始めよ」


 その言葉と共に、クローゼは剣先を引き絞り無造作に前に。ヴォルグは、威圧の咆哮と共に獣化して飛び出した――


 二人の激突する音がホールに響きを魅せる。……ある種の幕開けであった。



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