十五~魔王謁見。覚醒~
それぞれの思いのままに、その刻を迎えていく。それは、クローゼ達だけではない。ただ、彼らはも軽い夕食の後、エストニアの王宮で開かれる、舞踏会なるものに来ていた。
その場景は、メインとなるホールに繋がる大きな扉はすべて開け放たれ、前室や廊下には人側と思われる貴族やその子弟や夫人に令嬢……その他の人々が多数見えていた。
所々に立つ正装で帯剣するのが、ステファンの話では、吸血鬼の衛士だという事になる。
「主賓はもう来てるのか……」
クローゼの僅かな呟きの「主賓」とは、当然、魔王の事であった。形式的には多少の事はあるが、この場自体の特殊性と、魔王が流石に『踊る』などという事はないのとの認識で、そう言う事だろう。
今のクローゼは、踊れる訳もないので格好だけは正装だった。そこで、魔王が分かる位置で、衛士の死角を探して空気になるつもりだった。
ただ、彼にとっては 、取り敢えず顔だけは見えたので、条件クリアとも言えなくはない。
隣には、此方も踊るつもりはないが、夜会用の正装なドレスを着たレニエがいる。若干足首が見えている感じで、本来の目的を考慮しての事と思われた。
また、中性的な装いだったアレックスは、魔王の顔をチラ見して「吐きそう」と言って何処かに消えていった。
クローゼ的に言えば、まあ、そう言う事だろうとなる。
そして彼等の前には、ステファンが女性を隣に連れて立っている。彼が、どうやって彼等をここにいれたのは、クローゼには謎なのだったが、彼はそんな二人を見て、ここへ来るまでの事を思い返していた……
「妻だ」と爽やか笑顔で、イライラしていたクローゼに向けて、ステファンはその女性を紹介した。
「はぁ?」
既に、返答ではなく悪態といった返しを、クローゼは彼等に向けた。勿論、イライラの原因はアリッサ事になる。クローゼが起きて来た時、彼女は既にいなかったからだ。
「アリッサは?」
「ヴォルグの屋敷だよ。ダンスを教えにね」
「ダンスなんか踊れるのか?」
「御上手ですよ」
起き抜けに、アレックスとレニエ、二人との会話。それを引きずったまま、ステファンの屋敷に行って、彼にそう言われた返しが「はぁ?」である。
「おいおい、攻撃的だな。魔王でも倒す気か?」
「そんなんではないです。夫人はロンドベルグでしょう。誰ですか?」
貴族は女を侍らすものかと、クローゼは思う。
クロセタケル的に言っても、それには抵抗がある。ハーレムなんちゃらのラノベ的な展開は読む分には、バッチ来いなのだが……実際に異世界に来てみれは、相手も感情持ったそれである。
「妻の従妹だ。私も一応北部の救世主だからな。妻子を逃がしたとなると些かあれさ」
そう言って頭をかきながら、間をおいてもう一度彼は彼女について話をしていた。
「名前はミラナ。彼女は騎士だ。わかった上で引き受けてくれている。妻に似ているから、存外と分からないよ」
――大人の事情というやつか?
そこまで考えて、二人の後ろ姿に意識を戻していた。二人とも体裁は整えているが、ダンスをする感じのしない服装だった。見たままに、クローゼはステファンに近付いて声をかけていく。
「踊らないのですか?」
「ギャラリーだよ」
素っ気ない返事の後に、彼は、そのままの姿勢でクローゼに確認をしてくる。
「馬車の位置は分かるな」
「はい」
万が一、もしもの為……。繰り返された言葉に、クローゼ達は、外で幌馬車を待機させることになった。ステファンが選りすぐった腕利きの御者に、セレスタとカレン。アリッサの情報で最短距離の警備の死角で、アリッサを拾うポイントを三ヶ所。その流れで、クローゼは軽く自身を思っていた。
――何もしないよ……たぶん。
大きな音楽を奏でる音がして、魔王臨席で行われるそれは、ダンスの前に魔王。……いや、エストテア国王への接見から始まった。
クローゼの視点で、人々が動き出したのが見える。何処からか戻って来ていたアレックスが、レニエの隣にいた。彼を見てからクローゼは、レニエに「子爵の所で待て」と告げて歩き出す。
彼は、人の流れを避けて、死角になる場所に目標との距離を詰める様に位置をとった。ステファンの視線が、自身を捉えているのをクローゼは感じでいただろう。
暫く人の流れが、魔王の元へ。伯爵位以上の者で人の貴族達が、恐々と魔王の前に出て儀礼を尽くし下がっていく。人を塵の様に眺める女を隣に、退屈そうな魔王の顔がクローゼからよく見えた。
人の流れが終わり、魔族の貴族が入ってきた。人魔族の彼らは、人と区別が付きにくいが雰囲気が違う。そして何人かの後に、周りから感嘆と称賛の声が聞こえた。
正装に身を包んだ、黒銀のヴォルグとその傍らに黒いドレスを着た女が、魔王の前に向かって歩いていた。その傍らにいる女性は当然、アリッサである。
二人の対比と彼女の美しさから、周囲の目を引き声を誘ったのだろう。単純に絵になるそんな感じだった。得意気に、意気揚々と歩くヴォルグ。やや俯き加減で追従するアリッサ……その構図だった。
それを上座の二人も感じだのだろう。魔王は眼球に微かな輝きを戻していた。そして、魔王はアリッサに、フリーダはいつもと違うヴォルグに視線を送っていく。
彼等は、魔王の前まで歩み、立ち姿で儀礼を二人が順に。……ぎこちないヴォルグの所作が、可笑しくならないように振る舞うアリッサの動きは、美しい程だった。
そして、ヴォルグの口上がその場に……「えっーと」の言葉で止まる。それで、アリッサがヴォルグに囁く様に告げる仕草が見えていた。そう、さりげなく、その場景を崩す事が無いように。
「魔王陛下の御前に、黒銀のヴォルグ男爵参上致しました。拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極に御座います」
アリッサに頷いて、魔王に向けてヴォルグは言葉出した。その内容ではなくその事自体が、ヴォルグに視線を送るフリーダの驚きを誘っていた。
「大儀……」と僅かに頷く魔王の横に立つフリーダは、魔王に発言の許可を求める様に彼を見ている。
彼の指先に促される様に、彼女はヴォルグに問う様に話しかけていた。
「どうしたのだ。随分背伸びしておるようだな」
「フリーダ様。俺は男爵貴族なの、で。これくらいは当然です」
可笑しな事をいうヴォルグに、フリーダは先程までの眼差しとは違うそれを彼に向けている。
「トントン」
魔王が指で肘掛けを叩く音から、促しが続いていった。フリーダはその音の発せられた先が、ゆっくりと動き、指し示すアリッサを視線に入れていく。
そして彼女は、魔王の意図を察してヴォルグにそれを向ける。
「ヴォルグ。隣の……女性は誰だ?」
「俺の女です」
「馬鹿者。そんな事を聞いておるのではない。誉めてつかわそうと思ったが……」
言われたヴォルグが、同族のアリッサと説明している彼の横で、アリッサは悲しそうな顔をしていた……。
――何が俺の女だ?
アリッサを視界に入れてから、クローゼの声は、彼の心の中で続いている。
――大事なアリッサになにさせてる? 自分のわがままで? 好奇心で? こんなところに来るほどの事か? 魔王が何だ? イヌコロがどうした?
あそこは……俺の場所だろ?
異世界上等。何でこんな境遇でも体面に拘る? 俺は馬鹿か? ……クロセタケルは死んだ。今は、クローゼ・ベルグ・ヴァンダリアだ。アリッサ、悲しい顔をするなよ。俺が悪かったから。
自問の連鎖でいつもより感情的に。いや、今までに無いくらいクローゼは激昂していた。ただ、彼は「やろう」と決めた事をする為に、やるべき事はした。
クローゼは、身に付けている魔装具を感じながら、流動を魔動術式に合わせていく。
そして、呟くように、操作可能型自動防護式対物衝撃盾と起動呪文を唱える。続いて、対魔力防壁を同時起動する。
それは、どれくらい持つか彼にはよく分からないが、今なら一晩中でも、待機状態を出来そうな気がするとクローゼはその刻に思ったのだろう。最後に、大きく息を吸い、力を込めて声をだしていく。
「何が俺の女だ。ク○野郎!」
ホールの高い天井に反響して、クローゼの声は全体に広がる。ざわめきが起こったが、クローゼはそれを無視して、アリッサに向けて歩きだした。
アリッサはその声を聞いて、彼を探すようにその方向に体を向ける。そこには、クローゼが自分に向かって歩いてくるのが見えたが、アリッサは、驚きで声を出す事が出来なかった。
アリッサだけでなく、そのクローゼ声との行動に驚きの表情をする一行がある。当たり前に、彼らであった。
「彼は何をしている?」
「歩いてるよね」
ステファンは、当たり前に答えるアレックスを、更に驚きの表情で見直していた。
「何をいってる?」
そう口にした時、ミラナの「あっ危ない」と言う声がして、ステファンはクローゼに視線を戻した。
彼の見た光景は、近くにいた衛士が尋常ではない速度で抜刀して、クローゼに切り付ける直前だった。声にならないステファンは、クローゼの同体と頭が切り離されるのを覚悟した。
しかし、結果は違っていた。鋭く走った剣は、何故か分からないが、大きく弾かれて衛士が後ずさっていた。ステファンは、呆然とクローゼをその視界におさめていた。
呆然の先では、不可思議な力で、後ずさって狼狽える衛士に、クローゼは一瞥して声を投げていた。
「殺すぞ」
いつもの彼らしくない言葉。怒りの表情を浮かべる彼に、追撃の為、その衛士が再び動き出していた。その刹那、空間防護とクローゼは頭の中で唱える。
無詠唱が、衛士の全力な動き出しに重なり、その顔の前に突然、物質耐性を持った盾魔方陣が展開した。それに激突し自爆する形で、男の顔が潰れてもげ落ちていく。
続いて、転倒する同体。クローゼは、それを無視してヴォルグを一瞥し「犬野郎」と呟き、激昂の声に背中を向けて魔王を見つめていた。
そんなクローゼを、冷ややかに見下げる魔王オルゼクス。その横の紫黒のフリーダが、怒りの声を上げる前に、クローゼが声を魔王に向ける。怒りではなく、侮蔑でもなく、恐怖でもなく……。
「魔王陛下」と恭しく。




