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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第一章 王国の盾と魔王の槍
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十四~三者三様に~

 クローゼは、子爵の屋敷での流れをこなし、刻を重ねていた。そして、今はユーベンの高級な地区の宿屋の一室で、ベットに仰向けで天井を見上げている。

 大体の所、彼自身は特に何かをした。いや、する訳ではないのだ。


 その広めな室内では、カレンがゆっくりと剣を振り、その動きを確かめる仕草をしていた。綺麗な所作と美しい形が、空間を引き締めている。室内には二人だけ。恐らく、そう言う事なのだろう。


 それを感じるクローゼは、黒瀬武尊(クロセタケル)として、異世界自体がアウェイなのだが、ここユーベンはクローゼにとっても完全にそうなる。

 ロンドベルグもそんな感じだったが、まだ、彼の知識でも動き回るのには困らなかった。


 魔王のお膝元で、クローゼとしての知識ではほぼ何も分からない。なので、今日はカレンにお守りをされる形でこの部屋にいた。目的は、魔王を『見る』事なので、彼にはやる事がない為になる。


 名目上の商主として、偽装工作をしているレニエは、アレックスとセレスタを連れて出掛けていた。  

 そして、アリッサにおいては、あのヴォルグの屋敷に出向いている。



「あ~もぅ、ムカつく」


 ここの所、時折出すクローゼの愚痴をカレンは、交代で居残りをするセレスタと共に聞いてた。言ってしまえば、ずっとその感じであった。


「外で剣でも振れば、気も紛れるのでは?」


 クローゼにも、カレンの言葉はよく分かる。ただ、そう言う思いながら、それに答えもせず不貞腐れる。そんな状況であった。


 不貞腐れたクローゼには、カレンも慣れた感じで自分のペースを崩さなかった。勿論、気にはしていたと思われる。時折、その仕草が見えていた。


 その雰囲気で、クローゼは心の中で叫んでいた。


 ――何が、貴族のヴォルグだ。貴族の意味分かってんのか? 単なる狼男だろ。

 言うに事欠いて、アリッサを同伴して舞踏会に出たいだと。頭沸いてるのか?

 怪しまれるからってアリッサが言うから、一回は許したよ。それから毎日とかあり得んだろ。

 何だよ。屋敷の場所書いて渡すとか。挙げ句に必ず来いよとか。お前何様だよ。

 それにだ。この状況で本人登場とか、断れねじゃないか。あ――ムカつく。


「その位にしておいては、クローゼ殿。その分、アリッサ殿の情報は我等にとって有益だ。今回の功労者は間違いなく彼女では、と思う」


 心の声のつもりで、彼らしい駄々もれの言葉にカレンは、柔らかい感じの表情を見せていた。


 そして、彼女の言っている事は概ね正しい。


 確かに、アリッサのもたらした物は、衛兵の配置から数に時間、魔王の動向。それに、フリーダの動きやその他、南方の状況に、魔族達の固有の情報など。彼の心の声同様に、『駄々もれ』の共有認識なステファンが、舌を巻くほど精細な情報が彼女によってもたらされた。


「それに、明日の舞踏会に魔王が来るのも、アリッサ殿の情報なのだから。それで、精細な計画が出来たのでは、と思うのだが」


 カレンの表情と言葉にはクローゼ自身も――それはそうだ。そう思う。だけどだ。……となっていた。しかし、納得出来ない顔をしていく。


「ムカつくものはムカつく」


 天井に向かって叫ぶクローゼを、カレンはやれやれといった顔をして見る。それで、おさまる感じでないのは、彼女にもわかるのだろう。


「それに何か有ったらどうするんだ?」


 と、クローゼは突然立ち上がる。そんな事をカレンに聞いても仕方ないのは分かっているが、そう言葉にする。明らかに、その雰囲気があった。


 問われたカレンは困った顔をして、少し考える仕草をする。それに、クローゼが何かを期待する顔をした。


「私は男女の事には疎いと思うが、アレックス殿が言っていた様に、奴はアリッサ殿を好いている。と思う。そんな状況なら、彼女に危害を加えるとは思えない。それに、彼女は我等の帰路の確約まで取り付けているのだから、アリッサ殿をもう少し信用してみては?」


 と、期待した――確かに危険だ的な――言葉でないのだろうと思える、クローゼの納得のいかない顔を軽く見て、彼女は更に続けていく。


「それに明日、魔王の顔を見れば、クローゼ殿の思惑はなるのだろう。それまでの事では?」


 そう言事ではないのか? なカレンの諭す様な顔に、クローゼは難しい顔をする。


 ――それも納得いかない。が、確かにカレンの言う通りだ。元々言い出したのは自分だし。


「そうだな。カレン殿すまない」


 そんな思いで、しおらしく彼女に謝り、クローゼは、ここにはいないアリッサの事を思っていた。そう、居て当たり前な彼女の事を……。


 ――いくらリア充爆発しろの俺でも、そのくらいは分かる。帰ったら、とりあえず。たぶん、クローゼなら何とかなるよな……


 そう、ヴォルグの屋敷にある彼女の事を考えた。自身の為に危険を犯している彼女を……。




 そのアリッサは、ヴォルグの屋敷で黒い色のドレスを着せられて、彼の前に立っていた。ヴォルグはそれを見て「やっぱり。で、黒が似合う」と満足そうな顔を見せている。


 ヴォルグには、目の前の彼女は初めて会った……というよりも、先程までと違った顔していた。

 美的感覚に疎いと思っていた彼は、使用人に明日の舞踏会のドレスの試着と「綺麗にしてやれ」の意味合いを言った所、目の前に彼女があらわれた。


 それを見た彼は『人狼でも人に掛かるととこんなに変わるものか』と、そのままの感じをみせていた。当然、綺麗になったと言う意味である。


 彼の屋敷は、元々エストテアの南部貴族のものだった。ヴォルグがフリーダに、格好だけな男爵の爵位を貰った折に、逃げ遅れた使用人ごと貰ったものだ。


 取り敢えずの所、彼には、寝床と飯には困らないから助かっている程度だが、ヴォルグの事を人狼と知っている使用人達は、いつも怯えていた。


 ただ、アリッサが来てからここ何日。彼にとって『奴ら』である使用人の表情は明るい。ヴォルグには、何故だか分からないのではあるが、そう見えていた。


「ヴォルグ様、勿体ないです」


「アリッサ様、御綺麗ですよ。ドレスも御似合いです」


 ヴォルグの目線からは、アリッサの言葉に、メイド長の何とかという女がそう言っていた。アリッサは屋敷でも彼の事を様付けで呼ぶ。そう、アリッサが言うので、使用人の「奴ら」もそう呼びだした。


 ――いつからかと考えると、大体、「飯か寝るか酒」としか言わなかった俺が、アリッサとの飯の最中の会話で、奴らにいった事からだろう。



「ヴォルグ様は、男爵位の貴族様なのですから、使用人の事もお気遣いなさらないと」


「おう、で、俺は何とか貴族になりたてだからよく分からん。で、そんなもんか?」


「そうですよ」


 ――そう、アリッサ言われて、使用人に言ってやった。覚えがある。


「そう言う事だ……お前ら悪い。で。これからは気を付ける」


 ――きょとんとした奴らの顔が、面白かったのを覚えてる。


 そんな事を考えて、ヴォルグは、暫く恥ずかしそうにしているアリッサを見ていた。


 ――こいつ。……アリッサと喋るのは愉しい。何を話してもいつも笑顔で聞いてくれる。話の種を探すのが大変たが、特に仲間の話は真剣な眼で聞いてくれるから、たすかる。

 顔に惚れた訳ではないが、目の前こいつも悪くない。また惚れ直した。明日が楽しみだな。アリッサを横にした俺を見てビビるだろうな。で。いつも目の奥で馬鹿にしていた屑どもの顔が見物だ。

 それに「毎日こい」といったら、ちゃんと来るし、たぶんこいつも俺に惚れたな。俺はつえーからな…。で。早く一緒に暮らしてぇーな。


 と、そんな思考のままにである。


「ヴォルグ様。もう着替えても宜しですか?そろそろ時間が……」


 アリッサの言葉に彼は、彼女に引き戻される。


「もうそんな時間か? で、まだいいだろ」


 そう言って拗ねた顔をするヴォルグを、アリッサは、複雑な顔をして見ていた。思いを纏めたのか、彼に近づく様に歩きヴォルグの横に立った。


 そして、彼にだけ聞こえる様に声を出していた。


「ごめん。帰らなきゃ。……明日、朝から来るし」


「……おう。で、そうだな」


 ヴォルグの答えを聞いて、アリッサは、彼と並ぶようにもといた場所のメイド長に振り返った。


「ルヘルさん、着替えお願いできますか? ヴォルグ様は宜しいと」


「はい。奥……アリッサ様。……此方へ」


 アリッサとメイド長の会話を聞いて、ヴォルグは初めてその女がルヘルだと知った。


「おう。頼んだぞ……ルヘル」


「……畏まりました。旦那様」


 名前を呼ばれた事に、若干戸惑いを見せた彼女は、アリッサと共に部屋を後にする。残されたヴォルグは、独り言の様な呟きをもらした。


「これが……貴族か……」


 彼の認識はどうであれ、何らかの思いは少なからず変わるものなのだろう。それはアリッサとて同じだったのかもしれない……。



 ヴォルグの屋敷から、宿に向けられた馬車の中で、複雑な思いをアリッサは抱えていた。


 ――好意を向けられているのは分かる。情報を引き出すのに自分も作ってた。でも、発想が人狼なだけで悪い人だとは……。兎に角、明日何事なく終わればそれで……。


 子爵様の屋敷で、彼の……ヴォルグの名が出た時は思い切り冷静を装った。当たり前に、あの時の人狼が彼だったのは皆も気が付いたし、全体の動揺もわかった。


 彼の強さに実感がないから出来たのかもしれないけど、今はカレンさんに聞いたから、あの時の様には出来ないと思う。

 それでも、あの屋敷での時間は苦痛じゃない。途中で止められなくなったのもあるけど、あの場所で演じてる自分を本当は……。


 クローゼ様のイライラが嫌だ。早く帰りたい。帰ったら、みんなをジルクドヴルムに呼ぼう。妹に会いたい。


冷静に。慎重に。何時もの私で。後少しだけ。明日が終われば……。


 これが、彼女の思いであった。そう、三者三様である。



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