十二~アリッサ人狼になる~
ヴォルグの掴まれた思考で、ユーベンの商会用城門で列をなしていた馬車は、そこで仕事をしていた人狼の衛兵達が自分達の仕事を放棄したかに、街の中に向かって動き出して行く。
それは彼等に向けた、その場の最上位者の人狼の一声によってもたらされた。それを誘ったのは、アリッサであった。
「今日は特別だ。今待ってる奴はそのまま通してやれ。お前らの時だけこんなに詰まっては、お前らが馬鹿だとおもわれるからな。俺が許してやる」
周囲の人には分からない言葉で、面倒な仕事を終わらせる事を許された彼等に、露骨ではないが歓喜が流れるのが分かった。ただ、彼等が人狼である事を明確に認識していたのは、恐らくクローゼ達だけではないかと思われる。
「動き出しそうです」
御者を代わっていたセレスタが、その動きを見て中に向かって声をかけていた。それと同時に幌馬車は動き出す。その幌馬車の後ろから、外のアリッサの様子を窺っていた、クローゼとアレックスは、少し離れた場所で何かを話している二人を見ていた。
アリッサが、クローゼの視界から消えて、彼が再びアリッサを見たのはその位置でその男と話している所だった。
クローゼ達の視線には、アリッサが馬車の列が城門に動き出したのを見て、その男に何か言っている様子が映っている。その場だけを見ると、何も問題にならないとは感じられる。
暫くして彼女は男から何かを渡され、その場で軽く礼をして此方に向かって走ってきた。そのまま、幌馬車の後ろからアリッサは乗り込んできた。
「うまくいきました。クローゼ様」
そう言って、嬉しそうなアリッサの声に、クローゼが『何やってるんだ』と声を出そうした。だが、その声の前にアレックスの「すごいよ」の声と、レニエがクローゼを軽く制する動きが重なっていた。
その雰囲気に、苛々した感じがクローゼから出ていた。それは本人も分かっていたのだろう。ただ、彼の様子から、周囲の者も称賛の声が、彼から初めに出るとは思わなかったのだろう。
「アリッサすごいよね。ね、クローゼ?」
クローゼを君付けで呼ぶアレックスではない、彼の同意を促す声。それに、クローゼはアリッサを見て、そうだなとは思う顔していた……が。
「アリッサ、助かった。けど、危ない真似はやめて欲しかった」
「申し訳ありません。クローゼ様の事を信頼してます。だから、大丈夫だと思ったんですが」
「……いや、よくやったよ。頼りにしてる」
クローゼの「やめて欲しかった」の言葉に、少し哀しそうな顔をした彼女。それに、クローゼが折れた形で、そんな会話になった。
アリッサの言い回しでは、クローゼの力には信頼をおいている、だから多少無茶をしても……の意味でも捉える事が出来た。なので、一応は、肯定的に彼女への言葉を纏めたが、クローゼにはわだかまりが残っている感じがした。無論そんな事は無いとは彼は分かってはいるが……。
「アリッサ殿、どんな話をされたのか?」
そのやり取りを見ていたカレンが、アリッサに問い掛けた。いつもなら、この辺りの流れはレイナードの役割だと思われる。カレンが意図的にそうしたのかは分からないが、結果的にその言葉が、クローゼの意識をそれに向ける事になり、話の流れと彼の意識が変わっていった。
そんなクローゼの微妙な感じを、アリッサが気付かない訳はなく、それも含めて彼女なりに、彼らへ事の経緯を説明し最後にこう言った。
「ちょっと、困った人狼を演じてみました」
そして、アレックスを見て舌を出す。ほんの一瞬であった。それを見たアレックスは「あっ」と声をあげて「覚えてたの?」の呟きを彼女に向けていた。
その様子を見て、クローゼは複雑になるのを感じていた。
――その顔、俺に向けて話す時は無いんだよな。……設定含みで、俺の見方が変わったからかもだけど、最近凄い気になる……。
彼は単純にそう思っていた。彼女のアレックス向けて話す顔は、自分に向けられるそれとは少し違うのだと。主従の関係なら仕方ないと頭で理解しているつもりなのだが……そんな雰囲気であった。
「セレスタ様、交代します」
アリッサの声に、クローゼは彼女を再びその目におさめる。彼女はそのまま、幌馬車の中を通り抜けて前方に移っていった。幌馬車は、そのまま城門と思われるを抜けて街の中に進んでいった……。
ヴォルグはその女が乗り込んだ幌馬車が、隊列と共に入り口を抜けて進んで行くのを見ていた。先程殴った人狼が、恐々とした感じで、隣から彼にその事について聞いていた。
「い、いんですか? なんか変なの入ったら……」
「問題ない。で、また俺が殺すだけだ」
そう答えてヴォルグは先程の女。名をアリッサと言っていたが、その同族の女の事を考えていた。
「擬態。どっちも俺達は俺達だが、それであの瞬発力は凄いな。魔力の流れも綺麗……。で、なんかいいにおいがした……」
アリッサがヴォルグに、『お前は人狼かと』暗に問われた時に咄嗟にした行動からの言葉。その後で、彼女と話した内容をヴォルグは思い返していた。
ヴォルグの中で彼女の話を纏めると、ある人から、魔力の流れが人狼の様だと言われた事があったと。それで、アリッサは自分が人狼ではないかと思っていたと。そう言う事になる。
そして噂で、魔王様が王様になった国があると聞いた。その国に、自分の商会の一行が、『どうしてもユーベンに行く』となったので、率先して護衛に志願し此処まで来たと。勿論、自分が本当にそうなのかと確かめる為にも、と……。
そしてヴォルグを見て、何かを感じて話しかけて……と。
「俺の見立てでは、お前は仲間だ」
「変身した事無いんだけど……ね」
アリッサに、ばれたら困ると言われたヴォルグが、彼女の事情を聞く為に少し離れた場所で彼女の話を聞いて、ヴォルグはアリッサを人狼だと認識した。
無論、アリッサの完全な演技なのだが、彼女がヴォルグに説明したことは全くの嘘ではなく。アレックスにそう言われた時に本気で悩んで、それについて自分なり調べた事があった。そして、自分がそうなのかという、確かめたい気持ちも勿論あった。という事になる。
「俺は魔力の形とか。で、流れ見たいな物を感じれる。で、お前のもわかる。それからいうと……で? お前は……あれだ、なんだ……その……なんて……」
「あっ、名前ならアリッサっていうの」
「おうっ。アリッサは人狼。で、俺と同じだ」
ヴォルグの断定は、彼の特殊な能力以外に人狼本来の耳と鼻使った上での結果だった。ただ、幌馬車を降りる少し前の瞬間から、ヴォルグが見えてる人狼。そう言う前提で、彼女の冷静で計算された演技を彼は見破る事が出来無かった。
これは、彼の能力が低い訳ではなく、寧ろ彼等の中では上位に位置するそれを、アリッサの冷静な演技が上回ったと考えるべきなのだろう。
それともう一つ、これは計算ではないが、始めに話しかけた時のヴォルグに対するアリッサの距離感。それとあの瞬間だけ、彼に呟いた時だけは、彼女も冷静な感じを維持出来なかった。どちらかと言うと素の彼女がでた感じなのだが、それが、逆にヴォルグとの距離を詰めた形になった。
それは、その後の会話の流れだけでも、ヴォルグはアリッサを疑っていなかったので、そう分かる。
「……だから仲間と一緒なら。で、変身も出来るようになる。で、ばれたら不味い奴は全員俺が殺してやる。で、ここに住めばいい」
「手をだすのはやめて。それに妹が商主様の屋敷にいるから」
「なら。……迎えにいけばいい」
「私だけ帰ったら変に思われるし、ばれない様に予定通り帰りたい。それに育ててもらった恩があるから。出来れば妹とも一緒にここで暮らしたいけど。どんな所かわからないし」
「俺が一緒に行って、纏めて始末してやるよ。で。問題ないだろ。ここでの事は、で、俺が面倒みてやる」
「ごめんね。ヴォルグが一番話が分かると思ったけど。商主様の御一家にはそんな事できない。ありがとね、話を聞いてくれて。馬車の件は無理でしたって言うわ。後、出来たら私のことはを黙っててほしいの。そうしてくれたらヴォルグには、すごくありがとうって思うから。それに貴方とは揉めたくない……」
この辺りで、ヴォルグが折れる。話が分かると思われるのとフリーダに拾われて育てられてのを思いだして。そして「今日は特別だ……」と言葉に出す事になった。
どうして彼女に拘ったのかは、雄として男として、彼女を見たのだろうと思われる。
本人が認めるかどうかは別にしてではあるが、アリッサが乗り込んだ幌馬車を名残惜し惜しそうに見る彼が、いつもと違う感じになっていたからだ。
そして、それを恐々としてみる人狼の男が、なんと無くそう感じにていたので、案外と的外れでもないかもしれない。
クローゼ一行の乗った幌馬車は、当然の様にユーベンの街並みを進み、子爵の屋敷に向かっていた。
――アリッサが舞い、人狼になる。の終幕であった――




