十一~アリッサ舞う~
エストテア王国――旧王都ユーベン。その一角にある城門らしきに、連なる荷馬車の列が出来ていた。その列に、晴天が広がる午後の日射しが降りそ沿いている。
その場所を守る――警護する――者達。それに、その光が嫌気として射し始めていた。その為、彼等はある意味で適当だったと言えた。
「おっきい武器は駄目だ」
「荷物はなんだ?」
彼等から、時折出される声は、ただその言葉を言わされている感じがしている。それを入り口から少し離れた場所で、眺める人……人型の彼は、そんな彼等の感じに声を荒げていた。
「しっかりやれよ。で、俺達が馬鹿だと思われる」
その彼が「馬鹿だと思われる」相手は、彼等の上位者で吸血鬼の事になる。元は、大半が人だった彼等は、人狼であるその男達の事を『棺桶の番人か下僕位』にしか思っていない為だった。
「こんな塵みたいな。で、魔力の匂いしかしない奴らが。で、吸血鬼になるとあんなに偉くなるのか」
並んだ荷馬車の列を眺め、その隊列の横を歩きながら、その男はにおいを嗅ぐ仕草をして、呟いていた。
彼の名は、黒銀のヴォルグという。紫黒のフリーダの従属者になる人狼達の長をしている。その他の人狼からの信頼。彼等で言う『力関係』でも、最上位者であった。
また、人狼族で唯一、魔王より名を受けていた。位置的には、フリーダの側近になる。
そのヴォルグは、呟きを周りに聞かれていない事を、自分で感じながら――目の前の隊列を更に調べる様に追っていた。
「んっ? ……魔物か」
その最中、隊列の中段程にある幌馬車に目を留める。何気なく近づいてきた男が隣に立ち、彼の言葉に反応する。
「大将。なんすか?」
声を掛けられたヴォルグは、その男を一瞥して「いや」と声にだした。
そして、その男に意識がいき、――そんなしゃべり方するから、人狼でもこんな仕事しかさせて貰えんのだ……の雰囲気を出していた。
彼は、意識が削がれたのか、もう一度その幌馬車に目を向ける。そこには女が二人、ヴォルグを見ていた。
「魔物の臭いがする。か?」
臭いではない「匂い」が、彼の感じるところで、そんな雰囲気が幌馬車の付近にはある。ヴォルグがそう考えるていると、御者が代わり女が一人になっていた。その女は、彼を意識するように何かを呟いている。そんな仕草をしていた。
ヴォルグはそれと、自分の目があった気がして、暫くその女が乗る幌馬車を見ながら考えて……声をだした。
「俺が調べるか……で、面倒になると困るからな」
彼は耳を使おうかと一瞬試案したが、ユーベンの雑踏に慣れてから、必要以上の音を拾うと頭が混乱するのでそれを躊躇する。
「まあ、中を開けてみれば分かるか」
そう、ゆっくり進む馬車の列を眺めながら、ヴォルグは自身を見る女の視線を感じでいた……。
アリッサは歩きながら、目的の男の言葉を思いだしていた。
――彼女は、アレックスからその男の事を聞き、彼が危険を与える対象者と認識して、聴力強化の起動呪文を唱えていた。
魔動術式を、流動の連動から起動呪文まで、アリッサは流れる様に使った。
そして、彼女の聴覚が研ぎ澄まされ、周りの音がアリッサの耳を通して頭の中に入ってくる。聞こえてくる音が、彼女の頭で交錯していた。
その中で意識を集中し、目的の相手の音を拾い出していく。
人の声と嘶き、車輪の軋みと蹄風の音。その他諸々が渦巻き、それを掻き分ける様に、アリッサは距離があるそれを拾いだす――
――俺が……べるか……開けて……わかる。
僅か数歩でアリッサは、認識の確認を終えて男の圏内にはいった。それに、怪訝な顔の彼等が見えて、その内、どちらでもいい一方が進み出る。
「なんだ? てめぇ?」
アリッサは、その声をあえて無視して、ヴォルグに視線を向けた。
「隊長さんですよね?」
「大将だ。てか、何なんだてめぇ?」
彼女が「隊長さん」と呼んだヴォルグの隣から出ていた、男がそれに反応する。そのまま、アリッサに歩みよろうとした。しかしそれは、ヴォルグの裏拳が唐突にその男の顔面を捉えた事で……止められる形になった。
「大将って呼ぶんじゃねぇ。で、殺すぞ」
殺気だったヴォルグに、顔面を殴られた男は、相当な鮮血を出した鼻を押さえながら……声も出せず後ずさる。その男は、何が彼の癪に触ったのか分からない様子だった。そして、その光景は周りのざわめきを誘っていた。
「ごめんなさい」
その光景に、思いきり頭を下げながら謝るアリッサの声に、ヴォルグは殺気を向けた男から、視線を戻すことになった。
「なんで謝る。で、どうして俺が隊長なんだ」
「ごめんなさい。一番強そうだったから、隊長さんかと思ったんです」
ヴォルグの声に、アリッサは一番強そうと答えていた。――彼女の知識の中で人狼……いや、魔物や魔族には、それが最良だと思ったからだった。
アリッサの言葉に、満更でもなさそうなヴォルグは、微かに鼻で息を吸って、彼女の何かを探る様な仕草をしていた。
――こいつか?
「……まあ、隊長でもないが。で、用件は何だ?」
馬車の列から脇にそれた所で、唐突に近づいてきた女を見下ろす様に、ヴォルグはそう彼女に問いを返していた……。
「……アレックス。『ヤバそう』ならぶっぱなせ」
クローゼの言葉に、前方に戻ったアレックスは軽く頷く。クローゼには幌馬車の位置的に、一人が隣の男を殴ったのまでは見えていた。だが、そのあと状況が見えない。
それに、憤りを感じながら、握る拳にに力が入っていた。その旁でカレンは、帯剣に手をかけて息を殺している。
興奮気味のクローゼに、レニエは静かに声をかけていく。
「クローゼ様。殺気立つと気付かれます。冷静になさってください。アリッサさんに任せましょう」
クローゼはそう言われたので、少し落ちついてアリッサに思いをやる。
――彼女の事は信頼している。彼女が任せろと言ったのならそうするのが、正しいのでかもしれないが……。
クローゼに心配されているのをよそに、アリッサは、彼の為に目の前の人狼と思われる男と対面していた。
彼女にとって、クローゼは特別だった。ただ、彼にはセレスタがいて、それにレニエも加わった。
セレスタは、ヴァンダリアでも筆頭格のメイヴェリック士爵家の当主で、クローゼの命の恩人だった。そして、レニエも子爵家の令嬢で、クローゼに多大な恩恵をもたらしている。今回の事もそうであると言えた。
自分は……と、彼女はそう思う。
――副官の地位を貰った。だけど、特別な家の出ではない。特別、彼に何かを出来ている訳でもない。何か彼の役に立てるなら……。
「ごめんなさい。もう少し、早くなりませんか? 商主様の午前のお約束が押しているので、何とかならないかと……えっと隊長さんじゃなくて……」
「ヴォルグだ」
「はい、ヴォルグ様。お願いできませんか?」
ヴォルグは、目の前の女に様付けで呼ばれ、少し動揺した仕草をしていた。それに、ヴォルグは目を逸らすつもりで、先程殴った奴の事を考えた。そして、長い隊列を見てる。
――こいつらの時は、いつもこんなになるな。
そう思って、少し冷静になり、彼は別の考えに至っていた。
――だが、この女はそんな事言うために俺の所へきたのか?
疑念という思いがよぎる。明らかに、自身を掛けてきた女は……魔物な感じがする。「力」に訴えがちでも、頭は悪くないと自負のある彼は、その行動の意図を探そうとしていた。
「ヴォルグ様。……私、何が失礼な事を言いましたか?」
考え込む仕草をするヴォルグに、アリッサは重ねて声をかけていた。またも、「様」付けで名前を呼ばれた彼の思考は、その特別に感じに停止した。そこで、どういう流れで言うのか分からない言葉を出していく。
「お前。で、何か困った事があるのか?」
「はい、お願いを……もう少し早く……」
「お前。……俺と同族だろう?」
アリッサの言葉を遮り、ヴォルグは自分の思っている事を口にする。アリッサは、彼の言葉に困った顔を見せてから、それらしい雰囲気を出していた。
「一応は……人ですので、ヴォルグ様が仰る通りだと思います」
「俺は。……人狼だ」
何かをのみ込む様に、声を出してくるヴォルグに、アリッサは、彼の言葉に心の中でこう思っていた。
――アレックス君の勘は正解だった。この人わかるんだ。
彼女は思考と共に、何時でも飛び退く事が出来るように準備していた、強化魔法の呪文を彼に分からぬ様にさりげなく呟く。
そして、後ろに。……ではなく前に。その人狼に向けて自身を向けていった。
瞬間の加速から、彼女の軽い体はふわっと音もなくヴォルグとの距離を詰めていた。「その気」のヴォルグなら、確実に迎撃したであろうそれは――彼の胸元近くまで届いていく。
殺気の全くない。周りもそれを気が付かない。そうされた、ヴォルグでさえ動けなかった瞬間。
合わさる二人の距離と触れる感じで、アリッサはヴォルグの腕に手をかけて、少し爪先立ちになりながら、ヴォルグの耳もとで柔らかい囁きを預けていた。
「ごめん。ばれちゃうと困るからやめて」
詰められた距離で、自身の耳元を奪われた囁きに、何かを掴まれたヴォルグの思考は――停止した。それは、心を奪われたその刻の流れに見えていた。
――なんだ? こいつ……。だった。