表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
序章 王国の盾と記憶の点
4/204

参~城塞都市ヴァリアント~

 物語の中の自身が、唐突に入れ替わる。そんな体験を、自分がしているは思わないだろう。

 ただ、彼は物語に溶け込んで混ざり固まる。意識と記憶と現実感に、場景が重なっていく。


 そして、今あるクローゼが刻まれて、綴られる物語は形を作っていった。恐らく彼自身が、自分を『クローゼ』であるという所まで、結ばれた線を辿る最中に『至った』と言える。


その上で、次の舞台は、ヴァンダリア侯爵家。その屋敷がある場所。



 ――城塞都市ヴァリアントであった――



 向かう先、ヴァリアントが近付くにつれ、場景が変わった。明らかに、開拓の村と言うよりは街であって、街道もらしさがある。幾つかの街を通り、三日程を過ぎて、自然とした風景と人の手が入った場景が、入れ替わった気がする。


 出発時に、五百名程いた一団も一割ほどになり、騎乗の砂を踏む馬蹄で、幾分か速度を上げていた。

そして、後少しで城壁が見える所になり、風景は見渡す限りの穀倉地になる……


「すごいな」


 と、条件反射でアリッサを見る。――目覚めてから、分からない事があると、それが当たり前になっていた。 それも『どうか?』だけど、アリッサは、当たり前に答えをくれる。

 そして、これも当然と、速歩の砂噛む馬蹄を通って、正確に意図を察した彼女の声がくる。


「ヴァンダリア直轄の農耕地です」


 彼女の美しい騎乗姿勢が、向ける視線の『ぶれ』を無い様に見せている。彼女が『そう言う事ですか?』の顔をしたので、軽く頷いて見せる。


「国庫に収める穀物と、ヴァリアントの消費分に、交易分に回す分も全て賄っています」


 彼女はそう続けて、促す仕草で小さく海の見える南側を指差していた。


「豊作の時は、それでも蓄えに回せます」


 そう言われて、自分と一歳しか違わない彼女の応変さに。……いや、落ち着きと冷静さに気が付いてから、その都度驚いている。と、その感じに気になった事を口にした。


「あれは何?」


 綺麗に区画され水路と農道が整備された中に、円形の塔の様な建物が、等間隔で並んでいるのを指差し、アリッサの考える仕草を見る。


「大きい建物は衛兵の駐留する所で、小さい建物は待避所として使っています。今は……」


 馬上で並走しながらも、透き通った彼女の声は聞き取り易かった。単純に、身体使い方が彼女は上手いのだろう、声にぶれがなかった。


 そんな感じに、続けられる彼女の説明を要約すると、開拓当時に、魔獣や盗賊といった類いの対策として作られたもので、待避所には魔獣よけの術式が施されている。


 流石に今は、全てに衛兵が配置されてはいないらしい。今でも、領内の幾つかは、そんな使い方がされているそうだ。


 彼女の話によると、ヴァリアント近郊はそういった輩はいないと言える位に、治安が維持されていて、その為、普段は使っていないと。ただ、有事の際に機能するようには、管理されているという事だった。


「塔と塔の間に柵で城壁に。水路は堀?」


 何と無く流れで、すらすらと出てきた言葉に、アリッサの考える仕草が見えた。だけど、直ぐに「その通りです」と彼女からは返ってくる。

 そんな、アリッサの見直す感じな瞳には、片手を軽くと「ありがとう」を返した。


 ――まあ、何と無くには、意味は無いけど。


 感謝の後に前を向くと、セレスタが軽く手を上げるのが見えて、一団の速度が緩やかになる。それに合わせて、自分も手綱を締め先を見る。

 前方の塔が、遠くに見ていた時よりも大きく、更に向こう側には城壁もあった。


「城塞都市。ヴァリアントです」


 と、アリッサが隣でそう言った。


 取り敢えず、着いたようだの雰囲気で、そのまま石畳の道を通り東門をくぐる。


 その先の『居住区や商業区』と思われる所を通り過ぎると、次の城壁があった。そこから更に進むと、ゆったりとした区画になり、なだらかな丘を上る先に一際大きな屋敷が見える。


 ――まあ、大きさと場所的に、ここなんだろう。


「とりあえず到着。麗しの我が家って所か」


 曖昧な記憶の確信に、道中でも、時折絡んできたレイナードが主張する感じを向けてきた。なので、取り敢えず「ああ、そうだね」と答える。


 素っ気なくなった。ただ、どう答えれば良かったかは分からない。レイナードに、そうされるのは嫌いではないとは思う。

たけど、我が家と言われても、実感がないから仕方ない。


「ああ、そうだな」


 こっちの気の抜けた『仕方ない風』の返事に、面白く無さそうな、レイナードが軽く手を上げた。


 少し申し訳ない気持ちになったが、仕方ないものは仕方ない。その気持ちで進む内に、結構大きな感じの屋敷の門に差し掛かる……。



 屋敷の者に、当たり前の様に馬を預けて、セレスタと数名と共に屋敷の中に向かう。普通に歩いていると、屋敷の人は、自分の事を当然と振る舞っていた。


 ――当たり前なのかもしれないけど。


 そんな感じの先では、屋敷の玄関の扉が開かれいて、中に進むといきなり吹き抜け。それに階段と大きなシャンデリアが目に飛び込んでくる。


 それに、奪われた目線を戻すと、左右に何人か並んでいた。勿論(もちろん)、正面に立つドレス姿で栗色の髪の女性に、最初に目が行ったのは言うまでも無いけれど。


 ――まあ、普通に考えれは、あの人がそうなんだろう。


 普通に美しい女性。自分の義姉にあたる人。侯爵夫人フェネ=ローラ様を前に、みんなの空気が変わる。皆が言う通り、確かに見たら分かる。――そんな感じだった。


 セレスタを始め、一同が片膝をつき頭を下げたので同じ姿勢になる。どうして良いか分からなかったので、聞いていた通りそうした。


「ご報告申し上げます。ポロネリア子爵領、バルルバの森の魔獣討伐の任。完遂致しました」


 セレスタの凛とした声が、候爵夫人フェネ=ローラ様に向いている。彼女の報告を聞いて、夫人は僅かに頷き、こちら……俺に向いて来た。


「楽にしてください」


 と、彼女が皆を促したので、自分も立ち上がった。隣にセレスタが立ち、他の者は少し後ろに下がった。――何と無くこの感じには、違和感が無かった。


「本来なら、男爵から報告と……」


 セレスタ言葉に途中で、夫人が遮る感じに見せた。ただ、柔らかで優しげな雰囲気に、嫌な感じでは無かった。


「大丈夫です。報告は聞いています」


 思った通りの夫人の感じ。柔らかく「大丈夫」と返され、セレスタは少し下を向く。それに、夫人は軽く頷く仕草をして、こちらに話題を向けた。


「男爵、大事ありませんか?」 

「お陰様で。少し、物忘れした様ですが、身体の方は大丈夫です」


「でしたら、宜しいです」


 夫人に気遣いを向けられて、何故か分からないけれど軽く返す。何と無くで、そんな物言いになった。 ただ、その感じにも、夫人は普通に見える。


 ――まあ、男爵と言われても、『全く自覚ないな』とは思ったけれど。


 儀礼的なやり取りが終わると、夫人の後ろ、正確にはスカートの後から、可愛いらしい顔が覗いた。


 そのまま、はにかむ感じに小さな女の子が「兄様」と声を上げて、飛び出し駆けてくる。その女の子は、フローラという名の自分の姪だろう。

 

 見たままに、彼女と同じ目線に膝を付く。そして、彼女が転ばぬように手を差し出し、腕にそっとふれた。それで、立ち止まった彼女の頭に、手を乗せて軽く『ポンポン』とする。


「ただいま、フローラ。いい子にしてたか?」


 そして、やさしく微笑みを向けてみた。


 こちらの仕草に「うん」と満面の笑みで、彼女は、勢い良く胸元に飛び込んでくる。――結構な勢いだけれど。


 彼女の重さを感じて、小さくギュッと抱き締め返し、もう一度頭を撫でようとした時「男爵?」と声がした。顔を上げると、夫人が驚いた表情がみえる。


「記憶がないと聞いていますが?」


 問い掛けを聞いて、フローラを抱き上げる様にして立ち上がる。――意外と、いや、普通に華奢(きゃしゃ)なのを感じた。


「私の記憶違いでなければ、軽度の物忘れです」


 記憶の曖昧さを……これも何となく(まと)めて答える。

 そして、フローラが指で頬をつつくのに合わせて、頬を膨らませてみた――まあ、知識としてのクローゼを演じた自覚も少しある。


 それでなのか、周りの視線が痛い。夫人の困惑する顔が見え、隣のセレスタも何とも言えない表情をしていた。


 ――何かやらかしたか?


 と、思い返すで気持ちが別に行き、夫人の軽い怪訝な顔を引き出す。――よそ事を考えてる顔でも、していたのかも知れない。



「わかりました。皆もご苦労でした下がって宜しい。特段、何もなければ、食事と部屋は用意させます。セイバ手配を」


 彼女は労いを言葉にしてから、執事長のセイバインを呼んだ。彼が、一礼するのを確認すると、彼女は平静な雰囲気を見せる。


「男爵、夕食は共に。フローラいきますよ。クローゼ殿はお疲れですから」


「わかり『はいっ』……」


 フローラに、声を重ねられて戸惑い気味になり、向けられた彼女の笑顔に、改めて苦笑する。


 苦笑いのまま、フローラの足が届く所まで屈むと、彼女は、手からすり抜けて床に降りた。

 そのまま向き直り、両手でスカートをつまんで軽く持ち上げ、一礼をしてくれた。


 そして、かわいらしい笑顔から「また、後でねー」と夫人の方に歩いていく。見送る流れでも、いまだに、周りの視線が痛い気がする。


 ――何かやらかしたかのだろうか?


 と、そう考えてしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ