九~エストテア※王国へ~
イグラルード王国西南部――エストテア王国との国境。それを越えて、一応整備された街道を一台の幌馬車が移動していた。偽装した商会の印を付けたそれは、エストテア王国北部にある貴族の元に向かっていた。
注文の品を届ける為に、という建前での行程を進んでおり、当然乗っているのはクローゼ達である。彼の思考に乗り、順にそれを追って見る事にする。
本人のクローゼは勿論当然である。それに随員として、クローゼ付きのセレスタメイヴリックに、副官のアリッサ。
そして、アーヴェントの命で、預かりのカレン・ランドールと、グランザの指示で彼の娘である、ヴァンリーフ子爵令嬢レニエ。そして、何故かアレックスがいる。
「そりゃあれだよ。僕も見てみたいからだよね」
そんなアレックスの言葉だが、領主代行の要請で急遽参加となった。彼の特殊な能力を買って、というのが、その大きな理由だそうである。
クローゼはそんな構成を見て、軽い口調で否定する。
「この面子で行ったら、王宮の時みたい目立つから駄目だな……」
クローゼは、もう少し自由になりそうな組合わせにしようと思ったのだろう。そんな理由を出していた。しかし、レニエの技術で三人とも「ああっ」という顔になって、クローゼの目立つからのそれは、なくなる事になった。
――宝石商の商主役にレニエ。従者の体……侍女にしかみえないがアレックス。それに、護衛役として、クローゼと彼女達の三人――
「クローゼ君。歓びたまえハーレムだぞ」
そんな、アーヴェントの言葉だが、その後の彼の考察から言えば、それとは裏腹になる。
「レニエ殿を中心に考えると、護衛に女性が多いのも強ち違和感はないな。まあ魔物がいつまで理性的かは分からないが、普通を装っているならこの方が侮られる」
その事からも、単に茶化しているだけてはないと、クローゼも何となく理解出来た様である。その軽い思い返しに、そこから漏れる呟きがあった。
「大体、俺より強いからな」
クローゼの小さな声。それに直ぐ、二人の言葉が向けられていた。
「どうしたんですか? また急に」
「行程の説明……また考え中でした?」
セレスタとアリッサの声。その二人とのいつも流れ。それで内向きが僅かに戻り、その現実にクローゼは思いを向ける。
――いつもの感じだ。凄く心地よい。大事にしたい。彼女達だけでなく。守る自信はある 。
対物衝撃盾。対魔力防壁。不可侵領域の三つ。
チート能力か? と言われると微妙な感じだが、まあ、こんなもんだろ。
その辺りで「……という感じになります」のアリッサの声がして、また、外向きに戻るクローゼ。唐突なそれに「任せる」と彼は格好よく言って、セレスタに太腿辺りをつねられる。
それでクローゼの「くくくっ」という音が、幌馬車のなかで響いていた。
その流れで、クローゼが聞き逃した行程・計画について簡単に追いかけておこう。
レニエ――グランザ――経由で、協力を取り付けていたエストテア王国の子爵。その領地を経由して、ユーベンに潜入する。名目は、子爵の屋敷へ行商。それを装い情報を収集し、あわよくば魔王見物をと言う感じだった。
情報収集に関して、別動隊が動いているので、殆んどクローゼの為に行くだけである。
また、音声型通信用魔動器を幌馬車に積んでいるので、連絡が可能。この辺りのアドバンテージは、クローゼの知識ならではだろう。因みに、幌馬車の車軸にダンパーがついているので、道中は快適らしい。
経由地目前の現状の情勢は、ロンドベルグにエストテア王国の使者が来たという事と、南部でエストテア王国軍と魔王軍の戦闘が起こっている感じだ。だだ、戦況に関しては、若干不明である。
「意外と。でもないか。魔獣すらいないな」
その言葉は、クローゼの印象だが、南部に魔物か大量に移動しているとの報告があり、エストテアの北部は魔王がいると思えないほど静かだった。
北部の諸侯は、南部の現状とイグラルードの対応が微妙なので、オルゼクスの王位を形式上は認めている感じになる。
それとイグラルード国内では、冒険者がフル稼働しなければいけないほど、魔物の量産が止まらない感じになっていた。
学士達の説明では、天極の地と天獄の地の間に、表裏の関係で人や亜人と魔物や魔族の地があるという事で。それを隔てる物に、魔王の力によって穴が開いて魔獣や魔物・魔族がでてくる。というのが『仮説としてある』という見解であった。
冒険者制度が無い――パルデギアード帝国では、増え続ける魔獣・魔物の対応に追われ、国軍を含め奔走しているとの情報もあって、魔王の影響は各地に出ていると言えた。
「逆に、これだけ平和だと魔王も統治者として優秀なのかもな」
「そんな訳ありません。魔族とは相容れないものです」
クローゼの呟きに、セレスタは答える。セレスタが偏見という訳ではなく、一般的にはそう言う事になる。本当にそうなのかというのを、クローゼは確かめたいと思っていた。そんな感じなのだろう。
クローゼに、そんな事を考えている感じが流れて……御者をしていたカレンが、「街が見えました」と淡々と中に声を掛け、前方の幕をあけていた。レニエはそれを見て軽く頷くいて、クローゼに促しを向けていた。
その先をクローゼは見て、視線を戻す様に目の前のレニエに軽い懸念をみせる。
「その子爵は信用できるのか? 裏切られたら面倒な事になると思うが」
「そうなれは、始末して帰るだけです」
掛けられた声に、レニエはそう言って微笑みをクローゼにむけていた。そのまま続ける様に「父上の手筈ですから問題ないですよ」と、当たり前の顔をしていた。言われた、クローゼの動揺を隠せない顔を、レニエはにこやかに見ていた。
もっと言えば、彼の心の中はもっと凄い事になっていた。とりあえずは……割愛しておく。
「小さい屋敷だな」
それが、到着した屋敷の前で、馬車から降りたクローゼの第一声だった。目の前に、屋敷の若い当主が出迎えにでていたので、思いきり聞かれる事になる。
「お噂通りの方だ。手厳しいな」
にこやかに、クローゼを見るその男は、彼らから十ほど上の歳に見える、優男風の容姿をしていた。
彼の名は、 ステファン・ヴォルラーフェン子爵と言う、エストニア王国の貴族である。
「御世話になります」
レニエの言葉に彼は「お疲れでしょう。とりあえず中へお入りください」と、一同を屋敷の中へ誘っていた。
屋敷の来客用と思われる部屋に通され、彼と対面で向き合う形になった。そして、彼の「立ち話もなんですから、どうぞお座りください」との言葉を聞いて一旦落ち着く事になる。そして、彼は唐突を出した。
「いや、当代で恩返しができるとは、思ってもみなかったよ」
そう切り出した彼は、その事について話しをし始めた。彼の話を簡単にまとめるとこうなる。
――彼の曾祖母はヴァンリーフ家の縁の者であった。その当時、イグラルードの影響が強かったエストテア王国で、家名に関わる問題をその縁よって助けて貰ったという事だった――
「どんだけ手広いんだヴァンリーフは?」
クローゼの言葉に、彼はこう答える。
「まあ、王国……エストテアの方ですが、北部の諸侯は表には出ませんが結構多いですね。今回、私はいち早く恭順の意を示したので、動き安いと思われたのでしょう。 それで、ヴァンリーフ子爵からお声がかったと思っておりますが」
そんな、丁寧な彼の声のと共に、後ろに立つ男に促し誘う感じをだした。その男は、レニエに向かって「御嬢様お待ちしておりました」と軽く会釈をする。
彼の後ろに意識を向けたクローゼは、ヴァンリーフ子爵の屋敷でその顔を見た気がして……隣に座るレニエの表情を確認していた。
「問題ありませんでしょう」
レニエは、当たり前の顔で、クローゼに答える。だが、彼はその答えに納得出来ないようで、目の前の子爵の彼に声を向けていた。
「だからと言って、貴卿が裏切らないとは言えないと思うが」
そのクローゼ言葉に、目の前の彼だけでなく随員してきた皆もやれやれと言った顔する。
「本当に噂通りの人だな君は。思った事をそのまま口する。一応、国は違えど私は歳上で子爵の爵位を持っている。ましてや協力者だ。危ない橋もわたる。もう少し考慮して貰っても良いと思うのだが」
正論な感じをぶつけられて、返答に困るクローゼが固まる様子を見せる。何故か、両隣のセレスタとレニエが彼の肩と膝に手を添えた。それに意識がいって、クローゼは少し冷静になった様である。
「申し訳ありません。言が過ぎました謝ります」
いきなりしおらしくなるクローゼに、ステファンは眉をひそめて彼の顔を見る。そこにあるクローゼの顔は先程までと違い、反省する子供のようだった。少なくとも、彼にはそう見えていただろう。
「全く、対応にこまるよ。まあ良い、君の納得する答えをしておこう。協力と引き換えにもし、私の一族がエストテアに居られなくなった場合。イグラルードで、それ相応の爵位と領地を賜る事。それを、とある王族から、確約を頂いたとヴァンリーフ子爵から条件として提示された……」
そこまでいって彼は、一旦間をおいてレニエを見る。頷く彼女を確認して、ステファンはこう続けた。
「この時勢でその条件なら、曾祖母の件が無くても協力するよ。協力すると決めたならヴォルラーフェンの家名にかけて全力を尽くすし、まして裏切るなんて事はないさ」
そう彼はグサンザとの会話を纏めて、自身の、言葉で提示していた。それに、段々と顔が不貞腐れる感じを表してくるクローゼ。何と無く雰囲気を変えようとする彼の周りの者。
「だから、大人は嫌いなんだ」
その雰囲気の中で、クローゼはそう呟いていた。ステファンは、それに対してこう言った。
「大人とはそう言うものだ。兎に角、集めた情報の提示をしよう。対価の分は働かせて貰うよ」
そう彼は、話を続けていった。
国名変更に伴いタイトル変更。2020/04/12




