七~殿下との密命~
ジルクドヴルムの政務官舎の一室。そこでクローゼは、空間に展開される魔方陣の中に映し出される、フェネ=ローラと話していた。当然、彼女にはクローゼの側に、アーヴェントがいる事が分かった上でという事になる。
初見において、一定の驚きの対面であったのは言うまでもない。それでも、フェネ=ローラは、儀礼所作においてそれを不敬なくこなした。
――彼女はクローゼのする事で、驚きに対して慣れたようで余り驚くことがない。勿論、本来彼女のそれもあるので冷静ではあるが――
流石に、アーヴェントが向こう側の魔方陣に映った時には、彼女も眉を僅か動かした。だが、それはクローゼしか気が付いていなかっただろう。
「……と言う次第で、魔王がエストテア王国に現れました。こちらもこれから行いますが、ヴァリアントでも対応の協議願います」
「宜しいです、こちらも協議しましょう。カークラント士爵には、後ほど連絡をさせましょう」
そんな二人の、形式とも取れる会話の終わりに、アーヴェントがフェネ=ローラに言葉をかける。
「ヴァンダリア侯爵夫人。唐突に現れて驚かせただろう、申し訳ない」
その言葉に彼女は、「斯様な形での拝謁は不慣れなゆえ、御容赦願います」と前置きして話を返していった。
「義弟のする事に慣れましたゆえ、驚きに対して寛容になりました。殿下に対して不敬を抱くと言う意はありませんが、左程の驚きはございませんでした」
「それよりも」そう、言葉をつないで、一旦呼吸を調えるようにフェネ=ローラは話を変えていく。そうして、空間に展開している魔方陣をしなやかな指先で示してみせた。
彼女からみると、アーヴェントを指さす形になる。だだ、綺麗な所作で一礼して、その意ではないと示していた。
「この『通信』為る物を始めにした時は、私しも幾らかの驚きはございました」
「私は、今驚いている。ご婦人には非礼かもしれんが……触っても宜しいか?」
アーヴェントは、等身大に映っている侯爵夫人に向けそう聞いていた。問われた彼女は、躊躇なく肯定の意を現す。それを確認した彼は、それに手を伸ばしていった。
「珍妙な感じがする。当たり前だが普通の魔方陣なのだな……侯爵夫人」
アーヴェントは暫くそれに触れて、フェネ=ローラにも、向こう側からも触るように頼んでいた。
その流れで、彼女の立ち位置がずれる。その事で、いつもの場所にいたフローラから、アーヴェントは可愛らしい儀礼を受ける事になった。
――そして、向こう側のからの試しをフローラに代わり、殿下とフローラが、何故か二人ともノリノリで色々試していた――
その最後の光景。結構な勢いでかけながら、向こう側の魔方陣を通り抜ける様なフローラの姿があった。それをアーヴェントから見ると、自分に向かってかけてくる事になる。その彼女を、思いきり抱きしめようとして……それは終わった。
そんな様子で、ばつが悪そうなアーヴェントに、非礼にならぬよう、必死に笑いを堪える周囲りの者達。その場で、冷静だったのはレイナードだけだったと思われる。
「どういう仕組みなのだ?」
怪訝な顔をアーヴェントは、ヴァリアントとの通信を切っていたクローゼに向ける。それに、発案者のクローゼが、通信を具現化している魔動器を指して説明をしていた。
――彼の話をまとめると、何か複雑な術式と特殊な竜水晶。それに白の竜結晶を使った,簡単にいうと共鳴竜水晶の効果を利用した物だという。当然、クローゼ自身も詳しく分からないので「この魔動器を使うとできます」としかまとめれないでいた。
当たり前であるが、クローゼの思い付き――出来たらいいな――を、ヴァンダリアの総力を上げて具体化した物である。これについては、魔導師のエルマとユーインの助力を受けたので、かなりレア物であると言えた。
「そう言うものか。では、それは幾つ私にくれるのだ?」と言う続くアーヴェントの言葉を、「早急に魔王の対策を……」とクローゼが誤魔化そうとして「今夜ゆっくりと話そうか? 」と、下手な展開に持ち込まれていた。
その流れのまま、アーヴェントに主導権を握られ彼らは、会議の予定の部屋まで行くことになった。魔王の対策の為に、主要メンバーを集めた会議で、彼らは情報を精査していく。
大方の情報が出揃ったが、アリッサ述べた以上に何かあったかと言えば、特段新しい事はなかった。ただ、アーヴェントが思った通りに、アリッサの記憶力だけが光った感じになる。
そのアーヴェントがこの場に要るのだからと、当然の流れで、『魔王出現時』の王国の対策を彼の口から聞くことになった。
「少なくとも、それ前提は私の知る限りではないな。今現在を見ても、不毛な争いでそれどころではない。あえて言うなら、タイランが勇者を召喚すると、愚かな事を言っていたくらいか」
タイランが勇者をと言う下りに、クローゼとカレンが微妙に反応した様にみえた。それについて感心を持つ者はおらず、アーヴェントの言葉に注目が集まっていた。
「当然、魔王が領内に入れば、それ相応の対応をする。しかし、仮にこの情報がロンドベルグ届いても、現状何もしないだろう」
そう軽くアーヴェントは、自身の言葉を締めて……その流れの話題を続けていた。
「エドウィン殿下。まあ、わたしの兄上なのだがな。彼の人外嫌いは周知と思うが、仮に彼が王なら間違いなく総力戦だろう。王太子になっていてもそうだ。相手が魔王だ、理由はわかるだろう。ただ、ヴルム卿がオーウェンに冒険者の件を擦り付けて、功労者に仕立て上げた。この機に陛下は本気で、オーウェンを王位着けようとしている。ここで王宮を離れるのは、王位継承争いでは致命的だろう……」
それでわアーヴェントは一息を入れ続ける。
「何もしないと思う簡単な根拠だよ」
本当にの意味での語尾。そんな、彼の言葉に何となく納得と落胆がその部屋に広がる。彼はそれを感じながら、僅に呟く様に声を洩らしていた。
「私の予想以上に、人外嫌いを拗らせていたら分からないが、実質的には、継承権一位なのだからな」
彼はそこまで口にして、クローゼの表情に目を向ける。その顔は、完全に心ここに有らずな様相で、呆けた顔がみえていた。
それを確認したアーヴェントは、呟きの流れで自分の考えに嫌な予感がしていたのか、難しい表情を見せた。
――ヴァンリーフ卿と、話をさせて貰う方が良いな……。
そんな思いで、彼はクローゼ声を掛ける仕草をしていた。しかし、それと同時にクローゼは突然をだす。
「あ~魔王か……会ってみたいな……」
唐突な声に、アーヴェントは若干の戸惑いの表情を併せていた。ただ、クローゼの両側に座る、セレスタもアリッサも冷静に彼に反応していた。
「魔王に会いたいと言っても駄目です」
「クローゼ様、声が漏れてます」
「おっ。いいっ……言ってないし」
「聞こえたぞ、領主殿。代行としてそんな事は許可出来ない。領主殿は余所事を考えておられる様だ。それでは、勝手に私の方で話を進めさせて頂く」
両側からくる二人の言葉に、クローゼは我に返る感じを見せる。それにキーナが追撃していた。そして、彼女は言いきった通りに、話を進め始めていた。
話しを進めたと言っても、地方の一領主に、現状できる事など限られている。奇襲に備えて防備を固める。後は、できる限り情報を収集する。その手程度の事である。
その後も、何となく意見が交わされたが、そのあたりで落ち着く事になる。時折、偵察・情報・確認等の言葉が出る度に、クローゼが積極的に『行ってみたい』のオーラを出していたが、その都度誰かに止められていた。
流れの途中で、ブラットが「魔物が、軍を称するのは違和感がある」と口にだした。
確認情報では、数千単位の数がいると思われるが、根本的に魔物が統制のとれた行動ができるか? と言う事だろう。
「自称だからな。実際に見ないと何とも言えんな」
簡単に思いを言うアーヴェントの言葉に、キーナが答える様に話しだしていた。
「軍と称するなら、会戦を行えば分かると考えます。エストテア王国軍もほぼ無傷ですから。口伝てでも、流れが分かれば実情が見えるかと」
それに対しても、武官に分類される側から一通り意見が出たが、戦いが起こらなければ分からないというのが大半の結論だった。そして、その話題は落ち着きを見せていく。
「簡単な疑問ですが。……発言よろしいですか? 」
一応に、話し合いには参加していますの体で、その場にいたニコラスが手を上げてそう言った。彼が発言した事に、何故かクローゼが食い付き発言を許可しようとしていた。
だが、彼が言う前にキーナに促されて、ニコラスは声を出していた。
「本当に魔王ですか? もしあの魔王オルゼクスなら、なんでこんな面倒なことをするのでしょう? 伝承の魔王の強さが本当なら、ドカンと一発で終わる気がするのですが」
基本的に――「破壊・殺戮・略奪。破壊・殺戮・略奪。破壊・殺戮・略奪の繰り返しが、魔王の所業ですな」と続けて意見述べて、周りの返答が出そうな所を見回し……更に言葉を続けた。
「生産性は無いですが、魔王にとればそれが一番効率的です。軍というのは非効率の固まりみたいな物ですから。……有用性の話しではなく経済性の話ですよ。誤解なさらぬ様に」
そうニコラスは締め括った。それを聞いて、クローゼは微かに思っていた。
――本当に魔王なのか? という疑問はとりあえず無かった。その場も、基本的に魔王降臨が前提で話が進んでいるし。
そうクローゼは思い、更に思考をめぐらせる。
――その可能性もあるのか?
彼は、アリッサの口から伝えてられると、無条件信用してしまう。それは、普段の流れから仕方なかった。だが、これは彼女の情報ではない。
――可能性の問題なら当たり前か。魔王自体の成り済ましもあるのか。それは盲点だった。ちょっと魔王と言う単語に興奮したな。きちんと確認しないと……やっぱり見に行かないと駄目だなこれは……。
「よし、俺が確認しに行こう」
そう、いきなりクローゼは声をだした。
「ご自分でなんて駄目です」
「どうして、クローゼ様ご自身が見に行かれるですか?」
「許可など出来ないと言った筈ですが、領主殿」
先程の三人から、立て続けに否定の声が聞こえる。全体的にも、彼女達に同意の雰囲気だった。
「なんでだよ、いいじゃないか」「ちょっと見るだけだし」と子どもの様に言って、周りを困らせる感じのクローゼをアーヴェントの声が止める。
「ヴルム卿……クローゼ君。劣勢だな。助け船を出してやろう。取引と行こうではないか」
なんとも言えないアーヴェントの表情に、クローゼ分からないといった言葉を向けていく。
「取引ですか?」
「そうだ取引だ、クローゼ君。王族として、魔王の出現は看過出来ぬ事態だ。そこで私は実情を掌握したい。ただ、私自ら赴く訳にはいかない。……そう思わんかね。キーナ殿?」
アーヴェントは言葉の最後にキーナをみた。そうされた彼女は困った顔をして「御意」と答えていた。それに、彼は軽い頷きをあわせていく。
「そこでだ。たまたま、ジルクドヴルムに滞在していた私が、クローゼ君。……君に密命を与えると。どうだ、ランガーの件に少し色を着けてくれれば、出してやらんでもないが?」
そう言いながら、アーヴェントはクローゼに促しを当てていた。そして、その場を軽く見回して、皆に向けて言葉を続けてみせる。
「クローゼ君と君達の関係それでいい。彼には少し手綱をしめる必要がありそうだ 。ただ、私の命に意を唱える者はいるまい。と言う事だクローゼ君、私が君にいけと言えば、君の意見は通るのだが?」
楽しそうに、クローゼを見るアーヴェントの顔。それをクローゼは、見返しながらこう思っていた。
――全部纏めて、命じればすむことなのに回りくどい事をする人だ。命じられたら断れないしな。分かった上でやってるんだろうな。でも、嫌いじゃない。この世界を生きる上で、この人は楽しそうだ。
いっその事、この人が王になれば愉しいのにな。悪い人じゃなさそうだし、取り敢えずあれだ。
「殿下の御命令と有らば、仰せのままに」
儀礼所作をきっちりとやった上で、クローゼはアーヴェントに向かって言葉を出していた。