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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第一章 王国の盾と魔王の槍
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六~魔王 オルゼクス~

 エストテア王国――イグラルードの南に位置し、竜の背を挟んでヴァンダリア地方の西にある。大国のイグラルードとパルデギアードに国境接し、長い間、どちらかの属国として存続を維持していた。


 両国の緩衝地として、影響を受けるエストテア王国は、双方の文化を色濃く見せている。

 その王宮があったユーベンの街並みは、独特の風合いを醸し出していた。王宮の玉座に、気だるそうに座る男の名は――魔王――オルゼクスという。


「フリーダ。お前の眷族だったか。その男の言によって、私はここに座っている。事は成した故、お前には、約定どうりエストテア王国はくれてやる」


 目の前にひざまづく、全身を紫黒の鎧に身を包んだ男を一瞥して、隣に立つ女吸血鬼(ヴァンパイヤ)を彼は見ずにそう言った。

 彼女が恭しく頷いて言葉を出す前に、彼は胸元が開いた服から覗く、消える事のない疵跡に触れる。


「これで、貸し借りは無しだ。後は全身全霊で俺に尽くせ」


 そう言われた彼女は高揚し、顔を赤らめながら彼に全身が見える様に下がり、こう告げる。その仕草は、魔族とは思えぬ雰囲気であった。


「魔王様の御目に入る妾のすべては、既に魔王様の物。魔王様の思うがままに。(とぎ)をせよと仰せなら、今ここで」


 王座の間で、魔王軍の幹部が顔を揃える中、彼女は言葉を魔王に向けながら、迫る様に元居た場所に戻ろうとしていた。


「フリーダ殿、御前ですぞ」

「そうだ盛るな」


 彼女の動きを遮る様に声を出した二人は、共に、魔王の幹部を務める暗黒のサバルと鉄黒のノーガンである。


 サバルは幽魔族で、魔力魔量に特化する魔族の中でも最高位の魔力行使が出来、所謂(いわゆる)魔導師の類いである。

 ノーガンの方は、竜魔と呼ばれる天獄の地に捕らわれし神々が、龍装神具を纏った姿を具現化したような容姿をしている。天極の側で言えば、竜人と酷似している。ただ、双方と唯一違う点は、龍翼を模した羽を背に携えている事だろう。


「黙れノーガン。使いもできぬ輩が、我と魔王様の仲に口を挟むな」


 歩みを邪魔した声の主に、フリーダは声をあらげる。名指しされたノーガンが「なんで俺だけに」と言いながら、不満げな顔をする。


「いつまでくちぐちと同じ事を……やっちまった事は仕方ないだろが。俺とあんたは同格だぞ。黙れと命令される謂れはないぜ」


 紫黒の名を持つ彼女は、ノーガンと同格ではある。だが、魔王を救ったと言う点で別格とも言える。また、彼女と同じ不死性を持つサバルと共に、前回も魔王と共に戦った事を考えても、本来なら新参のノーガンとは同列にはならない。


「『いつまでも?』と。我にとっては、一年やそこらで『いつまでも』などと言わぬ。あの槍を封印する為に出掛けて、途中で投げ捨てるなど、馬鹿者のする事だ」


「あんたに馬鹿と言われる筋交いはねえ。あの時はやベーやつが居たと……思ったら、森ん中にぶん投げてたんだよ。それにもう対価は払った」


 互いに手がと届く距離まで詰めてきたフリーダに、ノーガンは胸板の五つの疵を示していた。それは魔王による制裁の証だった。魔神の爪痕と呼ばれるそれは、魔王の指が心臓(コア)に掛かったままを意味する。


「それは……」

「もう一回死んでんだよ俺は。忠誠心はあんたに負けない。俺の主は魔王様だけだ」


「うるさい、新参者の癖に。我の忠誠心と張り合おうとは百年はやい。黙って言われた事をきちんとやっておればよい」

「うっせいババあァ」

「誰がっ! 顔面以外、トカゲな奴に言われとうはないわ」


 今にも殺り合いそうな二人のやり取りを、玉座に座り眺めていたオルゼクスは、低く通る声で「やめよ」と二人の間にはいる。


 『ハッ』とする二人。ノーガンは深々と頭を下げ、フリーダは「魔王様~ぁ」と先程とは別人の様な声を出して、小走り手に魔王のもとへ駆け寄る。

 それを横目にオルゼクスは、サバルに視線を向けていた。


「それで、あの神具の所在は?」


 そう問われたサバルは、頭を下げながら「手を尽くしておりますが……残念ながら」と感情が見えぬ様子で答えていた。


「そうか」


 サバルの言葉に、魔王はそう呟きを見せた。ただ、魔王の傍らに戻ったフリーダが、今度はサバルに向けて一応を出す。


「魔王様に仇なすあれを、家畜(ヒト)風情の領域に放置するなど……。サバル殿は存外手が短いと見える。早急に探すよう努力されよ」


 そう、フリーダに言われたサバルは、無言・無表情・無感情のままフリーダを見つめていた。フリーダは、それが癇に障ったのか続けて「サバ――」と声を出そうとした。だか、オルゼクスに腕を捕まれて引き寄せられる。


「フリーダ止めよ。我らは同族だ。お前も苦心したはずだ。私は、前と同じ轍を踏もうとは思わぬ」


 オルゼクスから向けられた言葉に、フリーダは何かを思い出して複雑な表情をした。


 ――魔王様がまだ疵をおっていない頃、集まった魔族は纏まりがなく、あの忌々しい三者に破れたのだった。妾とて……。


 と僅かに思い返す。魔王があの洞窟に封印され、自分もチリとなった事。瑞からの復活に何年もかかり、目覚めた後、今も目の前で微動だにせずひざまずく、紫黒の騎士を頼り眷族を増やし。何年も、何十年もかけて、あの洞窟を、オルゼクス様を探しだしてその槍を引き抜いた。そう、あの刻の悦びを……。


「妾は……」オルゼクスだけに聞こえる様に呟き、続け様として彼に制される。捕まれた腕、そこに掛かる彼の手は、本来感じる事のない温さが分かる気が彼女に感じられた様子だった。


 彼女の隣にある魔王オルゼクスは、目の前に並ぶ魔族の同胞に向けて声をだした。


「力に勝る我らは、小賢しい家畜(ヒト)どもに破れた。奴等の信頼と友情と団結と。それを私も学ぶ。ここに集いし同族の諸君。私の元に結束し協力し団結せよ。さすれば約束しよう、この地から奴等とそれに準ずる者共を根絶やしにして、魔族の安寧の地にする事を。我は、天獄の地より来たりし神子である」


 魔王の言葉に答える、怒号と歓喜の声があかる。それは暫くの間続いた。それが一定の収束を迎えた時に、オルゼクスは目の前に視線を向けた。


「待たせた。紫黒の騎士よ、楽にしろ」


 紫黒の騎士と呼ばれたフリーダの眷族。彼は立ち上がり、魔王に向けて仮面のおくから、視線をむけていた。


「感謝します」


「では、これよりの策を聞かせて貰おうか。我が魔力も魔量も、あれに持って行かれて戻っておらん。暫くはお前の策に乗る」


 そう、オルゼクスは椅子に深くかけ直す。フリーダは彼の膝辺りに頬を寄せ座り込み、高揚とした表情をしていた。

 そんな様子に紫黒の騎士は、本来の主人である彼女を見もせずに、魔王に向けて話し始める。


「人魔を使い、ユーベン近郊の諸侯はあらかた掌握したしました。ですので、南部に逃げた旧王国軍が最初の目標となります。ゆえに、王命にて反乱軍討伐の名目を頂きたい。あと、北部の諸侯はイグラルードに傾いておりますので、魔王オルゼクス様の名でイグラルードに使者を立てるを具申致します」


「なぜだ?」


 みじかい問いと怪訝な顔。それを見せるオルゼクスに、紫黒の騎士はこう答える。


「先ず、交渉可能な相手である。と思わせる為です。内容は、相互の内政不干渉の約定あたりで。イグラルードの王宮は、継承権争いの只中で、外征に感心が薄いと思われます。さすれば、帝国と切り離してある北部の掌握は可能かと」


 最もらしく話す、紫黒の騎士の言葉。それに、オルゼクスは不思議げな表情と思いを向けていく。


 ――交渉可能だと思わせるのに何の意味がある?


 そして、その顔と雰囲気のままを見せる。


「交渉などと言うのに、何の意味があるのか?」


 オルゼクスの思いのままを受けた男。全身を余すことなく覆い隠す鎧兜から、その紫黒の騎士の表情や感情の起伏は読み取れない。だが、魔力魔量の発するそれによどみは無かった。


「例えば、三者の利害が対立し、それぞれ争っている場合。魔族で有れば一番強い者が有利です。てすが、ヒト族の場合は必ずしもそうではありません。魔族は力が一番初めですが、ヒト族は一番最後の手段になる為です」


 そんな紫黒の騎士は話を、オルゼクスは暫く考えてから口を開いた。


「お前の話しだと、魔族は一番弱い奴が一番先に死ぬ。だが、ヒトはそうではない。と言う事か?」


「そうです。交渉によってその可能性がでます」


 淡々とした口調返答に「それで?」とオルゼクスは催促する。彼はそれを理解した様で、本筋に入っていった。


「エストテア王国の件で、魔王様はヒトにも寛容な場合もあると示しました。次に、隣国のイグラルードにエストテアの王として、先んじて交渉をもちかけます。結果は問題ではなく。交渉をできると思わせる事が目的です。選択肢を与える事で、彼等が勝手に考えます。魔王様と戦うかどうか? と。更に先に交渉することで、離反しようする北部の諸侯を牽制し、交渉を持ちかけた事実で、イグラルード王国と亜人達の間に、亀裂を入れたいと思います」


 彼は、話しを一旦止めて、魔王の頷きを確認して、また話を続けていく。


「それで始めに御話した、旧エストテア王国軍改め、反乱軍の掃討を魔王軍を持って行います。その後、国土の掌握次第、名目上の宗主国の帝国を相手にします。その辺りで、魔王様の御力が戻られれば後は思うがままに」


 そう彼は、言い終えると一礼して、オルゼクスの頷きを待ってから後ろに下がっていった。それを確認したオルゼクスは、フリーダに声を掛け立ち上がり、前方の彼等に宣言する。


「王命である。暗黒・紫黒・漆黒・鉄黒の各兵団及び魔王軍を持って、南部に逃走した反乱軍を討伐せよ」


 言い終わったオルゼクスは、最後にヒトとは面倒な生き物だと思っていた。





国名変更エストニア⇒エストテア。よろしくお願い致します。

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