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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第一章 王国の盾と魔王の槍
32/204

参~殿下と騎士~

2020/04/12 編集改編


 セレスタ待望のクローゼは、屋敷の一室でアーヴェントの前に座っていた。ジルクドヴルムに急ぎ戻った彼は、部屋に入るなり儀礼的な動作すらさせて貰えず、今の状態になっている。


 ただ、自身が到着した事で見た、場の安堵感は、クローゼに取って別の驚きもあった。それは、キーナとレニエまで、弱冠の動揺を見せていたからになる。


 そんな彼の視点で言えば、目の前の殿下は、至極御機嫌な様子で、後ろに立つ女性とは対称的に見えた。

 また、クローゼの後ろに立つレイナードは、相変わらすな雰囲気かと思いきや、ブラットと共に姿勢を正している。



「恐縮致します。取り敢えず、御用件を」


 クローゼの切り出しに、アーヴェントは「卿に会いに来たのだよ」と笑顔を見せる。


 しかし、クローゼにしてみれば――いきなり何しに来たんだ? である。また、続けて「卿と私の仲ではないか」を向けられたが『一回飯食っただけだろ?』と言った所だった。


 ただ、流石にそれは言えないが、クローゼも『そう言うなら』の感じを出した。


「そうではなく。本題の方です」


「そうだ、それでいい。私も君達にはそうしているつもりだ。その様に、只のアーヴェントとして、付き合って貰いたいものだ」


 答えになっていない言葉に、クローゼは『心の中』だけで呟いく。


 ――頼むよ、勘弁してくれ。この人こんな人だったのか?


 そんな、クローゼの思いも様子も、関係ない感じで「本題の方だな」と、アーヴェントはカレンに促しを向け、受け取った物を机の上に置く。

 置かれた物は、魔衝撃を使った馬上用の短筒だった。


 それを見たクローゼは、その経緯を思い返していた。それは、王都に居る時の話になるのだが……。



 色々と子爵に止められていたクローゼは、一応に理由をつけて、セレスタとアリッサを連れ屋敷を抜け出す。そして、王都に来ていたレンナントに案内を頼んで、アーヴェントの屋敷に、借りを返そうと向かう事にした。


 当然、手ぶらではなく、ブラットに携帯させていた、机の上にある魔衝撃の短筒を持って。当たり前に連絡もなしなので、居ないと思っていたが捕まったのだ。


 それで、誘われるまま、夕食を食べて帰り……当然、子爵には怒られる事になる。……と、そんな展開をであった。



「それは、殿下に献上した筈ですが」


 机の上にある短筒を見て、クローゼは思い出した事を含め確認した。それに、アーヴェントは「ああ、そうだ」と続けて、恐らくは不満な感じを投げてくる。


「使い勝手が悪いのだ、それは。卿らは何とかしてるのだろう」


 その言葉通りの表情で、彼は続け様にその欠点を並べていく。


「使える者が少ない、当たらない。飛距離が短い。試しに作ろうとしたが、話にならなかった」


 そう話を区切り、自身について続けてる。


「存外と使えなかった。見る目が無かったのかもしれないが」


 そう言葉を結んで、アーヴェントは短筒をカレンに渡す。彼女は、それを当然と受け取り、腰のホルダーにおさめた。その流れで、アーヴェントの不満が更に明確な音になる。


「カレンは上手に扱う。威力も凄い。それを見ると他の者が子供に見えるのだ。もう少し、汎用的で威力をあげる事は出来ないか? そうすれば大量に購入する。そう、レンナントに言ったのだが……卿に聞けと」


 クローゼは、それで彼の意図を理解する。ただ、『大量』には、難しい顔をしていた。


 ――クローゼ自体は、既に解決方法を持っている。持っているのではなく、既にある。


 前世の記憶による物だが、実際にも造り始めていた。もっと言えば、オリジナルの三本の槍も、量産型が存在する。また、ヴァリアントでは『それ用』の部隊の訓練もしていた。


 彼が持つ前世の知識は、発想の部分に大きく(かたよ)る。当たり前であるのだが、仮の話で『スマホ』を知っていても、彼には作る事は出来ない。しかし、この世界の技術。……いや、 魔術の水準は高いのである。


 クローゼが組み合わせを思い付けば、意外と出来ない物は少ない。また、幸いな事に彼の立場は、彼の発想を具現化できる。

 彼が異世界に転生してしまっても、前向きな考え方を出来るのは、その辺りも有るのだろう――



 クローゼは、アーヴェントの考えを推測して、理解出来たつもりで切り出した。


「仮の話、何とか出来たとして、殿下はそれを何に使われるのですか?」


 クローゼの言葉に、殿下の彼は雰囲気を変える。所謂(いわゆる)、風格とか格式など『らしさ』を出してきた。そして「出来る。と、捉えて返答しよう」と真剣を向ける。



 真剣な話の流れは、ランガーと言う獣人族が、彼が所有する王国領に近い竜の背――この世界では、越える事の出来ない高い山々の事をこう呼ぶ――のふもとに生活域を持っている。

 元々は、互いに不干渉だったが、何年間前に、突然討伐の話が出てきた。


「出所は聞くな。今も王宮で、王位の継承権争いを陛下としている……下らぬ事だ」


 アーヴェントが濁したのは、結局の所、例のあの男なのだが……。当然、アーヴェントは反対する。しかし、言い出したあちらも当然の様に、勝手に実行した。という事だった。


 事の次第で言えば、始めは成果を上げる。当然、戦でもない討伐である。いきなりの一方的な攻撃は、ある種の奇襲なのだから当たり前であった。

 しかし、当然に反撃を食らう。そして、散々な目に遭い逃げ出して投げ出す……。


 その結果、反撃に出てきたランガー達が、逆に近隣の村を襲う様になり、北西部の殆んどが彼を頼り、アーヴェントは奔走すると言う事になった。



「広すぎて手に余るのだ。レンナントが積極的に北西部で、冒険者を展開しているから、ましにはなったが……」


 と続けて、「部族単位を相手とする、それも魔物等でははく、大陸公用語も理解する亜人の部類なのだ。だから、冒険者では、今後も大きな成果は望めないと考える」と彼はそうも言った。


「武器を渡して自衛をと考えたが、扱える訳もなく。正直な所、私の私兵すら一対一は厳しいのだ」


 そしてあの筒、献上披露の先込め式の魔衝撃の筒だった。それを使えると思い、クローゼに声を掛けたという事になる。


「当たり前たが、王国軍を持って討伐など選択肢にはないぞ。各々で追い払うことが出来れば、彼等も馬鹿ではないから、話し合いの余地も生まれよう」

 

 話し終えて、彼はため息をつく。その僅かに、クローゼは少し考える仕草をする。一応に、彼の思惑について考えを巡らしていた。


 ――真相は、レンナントに確かめれは分かるか。確かにあの筒。ほぼ銃の感じだから、持ってこいだ。でも、そんなのを周辺ばらまいたら、反乱とか起こりそうだが。魔物よけの魔方陣とか。いや、亜人か……。


「殿下。暫く時間を頂きたい」


 そう、クローゼは話を区切り別の話題に変えたが、暫く会話を続けていたアーヴェントが、唐突にクローゼの後ろに気をやる。


「ところで、後ろの彼はレイナード君か?」


 弱冠よそ行きのクローゼの後ろを、アーヴェントはそう聞いた。それに「はい」とクローゼが答え、彼の後ろで、レイナードは軽く顎を引いていた。


「ヴァンダリアで『一番強い』とレンナントが言っていた。本当かね。ヴルム卿」


「そうですね。個人的には、王国で一番ではないかと思います」


 クローゼの答えに、アーヴェントは笑みを浮かべ、ブラットは動揺していた。


「彼も、そんな事を言っていたよ。ただ、この部屋でヴルム卿だけが、カレンが誰か分かってないようだね」


 クローゼはそれで部屋を見回す。そこには、クローゼを含め五人。いつもの思考パターンだと、何の事か分からないのだろう。


「カレン殿と言うのですか。はじめまして」


 とクローゼは軽く言う。分からないなら『ままに』は、いつもの彼である。

 話の途中で、アーヴェントが彼女の名前を呼んだのは、聞いていなかったのだろう。


 クローゼの雰囲気に、カレンの顔が微妙に曇り、反対に殿下の彼は笑顔になる。


「君達。ヴルム卿に教えてやってくれないか。カレンの事を」


 そんな、「知っているだろう」の促しの言葉に、ブラットが答えていた。


 ――王国最高峰剣士。六剱の騎士(シックスソード) 最強、真紅乃剱(クリムゾンソード)カレン・ランドール騎士爵――


 そうブラットの声が、クローゼには聞こえていた。決して、小さくない貴賓室。五人しかいないその部屋が、小さく感じる様に空気が固まっていく。


 ――六剱の騎士(シックスソード)……最強、真紅乃剱(グリムゾンソード) カレン・ランドール騎士爵?


 それは、クローゼの頭の中の復唱である。


 ブラットが話した中の「最強」の言葉。それに、カレンは僅か眉を動かした。そんな様子に、アーヴェントはご満悦で、レイナードは「やはり」という反応を見せている。


 ――一応に『最強』の言葉は、ブラットの主観と一般論という事になる――


 結局、『クローゼだけが知らない』は事実で、彼は、自分で理解した感じになる。そして、続く条件反射。


「レイナード。お前はそれで?」

「師匠から名前を。雰囲気と殿下が御名前を」


 必要最低限の言葉が、逆に分かりやすく、クローゼの理解を誘った。「そうか」とアーヴェントの方に、クローゼは向き直る。

 その様子に「それでだ」と、アーヴェントの何処と無く楽しそうな顔が見える。


「わざわざ、カレンを連れてきたのだ。試合(しあ)せるのはどうか? ヴルム卿」


 言われたクローゼは、少し考える仕草をしている。表情自体は、まあ、そんな感じであった。


 ――大体、突然来て、「わざわざ」もない気もする。でも、見てみたいのも……あるっちゃある。


 最終的に、彼の興味が勝ったようで、クローゼは、もう一度、レイナードに確認を向けようとした。


「刻なりなので……」


 ただ、レイナードは、クローゼが振り返る前に答える。空気感が緩くなり、そのままの勢いで、顔を向けたクローゼは「そうだな」と答えていた。


 彼の反応からクローゼは、どうしてもなら『昼飯食ってから』だと理解して、彼はアーヴェントにもそう話を始める。ただ、クローゼも――お腹にいれてからどうなんだ? とそのままの感じで、アーヴェントの反応を見ていた。


「そうだな。ちょっと遅いくらいなのか 」


 そんな、アーヴェントの言葉で決まりかけた時に、ブラットが「自分も」の主張が出て、一応その通りとなった……。



 そのまま昼食を、アーヴェントとカレンとクローゼで取り、他のものは昼食後、現地でという事にして、一旦解散になる。

 その過程で、レニエがクローゼの手首をつかんで自分の鼓動を聞かせて「駄目です」と言っていたのは、二人だけの秘密なんだろう。……完全に余談である。



 皆が食事を終えて、予定どうり鍛練場にそれぞれ集まってきた。予定していたメンバーよりも、ギャラリーの方が圧倒的に多くなったのは、予定外であった様である。


「凄い客だな」のレイナードの言葉に、クローゼは「冒険者は断った。ラオンザの所だけだ」と答えていた。

 その言葉通りにクローゼは、アーヴェントにその旨を告げて、自分の私兵達をその場に入れている。


 王国では、真紅乃剱(グリムゾンソード)の名前は、剣を持つものに取って避けて通れない。

 更に、当代のカレンは、歴代でも最強の呼び声が高いとあって、クローゼの家臣達の眼差しも真剣だった。


 その真剣な眼差しを浴びて、鍛練場の中央にカレンとブラットが立っている。


「ブラット。部下が見てるぞ、しっかりやれ」


 クローゼにそう言われたブラットは、一旦カレンに一礼して、声の方向に身体返し会釈する。そのまま、金属製の刃引きをした剣を一振りして、カレンに向き直る。


 それを見てクローゼが、アーヴェントに確認の仕草をして、彼の頷きを見た。その認識で、両者から遠目なセレスタの合図がされた。



「どうなると思う?」とクローゼが、隣のレイナードに唐突を向ける。その間にブラットは、彼らしい剣捌きでカレンに迫っていた。


「結果はわかるが、どうなるかはわからん」


 真顔な感じのレイナードの言葉を聞いて、クローゼは続けて別の質問をした。それは、その後の事だった。こちらは、真面目に『お前より強い』が分からないの顔である。


「やれそうか?」

「試合だからな」


 曖昧に曖昧な言葉。そう、クローゼは目の前試合よりも、レイナードを見ていた。前方に、真剣な眼差しを向ける彼を見て、クローゼは彼の事を考える。



 ――この何ヵ月の間、レイナードは冒険者だった。特定の役を与えていないから、冒険者のヘルプをさせてた。始めは時々。最近は、レイナードがいないと出来ないクエストが有るほどだ。

 今日もラオンザ達のヘルプで、この間帰って来たところに予定を合わせた。彼がいないと、視察に行くにもキーナの許可がおりない。おかしいんだけど……まあ、それは仕方がない。


 そんな思考で、ラオンザ達や他の 銀階級(シルバー)のパーティから聞いた話に、彼自身との会話で、クローゼはレイナードが少し変わった気がしていた。勿論、悪い方ではなく……。



 いつもの様に、クローゼの思考が内向きになっていたが、激しい金属音で彼は現実に戻される。ほんの僅かな筈だった。

 彼の目の前には、膝をついて項垂(うなだ)れるブラットが見えていた。


 セレスタの試合を止める声に、クローゼはレイナードに「どうなった?」を向ける。それに『見てなかったのかよ』という顔で答える。


「体裁は整えて貰った。大人と子供か。……いや、もっとだな。強いぞ。真紅乃剱(グリムゾンソード)は、伊達じゃないな」


 そう、レイナードは、場景に映える彼女を見ていた。



 レイナードの視線の先には、鍛練場の広い場所の真ん中で、カレンが、項垂れ膝を着くブラットを見ている。彼女は眼下の光景に、少なくない思いを向けていた。


 ――いずれは、騎士になるのだろう。それも成るだけでなく。そんな相手だった様に思う。『部下が』の声が聞こえて、それなりなった。きっと、彼は気づいたのだろう。未だに、立ち上がってこない。

 真紅乃剱(グリムゾンソード)になるまで、幾度となく見た。これで、何人剣を手放したのだろうか……


 カレンの思考と視線の先のブラットが、突然立ち上がって、飛ばされた剣を丁寧に拾っていた。そのまま、美しい所作で砂を払い、彼女に一礼すると「ふう」と息を吐いた。


「負けました。ありがとうございます」


 ブラットは、そう脇に下がって行く。それを見た彼女は、何故か安堵の表情を浮かべていた。




 レイナードと入れ替わる様に、ブラットがクローゼ達の側に戻ってきた。足取りは、軽やかとは言えなかったが。

「どうだった? 」と言うクローゼに、ブラットは複雑な感じを返していた。


「どうもこうもありませんね。一瞬、剣を捨てたくなりました。まあ、捨てませんけれど。ですが、レイナードさんを見ていなかったら……怪しかったです」


「大丈夫だお前強いよ。師匠の受け売りだか、一握りを目指す必要ないよ」


 それに、ブラットは「そのようです」と答えて「顔を洗ってきます」とその場を離れていった。


それを見てクローゼは、分かった風な顔をする。


 ――カレンが強いのは、取り敢えず、分かったってところだな……。




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