セレスタの憂い
2020/04/07 修正
クローゼの戻る先では、迎賓館から屋敷に向けた馬車があった。その中で、一番居心地の悪いと感じているのは、セレスタだった。
いつもなら、然してかからない道が、彼女には長く感じられていた。少しの不安と大丈夫が混じった、そんな心境だったのだろう。
……迎賓館で、キーナさんが殿下に領主の不在を告げ、自分が領主代行だと自己紹介した後、何故か二人は意気投合して暫く会話を続けていた。
結局、殿下はキーナさんにも屋敷に同行する様に、と言ったのでそういう事になった。
キーナさんが、こんな感じでお相手を出来るなら、別に屋敷に行かなくてもと、一瞬思ったが声には出さなかった。
――凄く迷ったけど。
私が護衛隊に馬上で指示を出していると、殿下に馬車での同行を求められて、今の状態になってしまった。隣に座るキーナさんは、目の前の殿下とずっと絶妙な内容の会話をしてる。
時折、殿下から振られる話に相槌を打つのもそうだけど、それよりも、目の前に座る人に目が行ってしまう。こちらに来てから、声どころか表情一つ変えていない気のする。その女性の方に。
彼女は、王国最高峰の剣士。六剱の騎士の一人。真紅乃剱 カレン・ランドール騎士爵。特徴的な緋色の瞳を持つ、自分と差して変わらない感じの彼女が、どうしてここにいるのか分からなかった。
「セレスタ殿、気になるか?」
と、殿下は改めてその表情を見せてきた。
「ヴルム卿に当て付けだよ。君達が彼にいるなら、私も多少はな」
殿下にそう言われた彼女は、微かに眉を動かした。私も多分、苦笑いをしていたと思う。それから、屋敷までの時間は長く感じられた。いつもよりもずっと。
――早く戻って来てほしい。……そう思っていた。
「相変わらす、美しいものだな」
屋敷について、出迎えたレニエさんに殿下がそう言っていた。出迎えからここまで、私が見てもこれ以上ない対応だったと思う。今日ほど、彼女を頼もしいと思った事はないかも知れない。
これからは、屋敷の集まりにも参加しようと思う。隣にアリッサがいてくれるから、何とか普通に出来ているけど……。
クローゼと王都で、殿下のお屋敷に行った時より緊張している。きっと彼が側に居ないからだと思った。そんなに気持ちの中で「恐縮致します」と、レニエさんの声を聞いていた。
「セレスタ様。アーヴェント殿下、ここまで護衛も入れて六人でいらしたそうですよ。宿場にも普通に何度も泊まったらしいです。クローゼ様より凄くないですか?」
隣のアリッサが、いつもの冷静な顔のまま、小声でそう話しかけてきた。余裕がないけど「そうだね」とばれない様に答えてみた。
その時、聞かれていたのでは? というタイミングで殿下から声を掛けられた。
「そこの二人もだぞ。男装もなかなかだ。それにキーナ殿も、見識が広いと言うのが先に来るが、女性として見ても十分魅了的だな」
殿下は、それを聞いたキーナさんが驚く様子を見て、「カレンが霞むな」と言っていた。殿下は、彼女を気にする素振りもしていたけど、彼女の方は殿下の後ろで全く気にする感じは無かった。彼女の雰囲気を感じていると……。
「それと、メイド達は普通なのだな。ただ、しっかりと教育されていて王都でも通用する感じがする。ヴルム卿も、その辺りは踏まえているようだ。王都でもあきれる屋敷もあると言うのにな」
屋敷の雰囲気を言葉にした、殿下のそれに、レニエさんはきちんと対応出来ていた。その場で冷静だったのは、キーナさんがたじろいていたので、レニエさんと殿下の後ろの彼女だけだったと思う。
それから、暫く殿下の時が流れて、やっとクローゼが到着して、それが終わるまでもう少しだけ時間が必用だった。そんな感じだった。
――もう少し早くきてほしかった……本とに。
と、そう思った。