二十七~記憶~
あの後当たり前に、子爵の屋敷に戻って『なんやかんや』で、今は、グランザ・ヴァンリーフ子爵と差し向かいで蒸留酒を飲んでいた。
自分が『酒を飲んでいるか? 』と言えば、大半が紅茶なのだから、酒を飲んでいる感覚ではない。
――まあ、目の前の彼は、カップではなくグラスで、何処と無く機嫌良さげに飲んでいるので、飲んでいる事にしておこう。
「奥方は出来たお方ですね」
そう、夕食の場での出来事を思い返して、彼に声と向けていく。彼は、嬉しそうな表情を此方に向けて、グラスに残った無色を飲み干していた。
「ああ、そう思うよ」そう言って、空いたグラスに酒を注いでいる。ヴァンリーフではない彼の顔は、悪く言えば、普通の父親のそれに見える。
そうあの場。夕食の席で、彼はキャロルとシャロンに向かって唐突な感じで、それを話始めた。
「キャロル、シャロン。二人とも聞いてくれ」
俺達も同席し皆がいる場所で、「レニエは、お前達の……姉だ」と告げていた。
緊張した様子のレニエを、双子の彼女達は見た。そして、当たり前の顔で「はい」と答えていた。
以前からそうだったと、後から聞いた。夫人は、彼女達を自然にそう育ててきていたと。それは、レニエの負担にならないように、彼女と彼女達との関係を築かせていた、と言う事なのだろう。
「御時間が掛かりましたね」
「ああ、ありがとう」
その夫人の言葉に、彼は感謝を向けていた……。
そして目の前の彼は、グラスに口をつけてから「レニエを頼む」と言って俺の方を見る。続けて彼は、呟くように「人外。いや、亜人には、ロンドベルグは住みにくい所だからな」と付け加えいた。
「君も早く妻を持つといい」
その雰囲気からの呟き。その感じで言葉にした、彼の意図する事は流石に分かる。ただ、向けられたそれは彼個人の意志の様に思った。
ただ、返事を求められて無い気がして、そのまま何も答え無い事にする。あり来たりな会話から始まった彼との時間の本題が、彼女の事ではないのは彼の顔を見るとそう分かる。
彼はグラスに残った透明を飲み干し、軽く間を置いて俺の目を真っ直ぐに見てこう始めた。
「本題に入ろう。今の君なら知っておいた方が良いと思う。……君の出生の話だ」
俺の若干の動揺を読み取ったのか、彼は、暫く言葉を止めていた。そして、俺が息を整えるのを待って、彼は話を再開していく。
「龍の神子。……巫女か。それは知っているな」
「名前だけは……」
それは、ドラゴニアードで崇められている、『龍装を纏った神々』の信仰者のなかで、聖人や聖女と言われる人々の名称だと。宗教の話なら、本題からそれている気もするが。俺の答えには構わず彼は話を続けてきた。
「彼らは、何年か毎に天極の地より特別な儀式よって召喚され、龍の巫女として神々に仕える、と言うのが一般的な話になる。形骸化していて、形式だけだが、中には本当に召喚される者がいるのだ」
「仰る意味が分かりません」
「私も分からんよ」そう、少し笑いながら彼は俺の問いに答える。
――貴方が分からないなら、尚更、分かりませんけど。
と、恐らく俺がそんな顔をしたのを、気にも止めない様子で、彼は簡単に言ってのける。
「知ってるだけだ。君の母君がそうだからな」
「んっ?」と彼の唐突な言葉を一瞬考える。
――俺の母親は、龍の巫女ということなのか? 向かいに座る彼はそう言っている。ちょっと待ってほしいが。
と、そんな疑問をそのまま口にする。
「私の母は龍の巫女なのですか?」
「正確には違うな。聞いた話では、捨てられたと言っていた」
「捨てられた?」
「言葉のままだ。目隠しをされ馬車に乗せられて、何処か分からない場所に放置されたという事だ。そこを、君の父上に拾……助けられたのだと」
彼はその言葉の後に、聞いた話としてこう語っていた。
母は気が付くと、祭壇の用な場所に立っていたのだと言う。ほんのすこし前まで、普段の生活を送って場所と全く違う景色のその場所に……。
始めは歓喜を、次第に落胆を。そして、異端と呼ばれて捨てられたと「殺されなかっただけまし」とは母の言葉だそうた。
「天極の地と言うのは、龍翼神聖霊教会でいう所の神々の世界の事だ。君の母上は、そこから来たのではなく別の世界から来たと。結局、言動が異端であるが、儀式で召喚した者を殺す事が出来なかったという事だな」
そこまで彼の言葉を聞いて、最後の所に疑問を投げ掛ける。
「母上は何処から来たのですか? 」
「ニホンという国だそうだ」
――ニホン……ニホン……ニホン? 何か聞いた響きがする。
頭の中で、その言葉が繰り返される。たぶん、俺の困惑か混乱の頭の中は、彼に届いていないのだろう、彼は自分言葉を確認していた。
「ニポンだったか? いや、ニッポンだった気もするが、そんな名前の所だった」
そう子爵は、不明瞭な記憶をおいて、母の事を話した。
――兄の母を早くに無くして、独り身だった父。そして、俺の母は助けられた事を感謝する。何となく二人は近い仲になり、天寿に関わるであろう病になった父を献身的に介護?する母の様子を――
あったであろう事実と事情を、前に座る彼は「私しか君の母君が、別の世界から来たということは知らない」と付け加えながら、話をしている。
もう、その辺りで、彼の言葉は単語としてしか認証出来なく成っていた。そう、頭の中は『ニホン? ニポン? ニッポン?』 と、何かのふたが飽きそうな感じがしている。
「君の母君の名を告げておこう」
そう、彼の可笑しな声を聞いた。
――自分の母親の名前ぐらい分かる。クローディア、そう言う名だ。見たことも、記憶にもないがそう言う名だ。
ただ、聞こえて来たそれは、別の何かと思う。
『クロセサキ』とは、彼の言葉だろう。その単語に何かが切れる……。
クロセ ……クロセ……クロセサキ……黒瀬 咲希……クロセ ……クロセ……クロセ……黒瀬……黒瀬……黒瀬 タケル……タケル……。
――黒瀬 武尊――
そう頭に浮かんだのは、俺の名だった。そう認証した刹那。
――溢れ出る程の、知識・自識・認識・常識…記憶・思い・感情・事情・情報・記憶・記録――
それで、黒瀬 武尊として生きてきた事を思い出す? いや、思い出した。
思い出した記憶の最後の場面。――バイクに乗る自分。紫色の光。弾ける体。受ける衝撃……。
そこに見た自分。資材置き場か何か。そこに倒れ込みそうな体を、金属の棒が貫き支えいる。その暗闇の中で、絶え間なく吹き出す温かさを掌で感じ、死を覚悟していた。
意識が遠退くが分かる。感覚が無くなり視界が入れ替わった。そして、見慣れない景色を見て、信じられない傷みを感じていく。
「ここは……どこ……」
その言葉を最後に、その場面は終わる。
「クローゼ殿。大丈夫か?」
グランザ・ヴァンリーフ子爵の声。目の前の彼は、変わらず彼だった。
今の出来事がなんだったのか分からない。だだ、全く別の何かが自分と重なっているのはわかる。でも、彼に話しても分からないだろう。自分でもまだわかっていないのだから。
「衝撃的だったので」
俺の言葉に、彼は「そうだろう。突然こんな話をしても……」と話を続けたが、彼との認識は共有出来ていないのだから、本当の意味で噛み合った会話にはならない。
「私が、話さないといけない事はこの位だな」
「ありがとうございます」
話の流れを締めくくる、彼の言葉に謝意を表す。
その後の会話は、よく覚えていない。勿論、彼の問題ではなく俺の方話だが。アーヴェント殿下の件の処理。これからのヴァンダリアの話。今後の俺のはなし。その他……何となくこれくらい。
「暫くは、王宮がらみはなしだ。それは、此方の仕事だという認識でいてくれていい。それ以外なら、好きしていいぞ。何かに有れば我々が処理する」
「時間も時間だ」と、最後に彼はそう締め括った。それに合わせて、形式的な挨拶をして、部屋を後にする旨を伝える……。
彼と別れて、割り振られた部屋に向かう。
「安っぽい設定だな」と呟き、自分の顔が揺るんて無いかを手で触って確かめる。でも、分からない。部屋をでる前までは、可笑しな顔をしてなかった筈だが、今はきっといつものあの顔だろう。
――少し、自分の記憶の整理をしようか。
クロセサキは、俺『クローゼ』の母で召喚されし者。俺『クローゼ』は、黒瀬 武尊の転生した姿。
『黒瀬 武尊』な俺は、日本に 住 んでいて、その時の母親の名前は……黒瀬 咲希。
――時系列無視も甚だしい。
あり得ないに、あり得ないを重ねても、ただ、あり得ないだけた。『それがどうした?』って感じだな。
――楽のしそうじゃないか。
わくわくしてきた……が、とりあえず寝ようか。