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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
序章 王国の盾と記憶の点
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二十四~グランザとレニエ~

 あの流れで俺は、着替えをしていた部屋のテーブルで、紅茶を飲んでいた。目の前には、グランザ・ヴァンリーフ子爵が座っている。

 彼との間を隔ているテーブルには、飾りだと思っていた蒸留酒が、封を切られた状態で置かれていた。


 彼はカップにそれを注ぎ、口を付けている。午後から参内だと思ったが……。 こちらの気持ちを察したらしい彼の「大丈夫だ」という言葉に、取り敢えず、それをその場においておく。


「そろそろ終わる頃だな」と子爵は、語りは始めた。話を聞くとも、聞いてくれと、でもなかったが……。


 彼の言葉を纏めると、こんな感じだった。


 前回の魔王出現時に、建国当初のまだ歴史の浅い頃。共に魔王を退けた頃から、エルフの国とは細々と国交が続いていた。ということだった。

 そして、子爵がまだ成人したての頃、エルフの国の領域にある王国の領事館に、彼は随員として赴任していた。


「若気の至りだ」との言葉に続けられた、レニエの母親に初めて会った時の衝撃は忘れられない、という言葉が印象的だった。


 彼女はクロエと言って、人との対外交渉を担当する一族の者だったという。元々彼等は、人との関りを積極的には持とうしなかった。ただ、クロエは少し違っていたと言う事だった。


 彼の赴任期間中に、彼女に引かれ恋に落ちた。次第に彼女も打ち解け、そんな関係になったと。


 ――この辺りで、セレスタとアレックスの目がキラキラしていたが、まあそれはいい。


 赴任期間が終わり、王都に戻った後も、エルフの使節団ともに彼女も訪れて、二人だけの関係だが続いていたそうだ。


 その頃はまだ、エルフ達も王宮に訪れていたが、エドウィン王子の選民意識や人外嫌いもあって、次第にこちらの一方通行になっていったと。

 結局彼は、王宮の仕事を離れヴァンリーフ子爵を継ぎ、彼女は王宮を訪れなくなった。


 その流れになったと言う事らしい。そして、レニエが十才の時に、彼女は母親と共に彼の前に表れたそうだ。

「貴方の子供です」そう言ったクロエは、この子が一族の者に疎まれて、側においておくことが出来なくなった。貴方しか頼れる人がいないと。


そう言われた彼は「わかった」とだけ答え、レニエを受け入れる事にしたそうだ。


「妻しか知らない」


 レニエが来たのは、彼が忙しい中色々と手を尽くして彼女を諦めて、妻を持ち、キャロルとシャロンを授かり、ヴァンリーフとして力をつけ始めたばかりの時期だったそうだ。


 彼は夫人に、突然やって来たレニエの事は「任せろ」言って頼み、夫人はそれに従い、レニエと優しい距離を取ってくれたと言う。


「親としては、失格かもしれない」と呟いた彼は、その言葉の後に、キャロルとシャロンには、妻を通して親として接する事が出来た。

 だが、クロエがいないレニエにどう接してわからず、何故そう思ったか分からないが、ヴァンリーフとして向き合ってしまったと言っていた。


 彼の言葉を聞きながら、頭の中で整理していた。もう少し情景とか心情あった気もするが、そんな感じだった。――たぶん。


 彼の声が止まったので、目の前の彼を見る。そこには空になったカップに、手もとにあるのをなみなみと注いでいる姿かあった。


「グランザ殿?」分かるようにあえて、語尾を変えてみる。その言葉に、彼の手が止まり注がれていたそれがテーブルを濡らしていた。


「君の論法だと、レニエを信用するということは、私も信用するという事だろう」


「はい」


 唐突な彼の問いに、深く考える事なく答えた。彼はそれを聞いて呟きをみせる。


「君という男は……」


 ボトルを置いて空になった手を、自分の顔に当てため息を付く。目の前に見える、その仕草に場の雰囲気が変わった気がした。


 こっちも軽く息を吐き、周りに視線をおく。そこには、思い切り泣くアレックスと瞳から溢れそうなほど涙を貯めたセレスタ。そして、何故か立ち上がり後ろを向いているブラットの姿があった。


「どうした?」


 そう三人に声をかけたが、アレックスは鼻声混じりで聞き取れず、セレスタ「何てもありません」とちょっとあれだし、ブラットは「大丈夫です」だけしか反応が無かった。


 ――よく分からないがまあ良い。結構時間もたった気がする。女性の着替えは長いのか? 俺のは直ぐに終わったのに……。


 そんな事を考えていると、扉かノックされる音がしてきた。さっきは勘違いしたが、もう紅茶は来ている。今度は間違いない。アリッサはどんな顔してるだろう? ――楽しみだ。


「入れ」と子爵の声と共に、扉が開かれる。


 最初に入って来たのは、レニエだった。それを見て絶句する。


 セレスタも。「も」は駄目だ。セレスタは言葉に表せ無かったほど美しかった。俺の中では一番だ。そう。ただ、今、自分の視線の先のレニエは一番だった。


 強い緑色に金色をあしらったドレスに、スラリと下にのびた銀色な長髪(ホワイトブロンド)が映えていた。整った顔立ちと正装の感じに、先程とはまた別の美しさがある。


 セレスタは、それようにされた化粧で、女性らしさが引き立ち美しさが増していた。比べるものでもないが、何と言うのか、レニエは彼女とは違う感じの美しさがあった。


 ――ただ、自分の表現力の無さなのか、美しさとしかいえないのがくやしい。


「遅くなりました。申し訳ありません」


 レニエの透き通った声が聞こえて、感嘆の声があがる。「大丈夫だ」の子爵の声につられて、彼を見を見ることになった。

 彼の冷静な表情の中には、「どうだ? 」という言葉がみえた。それに、思わず頷く。


 ――確かに素敵だ。


 レニエが、綺麗な立ち姿のまま、立ち位置をかえ扉の方に手を差し出し「どうぞ」と声をかけていく。陰影の分かれる扉の向こうから、深紅に黒をあしらったドレス姿のアリッサか室内に入ってきた。


「アリッサ、綺麗」と「素敵です」のアレックスとセレスタの声が聞こえて、はにかむ様な仕草でアリッサは立ち止まる。


 「綺麗だ……」と俺も声を出そうしたその時、子爵が先に声をかけていた。


「ほう。顔立ちは良いと思ったが。レニエ、お前にも負けておらんな」


 「レニエ」と呼ばれた彼女が、ピクリと反応する。それに、彼女が「はい」と小さく答えていた。それが気になり、意識がそちらに向いていった。


 突然、袖を引かれてハッとなる。引かれた先ではアレックスが顎で、扉を指す仕草をしていた。それに促され前を向く。そこには、当然アリッサがいる。当たり前に綺麗だった。


 ――そうだ、まだ言ってない。


「綺麗……だよ。アリッサ」


 出会った頃より少し長くなった、青みがかったの黒髪の彼女は、はっきりと視線を俺の方に向けていた。


「ありがとうございます。……クローゼ様」


 少しだけ、鼻にかかったその声は、いつもの彼女と違って聞こえた。そこにいるアリッサもまた、間違いなく一番美しい女性だった。


「一番が三人もいると困るな」


 セレスタもアリッサもレニエも美しい…。美しいと言う気持ちの中にも、微妙な違いがある気がするがそれを自分で区別できない。


 ――それがなんともあれだけど。


 呟いたであろうその言葉に、グランザ子爵の声が乗ってきた。


「三人とも、一番にしてしまえば良い」


 ――そうか、美しいものは美しいのだ。考えるまでも無かった。


「美しいものは美しい。……考える必要もなかったです」


 そう言って、そのまま子爵を見たが答えがかみあって無いのか、複雑な顔をしていた。そして、目の前の二人の表情が微妙で、セレスタの視線を感じていた。


 ――周りはよく見えるが、よく分からない事が多い。

 

その流れで、アレックスが俺をつついてくる。


「分かっててやってるよね?」

「何が?」


 その会話を聞いた子爵は、メイドに下がる指示していた。


「大変だな、君達も……」


 そう――アレックスに向けたのか? 子爵は呟いて、扉が閉まるを確認するように、時間をおいてから話しを続けてきた。


「私も、君の様に深く考えなければよかったな」


と、子爵はレニエを見ていた。そして、自分の耳で髪の毛をかきあげる仕草を見せていた。


 それにレニエは、一瞬戸惑う様子で子爵を見る。それは、何かを訴えるようだった。それで、周りも少し緊張するのが感じられた。


「大丈夫だ。クローゼ殿は、既にお前を身内と思っている。安心していい」


 彼の言葉にレニエは頷いて、彼の仕草を真似る様に髪の毛を揺らした。真っ直ぐのびた銀色の髪が、耳にかかりそれが露になる。


 ――人とはちょっと違う?


 森の国の住人を見た事は無い。ただ、彼女の耳が、ほんの少し長く上に尖っていた。皆の「ああっ」という声が聞こえる。アリッサだけは、それが見えない位置に立っているので、分かってていない。


 そうした、レニエの姿を確認して、子爵は自分の耳朶をつかんでこう言った。


「クローゼ・ベルグ・ヴァンダリア男爵。ここがそっくりだと妻に言われた。自分では分からんがな。……レニエは私の大切な娘だ。宜しく頼む」


 そう言って、レニエを見て「愛してるよ、レニエ。今まですまなかった」と告げていた。


 何故、 唐突にこうなったが分からないが、レニエが涙し、アレックスが号泣してる。セレスタは、小さく拍手をして、ブラットはまた後ろ向いていた。


 そして、いつも冷静なアリッサの「えっ?」と言う大きな声が耳に入ってきた……。


 そして、俺は小さく拳を握る。―― 何故か。



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