二十三~驚きの後の驚きを~
そうして、二人が居なくなった室内で、最初の疑問に立ち返る。人が増えて華やかになっていた、そんな部屋の様子についてだった。
さりげなくセレスタに「綺麗だな」と言って彼女の「ありがとうございます」の言葉を聞きながらブラットに向けてその疑問を向けてみた。
「その服はなんだ」
妙に違和感がない彼の服装。
――よっぽどブラットの方が、貴族らしいじゃないか。
そう思いながら、彼からの返答を待つが、彼はしきりとセレスタの顔をアレックスの頭越しに、見ているだけだった。
『なんなんだそれは』と口をつぐんだままで、そう思っていた。そんな俺を気にしながら、セレスタもブラットの顔を見ている。それで、彼女の唇が先に開いてくる。
「これは、近衛の正装です。私がいた時の物なので、ひとつ前のになります」
それに、「そうか」と答えて、聞き方を間違えて、疑問に届いて無いことに気が付く。
「誰からのだ?」
「そうか」の間に、いきなり子爵の声がした。それに、セレスタが答えを返す。
「副団長です。本当は今のでしたけど」
「なるほど、で試合ったのか?」
「騎士殿ではありませんでしたが」
子爵の最後の問いには、ブラットが答える。そんな、頭の上を飛び交う言葉を見ていた。
――何の事だかわかりませんが、と。……今の所、漏れてないな。レニエに教え貰ったのは以外といいな。まあ、取り敢えず……。
「説明頂けるとたすかります」
会話の三人は、俺の方を見る。そして、子爵が「ああ」の顔をしてきた。
「ブラット君は、認められたと言う事だ。近衛が服を贈ると言うのは、この国では席を開けて待つと言うのと同義だな。……ひとつ前のと言う事は、ブラット君はそれを固辞した。と言った所か」
「はい」「その通りです」が、子爵の言葉に続いて来た。
今度は頭の中を通った様だった。それを思って納得していると、子爵が俺の方に向けて、柔らかい感じと不思議な雰囲気を見せてくる。
「 ブラット君は優秀と言う事だ。その彼の忠節を受けれるのは得難い事だ。それをさせるのは、君の為せるところ故に、と言う所か」
そう、子爵はセレスタに、続く、驚きの称賛をみせる。
「 失礼だが、セレスタ殿が予想を越えて美しいのは、クローゼ殿にとっても、ヴァンダリアにとっても大変宜しい。それに『在れ』がいれば益々宜しい」
見たままに、子爵は機嫌よく言葉を並べていた。
――ちょっとあれだ。聞いた方がいいな。
と、そんな感じに自分が向いていた。そして、セレスタもアレックスも、微妙な顔をしている。
「ヴァンリーフ子爵。少し宜しいでしょうか?」
浮かれた感じの子爵が、こちらを向きなをして「構わんよ」と言ってきた。
「まず、今のお話しの意図を教え頂きたい」
何かを感じたのか、子爵は、『なるほど』という顔で、俺を見てから周りにも分かる声で、話し始める。
「簡単な話だ。君についてはだが、仮の話をしょう。もし万が一、今の当主に何かあればどうなる?」
――話題があれすぎて、自分以外も反応がない。
「まあ良い。他に聞かれる様な作りの屋敷ではないし、当主も当然考えている。だから遠慮する必要は無い、アレックス君を含めて当事者だからな」
――アレックスがどうかはわからないが、少なくとも俺は当事者だ。何せ、ヴァンダリアだから。
「フローラが、ヴァンダリアを継ぎます」
そう、思ったままを声に出してみる。皆も、当然だと言う顔をしている。
「そうだ。彼女がベルグの名を王から賜りフローラ・ベルグ・ヴァンダリア女侯爵になるが。……まだ彼女は幼い。それでだ。目の前には、王から『ベルグ』の名を賜った成人した君がいる」
彼は意味ありげに、一旦話を区切り周りを見回す仕草をする。
「当然、君が受けていた様に、彼女の後見人として、我々は君を担ぐしかない。しかし君は独立した領主だ。そう言った事態にならなけれは、対外的には干渉できない。……内々には思い切りするが」
――今も思い切りされてますが。なにか?
「それにだ、ヴァンダリアを継げるのは、ベルグの名を持つ者だけた。彼女が成人すれば、当然の権利としてベルグの名を君の兄上から継ぐ」
――子爵の話だと、それなら俺も対象なのか?
「それを踏まえた上で、君が特殊なのは既にその権利を王より賜っている事だな。これは異例だ」
彼の言葉に簡単な疑問を持つ、なぜそんな事になったのか?
「何故そんな事になったのですか?」
そのままそう言葉を発した俺に、やれやれといった顔で、「立ち話もだから、座って話そうか」と俺達に促しを向けてくる。
そうして、僅かな流れの後で落ち着いた所で、こちらに、なんとも言えない顔を向けてきた。
「興味が出てきたのか。なるほど、だが、まずは最初の質問『意図』について、答えさせて貰おう。君の伴侶は君が決める。私的には建前と思って貰いたいが、君の意識をねじ曲げまでは無理だろう」
そう言ってセレスタを見てから、俺の方に視線を向けると話を続けてきた。
――確かに、そうだけど、それと何の事か関係があるのかと思う。
そう思って、子爵の顔に視線をあわせてみた。
「王国中がそう思っていると考えて、君個人を懐柔して血縁関係でも持てれば、ヴァンダリアの恩恵受けれると思う輩がいても、当たり前だろう?」
彼の『同意?』 を求める様な顔に思わず頷く。それを見た彼は、そう言う事だといった表情を、続けて向けてくる。
「だから、誰か早く決めて貰いたい所なのだが、君の意思もある。それで、君の周りはそう言った女性が。……君にそう言う事をしても無駄だと思わせる存在が必要だ。それは何人いても良い。……別な意味でもな」
彼はそう言葉を区切り、手を挙げて、部屋の角に控えていたメイドに「お茶を」と告げていた。そして、その後を確認もせずに、呟く様に声にしていた。
「フローラ様が相手としては、一番いいが」
聞こえたであろうその声に、その場の皆が聞き返す様なの感じを出している。
――今それか? なぜ、子爵までそうなる?
皆の疑問の顔を彼は理解した様に、今度ははっきりと言葉にだしてくる。
「利害の話だ。『子をなせ』と言うことではない。寧ろ『子を』と言う意味では、セレスタ殿も十分資質がある。それに、在れとて資質としては申し分ない」
その、子爵の言葉に「えっ」とセレスタが言ったのが聞こえた。ただ、何を意味しているのかは、今は関係無い。アレックスが頻りと俺を見てくる。
――ブラットの視線は、何故か痛い。
「グランザ・ヴァンリーフ子爵。今のお言葉、申し分訳ありませんが看過出来かねます。特に、『も』なり『在れ』なりは、言が過ぎると思われますが」
――言ってやったぞ。空気は読めないが、そう言う問題ではない。この状態で、流石に余所見は出来ないので、正解だったかは分からない。
俺の言葉に、彼は「ほう」と言葉とも取れない声を口にして、セレスタに真剣な顔をする。
「セレスタ殿、申し訳ない。貴殿の名を出した事は謝罪する。言い方は悪いが、ヴァンダリアの妻とはそう言う物だと言いたかっただけだ」
そのまま、子爵は彼女に頭を下げる。着なれないそれに戸惑って立ち上がろうとする彼女に、俺ははっきりと分かるように、片手で制していく。
それを見て子爵は、先程までの雰囲気とは違う顔をする。それに、三人の表情が強ばるのが、雰囲気でわかった。ただ、セレスタの『駄目です』と言う顔が、俺を見ているのも分かる。
初日から、レニエに対する彼の態度は気に触っていた。昨日、レニエと向き合っていたが、『此』とか『在れ』とか言われる様な女性ではない。
彼の言葉に侮蔑が含まれていないのは、いくら俺でも分かる。でも、彼の態度は理解出来ない。
それで、意を決して彼にと向き合う。客をもてなすの顔ではなく、迫力が違う彼に。でも、それが本来の彼の顔なのだろう。
こちらの態度に、無駄な緊張と空気が流れる。
ただ、決して後悔はしていない。自分の中の誰かが『そうそうしろ』と言った気もする。だけど、大事なセレスタを『も』扱いされたのが、切っ掛けだろう。
そんな、重たく感じる空気を裂いたのは、彼の言葉だった。
「で? 。在れについては、卿に関係無いと思うが」
「レニエ殿は、グランザ・ヴァンリーフ子爵より私がお預かりしたと記憶しております。そうならば、彼女は既に私の身内。ならば、関係無いと言われるのは、些か可笑しいと思われますが」
セレスタの『もう止めてください』と言っているような顔と、隣のアレックスの『やばいよ』という視線。ブラットの緊張感さえ、手に取る様に分かる。
――でも、喧嘩をしようとしている訳でない。いつも勢いかも知れないが、可笑しいものは可笑しい。
「君に、彼女の何が分かる。僅か数日で身内とはどうかしているぞ。もし、私がつけた監視役ならどうする? いきなり信用して、君の利にはならんぞ」
「レニエ殿は、そんな人ではない……と思います」
俺の反論に子爵は答えた。ただ、彼の「答えの様な問い」には、深く考える必要は無かった。
――人の心や気持ちなど俺には分からない。だから、信頼できる人は全力で信頼する。信頼できる義姉上が、子爵に任せろと言っているのだ。だから、彼の言葉は考える必要はない。
そんな俺に、怪訝な顔の彼はこう問いかけてきた。
「そう思う根拠は?」
「そうですね。私は義姉上を信頼しています。その義姉上が、貴方に任せる様にと。だから、貴方が私の利に反する事はしない。ですから、彼女はそんな事をしない。と言うことです」
――そのままだ。それ以外何もない。レニエは子爵が言う通り優秀だと思う。
「三段論法も甚だしいな。初日といい、昨日といい。君の中には何人、人が住んでいるのだ」
彼の言葉に「えっ」となる。アレックスの「あっ、なるほと」と言った声が耳に入り、セレスタの納得したような顔が映る。
「ひとりですが」と、惚けた顔している自覚はある。多分、空気は軽くなった筈た。その感じに、向けた子爵の顔は、柔らかさが戻っていた。
「在……レニエを『身内』とまで言ってくれるのであれば、君に任せて正解なのだろう。……ただ、君を見ていると自分の見る目を疑いたくなる」
――酷い言われようだが……流石に慣れる。変人認定されてる位だからな。
それで、場が和んだのを感じたのか、アレックスが俺に声を出してくる。
「レニエさんて、珍しい名前だと思うけど、北部の人? あっでも一族の人って言ってから違うよね」
――アレックス、俺に聞かれても分からんし。セレスタも「そうそう」と頷いてても、俺は知ら無いぞ。ブラットその目は、俺に聞けと?
仕方ないと思い、背もたれに背中を預けて、天井を見ている子爵に聞く。
「レニエ殿は……」と、俺がそう聞きかけた時、そのままの姿勢で彼は答え出した。
「在……レニエ……は……私の娘、だ。母親は、……西の森の国の住人だが……」
「えっ?」と一斉に声がする。俺も、もう一度「えっ?」と声を出していた。
――そこってエルフの国じゃないか? ……と、正に「えっ?」だった。




