二十一~噂のヴァンダリア~
出迎えは、グランザ・ヴァンリーフ子爵と彼の双子の娘達。今年十二歳になった、キャロルとシャロンだった。
ブラットに隊を任せて三人と共に、ヴァンリーフ子爵と彼女達に儀礼的な挨拶を交わし、事務的な処理をして、落ち着いたところで別室に通された。
「よく来てくれた。出迎えが娘のキャロルとシャロンと私しか居なくて申し訳ない。一族の者は大半出払っていてね」
「いいえ、こちらこそ御手数をおかけします」
軽い会話の後で、ヴァンリーフ子爵と応接用の部屋らしい所で、テーブルを挟んで向い合わせで、長椅子に座った。
「君達も、そちらに座りたまえ」
子爵は、俺の後ろにいるセレスタ達に促し、キャロルとシャロンに手を軽く上げて、退出を示す様な仕草をしていた。
「アレックス君は、後でエルマ女史が来るから、そちらの部屋に、行って貰って構わないよ」
アレックスには、如何にも儀礼的な雰囲気で「準備が有るだろうから」と続けて話しをしている。
ヴァンリーフ子爵の言葉が途切れた時に、子爵の後ろで、双子の彼女達が同時に「失礼致します」と声を出し、女性らしい儀礼でその場を後にした。
一方のセレスタとアレックスも、一礼して、丸テーブルに移る。アリッサも俺の仕草で、同様に離れていった。それで、形の上はヴァンリーフ子爵と、一対一になった。
「クローゼ殿。夕食前に申し訳ないが、何点か確認しておきたいことがある」
「はい」
「先ずは君は知っていたが改めて問うよ。ヴァンダリアの家訓を。一応、念の為に」
前回、ヴァリアントで会った時に、聞かれた事だ。一応、あれ――日記――に書いてあった。だから、そのまま答えてみる。
「平時おいては武と知を鍛え、領地を富まし国庫を潤す。有事おいては武と知を用い、王国の盾となりて王を守護す。一切の政と宮に関わらず、常に王の守護者たらん」
「正解だ。それがヴァンダリアだ」
――それがヴァンダリアだと言われても、何がヴァンダリアなのかはわからないけれども。
「二つ目は、君の立場の問題だ。君は誰だ?」
それも唐突な質問だった。ただ、子爵の顔は、至って真面目に見える。この手の話は、俺の苦手な部類になる。
――もう、あれだ。相手の意図が理解出来きていない。
「クローゼ・ベルグ・ヴァンダリア男爵ですか?」
自分を自分で他人に聞くのもだが、『そう』としか答え様がない。子爵の顔を見ても、正解なのか分からない。そのまま、彼は続けてきた。
「そうなんだ。君はヴァンダリアなんだ。それも特殊な……。今の君を見ると、選択肢を間違ったのではとも思うよ」
何か言いにくい事があるのもしれないが、ちょっとやな展開だと思った。俺の方の困惑が伝わったのか、置いた間を無かった感じに、話して来る。
「今までは良かった。君の才覚が我々の範疇を越えていなかったから。要は、冒険者の話だが……。こちらも後押した経緯はあるが、僅か期間で想像を越えるような浸透をしてね。『国事に』という声まで聞こえて来た訳だ」
と、子爵は最後に、大きなため息を付けた。
――そんな事になってましたか。というか才覚なんて何も無いですよ。考えたのは、レンナントなんですから。
と、そんな感じに、口には出さない様に気を付けた。
「そう言う情況で、困った事になったのだよ」
「困った」と言っても子爵の顔は何故か嬉しそうだった。
そんな彼の話をまとめると、王宮の外で合法ギリギリの事が行われている。基本的に、俺個人がやっているの事だ。ただ、かなり強引に、ヴァンダリアの名を使ったので、ヴァンダリアの名前が表に、いや、王宮内に出たそうだ。
「ヴァンダリアの特異性に触れるのだよ」
子爵はそう言って、今度は真面目な顔をする。単純に、今でも王国の半分以上が、容認してる事態になっていると。また、冒険者の存在は、認識だけで言えば、王国全土で認めるられていた。
実際は、何年もそんな感じだったのが、ヴァンダリアが容認してるのだから、という建前で表に出たという感じだそうだ。
暁の冒険者商会だけでなく、結構な数の商会も、何と無く似たような事を初めていると。
――そう、レンナントにも聞いていた。
「元々のは、暁の商会で彼の案ですが?」
話の途中に、一声挟んだ感じになった。子爵は「何を言っている?」と言って続けていく。
「半分以上は君の意見だろう。モルス殿が言っていたぞ、合意文書の大半をその場で覆されたと。単語で不明な点があったが、理にはかなっていたと」
そう言われたけれど、レンナントと楽しく会話はしただけだと思う。殆どが思いつきを話しただけのつもり。彼の秘書官が、何か忙しくペンを走らせていた気もするが、そんなすごい事を言った覚えはない。
子爵の言葉に、こちらが黙っているので、彼は怪訝そうな顔で俺の顔を見ていた。
「気のせいかも知れないが、自覚はないのか?」
そう言って、セレスタ達のいる方に視線を向けていた。それに合わせて俺もその方向を見たのだが、セレスタもアリッサもアレックスまでも、何とも言えない顔をしていた。
「なるほど、なかなか面白いな君は。取り敢えず、その件はデェングルト宮中伯にお願いしたから、それはそれでいいのだが」
子爵はそう言って、続けて独り言の様に、「君の父上といい兄上といい面倒ばかりで困る」と呟いていた。 それを聞いて思いだした。
――そう言えば、デェングルト宮中伯って、義姉上のお父上だった気がする。
関係無い事を考えていると、こちらを真剣な眼差しで見てくる。余計な事を言った様なので、何と無く相槌だけしておく。それを見た、彼はやれやれといった感じでその表情を向けてきた。
「最後に君の立場は、先程も言った様に特殊だ。王宮内で……いや、ロンドベルグにいる間は、余計な事はしないでほしい。特に特定人物。分かると思うが、個人的な時間を持つのはやめてくれ」
そう言われても、まともな返事が出来なかった。
――わからないならわからないと言った方がいいのか? 義姉上の書状には、グランザ・ヴァンリーフ子爵に任せる様に、と書いてあったし。
アリッサもセレスタも近くいるが、聞ける訳もなく、どうしたものかと悩む。察したたのだろう。彼はこちらを困った顔で見て、少し考える仕草をしていた。
「評価に困るな君は。兎に角、陛下に拝謁するのは明後日だ。それまでは、屋敷で大人しくしておいてくれ」
そう言われて、その場をやり過ごせた事に安堵した。そう思った時、彼の手が叩かれる音を聞いた。
その音で部屋の扉が開かれ、銀色の長い髪の女性が入ってきた。そのまま、彼の後ろに女性は立ち、俺に向けて会釈をしてくる。子爵は、その女性を見る事も無く俺に言ってきた。
「此はレニエ、一族に連なる者だ。クローゼ殿、此を君に預ける」
――はぁ? 意味が分からんし。此とかなに? 預けるってどういう事?
「子爵。仰る意味がわかりませんが」
「セレスタ殿だけでは、些か不安でな」
――益々分かりませんが。横に向けないからあれだけど、セレスタが、不安て?
「いえ。益々わかりませんが」
「社交界とかその類いだ。君の周りには不足している者だろう」
それはそちらの仕事だろう。と言いそうなるのを、なんとか堪える。まあ、妙な切り替わりで、顔にでてたのかしれない。ただ、子爵は、若干笑顔で言葉を続けてきた。
「勘違いして貰っては困る。君はヴァンダリアだが、ジルクドヴルムの領主だ。庇護かに置かれていた時ならいざ知らず、成人した今、知らんでは済まされまい」
――いや、知らんし。領主だけど。
と、こちらが無言なのに、子爵は少し間をおいて、付け加える様にその説明を向けてきた。
「成人して、本格的に領地に入った途端。城壁を拡張するは、居住区の区画を整理するは、挙げ句に冒険者なる武装した集団を抱え込む。では、近隣の領主達も不安がろう。その辺の責務も、果さねばなるまい」
そう、言葉を結んで、こちらに『どうだ?』という表情をした様に見える。
――確かにそうだけど、ヴァリアントで義姉上がやってるし、俺は余り顔出さないけど……。
「確かにそうですね」と答えた俺に、彼は先程と同様の笑顔で声を向けてきた。
「建前は一応言っておく。それはともかく、此には一通り仕込んであるから、これからの君の役に立ててくれ」
此と言われた彼女は、彼に促され声を出した。
「宜しくお願い致します」
抑揚の無い彼女の言葉と、子爵の何か引っ掛かる言い方が気になる……。ただ、俺の方が返事をする前に、部屋の扉が音をだした。
レニエと言われた彼女が、子爵に促され扉を開けると、執事がやってきて子爵に告げていた。
「エルマ・クルン子爵様が御越しです」その言葉に、グランザ・ヴァンリーフ子爵が「ああ」と答えていた。
暫くして、その人は現れる。一通り、儀礼的な挨拶を済ませると、彼女が俺の方に知的な瞳を向けてきた。
「貴方が、噂のヴァンダリア男爵ですか?」
「クローゼ・ベルグ・ヴァンダリアです」
と、問い掛けに、何も考えないでそう答えた。




