二十~王都ロンドベルグへ~
イグラルード王国の王宮所在地、ロンドベルグ。王国の歴史の中で、最も長く『王の街』としてその名を綴る。その為『王都』と呼ぶにふさわしい、歴史の流れと風格をた漂わせる。それが、ロンドベルグになる。
――そして、その場所が俺達の向かう所だった。
城塞都市ヴァリアントから、街道都市ジルクドヴルムを経て、南北街道の中央路で繋がるその街道を進んでいた。幾日かの工程を踏んで、王都まで後僅かの所まで来ていると言うところだ。
「存外、魔物も魔獣もおりませんでしたね」
「そうだな」
隣の馬上で並歩するブラットに、そう答え、何と無くを続ける。
「出発の前、冒険者を集中的に、中央路へ配置したからな」
今回、随員以外にも、私兵の一個小隊護衛につけた。ただ、流石に大量の魔物や魔獣とか厄介だと思うので、かなりの大規模クエストを暁の冒険者商会に入れてきた。
――多分、二百とか三百とか動いてそうだ。ここまで来るのに、結構な数の冒険者とすれ違がったし、そんなもんだろう。
「ロンドベルグも近いですから、流石にこの辺りからは、すんなりと言うところですか」
「元々、そんなでも無かったかもな」
ブラットの言う通り『王都』と呼ばれる街の周辺地域。それも街道沿いで、普通はそうでも無いのだろうと思う。
――まあ、ジルクドヴルム周辺で、冒険者を余らせるのもあれだし、初級者用の仕事としては丁度良いしな。資金は、献上用の竜結晶を横流し、いや、流用した。沢山あったから、多分問題な無い。
ジルクドヴルムの分が、減るのがヤダったとは言わないが、元々、献上用との区別があった訳じゃないし。
「領主様…どうかなさいましたか?」
「裁量の範囲だ――」
「――えっ?」
話してる途中で良からぬ事を……いや、考え事をしてたので咄嗟に出てしまった。
――気を付けよう。
「なんでもない、大丈夫だ」
その感じを出して、大丈夫だと言ってみる。何が大丈夫なのか分からないだろう。ただ、怪訝そうなブラットも、それ以上は何も云わなかった。
今回の謁見の随員は、セレスタと副官のアリッサに、護衛小隊指揮官としてブラットが来ている。セレスタとアリッサは、後方のアレックスが乗った馬車の所に馬を寄せていた。
周りを見ると、結構な数に見える。当然、俺専属の警護の分隊も同行しているし、小隊二十五名も経験を積ませる為に選抜して連れてきた。
――ただ、先走った気もする。情報は大事だな。もう少し、少人数の方が早かったかもしれない。
残ったのは、レイナードとグレアム。ヴィニーとロレッタ。後はメルルドにキーナ・サザーラントがいる。彼女も士爵の子弟で、近習からの側近ではグレアムと並んで最年長になる。
たから、今言っても仕方ないが、残したメンバーを考えるとキーナはジルクドヴルムに呼んでおいた方がよかったかもしれない。
――本当に今更なんだが……。
と、レイナードは、『ぶん殴りそうだからとやめとく』と言っていた。ただ、ヴァリアントに行きたいだけだと思う。それは、一応許可しておいた。
グレアムは、守備隊の副長で衛兵の管轄官。ヴィニーは行政庁舎であれに、ロレッタは商会に出向中なので暫くは仕方ない。――今更だが……。
それは仕方がないとして、ロレッタには、出掛けに仕事を詰め込み過ぎたから、土産に色を付けとこう。まあ、公務だから土産も何も無いけど。
それもそうだが……ゆるふわな感じの彼女が、あんな風になるとは……。彼女の処理能力の底が見えないのも怖い所ではある。髪の毛振り乱して仕事に没頭するも姿は、以外とあれだった。
――まあ、素でも可愛いから良いけど。
「クローゼ様。失礼します」
石畳に砂敷きの街道を、馬蹄の音もなくアリッサか近付き声をかけてきた。
――考え事をしていたとは言え、行軍と言えるほどの集団、その音に紛れらるという処ではないな。
「なんだ?」
「この先の宿場で小休止を。その上で今日中にロンドベルグに到着の予定に致します」
「良いぞ」
そう言うと、アリッサは下がっていった。
――いつもの事ながら、それとなく、確認してくれるのはありがたい。
程なくして、アリッサが宿場と言った場所に到着する。街道都市を繋ぐ街道の各所に、よくある風景のそれだ。
ここまで来るのに何度か立ち寄ったが、流石に泊まりはしなかった。一年ほど前までは、柵すらなかっのだから、献上品を持ったままというのは駄目だろうな。
馬から降りると、結構な数の人がこちらを見ているのに気が付く。まあ、馬車三台に馬三十頭以上の集団だから仕方がないだろう。
何回目かの事だから、それを探してみた。
宿風の建物の何軒かにの入り口に、「暁の冒険者商会」の名前の入った看板が付けられている。
「ここまでくると、全部と言うことはないのか」
「その様です」
俺の呟きに、ブラットが当たり前にそう答る。
それで彼を見る。自分の事を卑下する訳ではないが、立ち振舞いは彼の方が貴族らしい。彼は軍装で、俺はそれなりだから、見た目大丈夫だと思いたい。
そんなことを考えていると、後ろからセレスタとアレックスがこちらにやって来た。
「すごい人数だね、どこも一杯だよ。これ座れるの? でも、あっちは空いてるよね」
「また、商会の方に手配させては?」
それに目をやると、アリッサが何人か連れてやって来た。
「申し訳ありません。商会認定の宿も店も一杯なので、暫くお待ち頂かないといけません」
アリッサが悪い訳でないし、どちらかと言うと、彼女の部下ではない、その隣のおっさんだろう。揉み手をして頭を下げる、商会の担当者の男が色々言っていた。要約すると、ノースフィール候の影響と言う事らしい。
――まあ、今日の事は俺のせいでもあるからな。
「仕方ない。馬に水と飼い葉を。終わったら、出発だな」
「お腹空いたんだけど。あそこあいてるよね」
俺の言葉に、アレックスが反応する。彼が指差したところからは、店主らしき人影が見える。
――確かにそうだが……。
そう思っていると、隣の盛況な店から何人か出てくる。これも何と無く視界に入った感じだ。
一番前を歩く男に見覚えがある。確か、ラオンザという冒険者だ。冒険者登録に行った時に、話の流れて色々教えて貰った。
会話の流れで、俺が男爵で領主と知った、その顔は忘れられない。散々、軽口きいてロレッタに、そう指摘された時、『顎が外れるか?』 という位、口をあけて驚いていたのを思いだした。
彼と目が合い、彼は俺の方に気が付く。そして、当たり前に声を掛けてきた。
「おっ、旦那。こんな所でなにを?」
と、徐に近付いてくる。少し酔っているであろう男が、いきなりこっちに来たのだから、一瞬周りが殺気立った。
俺の感じたそれを向こうも感じたのか、彼の後の数人もそれに応じる構えをする。
――おい、こっちは軍装だぞ。
「あっ、ラオンザ君。久しぶり」
「『君』は止めろ。そんな歳じゃねぇぞ。男女」
アレックスとの応酬をしながら、彼は絶妙な位置で止まり、俺の横に視線を向けてこう言った。
「旦那。早目に止めて貰わねぇと、手加減出来そうな相手じゃないですぜ」
――分かってる。……と思い軽く手を上げ、ブラットと警護の隊を制していく。 一番殺気の無いブラットが、一番恐ろしく感じるのは気のせいか?
「ラオンザ、すまない悪気なかった」
「興味が勝つんですよねぇ、旦那は」
軽口をきくラオンザに、アリッサが何か言いたげ歩き出そうとしたので、横を抜けるのに、いきなり二の腕を掴んで止めてみる。
「いっ」となって、俺を見るアリッサの驚いた顔は、中々のものだった。
驚いた顔のアリッサに「変な敬語で話すから、面倒くさいので許した」と説明して、セレスタに『またですか?』的に呆れられた。
――まあ、仕方ない。本当に面倒くさいから。
そのやりとりをして、ラオンザの「何を? 」に事の次第を説明した。それを聞いた彼は「ああ」という感じを見せてくる。
「それはそれは。んじゃ、任せて貰えますか」
そう言って彼は、店に戻っていく。暫くして、中から、殆ど冒険者と思われる客が出てくる。
それと一緒に戻ってきた彼は「あけましたぜ」と言ってきた。アレックスは喜んだが、ラオンザに「どうやった?」と聞く感じになった。
「旦那が食事されるんで、席をあけろと」
「で?」
「あけたらいいことあるぞと」
「ほう、それで?」
「旦那は貴族で、領主様だと」
「なるほど」
――なるほど、まあ本人が言う訳にいかないから、あれなのか? 出てきたのは何人だ? 面倒くさいな
「何人だ?」
「二百五十ちょっと。ですかね」
「んっ!」
ラオンザの答えに、商会の男を見る。
――大丈夫だ、お前に払えとは言ってない。聞きたいのは分かるだろ。冒険者全員分か? だ。
「なるほど」
俺の言葉に視線が集まる。まあ、そう言うことだと理解する。殆どが、ジルクドヴルムの商会所属の者だろう。見た顔は、ラオンザ達だけではない。そう思いラオンザに、なりな顔を向けた。
「わかった。冒険者の登録をしてる者の、今夜の飲食代は俺が持つ。精々騒いでくれ」
「聞いたか? みんな。男爵様に感謝しろ」
ラオンザの言葉に、盛り上がる街の中と冒険者達。対称的なのは、看板のあるなし……。
それで、アレックスに急かされて食事の席に付き、取り敢えず、俺は食事を流し込んだ。
そして、商会担当者の男を呼び、自分が持っていた金貨を袋ごと渡して「後の始末は貴方に任せる。ある意味チャンスだと思うが、上手くやってくれ」
と、分かった様に振る舞ってみた。
――本当はどうかわからないが……。
意味ありな雰囲気で、後を彼に任せて、交代で全員が食事を済ませてから、念のため宿場の代官の所に挨拶をしに行った。
最後は、ラオンザに「暴れるな」と念押しして、王都に向けて出発する。
残りの王都までの道のりは、順調だった。日がある内に城門を抜けて、日が沈む前にはヴァンリーフ子爵の屋敷に到着した。
王都と噂される、ロンドベルグは相応な街に見える。
――だけど、それまでだった。子爵家の屋敷の扉が開かれた時に、一番に感じのが『帰りたい』だったからかもしれないが、そんな印象になった。
そんな気持ちで、玄関を抜け屋敷のホールに入る。そこで、俺達を向かえてくれたのは、クランザ・ヴァンリーフ子爵と可愛いらしい二人の少女だった。




