【ショート】婚約儀礼の場で。
奏でる舞曲に合わせて、黒を基調とした正装と、深紅に黒をあしらったドレスで舞踏する一組の男女。
縫製により強調された腰に掛かる手が、円舞で流れる、波の様なスカートを優雅に揺らす。
時折、凛とした姿勢で差し伸ばす腕が、深紅の舞いを誘い、円舞に秀麗さを魅せていく。
それが輪舞曲を終え、遠巻きに見る高貴な者達に、感嘆をもたらした。
感嘆の向けられる先で、寄り添い差し出され舞うアリッサが、凛とするクローゼを見つめる。
その紫色な瞳と、デコルテで強調される蒼白い肌が相反して、婉美さと神秘的を遠巻きに思わせた。
その場景により、彼女が『何れ』であるかが紛れていく。流れる曲と動きに、円舞を魅せるが見つめ合うに至り、優雅さが情熱的に変わる。
そして、器楽の終奏に続き拍手と喝采が起こる。寄せられる音と感情に、二人の美しい儀礼所作が終演を告げていた……。
「ノーズンリージュ太公オーウェン=ローベルグ・イグラルード殿下。クリーヴレスト伯爵令嬢シオン様。改めまして、御二人のご婚約お喜び申し上げます」
この場の主催者である、オーウェンと彼の婚約者になったシオンの前で、クローゼはアリッサを伴い恭しく頭を下げた。
「もう、堅苦しいのは無しと言った筈だ。ヴルム男爵クローゼ・ベルグ殿?」
「あっ、はい、そうでした。ただ、他意はありませんので、そのあたりは」
クローゼの物言いに、あからさまな様子でオーウェンは笑顔を見せていた。
「それなら良いのだが。それはそうと舞踏は中々に刺激的だったよ」
――帝国風というかあれだし。まあ、王国のはフォークダンスぽいから、そうかもな。
「ありがとうございます。『婚儀の席には余興が……』と申し上げた折は、周りが思った以上に冷たかったので。今回はお呼び頂き感謝致します」
「名目はそれだけれど、君の方は、色々と詰め込み過ぎだとは思わないか?」
体裁は男爵で、ヴルム男爵夫人をアーヴェントに認められた吸血鬼のアリッサを、居並ぶ北中部の諸侯に紹介した上での舞踏会だった。
「その点も、殿下には感謝致します。それに、婚儀は婚礼式典をしないで、折を見てと言う事でしたので、婚約儀礼の後に色々と。ですが、何故なさらないのですか?」
「まあ、魔王の余波が消えた訳で無いから、些か心苦しいところもあるのだよ」
「陛下は、今だから尚更と。私もそう思いますが」
「そうかも知れないが、君に言われるのは些かだ。まあ、何れにしても、内々と思っていたが、派手になってしまった。だから……」
オーウェンは、そう周りの貴族らを見回し、ドレス姿で隣に立つ、控え目な雰囲気のシオンを見た。
「それはそれで申し訳ありません。それで、あの、一つお願いがあります。シオン様には、そのドレス着て頂き私も感謝しております。出来れば、セレスタも喜ぶと思うので、後程、お姿を転写させて頂きたい――んっ!」
会話の最中でクローゼは、隣からさりげな仕草を向けられた。それでシオンが、僅かにオーウェンに寄る。
「殿下、私が答えても宜しいでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
シオンは頷きを待って、清楚な雰囲気をクローゼに向ける。
「辺境伯夫人と竜伯爵夫人からの贈り物なれば、卿を招待して着ない訳にはいかぬゆえ、感謝されるほどの事では無いと。それよりも、御二人方は息災ですか?」
「ええ、順調だそうで元気です。なので、今回は残念がっていました。ですから、シオン様の御姿を転写を、いや、何なら屋敷で通信をして貰っても――えっ、ああ」
ある意味夢中なクローゼは、アリッサに袖を引かれる。それで、シオンの雰囲気がいつもの感じに戻るを見た。
「全く。つい先頃も、御二人とは話をしたばかりです。色々と理由を付けて、自由な振るまいが多い様ですが、少しは自覚を持って自重なさい」
「えっ、いや、あの」
シオンの雰囲気に、たじろぐクローゼ。それにオーウェンの追撃が入る。
「結局、君達も形式的にしただけだろう。英雄の卿が質素にしているのに、私達に何故と聞くのも可笑しな事だよ」
「いや、それは、私的な問題でと言うのか、教会絡みの事がありまして。既成事実の上の話だったと言うのか、色々と面倒があって結果的に形式的に」
言い訳がましいクローゼの雰囲気に、シオンはやれやれといった様子になる。
「卿の事だから『懐妊』と聞いて、『勢い』かと思いましたが、そのあたりの話はセレスタから聞いています。それ故、その事を問題にしているのではありません」
「……申し訳ありません。ギリギリセーフです」
意味不明な言葉で閉めたクローゼに、会話が途切れる。そこに、話題を変えるオーウェンの軽い笑顔が見えた。
「そういえば、魔解で大暴れしたそうだね」
その言葉で、「はぁう」となるクローゼに、シオンとアリッサの微笑みが見える。その雰囲気で、視線を交わす彼女達。
「男爵夫人。素晴らしい宝飾品を感謝します」
「お気遣い痛み入ります。私達からと思っていただけれは幸いです」
「貴女達と同じ物だと聞きましたが」
「はい、私の大切な友人も手掛けた、ヴァンダリア至高の逸品でございます」
白銀のドレスに映える、桜色の竜水晶をあしらった首飾りにそんな話になった。
「あ、何かあれば、いつでも呼んで貰えれば――あっ」
「大丈夫だ私がいる。それに、この感じのシオンも好きだけれど、かごの鳥にするつもりは無いから」
クローゼの唐突に、オーウェンは遮る感じを見せる。そのまま、聖騎士たる白銀乃剱の彼女へ、オーウェンは微笑み掛け「私が守られる側かも……」と小さく呟き、「殿下!」と彼女らしい口調を引き出していた。
その後、笑顔が伴う歓談が暫く続き、アリッサがクローゼに然り気無い促しをした。
「ああ、殿下。紹介したい方が。たまたま、その、たまたま、こちらに見えていたので――」
「『たまたま』なのは、屋敷の者にも聞いているよ。本当にそのまま言ったようだね」
そう、オーウェンは『たまたま』の場景を見て、軽く手を挙げた。
その仕草で、シルミオン・クレーヴレスト伯爵とマーベス・ベルグ・ノースフィール伯爵のある、貴族達の場に従者の促しが向けられる。
その促しで、帝国様式な正装の男の隣にいた、ドレス姿のテレーゼが振り返り、引く手でその男性、マインラート・ヴェッツェル・ブリューム方伯をこの場に誘う。
「お姉様、素敵です」
そうテレーゼは、簡単な所作に続き「ブリューム卿です」から始まる、男達の儀礼をおいて、シオンに羨望の眼差しを向けていた。
「そのドレスを見て、絶対お似合いになると思ったのです。お姉、いえ、シオン様を娶られる方は幸せです。あ、殿下、待たせ過ぎだったのではありませんか?」
続くテレーゼの勢いは、シオンの若干の表情に言葉を変えて、その上を行っていた。
凍る様な空気にマインラートは絶句し、オーウェンは苦笑いをする。その雰囲気に、クローゼすら出す言葉を探していた。
若干の沈黙の後、シオンがテレーゼに優しい顔した。
「テレーゼ?」
「はっ、えっ、いや、も、申し訳ありません」
「そうではない。私が、御待たせしたのだ。立場の上に、あざとく、はしたなく。貴女も貴族の子女なら分かると思う。婚姻は、想い想われるとは限りらないもの」
テレーゼはシオンの言葉で、謝罪の上の後悔に、自身の境遇も痛感する。
シオンが成人の年齢には、テレーゼと同様に国を代表する騎士の地位にいた。その上で、暗に好意らしきを公言する事で、政略なりを拒否していた。
勿論、想いがあったのは言うまでもなく、彼女達の親達が強要した訳では無かったが。
「なら、想い想われる俺は幸せ者ですね」
「卿はそうだと、私は思う。小聡明いのはおいて」
「私は、もっと幸せだね。想い想われるた上に、テレーゼ嬢の言だ。私達が幸せになると言う以外に道はないな」
クローゼの砕けた風の言葉に、オーウェンがやる気を見せた。敢えてを踏み越えられたクローゼは、僅かに思う。
――この人もか……
と、負けず嫌いな雰囲気に。そして、何故か暫く幸せ比べが続いていった。
凡そ真ん中辺りの国々では、厳格な婚姻の型式は無い。一般的には、一組の男女による婚姻であった。
ただ、クローゼが以前、婚約者を複数公言していたのは、彼が常識はずれと言うわけではなく、往々にして、貴族階級や上流階級では、クローゼが庶子であるのを踏まえて、愛人や妾と言った類いの単語はまかり通っていた。
しかし、彼に限って言えば、正式な婚約儀礼をすませていた訳でもないのに、『婚約=婚姻』的な認識で、言葉を発していたのは否めない。その為、彼に対する、大方の見解は『英雄色を好む』や『好色――色事が好き――』だった。
――要するに、女好きで常識はずれな、どこぞの貴族である――
クローゼは、和やかに戻ったその場で、儀礼所作をそつなくこなし。
アリッサを連れて、北中部の貴族らとの歓談を抜けて、久しげな、マーベスとエイブリルを引き離し外に出る。
「後、いくつ回るんだった?」
「お二人と同じなら、後、四ヶ所ほどです」
アリッサの言葉に、三回のクローゼは些かな思考だった。
――三倍幸せだけど。三倍あれだ。
と、自認『新婚旅行』の一幕であった。
微妙? この手の内容は難しいです。ある意味練習用のショートストーリー。まあ、あれです。




