【ショート】あの後の魔解。
天界の写しとは思えぬ景色に、獄属の力である流浪の扉が具現する。その開かれた空間から、魔解に出たクローゼが、窒息するかの仕草をする。
「うぉっ、い、息がっ」
「毎回毎回。馬鹿なのかお前は?」
「誰が馬鹿だ!」
「我とお前しか居ないのだ。『誰が』など、質問が間違っているぞ」
淫靡なる夢獄の様相で、平然なまま彼女はクローゼを見ていた。
「ああっ、くっ、じょ、冗談だよ」
「冗談だと言うのは分かるが、よくも飽きもせずやるものだ。そんな事より迎えが来ているぞ」
言葉が促す、褐色の大地の先に、馬擬きな魔獣を駈る何騎かの騎影が見えた。
「何度来ても、不毛な感じだな。……まあ、良い。行くぞって、勝手に行くなよ」
「どうにかするつもりで、動いているのだろう。それに、お前の『お約束』には付き合っておれぬ」
「仕方ないだろ、お前が一緒じゃないと来れないんだから、って……その距離で流浪かよ」
そう、扉に消える淫靡なる夢獄をクローゼは追いかけていった……。
騎馬らしきの後ろに乗る、クローゼのからは、人智の対で表裏である魔解が、思っていたよりも不毛な大地に見えていた。
その感じから、クローゼは手綱を握る男に唐突を向けた。
「状況は変わったか?」
「いきなりですね。まあ、インジニアムの勢力圏は、安定した感じです。ヤバそうな所は、ヴォルグと俺らに、ノーガンさんが行ってるので。ああ、でも、大公が街に居るので、詳しくはそっちで聞いて下さい。と言うか、あの方が一番変わったかも」
迎えに来た体のアッシュが、クローゼを背に前方を指して、そう答えていた。
「ああ、それもだ。意識が戻ったんだろ」
「はい、まあ。一応、楯魔王に伝えてくれと、アマビリス様が言ったので。伝えた通りです」
「『様』か、まあ良いが。ミールレスもだけど、お前が居なくてあいつら大丈夫なのか?」
「あいつら……ああ、大丈夫ですよ。大丈夫の意味がちょっとですけど、中央部にはヤバそうなのは、この前の奴くらいだったので」
クローゼは、意図した事が伝わらなかったと感じて、改めてをアッシュに向ける。
「そう言う意味じゃ無く、勝手な事をしてないかだ。でも、あれ位でやばい奴なら、魔解制覇出来るんじゃないか? ヴォルグなら」
「まあ、殴り合いなら、ヴォルグですから。でも、どうですかね。と言うか俺、お守り役ですか?」
「お前が、一番まともだしな」
クローゼの『まともだし』に、アッシュはため息の感じを見せる。
「俺ですか……。でも、それなら大丈夫ですよ。基本、魔解なんで、殴るか逃げるかで難しい事考え無くて良いんで、生き生きしてますよ。それと、シズナさんが意外と怖かったので」
「シズナって、漆黒の側衆のか?」
「そうですね」
「そうか……」
街の城門らしきに差し掛かり、「そうか」あたりから会話に食い違いが出て、淫靡なる夢獄の呆れる雰囲気が流れていた。
現状、魔解の情勢については、幾ばくかの月をまたぎ、中央に集まる勢力、 エクプリス・ フラルゴ・ アラバンスが、それぞれの王マリス=マグナ・インパルス・デースペアを失った事により、分裂と糾合を繰り返しいた。
また、その動乱が、四方の勢力や魔族の氏族に部族に普及して、魔解全体が揺れていた。
ただ、中央のインジニアムな、同様な展開を経たが、クローゼのテコ入れでいち早く勢力圏を掌握して、最低限の安定を見せる。そして、ミールレスが、意識を取り戻し、表向きは魔解に影響を与える土台が出来ていた。
クローゼの認識の範囲内で、不測があるとすれば、あのブロスと 不死王タトナスの所在が、不明だというあたりだろう……。
「取り敢えず、雰囲気は別人……いや、人じゃないからなんて言えば良いんだ」
「下らぬ事に拘るな。見たまま、以前とは違うのが分かるならそれで良いであろう」
それなりな屋敷の一室で、クローゼと淫靡なる夢獄が、ミールレスの見たままを言葉にしていた。
その言葉通りに、準魔王、いや、真の魔王を自称していた雰囲気は、今のミールレスにはなかった。
「違うというのは、以前の記憶は曖昧な所がありますので……。それよりも、貴方には色々と助力して頂いたようですね。そう、母上の事まで。……その点は感謝します」
「てか、『お前、誰だよ』くらい違うだろ!」
「傲然たる豪獄との繋がりは完全に切れておるが、元々の雰囲気なのだな」
テーブルを挟み、向かい合う伏し目がちなミールレスの後ろに立つ、アマビリスが軽く頷きを見せる。これが、覇道を行かぬ、魔族らしからぬミールレス姿であると示す様にだった。
「まあ、良かったと言う事か。それで、アマビリス殿。今後、どうするつもりなのか、聞かせて欲しい」
「漆黒のヒルデ様に加え、来て頂いている紫黒と鉄黒のお力添えで、一応の安寧には至りました。それに、兄上も意識を取り戻したゆえ、今後は我らでインジニアムの者は守るという方向で……」
「大丈夫なのか?」
「弱き魔族も、多数我らの元に集まっておりますが、少数の強き魔族の氏族や部族も集っておりますので……」
語尾に不安気な様子のアマビリスが懸念するのは、当然、ミールレスの気質だった。力自体は著しく衰えている訳ではないが、魔族らしからぬ優しさがあった為である。
「アマビリス、すまない。いらぬ心配を掛けている様だな。……楯魔王とお呼びした方が良いか分からないが、戦えぬ訳ではない故。守るのみなら私でも出来るかと」
「まあ、雰囲気は変わったけど、やり合った俺からしたら……あ、呼び方は好きに――」
――バン!――
「――クローゼ、で、あれか!」
会話の途中で勢いよく扉が音を出し、ヴォルグが声と共に部屋に入って来る。遠くで、シズナのヴォルグを呼び止める声がしていた。
「ヴォルグ、なんだよ」
「あれ、で、それか?」
クローゼは、その騒々しさを呆れた風に見て、その問いに答える。
「生まれて無いよ。と言うか、この前ビアンカに『まだ先だから』って言われただろ。それに、呼んだのはあの話だぞ」
「そ、そうか」
「お前、吸血餓狼になっても、性格変わらないんだな」
その場の視線が驚きと警戒から、「あ~」となるヴォルグに、何とも言えない雰囲気になる。クローゼがそれに、改める感じを見せた。
「ミールレスに、アマビリス殿。お騒がせし――」
クローゼその様子は更に遮られる。それは、人狼三者が、シズナの「まて、何故、貴方達まで戻って来たのだ!」を振り切って入って来た為であった。
後追いなシズナの声に、三者は三様な反応を見せる。
「冷静だ!」
「すげぇ、大公、目醒ましたんですね」
「あっ、薔薇の大将。お疲れ様です」
場違いな様子に困惑する側が出来、淫靡なる夢獄は、またか? の雰囲気。それと合わせるかに、護衛のカンアとランアが一瞬殺気立つ。そしてクローゼが、後ろに立つアッシュに、気をやった。
あからさまな雰囲気に、アッシュが一瞬身構える。ただ、続くであろうクローゼの声は、シズナの「貴様らは子供か! 話を聞け――」に遅れを取った。
――良く通る声に、その場がとらわれる――
「 はい!」 と声を揃えて、姿勢を正す人狼の三者。「あっ」と声をあげるアッシュに、目を見張るクローゼ。何故かヴォルグも「応」となっていた。
僅かな空気の流れに、静寂が起こる。そして、我に返ったシズナの「申し訳ありません」がその場にでていた。
「多分、子供だと思うぞ。と言うか、あの結界の場は、誰が見張りをしてるんだ?」
その場の最上位者であるクローゼが、アマリビスに気をやりながらそう言った。あの結界の場とは、魔解にある獄炎の大地と言うダークエルフの地の事になる。
ただ、返答が無いのに、クローゼはヴォルグを呼んだ。
「ヴォルグ、取り敢えず、目印は設置したんだよな?」
「おお、で、これか?」
そう、ヴォルグは、転移型魔動堡塁の目印をクローゼに見せる。
――何で持ってんだよ。
「何でそれ持ってるんだ? お前なら、結界抜ける筈だって淫靡なる夢獄が言っただろ」
「ああ抜けた。で、忘れたな」
ヴォルグの言葉に、クローゼは淫靡なる夢獄否定の表情をみる。
――あ~あ、また今度かよ
と、クローゼは残念そうな表情で、向かい側の魔族の兄妹に話を戻していった。
振りを含んだ風ですが、単発の補足ストーリーです。続編への練習調整投稿です。微妙ですが。




