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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
序章 王国の盾と記憶の点
2/204

壱~龍翼の奇蹟~

 物語に溶け込んで、(ページ)に記された男がある場所。彼の記憶から『異世界』となる。

 若芽色の緑が木々の地色と調和する、自然とした山河に、人智の(いま)だと僅かが織り成す大地が、連なる景色だった。


 そこで、僅かに人の手が掛かる、城壁とは名ばかりな木目の壁で囲まれた街。それは、人々の営みを(つむ)ぐ舞台の一つ。

 その街の領主の屋敷にある男は、『奇蹟』の為、入れ替わりで、(つづ)られる物語に溶け込んでいた……。




 ベットで半身を起こし、窓に映る――自分だろうの顔を眺めていた。その視線で気持ちを整理する。


――見慣れない自分に、何処かわからない場所。思い出せない気持ちと、向けられた記憶の欠片――


 そこには、自分を教えてくれた女性の姿も映り込んでいた。


「ありがとう」


 窓から視線を返し、彼女に感謝を向ける。


 金色の長い髪に整った顔立ち。男装だけど『らしさ』を魅せる女性。ただ、僕の言葉には、彼女は視線を落とす仕草をした。


「申し訳ございません」


 幾度となく聞いた彼女の言葉に、その場の雰囲気が重たく感じる。それで、こちらも申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「何度も謝らなくても、助けられたのは事実だし」


「ですが、私がいながらこんな事に……」


 自分が言葉を返すのに、その都度、彼女の顔が悲しそうになる。――会話はその繰り返しで、僕は困惑していた。


「えっと、セレスタ……さん。あの、いや、えっと。ああ、でも、記憶がないだけで身体(からだ)の方はなんともないし」


 彼女の呼び方で、言葉に詰まった。でも、彼女に『また』を言わせまいと続ける。


「記憶の事も、昨日の話では魔力とかの影響って訳ではないし、全く治る見込みがない訳でも、無いって事で……」


 言葉の途中で、彼女の気持ちが自分を見てい無いのが分かった。それを見て――彼女の思いは分からない。と当たり前に行き着く。それでも、彼女に笑顔を向けてみた……。





 私を気遣ってくれる、彼の優しさは分かる。以前とは何処(どこか)か違う感じがするけれど、それはこの際どうでも良かった。


 ――只の魔獣討伐だった――


 最近、イグラルード王国だけでなく、近隣諸国でも魔獣が活発になっている。当然、王国南部のここも例外では無く……。


 王国南部のヴァンダリア侯爵家。


 私が位禄を受けるその家門は、南部諸侯の実質的な盟主になる。その為、ポロネリア子爵の討伐助力の要請を、御当主フェネ=ローラ様も「当然の責務」だと云われた。


 そんな中、彼の「行かなければいけない気がする」との言葉には、複雑な思いも持った。けれど、彼が『ヴァンダリア』の男子として自覚を持ち、努力しているのも知っていたから……。


 情報からも、問題がある様には思えなくて、最悪、名目作りでも良いのでは、とさえ思っていた。

 今思えば、もっと気を付ければと、本当に後悔しかない。奇蹟的に、最悪は避けられたけれど、あの瞬間の絶望は二度と経験したくない。


 それが素直な自分の気持ちになる。


 問題の討伐作戦は、当然に順調だった。クローゼ様も不安なく、逞しく感じられる程。それが、締め括りに向かった『あの時』の様子は、今も忘れられない。


 森を抜けた開けた場所。逃げる魔獣の群れを河岸に追い詰め、対岸に巣穴と思われる洞窟が見えた。

 そして、最後の仕上げの指示をした時、少し前を歩くクローゼ様が、私と子爵に振り返って精悍とも取れる顔をする。


「足手まといには、ならなかったと思いたい」


 彼が剣を(さや)に収め、両手を上向きに上げた時、信じられない事が起った。

 それは、唐突で突然な瞬間。見たままに、彼が槍らしきに貫かれ、前のめりに崩れ落ちた姿。


 一瞬、何が起こったのか理解でなかった。その様子を見直して、言葉にならない思いが溢れてきた。


 ――なに? え? 何処から?


 混乱して「クローゼ様?」と呟き、意識を飛ばしそうになる。と同時に、護衛の騎士の怒号「治癒術兵ぃぃぃっ――」が響く。

 続けざまに、溢れる程の音の列が、薄い緑と澄んだ青色の間を抜けて来る。


「急げ」「何処から?」「周りを固めろ」「やばいぞ」「どうなってる?」「早くしろ」の騒然とした声が、耳を付いていた。


 目の前には状況を把握した者が、彼の周りで激しく動いている。それに、前のめりで彼に踏み出し、私は叫んでいた。


「クローゼ様――」


 自分でも信じられない程の声。彼に届いたのか、一瞬だけ彼が私を見る。そんな彼を見て、崩れそうな気持ちを取り戻せた気がした。


「まだ大丈夫、まだ終わってない」


 そう声を出し自分に言い聞かせ、崩れ落ちそうになるのを支えようと手を伸ばし、周りに向かって叫んだ。


「誰か、白の竜結晶を早く!」


 その声と同時だったと思う。彼を抱えて確信するつもりで顔を近付ける。思いが届いたのか、まだ僅かだけど確かな息吹きはあった。


「クローゼ様、大丈夫だから、死なないで、しっかりして――」


 自分でも何を言っているのか分からず、不安を打ち消す様に兎に角声を掛け続ける。

 その中で、彼の口元が微かに動いて、その仕草が微笑みだとは分かった。


 その瞬間、何故かほっとした。


 状況が変わった訳でもない。勿論、最悪なのは同じ。でも、少しだけ身体の力が抜けて、気持ちに余裕ができた気がした。

 必死過ぎて、周りが見えていなかったと思う。落ち着いてみれば……もう、白い竜結晶は私に差し出され、困惑した彼女がそこにはいた。

 

「セレスタ様、クローゼ様を」


 そんな彼女が冷静に見えて、自分を恥じてしまう。ただ、差し出された彼女の手が、僅かに震えていたのが分かった。

 それで、彼女表情に自分の思いも合わせ、頷きを返して丁寧に小瓶を受け取った。


「ありがとう」


 そう、彼女に答えて手の甲で頬を拭う。受け取った白の竜結晶を瓶ごと両手に持ち、軽く息をはいて指示をする。


「合図をしたら、それを引き抜いて」


 周囲の軍装。見知った顔の彼らが当然と頷く。


 それで、白い小瓶を握った手に流動を合わせ、結晶に魔力を流す準備をし合図する。

 その合図と共に三人ががりで、強引だけど、一気に『黒い槍らしき』は引き抜かれた。


 瞬間の呟きで、両手に握った竜結晶へ治癒の魔力を通し、鎧に空いた穴の隙間から、傷口に魔力を流し込む。


 近衛騎士団にいた時、白の竜結晶は使った事がある。このやり方は初めてだけど、通常の治癒魔術では無理だと思い――これで駄目なら無理? を振り払う様に、魔力の流れを合わせた。



 単純な治癒魔術や回復の薬とは違う、直接魔力の効果なのか血は止まり傷口が塞がる。傷口を落ち着かせ、指揮を副長と子爵に委ね 、安全な後方にクローゼ様を移動し鎧を脱がせ横にさせる。


 治癒術士と数人の治癒術兵が、状態を確認するが芳しくない。自分にも、周囲の動揺が伝わった。


「傷口はふさがりましたが、息吹きが思わしくありません」

「血が流れ過ぎたのかもしれません。魔力の通りも思わしくないです」


 彼に治癒魔術を施している、術士達の言葉が厳しい。横たわる彼の小さくなる息吹きと、薄れいく温かさの色。その状況で、自分でも分かる感じで声が出てしまった。


「助かるのですか?」


 私の問い掛けに、他の術士達も暗い顔をする。刻だけが過ぎて、次第に皆の声が悲痛な感じなる。


「どうにもならないの」


 そう、誰が呟いた。周囲の無力感に項垂(うなだ)れる雰囲気が、彼の横たわる淡い緑に向けられていく。


 その様子に、私は『すがる思い』を天の()向けていた。思いのまま、胸元のペンダントを握ぎり、場景に流れる悲痛な声を聞いて、握る手に残りの魔力を込める。


 ――握るのは、龍翼の奇蹟という名の貴石――


 祖母から母へ、母から私に渡された形見の品。一度だけ、どんな願いでもかなえてくれる。

 そう、小さい頃、祖母に教えもらった。信じなかった訳ではなく、頼りたかった事が無かった訳でもない。


 だけど、使わずにいた離し難い物。


「息吹きが……もう……」


 そんな小さな声を聞き、堪らない感情をすがる思いで向けていく。そう……思いを込めて深く請い願う――奇蹟よ。これ以上はもう、助けて。



 ――そして、龍翼は光輝いた――



 そこまで思い返して、目の前の声の主に気持ちが戻される。そこには彼がいて、変わらない優しい思いが向けられていた……。




「……と言う訳だから、そんなに謝らなくても」


 僕は、彼女の難しい表情に言葉を続けていた。結局のところ、彼女の表情は硬いまま。軽く、言葉を切って間を置いてみる。


 それで、気になっていた事を聞く。


「それよりも、それ大丈夫? なのかな」


 彼女の胸元にあるベンダント。意識が戻り初めての会話の終わりに、気になった黒い石。「なぜ石を?」と何度も聞いた覚えがある。


 彼女は、それを「龍翼の奇蹟」と呼ばれる宝石だといった。その言葉が本当なら、黒色ではないと思った。だけど、嵌め込まれていた石は、真っ黒になっていた。


 そして、彼女の言葉で理由(わけ)を知る。


「大丈夫です。壊れた訳ではありませんので」


 ペンダントの黒の部分に触れて、彼女はそう答えていた。それを聞いてどうしょうもない気持ちになる。

 そんな、気持ちのまま「ああ」と声にならない返事をして、彼女から視線を外し、もう一度感謝をもって言葉を使った。


「ありがとう」……そう呟いたつもりだった。



2021/09/15 微編集修正

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