六剱と六刃
獄神を退けた後の流れです。
ユーベンを出陣した真紅乃剱 カレン・ランドールは、魔獣騎兵一騎と対峙していた。背には人智の大軍があり、緋色の瞳にはそれを遮る死獄の騎士が整列する城壁が映る。
彼女は馬上から、そこに逃げ落ちる魔族の背を場景として入れ、自身の後ろを見据える魔獣騎兵の姿に視線を向けた。
「眼中にも入ってはいないのだな」
「貴女が強いのは分かる。ただ、薔薇も勇者も全部倒さねばならないので。それと……勇者は見えるが、黄色い薔薇の男はどれか教えて貰えると助かる」
単騎で進み出て存在感を示し、テンバスはカレンを引き出していた。
――全部とは。馬鹿なのか?…… いや。
とカレンは過る気持ちを否定する。それに、真顔で同じ事を言うであろう男を彼女は知っていた。そう、前方の魔族の雰囲気はそれと同じに見える。
「今はいない」
「ああ。それは助かる」
躊躇なく答えた様子に、二人の認識が人智の軍の前方で交錯していく。
白銀と白に真紅の黒の六楯の薔薇が、鮮やかに映える場景。また勇者らを含め、そこにある黒装の騎兵が持つ魔斬の流槍の存在感にである。
「ふっ、助かるとは」
カレンは僅かに息を見せた。相手は魔解六刃将が一刃にして、部衆最高峰である魔解最強剣士 テンバス。目の前の魔族がそうなのは彼女も分かっていた。
「本心だ。この場にいないのはある意味感謝に値する」
カレンの呟きを拾い、二刃を打ち鍛えた六刃に手を掛け先を見るテンバス。その前にカレンは距離を取り、見据える様に立ち神を切り裂く剣デュールヴァルドを解き放つ。
「それは、流石に誤算だな」
「大丈夫だ。手伝わせるつもりはない」
初の遭遇では剣を合わせ、ローランドを挟み二人は対峙した。そこからの二度目、向けたデュールヴァルドの剣先とカレンが辿った経緯がテンバスをカレン前に立たせる。
「我が名はテンバス。先ずは名を聞こうか?」
「ジャンヌ=シャレと言う名だ」
「なかなか良い名だ。だが、あの刻と雰囲気が変わったようだ。もしも。あの男の事があるなら後にして貰えないか」
シオンの「私怨なら勇者殿に委せなさい」を否定してカレンはここにいる。ただ、彼女はそう名乗った。
――敵討ちなどでは、無い。
彼女の思いは色々な意味での決着である。
「関係ない。それに後か先などどの道同じ事では」
「確かに。何れにしても勇者を倒し、薔薇は全て斬り伏せねば勝機はない。それ以外に選択はないか」
守ると言った相手が彼の後ろにはいた。『どれ程か』と思わせた、鮮やかな薔薇の軍装が守るべき彼女に迫っている。
彼自身が言った『黄色い薔薇の者に、勇者ですか。御心配為さらずとも貴女は御守り致します』の言葉に偽りはなく、只それのみを成すためにテンバスは進み出た。
――ふっ。選択もなにも、殺るのみ。
本気である。微塵も疑いなくテンバスは、それのみに全力を向けている。
また、王国最強騎士を送り出し静観を見せる側も、「魔解最強剣士の名に懸けて」と思わぬを受け頷いた側も、二人の言動に疑いはない。
そんな様子に儀礼的な雰囲気が見えて、その場に静寂が立ち止まる。戦場を見る視線が二人に集まり、刻が動くのを待っていた。
「感謝する」
「魔族らしく無いのでは。それに意図して刻を掛けたのではない。それよりも、そんな雰囲気で全てを相手にするなどと、些かではと思うが」
雰囲気を見るカレンはそう言葉にして、自身の髪に触れハーフフェイスの姿を魅せる。その様子にテンバスも一段上がる感じをみせた。
「貴女には初めから修羅とならねばならないな。それゆえ、配慮などは不要」
――修羅? 聞きなれない言。しかし、配慮など……
「するつもりはない!」
カレンの全力の一閃が、立ち会いの距離を消すと同時にテンバスを襲う。美しい響きに続き剣擊の応酬が場景を動かした。重なる剣と空気を斬る音が立ち止まった静寂を消し、次元を越えた剣舞を魅せる。
「先が思いやられる。どれ程か!」
「先の事など考えるとは余裕では――」
応酬の中でテンバスが見せる余裕に、カレンの剣が速度を増す。依然として金属音が美しい調べを続けていた。
速さは行く側が勝り、剣を奮う技量に遜色はない。ただ、テンバスの表情が厳しさを見せ攻守が代わる。
――くっ、つ、強い!
と、奮う剣が捌くに変わりカレンの眉間に力がこもる。
「全力で決めさせて貰う!」
表情が正に鬼神に変わったテンバスの猛攻に、捌く剣が領域に迫る。そして、連続の剣筋がカレンの肢体に色を着けていく。それが光景を見る者に息を呑むを演出していた……
「……テレーゼ、落ち着きなさい」
「でも、大丈夫ですか?」
自ら乗る軍馬が「ふるる」となり、テレーゼの気持ちを表していた。掛けられたシオンの言葉に彼女は思わずを出した。
「大丈夫だろ」
「剣を向けられれば分かる」
続く黒と真紅の黒の六楯にテレーゼは不安げなままを見せる。勿論、カレンが強いのは彼女も知っていた。
「私も知ってる。けど……」
「言った通り、相手は六刃最強のテンバスだ。ただ、思った以上に……」
「まあ、やばかったら俺が行ってやる」
「もっとやばいのがいるだろ」
不安げな会話を切り捨てた勇者イグシードに、ミールレスの存在を示唆して、平然と『俺はやらない』の雰囲気をレイナードは出している。
彼は全くの平静で黒千にあくびかの仕草かを出させ、押されている状況を気にもしていない風に見えた。
「カレン・ランドールが自身で倒すといったのだ。テレーゼ殿、我らは次の一手に万全を尽くすべきだ。だから、落ち着きなさい」
後ろには、竜装と白牙の騎士が隊列を組んでいた。白銀の黒の六循のただした促しにテレーゼは姿勢を律して前を向いて行く……
テレーゼの視線先では、僅かな会話の続いた最中にもテンバスの剣勢がカレンに迫っていた。 領域を見せる魔解最強剣士は、カレンにその力量が相当であると示していく。
――これほどの剣。知らなければ呑み込まれていた。だが!
カレンの思考に沿うかのように、かわす動きと捌くを越えて黒の六循は裂け肢体の色を見せて行く。合わせた鍛えた魔刃は、空気を斬る音と共に人智の力へ刃の跡をつける。
「まだ、これからだ」
意識を込めたカレンの剣が、六刃の重ねと高速の交錯で衝撃音を見せ、デュールヴァルドの輝きを誘う。それがテンバスに驚愕を作らせた。
「ならばこれで――」
「違うと言った!」
「な、何を!?」
連続の奏でから、テンバスが剣筋を変え放った言葉に、カレンは否定を叫んだ。
その瞬間、若干の揺らぎで剣の走るが曇り、カレンの一閃がテンバスを弾く。衝撃が両者を抜けて、テンバスは舞いカレンは土煙を踏みしめる。
「彼は忘れないが私怨などではない!」
「なっ。まさか、そうなのか」
物言う如くなデュールヴァルドの輝きに、テンバスが持つ欠片の剣が共鳴する。それで彼は何かに気付く。
「龍装神具の剣心? 声が聞こえるのか?」
「手伝わせるつもりはないといった筈だ」
相当な雰囲気で覚悟を誘った美しい剣身。そして、カレンの言動から、テンバスの思考は行き着く先に至る。ただ、カレンの言葉が誰れに向けられたのかは彼には分からない。
「そうか。聞こえるか。故ならば……」
とテンバスは自然体で、息づかいの荒いカレンに左足を向け、魔刃に左手を添える様にして振り上げる。刃を肩に担ぎ突き上げる様な上段の構え。圧倒的な威圧感。純然なる強さとは異質だが、積み上げた剣士の辿り着く強さの様相に見える。
――『全て』は大言ではなかったのだな。それでも必要ない、デュールヴァルド。違うのか、なら……
「好きにしてくれていい」
デュールヴァルドは『助ける気など無い』とカレン向けていく。ただ、『目の前半端な刃が気に入らないだけだ』と、そう伝えていた。
「言われるまでも無い」
とのテンバスの言葉に、カレンはデュールヴァルドで横薙ぎを見せ自然体に構え一呼吸をおいた。そして、デュールヴァルドを後ろに置いたまま前のめりに姿勢を変える。
それで、露になっている彼女の口角が上がるのをテンバスは見た。
「面白い」
「全力で行く」
――これで二度目ではと思う。獄神に合わせた刻は考える余裕は無かった。ただ、それでも一度目はそうだ。
一瞬の思考がカレンを流れ、相対の距離を越え二人の息づかいと闘気がみえる。そして、きっかけは暗黙だった。
刹那の同調。高みの極致が距離を消し、これ以上無いほどの美しい衝撃の音を魅せる。そして、衝撃の瞬間にカレンの剣技が魔力の光を放つ。
「なっ! がっ、ままよ」
全身全霊で小細工無しに振り下ろされた魔刃は、その一撃で止まること無くカレンに進む。
だが、それもカレン連続の波動を剣身に受けるにとどまった。そんな、一撃必殺であろう剣技を「はっ」と呼吸を入れたカレンは続けざまに出す。
――あの時あの場で、六楯の魔方陣を切り裂く為に放った様を見せるかに――
光景は「はぁぁぁっ」と「うおぉぉぉ」が場景の音に変わり、僅かな行き来が空気を揺らしていく。そして、一段高い衝撃後、つばぜり合いの静止画が出来た。
「どれ程だ! ユニークキャラなのか?」
「その言! もしかして――」
「どうでもいい。くたばれ――」
弾き飛ばすテンバスの押し込み。続く斬擊に崩れた体制からカレンがデュールヴァルドを合わせる。
勝ち誇るかの輝きで、デュールヴァルドは六刃の合わせな刃を砕いた。
そして、「くっ!」と瞬間のテンバスに、積み重ねたカレンの剣筋が美しい軌道を魅せる。――横一閃がテンバスの体を抜け、「なっ、何故、だっ――」と僅かな刻で鮮血の後追いを呼ぶ。
「ぐっふっ。っはぁ、がぁ」
両断で上半身が揺れ落ちるテンバス。それを見据えるカレンは、デュールヴァルドを流す様に振り「ふっ」と息をはいた。
そして、カレンは当然な雰囲気で動き出した騎兵や人智の軍を感じて、テンバスを見下ろしていた。




