十~追いかけた背中、受け入れる事~
紫の瞳が示した先では、二人の黒の六楯が対峙する。一人は二刀の小振りの剣で、一人は長剣一振り。
もちろん、彼らである。
「……盾無し、剣技無しで、発揮も無しだ。まあ、黒の六楯で刃引きなら死ぬことはないだろうし。後はいつも一緒だ」
「ああ、手は抜かんぞ」
「ふっ、分かってる。それはこっちもだ。……カレン、ギリギリ迄行くからそのつもりで立ち会ってくれ。もう、二人にも止められたから、多分これが最後だし」
「これに掛かりきりだそうだな。なら、そう言われて当たり前ではと思う。まあ、危ないと思ったら今度は躊躇無く止める」
変わり身の速さをカレンは懸念して、この位置に立った。ただ、単純に集中する雰囲気をクローゼから受けていた。
「ああ、頼む」
クローゼは、僅かな間に敗けを増やして、引き換えに手応えを得ていた。先程までの思考停止する雰囲気が、逆にクローゼを集中させている。
彼の戦える武器は、握る二振りに、勇傑なりの目と支配せりの視界。
膨大に纏う魔力の渦のよどみが、重い厚みと深み与える鍛えた肉体もあった。
静寂に距離感が絶妙な対峙の二人。その場景が時を刻んでいく。
――自然に構えた姿が魔王並みの雰囲気って……な。いい感じだよ。
「ふぅー。行くぞ」
クローゼの言葉に「おう」の声。カレンは、立ち合う二人の間合いから下がり距離をとる。
「始め!」
合図と共に仕掛けるのはクローゼ。
――それが最近の流れ。大方は、二刀流を受け捌くレイナードの指南雰囲気。
恐らく「最後」と、何かを賭けている筈も、純粋に、才能を追いかける。の感じだった――
二刀の左を逆で握り背中に隠し、低い姿勢で飛び込んで、レイナードとの間合いを詰め右の剣を内へ横凪ぎに走らせる。
当然、奏でる金属音。
かん高い音をクローゼは、巻く様に身体を翻して左の切っ先を鋭く向ける。
回転し横に抜ける最中の突き。
当然捌くレイナードの長剣。背を向けるクローゼの「支配せり者の視界」には、彼の切り返す剣先が自身の背中に描く、一閃が見えていた。
クローゼは、微かな痛みを押し殺し、回転しながら横に抜ける。その先で、右足を地面押し付け勢いを殺す。
片足を軸に身体をずらして、追撃のレイナードと視線を交わしていく。
見つめた先からの連撃を二刀で受けて、散らす火花で距離を詰める。――半身で伸ばした右の突きは、見たままで窮屈そうな距離感をみせた――
しかし、レイナードはものともせずに、流れる様に剣先を捌く。ただ、クローゼも「当然だ」と息つく間無く、続く剣撃を向けていった……
……終始無言の剣劇は、ロレッタとエイブリルが、ここの所見る光景だった。流動が「放出系」同士のカレンとヘルミーネの凄絶さとは、また別の凄さがあった。
位置取りから距離感を計り、絶え間なくずれ動く様に金属音を奏でる。
大方は、勢いでクローゼがレイナードに迫る流れ。ただ、僅かに肢体に触れる剣先が、クローゼの「距離と域」でないと見えていた。
――激突する剣圧は、膨大魔力を纏うにレイナードが瞬間で合わせるで相殺。行く足は僅かにクローゼが上回る。奮う剣は、動きに併せて流れる流動のレイナードが、流れの少ないクローゼより、勝っていた――
そして、勢いが頂点になり攻守が代わる。これも素で立ち合うの流れ。周囲には明確になる。
真剣な表情のテレーゼに、寄り添うヘルミーネには音の動きで終わりが見えていた。受ける動きで、かろうじて追従するクローゼの姿の先が……。
行き着く過程で、レイナードの繰り出す剣撃を『勇傑なりの目』で捌くクローゼ。金属の擦れ当たる音と風を切るが、多種多様の変化を見せる。
「受ける形」これが本来の彼らしさであった。
決着は「受け切り返す」を狙うが、素の彼の『結局』の路線。ただ、レイナードの引き出しは、「受け切り返す」を最後には幾度も越えていた。
「――いつものままか?」
珍しく最中にレイナードの声。一息に変えて、クローゼも「ままと思うな!」と返す。
術式を使えば、何でも有りなら、過る思いなら別の戦い方になるが、これはこれで相応だった。
高速での位置取りで体と剣を捌く場景が、互いを高めて行くのが周囲にも伝わる。
そこで、最後の盾魔方陣の発揮をも捨てた単なるクローゼは、一線を越えるに挑む。
「越える!」
覚悟一言。深く深く深く……限界を越える極限の集中で、あの対峙よりも更に深く。
――この世界に来て、レイナードはクローゼの一番の理解者だった。常にその横で、先で、後ろで。兄で、友で……剣であった。彼の背中はある意味支えで、羨望だった――
覚悟で足を止めて、相応の距離で繰り出す剣を「勇傑と支配の力」で、映像として空間を掌握し、クローゼは王国最強剣士と六連の応酬を魅せる。
――ここから、後三つだろ!
重い衝撃音に思考を乗せ、軋む肢体を振り絞り迎撃の剣に重さを当てた。三度の鈍い音で、微かにずれるレイナードの剣と息。それをクローゼは感じて、自らの剣を走らせる。
空間の映像には、僅かな勝利への道筋が見えていた。
――行ける!……幾度目かの確信の思考。
ただ、いつもとは違う筈の手応えが、クローゼに見えていた。それに、美しい流れに戻るレイナードの剣筋が、空間の映像に押し付けられる。
「これで最後だ!」
「まだかよ!? ――」
十連撃目で、弾かれる左の剣をクローゼは、食い縛り握りしめ泳ぐ体制を堪えた。
しかし、光景は寸止めの剣が首筋で光るに続く様に見えている。
当然に来る『筈』の切り返す十一連撃目。恐らく言葉通り、一息では最後だろう。刹那の認識でクローゼはそう感じた。
――流石に、才能の差は埋められないのか……いや、考えろ。何かある筈、あっ。……最後の悪足掻き、刹那の思考で至った雰囲気。
「――操作可能型」
レイナードが最後を決着を描き、カレンが動き始める瞬間のクローゼの声。
一瞬後には、クローゼは止まる剣先を躱した。
――渦巻き淀む膨大な魔力が、クローゼ本体の流れに合わさり流れを作り始めていた――
対峙する双方共に驚愕は一瞬。カレンもそれに追従して驚きの顔をする。
彼女にも、終わった筈だとの仕草が見えた。
そして、レイナードの上がる口角と膨らむ鼻。
大きく息を吸う仕草から、「ギリギリだな」と呟いた。それに、のけ反り下がったクローゼが「セーフだ」と返して「意味がわからん」とレイナードが前に出た。
レイナードから繰り出される剣は、連撃では無く連続だった。繰り返し積み上げた流れるような剣では無く、荒々しさが先にある。
瞬間の剣速が残像を魅せて、別の意味で美しさが場に映えていた。
――それは、先代のヴァンダリア最強剣士オーガス・フロックハートに見せたレイナード本質で、本来の姿でもあった――
それを一段上がったクローゼが、下がりながら剣はを併せ捌いていく。ただ、肢体に届く幾つかが、レイナードの本気の勢いも魅せている。
最高到達点で、息つく瞬間にクローゼは反撃。反則的に魔体流動を動かした彼の身体は、恐らくレイナードに届いていた。
「どこまで強い!」
クローゼの声と捨て身な攻撃への自覚が、初めてレイナードの表情を変えた。
自覚と覚悟が交錯する剣に、双方が必殺を込める。 それが終局に向かう切っ掛けだった。
クローゼの回る動きに、レイナードの剣が走る。二刀の一つをクローゼは捨てる気で、それに合わせていく。
横薙ぎの剣筋に、胴と長剣の隔ては剣身の腹一枚。
ただ、その一撃で剣はあからさまに折れて、勢いを殺し直撃する。だが、その瞬間、クローゼの剣もレイナード首の皮一枚で止まっていた。
「そこまで!」
カレンが全力で掴んだクローゼの手首は、わなわなと震えていた。
「はっ! あっ、えって?」
「試合うだろ。殺す気か?」
クローゼはレイナードの声を聞き、彼は脇腹に激痛を覚える。
「ぐっ、痛ったっ。お前もだろ」
三者が交錯する光景で、クローゼはレイナードを見直した。そこで、レイナードは「見ろ」を聞く。
そこでは、割って入ったカレンの剣が、長剣と合わさり止まっていた。
「はっ、カレン?」
「二人とも必死過ぎでは。危なかった……」
「ははっ、ああ、笑い事じゃないな」
「そうだな……」
中央で、交錯を解き立ち並ぶ三者。一応に、拍手と歓声がでていた。そして、歩み寄る者達。
「クローゼ、やり過ぎです! あっ、酷い格好……」
やりきった雰囲気のクローゼに、セレスタが様相に驚きを向けていた。
衣装甲は切れていないが、何ヵ所は血で色合いが変わっていた。そして、頬に伝う赤。それをレニエが定位置から指で触れていた。
「兎に角、どっちだ?」
クローゼは、セレスタに魔力を通され、王と皇帝の視線を感じて、横に立つアリッサに気をやりカレンに問いかける。
困った感じの向こうから、アーヴェントの裁定が出てきた。
「引き分け。と言うところだろう。なかなか面白い立ち合いだった」
「『魔術師擬き』は、剣も使えると言う意味だったのだな。雰囲気は違うが、あの場の二人を見ている様だった。まあ、余も引き分けだと見る」
二人の言葉に、クローゼは決着を望んだ。
「引き分け……なら、もう一度――」
「駄目です。我を忘れる程真剣になるなら、もう、試合うと言う話ではないから……」
「そうです。これで十分です。これ以上心配させないで下さい」
ただ、セレスタとレニエの続く言葉で、クローゼの勢いは止まる。カレンもそれに同意していた。
ただ、レイナードは仕方ないの雰囲気で。アリッサがクローゼに向ける視線は、嘘をついた子供を諭す様な眼をしていた。
「両陛下。決着は引き分けとなりましたゆえ、この件は、後日改めてと言う事でこの場は如何でしょう。考える刻もまた、必要かと存じます」
雰囲気から、一旦と、アリッサがアーヴェントとライムントにそう提案をしていた。
おおよそは、その空気感である。冷静になれば今決める事でもないとの見解に至った……
――クローゼベルグのある種の悲願は、一応の到達点にきた。ただ、形式上は引き分けであるが、最戦を望んだのが、結局は答えなのだろう。
しかし、この先は平和に向かう。それに、これ以上は、試合う範疇には収まらない筈ではある――
結局、「暫くは草と戯れよ」と再びアーヴェントの言葉を受けて、その場は収まった。
一応に、クローゼもその場を離れ、近しい者達と宛がわれた屋敷に戻る。
屋敷の一室で、「まあ、あれだ」とレイナードがロレッタらを連れて退室し、部屋にはクローゼと三人だけになった。
「本当に無茶はやめて下さい」
「レイナードに引き分けなら老師も誉めて下さいます。……私も誉めて上げますから」
「でも、聞こえたから……それはそれね」
「何だよ? ……ばれてたのか」
長椅子に埋まるクローゼを見る彼女達に、彼は見上げる視線を通していた。そして、暗に言葉を掛けるアリッサにばつの悪そうな顔をする。
「彼が何も言わなかったから、黙ってました。……それはいいです。セレスタ様、レニエさん。話しておいた方が良いのでは? 私もいつこれるかわからないから」
「今度は何だよ」
「もう、無茶しない為のお守りです。クローゼ様。二人が私もいた方が良いと言ってくれたから……」
的を得ないアリッサの言葉に、クローゼは困った顔になる。……若干怒られるのかの様子もあった。
「だから、なん――」
「クローゼ! お話があります」
クローゼの質問を遮り、セレスタはそう切り出した。そのままレニエに視線を向ける。
「クローゼ手を貸して下さい」
レニエが手をクローゼ手を取り、自身のお腹に触れさせていた。
「私は、一人です。セレスタは……」
「私は、双子だって。コーデリア様が……」
暫くの沈黙が、クローゼの頭の上を歩いていた。
「クローゼも父親になるんだよ」
「……あ、えっ、そうか。ありがとう。そうなのか? えっ、本当に、ああ、ありがとう、二人とも……」
アリッサの言葉に、クローゼは何処かに引き戻されて、頭の中で何かが回ってきた。
――確かに、あの時にその時と覚えはあるけど……いや、俺、父親か、マジか、ヤバイ、なんか嬉しい。……でも、レニエってそうなのか。いや、どうでもいい。
「母上も驚いてました。私の様な前例は少ないので……駄目でしたか?」
「はっ、聞こえてた? いや、うれしい。そんな事考えてもいなかっから。二人とも本当にありがとう」
恐らく、クロセがクローゼになって、一番の衝撃だったのだろう。暫く、混乱の様子がクローゼを襲っていた。
一応に、嬉しさで興奮をみせるクローゼの言動に、僅かな刻で屋敷全体祝福の雰囲気に包まれて行く。
ただ、先走る様子を押さえられ、クローゼは長椅子に座らされていた。
「陛下に報告もだし、グランザ殿に……えっ、もう言ったのか。なら……えっ、『落ち着いて』って、そうか、ああ、わかった。でも、しっかりしないとだな。兎に角、先ずは何すれば良いんだ?」
一連の激しさと興奮で、いつもの様に思考停止に至ったクローゼは、考えた風で結論に至る。
「先ずは、草と戯れる」……当然に、それなりの声が上がった。
クローゼ・ベルグのそれなりの物語の区切りである到達点は、その後の礎となるガーナル平原で終着点をみせる事になる。
――取り敢えず、壁作るか……である。
次で王国の盾としての話は最後になります。
以後はまた、次回時点でですが、修正と設定の保存の為に完結設定は暫く先になる予定です。
ありがとうございます。




