九~悲願への演出は妖艶に~
アリッサの唐突に困惑するクローゼを他所に、元の彼女を知るアーヴェントは、その意図を探ろうとする。
もう一人の陛下であるライムントは、彼女自体に怪訝を見せていた。
――当然、何者であるかを『知る』を含めて――
それに気が付き……いや、クローゼに言葉を投げて直ぐ、アリッサはライムントに向いていた。
そして、怪訝が音になる前に、黒の軽装なドレス姿であるが、美しい所作で儀礼を見せアリッサは一礼する。
「皇帝陛下、御挨拶もせぬままに失礼致しました。拝謁叶い恐悦至極で御座います。クローゼ・ベルグに仕える、名をアリッサと申します。至らぬは御容赦願いますよう」
「ああ、噂の……。二人に劣らず美しいのだな」
元々端麗な顔立ちに妖艶さが加わり、一段と美しさを増したアリッサに、ライムントがアーヴェントを気にする仕草をした。
「侍女と言う訳では無いと思うが、アリッサ殿。それは良いが、意図は言の『まま』だと?」
盟友の吸血鬼なのか? の様子に、アーヴェントが、結論は『このままなのか?』と彼女を引き戻す。
「左様で御座います、国王陛下。陛下の御言葉に即答出来ないのは、クローゼ・ベルグの心持ちに何かがあると存じます。……ままにで言えば、お二方共に秀逸で、両陛下の意向あるとなれば、『認められた結果』故と『手放したく無い』と思い至るのは、良くも悪くも、私の知る所のクローゼ・ベルグたるかと」
返答にクローゼへ送る視線を挟み言葉切り、アリッサは最後に濁した感じで言葉を閉じる。
「それゆえ『決めかねる』であれば、『クローゼ・ベルグのままに』も一考かと存じます」
「貴女の言はそうかも知れぬな。問うた私も悪いが、時折見誤る……それに、大局を見る諫言をもう良いとは些かだった」
――クローゼが、「それは……」と口ごもるで起こった重苦しい雰囲気に、アーヴェントは掛けた言葉を間違えたのでは思っていた――
独り言の様な言葉を返して、アーヴェントはここにはいないオーウェンを探し、その無意味に息を吐く。それで、ゆっくりと言葉を続ける。特段意味の無い事ではあった。
「……全く関係ない無いのだが、容姿は然程でも雰囲気は以前と違いまるで別人の様だな。勿論、貴女がいずれかを知った上でそう思うが、悪い意味では無い。その辺りは察して貰いたいのだが」
「陛下の御意のままに、お気に為さらぬよう」
会釈程度に頭を下げるアリッサをおいて、アーヴェントはクローゼに目を向けた。
「今一度、確認だ。そう言う事で良いな」
「ある意味、まあ。単純に認められているのか? はあるには……。そうか……我が儘か……そうなのか」
アリッサを意識するクローゼが煮え切らないのに、アーヴェントは「そうか」と呟いて、再びアリッサに戻った。雰囲気的にライムントも彼女を見ている。
それを促しと受け取ったアリッサは、思考停止気味のクローゼをおいて話を始めた。
「両陛下、我が儘とは私も言い過ぎたかと思います。ただ、忌憚の無い意見を出来るテレーゼ様と見識豊かで定法を辿れるエイブリル様お二方なら、思い付きが服を着て歩くクローゼ・ベルグを『御す』には宜しいかと思います。その上で、今後進む正道には、私も、エイブリル様の言には『一理あり』ではとの認識に至るところです」
場の中心で話す、吸血鬼となったアリッサは、これから先の事を考えていた。魔王を倒し、よもやの獄神の具現を退けた後の平和の世の中に向かう中でである。
そう、ただ、ただ、クローゼの先をだった。
雰囲気は控え目で部外者を名乗り、エイブリルの有能さを認識して、アーヴェントには流されるクローゼを引き留める為に。
――単純に利点は口にしていた。エイブリルの言葉に同意して、懸念の者の側付きが王と皇帝の意向であるのを明確にし、「御す」の言葉で内外には、暗に、危険な男が手中にある示せると。
更に、それでクローゼに忠節を再認識させられる事をだった――
アリッサには、きっかけは何でも良かった。格好をつけたいクローゼが、全てを満たせないのも理解し、言葉を出していた。
若干、場に思案と見守るの雰囲気が流れて、一瞬の場景が音も無く流れていた。
それを破る「やるんだろ、クローゼ?」とレイナードの声。単純に、王と皇帝の御前である。
勿論、レイナードもそれは認識していた。主の主君は主なのか? で言えば、王国の感覚ならそうだった。レイナードはそれを敢えて踏み越える。
「ああ、試合うのは……ただ、アリッサの話は考えないと」
「やるなら考える必要無いだろ」
「いや、結果で色々変わるから」
「どっちでも変わらんだろ。大体、今考える事か。考えるなら、勝ってにからにしろ」
「それは、勝つぞ……と言うかお前、俺が負ける前提で話してないか?」
「……まあ、試合うのでは負けて無いからな。それだけで、七十八だ。抑えるを合わせるとい九十八」
「ああ、毎回聞いてるから覚えてる。で、俺の一勝だ。でも、ここのところの流れなら行けるぞ。次で丁度百回だから頃合いだ」
わなわなと身を震わせるシオンをアーヴェントが、片手で制していた。セレスタの手が、彼女腕に掛かっている。
ライムントは、アーヴェントの様子に帝国の皇帝たる域を越えず、クローゼと人外な槍使いの従者の行動は黙認していた。
「陛下、兎に角試合ってから考えます」
「一応にそれが今の結論か。良かろう……」
いつもらしい感情の起伏を見せるクローゼに、アーヴェントは表情を緩め、ライムントに同意を求める仕草をし同意の仕草さを受ける。
「それであればクローゼ。アリッサ殿の言を入れて『勝てば』お前の思いのままに。負ければ、ライムント殿と私が二人の件は預かる。クローゼ、それで良いな。ただ、二言は聞かぬ」
アーヴェントの言葉とライムントの頷きにクローゼが言いたげな表情する。
しかし、レイナードが刃引きした長剣を一振りしたのに、彼は「御意に」と答えていた。
そしてクローゼは、レイナードと共に一礼して歩きだした。先程までの重苦し雰囲気では無く、切り替えの早い彼らしい吹っ切れた様子でである。
「ところで、アーヴェント殿。『素』とはどういう事なのか? 些か分からぬのだが」
試合にあわせて、立ち位置を変える最中に、ライムントは思いのままを出していた。
「……『そのままのあの男』と言う事ですが、説明までは私も」
アーヴェントも、明確に答える事が出来ず視線を這わせる。行き着いた、後ろに控えたセレスタとレニエも「クロセの話」は聞いてるが、彼女達も明確に説明出来ない。
当然に、その場の者から、アーヴェントもライムントも具体的な答えを得られなかった。
「恐れながら、両陛下。宜しければ、私が御説明を」
「ならば頼む。宜しいかアーヴェント殿」
アリッサの声に、アーヴェントも向いていた。隣から向けられた確認で、彼はそのまま同意する。
「感情致します。僭越ながら、御説明申し上げます。先ず、一連を成したクローゼ・ベルグの力は魔動術式に依るものです。術式に携わった魔導師によりますと、彼の魔体流動は特種で異質……」
と始まったアリッサの説明を、二人とその場の者も聞いてた。彼女の続く話を要約するとこうなる。
彼女は「特種で異質……」から、守護者の話を秘匿して、本人の魔体流動の回りを取り巻く様に渦巻いている魔王の魔力を「特異な魔力の渦がある」と 説明した。
それが「膨大で彼の力の元であるが、簡単には、流れも放出もしない魔力で、本人には動かせない」と伝える。
それを彼の特異な魔体流動の性質と、無理やり動かず術式により具現化したものが、クローゼ・ベルグの次元の違う強さだと話す。
操作可能型自動防護式。
術式名の提示の後、魔王討伐の流れで宿した神具の欠片が、その魔力を安定させ、更にクローゼの魔力魔量を底上げて、魔王を倒す程の力を表していると加えていた。
――彼専用の魔体流動展開術式。本人が言う、借り物や後付け云々の話である――
「なるほど、これで話が繋がった……」
「その上で、術式を使わないままの彼が『素』であると言う事になります」
アーヴェントの呟きに待機状態でないのが、クローゼの『素』だとアリッサは話を結んだ。
――見聞きし体感した者の多くが、明確に言葉として受けたのは、初めてだった筈である――
クローゼを丸裸にする突っ込んだ話を、王と皇帝に向けるのは、「六楯の魔王 クローゼ」を御せる、恐らく唯一の此方側な魔族……吸血鬼だった。
ある意味で、吸血鬼のアリッサが公に出てきた場面であるとも言えた。
そんな彼女の儀礼的で控え目な雰囲気と、話しが通じる感じに、ライムントはアリッサを見てクローゼを評した。
「やはり、魔術師なのだな。……あの男の兄ヒーゼルは、正に極神 武勇を司る戦いの・の化身だった。その話なら、弟のクローゼは、さしずめ極神 魔動を司る顕現の・の化身と言ったところか。……それが、あの剣士を継ぐ者と剣で試合うとはな」
「……恐らく、何らかの手応えがあるのでしょう。私も含めあの御二方がお越しですので、相応の結果にはなると存じます」
ヒーゼルの名が出て、部外者を名乗ったアリッサは刹那の躊躇いを飲み込んで、自身の立ち位置を続けていた。
そこに、相応の言葉にアーヴェントが反応する。
「王都で、試合ったとは違うと言う事なのか?」
「王都での話はクローゼ・ベルグの言のみで、見ておりませんが、術式無しなら派手さはないと。しかし、相手が王国最強剣士ですので相応にはと存じます」
「なるほど」のアーヴェントに、会釈をみせて同意を伝え、アリッサは表情は変えず、端麗で妖艶に紫の瞳で、アーヴェントの表情に、ライムントの視線をクローゼに誘っていた。




