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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
終章 王国の盾はそれなりに
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七~それぞれの価値……魔解の側で~

 宿営地の中を当たり前に歩く、クローゼと彼に続く一団が見える。雰囲気は魔王の彼を魔族……人魔らも、当然に受け入れていた。


 彼らは中央を目指し、巨大な石棺の様な建物の一群を見て、多数の天幕を抜けていく。


 その先にアルビダの一礼を見て、クローゼは仮面を解き腕にはめ、彼女の後ろに付いて大きな天幕に入いる。

 そこには、クローゼが一番に目線を合わせたアリッサが、微笑みを見せていた。


「苦労掛けてるな、大丈夫か?」

「ええ、大丈夫。クローゼ……」


 クローゼの瞳には、アリッサしか入っていなかったが、彼女の促す感じに、アマビリスら主だった者がいる事に目を向ける。


「ああ、ミールレスはまだはっきりしないのか」

「母上が着いておりますが、依然として話は出来ぬまま。少なからず反応はあるのですが……」


 アマビリスは、唐突に向けられた言葉に、ミールレスが昏睡(こんすい)から僅かに回復したと答えていた。

 それに、クローゼは後ろへ確認を向けた。


淫靡なる夢獄(ウルジェラ)、これ以上は無理なんだろ?」

「無理と言うよりは、彼奴(あやつ)次第だな。それ故これ以上なら、また無茶をせねばだが流石に厳しいな」

「そうか。……アマビリス、だから、ミールレスについて、これ以上は無理そうだ。すまない」


 一応に体裁は、上からの感じをクローゼは出していた。


「其の様な言、無用に願います。クローゼ様には、十分お力添え頂いております故。それに、母上の事もありますゆえ重ねて感謝致します」


 軽い会釈の後、アマビリスは感謝の様子で、淫靡なる夢獄(ウルジェラ)とロレッタにも、表情を通している。


 ――ミールレスの力の対価である彼らの母親は、クローゼの強引さとウルジェラの仕方無いに、ロレッタの『二度しない』の決意で、この地に戻されていた。

 勿論、不可侵領域(フィールド)流浪(ポーター)視覚共有(ヴィジュアルシェア)を複合で使ったのである――


「それは、ウルジェラが出来そうな感じだったからな。強引にやったら結果的に出来ただけだ、気にするな」


 クローゼの様子に「それでも……」とアマビリスは感謝を続けていた。一通り彼女の気持ちをクローゼは受けて、話題を進めた。


「それもだけど、ミールレスがそれで、君らは魔解に戻って大丈夫なのか? 結局、魔解はこれから戦乱に向かうんだろう」


「恐らくは其の様に。既に、我ら『インジニアム』も不穏な情勢ですが、それでも、魔解に残した従う者ら捨て置く訳にはいかぬ故……。『大丈夫か?』については些かですが、ヒルデ殿をはじめ共に戻る者らも助力の確約をしてくれておりますので……」


 楯魔王を冠として、宿営地にある魔族は勢力問わずクローゼの影響下にある。


 その上で、アマビリスの言葉だが、彼女の表情は、可憐で妖艶な相反の雰囲気とは別に、ミールレスの状況を考えたのか多少の陰りも見えた。


 ――表裏の裏である魔解も、中央勢力の王を含めた多くが倒れ、勢力の再編による戦乱は避けられない。それは、これまでも『魔王降臨』の度に起こっていた、繰り返しの(つづ)りになる。


 また、結果的に『繰り返される』事によって、魔解勢力の統一が成され無いのも、至極神の『神意』と言える――


「流石に、俺も見聞いた限りを『まとめて』引き受けるのは無理だから。……アリッサ、ヴォルグ達とノーガンを呼んでくれ」


 アマビリスの陰る雰囲気とヒルデの頷きに、クローゼはアリッサにそう告げていた。彼女の仕草としなやかな指先が動いたのにあわせて、クローゼが意図を告げていく。


「ミールレスが普通に戻るまで、強い奴をそれなりの数、君に預ける。まあ、俺がと言いたいところだが、流石に魔解へ常駐は無理だから、それは他の者にする。ヴォルグなら相応だろう」


「お心遣いありがたく存じますが、刻が定かでない上、魔解に通じる穴も、何れは塞がりましょう。故に魔解に降りた者らを戻す確約ができません……」


 アマビリスは、魔族らを人智に残す選択から言えば、本末転倒では無いかの認識だった。

 残る者の大半は人魔達で、元々の魔解の民ではない。その「不測があるのではないか」も含んでいた。


 しかし、クローゼはその懸念に、笑顔を……いや、あの感じのにやけた表情を見せた。


「それは問題無い。イグラルードの魔導師は優秀だからな。隔てを越える転移型魔動堡塁(キャストラム)がある。まだ、階層一つ越える程度だけど、何れは異世界まで行く……らしい」


 彼の初見ではちょび髭の魔導師。彼は王命に向かう過程でそれに到達していた。


 ――魔王と同質の魔力で固めた外壁を持つ、転位型魔動堡塁(フォートレス)の製作工程を辿り、専用の魔動機を搭載した物になる――


 無論、クローゼや他の魔導師の協力があったのは言うまでも無い。しかし、タイラン・ベデスは大魔導師の弟子としてではなく、彼自身の名を物語に刻む事になった。


「穴もなく、隔てを越えるのですか?」

「まあ、そうだな。難しい事は分からないが、俺が流浪(ポーター)通れるなら云々らしい……」


 立ち話から促され、上座の位置の椅子にクローゼはそれらしく座り、アマビリスの疑問に答えらきしを返していた。

 一応に、クローゼは「簡単に言うと……」と説明をアマビリスに続け、アリッサがロレッタと話すのを見ている。


 アマビリスとの会話を終えて、儀礼を受けたクローゼは、肘掛けに預けた重さで斜に構える様子に、見る先の彼女達へぼんやりと合わせていた。


 天幕の雰囲気なのか、覇気は伴うが表情は穏やかにである……



「……それもだけどな」

「閣下何か?」

「ああ、あれだ。……まあ、『あれ』では分からないと思うから説明させる。一応は信用するけど本当に『あれ』だから他言はするな」


 ヴォルグらが来るまでの間が、クローゼの呟きを出させていた。立ち位置の兼ね合いで、エイブリルはそれを拾う。しかし、現状、覚えて置く以外に新任の彼女にやるべき事は無かった。


「アリッサ、少しいいか?」

「はい、何ですか?」


 遮る大きめな声に、会話を止めてアリッサはクローゼを見た。声の後に、然程の距離では無いを彼女達はクローゼに歩みよる。


「話の途中で悪いが、あの件を彼女に説明してやってくれ。……ああ、彼女は新任の……」


「エイブリルですね。ロレッタから聞きました。……エイブリル、大変かと思いますが、クローゼを宜しく頼みます」


 紹介されたエイブリルは、吸血鬼(ヴァンパイア)らしいの認識なアリッサに、少し眉を動かして会釈で答えていた。

 それにロレッタも難しい顔する。


「えっとですね。あの件なら、引き継ぎもかねて、私から説明した方が良いですね……」


 ロレッタがそう言って、クローゼの了承の後に出した話題は、フリーダの眷族の話になる。


 単純に千を越える吸血鬼の事で、極光に抗える古参ではなく、新たにこの国で「端の端の先」辺りから、吸血鬼(ヴァンパイア)になってしまった者達の事だった。


「俺も最近アリッサから聞いたばかりだからな」


 要するに、王宮襲撃の際、その場にいた王族らの扱いについてになる。


「王は亡くなったが、王位継承権を持つ王族の一部はその意に依らず吸血鬼(ヴァンパイア)化したらしい。グランザ殿の話では……何だった?」


「女王陛下の戴冠までは、公的には秘匿にする様にと。また、私的には別の意味で永続的に隠す必要があるとの事でした」


 クローゼはアリッサに説明を向けさせて、エイブリルに「そう言う事だ」を出していた。


 ただ、エイブリルも「そう言う事だと言われても」と言う顔をせずに納得の表情をする。


 ――正統性と心情的な話である――


「結果的に、アリッサの事だけじゃ無くて北には手を伸ばさないといけなくなったな。まあ、戻りたいと思ってるらしい二人は何とかしないと……」


 ロレッタの説明に、クローゼは確認するかの様に、時折口を挟んでいた。


「その事は、えっと、北の賢者の件はレニエさんが動いてるので、私からは秘匿の方向の話を強調しておきたいです。……後、大量の(ひつぎ)を運ぶのは、『驚かないで』かな。それと……」


 続く会話を聞き、説明を受けるエイブリルは、ロレッタが普通に振る舞うのに戸惑っていた……



 ……エイブリルにとって、話す内容もであるが、戸惑いはこの場の雰囲気にある。女性の姿が多い為、威圧感は無い。ただ、周りは人に見えるだけで全て魔解の側であった。


 逆の意味で――竜伯爵閣下(クローゼ)の嗜好なのか? ……と余計な思考がエイブリルに出る程、この天幕の中では、クローゼは落ち着いている。

 踏み込んだあの瞬間の威圧感はなかった。

 勿論、「宜しく頼みます」と口にした女性によるところが大きいとエイブリルは感じていた。


 元副官である彼女の人となりについて、エイブリルには、報告書の文面から察しが付く。冷静で洞察力が高く判断力に優れる……そんな印象だった。


「何か私の顔についていますか?」


 彼女は、無意識に見つめていたのだろう。

 クローゼに笑顔を向けて、時折、他愛もない声に頷きを返している女性。彼女より一つ年上とは思えない落ち着きを見せる女性を……。


「いえ、何も……申し訳ありません」


 エイブリルの返答に、アリッサが何かを言おうとした時、天幕の入り口が勢いよく翻った。


「なんだ、で、来てたのか」

「ああ、ヴォルグ。取り敢えず、強い奴ら連れて魔解に行ってくれ」


「はぁ? で、いきなりだな」

「手筈は……整える。後、ノーガンも腕利き連れて、魔解で、インジニアムに加勢してくれ」


 突然な複数の男臭い雰囲気に、強烈な威圧感がクローゼを抜けてエイブリルに届いていた。


「すげぇ、魔解だってよ。俺らも行くのか?」

「薔薇の大将がそう言うならそうじゃねぇか」


「アッシュどういう事だ?」

「なっ、えっ、ノーガンさん何で俺ですか?」


 クローゼの言葉をノーガンは腕を組み聞き、そのまま、アッシュに投げつけていた。……単純に穴が閉じたら帰れないだろ。の雰囲気である。


「ああ、アッシュ、冷静だ!」

「お前が冷静になれよ、って。……はぁ、もう、ノーガンさんも、自分で聞いて下さいよ。楯魔王(じゅんまおう)様。って――」


「なんだ? んっ?」


「げっ、その感じ……あ、いや、『行け』は良いですけど。帰ってこれなくなりませんか? それ」


 明らかに勝ち誇ったクローゼの様子に、アッシュはアリッサに助けを求める表情をした。

 ただ、アリッサは、にこやかな表情を返しただけで、クローゼのどや顔に移った感じの転移型魔動堡塁(キャストラム)の説明が聞こえていた……


 ……大方の説明に、ヴォルグが眉を動かしていく。


「アッシュ、で、あれか」

「ヴォルグもか……って。あれって何だよ」

「ああ、で、大丈夫か? だ」

「いや、こっちに聞かれても……」


 そこにアリッサの笑顔が見えて、彼らを連れ立って来たカルーラの困った顔が続いた。


「ヴォルグ、宜しいですか。『大丈夫か?』なら、行ける事は確かめたそうです。それに、淫靡なる夢獄(ウルジェラ)様も見えますので。クローゼ。それで良い?」


「そうだ。アリッサの言う通りだ。それに、ミールレスがあの感じで、彼女達に手を貸してやりたい」


 アマビリスとヒルデに、視線を促されたヴォルグの微妙な顔に、ヒルデの声が向けられた。


「私も尽力する。他の鬼魔の氏族にも加勢を頼むつもりだ。ただ、ヴォルグ殿ら紫黒と鉄黒のノーガンらの強者(つわもの)が加わってくれるなら、こんな心強い事はない」


 ヒルデの言葉とアマビリスの会釈に、ヴォルグは頭を掻いていた。その彼と側にいる彼らに、アリッサとカルーラの促しが向いていく。


「ヴォルグ、力を貸してあげて」

「皆も見識を広げて来なさい」


 人狼らの若干なざわめきに、ヒルデがノーガンに歩みよる場景が起こる。


 そこに、マッシュの「なんかすげぇ事になったな」と「行くの前提ですか?」なアッシュの声が続き、 直後に黒紅のカミラの唐突な声がする。


「じゃあ、私も行こっかな……」


「……カミラは呼んで無いぞ」……とクローゼには突然出てきた様に見える彼女に、そのままを向ける。


「呼ばれて無いけど、レイナードさんとロレッタちゃん来てるって聞いたから」


 クローゼは、この娘も「なかなかだ」の様子で、少し下がっていたレイナードとロレッタを見る。そこには「ああ、居たぞ」と「そうですね」の仕草が見えていた。


 クローゼはそのまま全体を見渡し、軽く息を整えてから言葉を出した。


「と言う訳だ。詳しくは、後からだがそう言う事で宜しく頼む」


 少し抽象的で、投げ遣り感が見えるクローゼにヴォルグが見たままを言葉にしていく。


「あれだ、で、勢いだな」

「良いんだよ。どうでも」

「どうでも良い?、で、どういう意味だ」

「そう言う意味じゃないぞ」

「だから、で、どう違うんだ?」


 一方的で、適当な感じを見せたクローゼに、ヴォルグが言葉を投げている。それで、微かに苛ついた表情をクローゼはした。


「細かい事は後だと言ってるんだよ!」

「怒るな、で、聞いてるだけだからな」

「取り敢えず、もういい黙れよ」

「はぁ? で、黙れだと」

「はぁ? ってなんだヴォルグ!」


 話が噛み合わない様子に、クローゼとヴォルグの雰囲気と圧力が変わっていく。中々の威圧感を双方共に天幕の中に振り撒き始めていた。


「二人ともやめなさい。何の話ですか?」


 場景に、アリッサの声が抜けていく。クローゼとヴォルグからは、「なっ」と「はっ」出ていた。

 彼らの関係で、時折見られた光景になる。立場や立ち位置が違っても、基本的には同じだった。


 ――姉が弟達を叱る感じに――


 気の抜けた様子に、クローゼもヴォルグもなっていく。僅か前には、一発触発のレールに乗っていた彼らである。

 それを、エイブリルは驚きで見ていた。


 資料としての経歴でも魔王級な男が、子供の様な言い訳をアリッサに向けている。

 光景に呆然となるエイブリルの背に、ロレッタの手のひらが添えられた。


「えっと、子供みたいでしょ。大体あんな感じだから慣れてね。それよりまた、思い付きで面倒になったから、エイブリルも手伝って……これからも、私も手伝える時はするから……」


 ロレッタにそう言われ、エイブリルは真面目な顔を子供の様な二人の雰囲気に向ける。

 別の意味で彼女はそれに囚われて、ロレッタの後ろに立っていたレイナードの「大変だぞ」声は、聞こえていなかった。



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