十七~普通はすごい~
俺が原因で「影武者」と呼ばれたのは、ヴィニー・ブルック。彼も士爵家の子弟で、俺の近習の一人だ。
同じ年の彼は、髪の色や背格好が俺と似ている。後ろ姿は以外と区別つかない。だからと言って、彼が影武者と呼ばれている訳ではない。
一ヶ月ほど前アレックスが、ジルクドヴルムを二回目の訪問した時に、視察と称してレイナードと三人で暁の冒険者商会にいった。
――冒険者登録をしてやろうとした訳なんだが、出掛けに、ニコラスに捕まりそうになった。
そこで、たまたまアリッサの代わりに、随行させていた彼の肩に手を乗せて、怪訝そうな顔をするニコラス向かって言ってみた。
「今日は、彼がクローゼだ」
そのまま三人で、何か言いたげなニコラスを振り切り逃走した。その時に「影武者だね。なんか格好いい」と走りながら、アレックスが言っていた。
言葉に釣られて、彼に視線を向けたついでに振り替えると、そこには『表現出来ない』ヴィニーとニコラスの顔があった。その時の事で、アレックスはヴィニーを影武者と呼んでいる。
――まあ、それもそれだけど。
あとの流れで言うと、そのまま商会に行き、商会に出向させているロレッタに、驚きの視線を向けられながら堂々と登録を済ませた。
当然、その日セレスタに無茶苦茶怒られたのは、いい思い出だろうな。義姉上に頼まれたから『仕方なく』と言ってるセレスタの本気の叱咤は、かなりの恐さだった。
因みに、セレスタも冒険者になった。二人で話した時に、申し訳無さそうに謝るセレスタが、可愛いかったので「主命だ」とねじこんた。
セレスタを連れて、暁の冒険者商会に行った時の、セレスタとロレッタの顔はなかなかだった。あとアリッサは何故か即答だったが……。
「アレックスさん、止めて下さい。結構トラウマなんです」
ヴィニーの声に、視線を向けて更に思い返す。
事後の顛末。表現出来ない顔のその後は、その日の決裁案件の内容をヴィニーに聞きながら、教えて貰った。
残された彼は、遠い目をしたニコラスに、俺の席に座らされて、領主として報告を一極――一時間――程聞かされたらしい。
「では領主様。以上の案件、一両日中にご決裁下さい」
無表情を乗せたニコラスに、抑揚ない言葉でしめられて、書類をすべて回収された上に、彼は取り残される事になった。それで、メモすらとる余裕の無かった彼は、記憶の限りそれを書き出して彼なりにまとめ、帰って来た俺に報告してきた。
ニコラスの報告や関連書類は、正確にまとめられていて理解しやすい。ただし、専門的な言い回しが細かいので面倒くさい所がある。
ただ、ヴィニーのそれは少し違った。何と言って良いかわからないが、普通の言葉で、彼の言葉でまとめられていて優しいのだ。
彼もある程度、知識はある。でも、ニコラスには及ばない。それは、彼なりの報告だった。
次の日、ニコラスは、何事もない様子でやってきた。ヴィニーの事もあるので。――セレスタに怒られたからではないが、ニコラスには謝罪した。
形式的な会話から始まった報告等は、いつもよりも早く終わる。当然、ヴィニーからも聞いていたからだ。怪訝な顔のニコラスの疑問に、その経緯を話した。
ニコラスは、話を聞いていた怪訝な表情のまま、改めてな顔を向けてきた。
「その報告書を頂けますか?」
そう言って、俺が渡した「彼なりのまとめ」を持ちニコラスは退出して行った……。
それで、彼は翌朝一番にやって来て、ヴィニーの転属の話を俺に始めた。「適材適所」といつもの淡々とした彼らしくない、熱のこもった話し方に驚いたのを覚えている。
モリスのヴィニーへの評価は『何でも平均以上に仕事が出来る万能な人材。対応力の高さ』と言うものだった。それでも、有能な行政官であるニコラスに評価されるなら、それが適所なのだろう。
「断る理由がないな」
俺はニコラスにそう答えて、彼の軍事面での職務をセレスタやグレアムとブラットに振り分けて、ニコラスの元にヴィニーを送り出してやった。
と、何と無くの思い返しから、目の前に意識を戻す。そこには、先程の魔衝撃槍を持たされ、発動する魔動術式の説明を受けるヴィニーがいた。
「これなら分かるよね」
「わかりますが」
「じゃあ、この出っ張った所を、握り込む様にして嵌め込んである竜水晶に指をかけて、持って」
ヴィニーが言われた様に、魔衝撃槍を持っていた。それを見たアレックスが「よし」と言って続きを話して行く。
「次はそれ持ち上げて、下に指を引っ掛ける所があるから、それに指をかけて引っ張って戻す」
「やりました」
その動作をしたヴィニーが、呆けた様に答える。アレックスは、「それじゃあ、あれに……」と鎧を指差して「剣先を向けて、太い所を脇に抱え込む様に構える」と彼に指示していく。
「良いって言ったら、術式から呪文――起動で」
と、声を出しこちらに歩きながら、アレックスは「みんな。どっかに隠れて」と言っていた。言われた方は意味が分からずに、取り敢えず声に従って、物陰に隠れていった。
その場に取り残されたヴィニーは、言われたままの綺麗な姿勢で頭だけを振って、キョロキョロして「なに?」と呟いていた。そして、情況が理解出来ない彼にお構い無く、アレックスは「いいよ」と指示を出していく。
促しで彼は、意を決した様に指示を実行する。
指先の竜水晶が僅かに光り「起動」の声と共に鈍い金属音がして、彼の足下の側で土煙が上がった。
「えっ?」と言うヴィニーの声に、被さる様に「抜けてねぇじゃないか」「跳ね返った?」とレイナードとブラットの声が続いて、「ですな」とグレアムが声をだしていた。
その光景を見ていた、セレスタとアリッサが歩きながら物陰から出てきて、アレックスに向けて言葉を投げていた。
「アレックス、これは駄目よ」
「今のはダメなやつだよ。アレックス君」
二人の声にアレックスが、『やっちゃた』という顔に頭を掻くような仕草で、ヴィニーに向けて声をかけていく。
「ごめん。君がそこまで素直だとは、思わなかったんだ」
言われたヴィニーは、何が起こったか理解出来ていないのか、そのままの姿勢で「僕は、どうすれば良いのでしょうか?」と俺に向けてきた。
当たり前に「楽にしろ」と答えた俺の声に、彼はその姿勢を崩す。彼に声を掛けた流れで、俺はアレックスにこう聞いた。
「アレックス、こうなるの分かってたんだな?」
「ごめんなさい。跳ね返るのは分かってたんだけど、もっと別の所だと思ったんだよね」
「分かってたなら、何でこんな事したのか、説明して貰わないと。アレックス」
俺とセレスタに挟まれて、小さくなるアレックス。若干いつもらしさが小さくなるのが見えた。そんな俺達三人の会話に、レイナードがいきなり入ってくる。
「ヴィニーが普通だからだろ」
「普通って」
「これが使える奴が少ないって事だろ」
レイナードの『普通』という言葉に反応する俺。
――普通って。お前に聞いた俺も分かったけどさ、もっともなんかあるだろう…… 。
多分、そんな顔をしていたのだろう。レイナードがそれに被さる。
「いやあれだ。一般論て奴だ。セレスタのさっき言った、戦の様相の答えだろ」
「レイナードが、言ってる事は分からなくもないのだけど、私の話とヴィニーが危なかったと言うのは、繋がりはないと思う」
「確かにそうだな。でも不可抗力だろ」
アレックスに、二人で詰め寄る形になったのを、レイナードが止めてくれた形になった、気がする。セレスタも、何となく分かったようだ。
――確かに不可抗力だろう。
ヴィニーの立ち位置から、鎧までの距離を考えると足元のあそこに跳ね返るのは、ほぼ真っ直ぐ飛んだことになる。精度としては素晴らしい、が。
と、段々本格的に、いつもアレックスで無くなってる彼を見て、他の三人が次々声を出していっていた。
「始めにアレックス殿が言っていた、普通……とはそう言うことでしたか」
「ヴィニーが普通と仰るが、以外と変わっていると、思うのです」
「ヴィニーは普通かもしれないけど、変わってるから大丈夫だよ」
――ブラット、グレアム、特にアリッサ。三人共に、少しずれている気もするが。大丈夫だ俺は気にしない。
そんな、微妙な空気が流れる中。当の本人から再度の確認があった。
「もう一回。いいっすか?」
それを聞いて、何かいつもと感じが違うと思った。しかし、周りの反応は、それとも違った感じだった。
「久し振りだな」
「持った方です。領主様が見られた時あたりからですから」
「ですな」
そんな三人言葉に「ん?」 と俺はセレスタを見た。多分、『なんだ?』の顔をしていたと思う。
「どういう?」
「ああ、どちらかと言うと最近の方が変でした」
――変とか普通とかあれだな。
「いいぞ、許す」
「今度はぶち抜きますよ」
俺の言葉に、左手の親指を立てて、こちらに腕を突き出しながらヴィニーはそう言った。
――これでも、一応俺は領主なんだが……まあ良い。
それで隣に立つセレスタから、微妙な空気が流れて、アレックスが「無っ」と言いかけたのを、俺は片手軽く制した。
ただ、二度目の宣言には、誰もその場を動かない。レイナードがしきりに「こうだ」と拳を握り縦に上下させているのが見えている。
その様子をヴィニーが真似て、滑る様な流れで剣先を向けて「ふうっ」と息を吐いていた。
「起動」と呟いた言葉と同時に、無音のまま、盛り土から土煙が上がった。ヴィニー以外のその場にいた全員が、無言のままで見つめていた。
「どうっすか?」
魔衝撃槍を地面に立てて、こちらを向いたヴィニーの言葉が見えていた。光景は見えてはいないが、情況を察したアレックスが駆け出して、声を出しながらヴィニーに飛び付いていく。
「ヴィニー。凄いよ――」
抱き付く勢いで、アレックスはヴィニーに体を預け、困惑が一瞬抜けていく。そこから俺は、結果の先。遠くにある、鎧と土煙をもう一度確認した。
――それで情況は察した。土煙が上がる場所。それは、先程アレックスが最後にあけた、大きい窪みの真ん中その場所だったからだ。
「普通もすごいんだな」
口から出た言葉に向けられる、セレスタとアリッサの視線を感じ、アレックスに思いきり抱き付かれながら、顔を真っ赤にする彼の表情に思った。
「残念だが、そいつは男だぞ」
周囲の生暖かい視線が、彼に刺さっていた――と思う。




