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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
終章 王国の盾はそれなりに
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四~それぞれの価値……竜の爵位を持つ者~

 話し始めたエイブリルの凛とした姿勢に、ノエリアは視線を合わせ、クローゼは背中から言葉を聞いていく。


「私的見解になりますので、その辺りも御容赦願います。先ず、内なる火種に対する方策であれば、手法はこの国と同じ暗黙の提示を。妥当なら、竜伯爵の名を使われるのが宜しいかと存じます……」


 クローゼがノエリアの聞く感じに、意識を向けたのにエイブリルは一旦言葉を区切った。


「……舞台には、今後、要所になると思われる『ランヘル』と周辺一帯の辺境区。名目は、ランヘル自治領区、自治領主竜伯爵(カーンド・ヴルム)で宜しいかと」


 そう、エイブリルは続けてノエリアに言葉を向け、彼女の頷きと見解の続きの促しを受けていた。


「そこで、『裏切り者とされる者』や『自責の念を持つ者』の受け入先を作ります。主体なきで、蔑みや怒りを向ける側から見れば、ある種の隔離や切り捨ての様子ですが……」


 エイブリルは続けた言葉の途中で、ラルフとレェグルに視線を誘い、それで、更にノエリアの頷きを引き出していく。


「……明確に手を貸した民の多くは、商いを生業にする者達。今後の情勢を見れば、ランヘルが要所であるのは明白。如何に、辺境で魔族に蹂躙された経緯があっても『取引』を受け入れた者達であれば、そこが『隔離や切り捨ての場』で無いのを理解するのは、容易かと存じます」


 エイブリルはそれに、「当然、協力者の特定と便乗した者の区別も致せます」と続け、ノエリアから「なるほど」の声も引き出していた。


「竜伯爵閣下が、パルデギアード帝国に献身的に協力した事実は、往々にして周知されていると存じます。また、閣下自らも魔族の将を討ち、帝都アリエテルを保つのにも貢献されました。それゆえ――」


「ちょっと待て……エイブリル。何でそんなに詳しい?」


 ノエリアも頷きを続けるエイブリルの言葉に、クローゼは、大きめな声で遮りを入れる。向けられたエイブリルが固まるのが、その場に見えていた。


 クローゼ漏れる覇気な雰囲気に、セレスタもレニエも声を探していたが、先に、ニコラスが後ろから声を向けた。


「御領主、申し訳ありません。お伝えしておりませんでしたが、副官殿らの報告書を全て渡しております。勿論、転写したものですが、副官の件を打診したところ、彼女から申し出がありましたので……勝手な事を致しました。その点は御容赦願います」


 深々と頭を下げるニコラスの様子に、クローゼはエイブリルとニコラスを視界に入れる様に立ち上がっていた。


 ――報告書とはクローゼの行動についての物になり、ニコラス自身や領主代行のキーナに、レニエやセレスタもそれぞれが任された分野での判断材料にしていた。当然、アリッサとユーリが主体で行っていたものである――


「ああ、まあ、ニコラスがそう言う事なら良いが。さっき任命したばかりなのに、見ていた様に話すから、気持ち悪かっただけだ。……すまない」


 エイブリルの潤んだ感じとセレスタとレニエの「落ち着いて」の雰囲気に、クローゼもそう言葉を出していく。

 そして、クローゼの立ち姿に、ノエリアも謝罪を向けていた。


「クローゼ殿。私も些か、話しに聞き入ってしまった、許して欲しい。その上で、一応に彼女の意見を結論まで聞きたい。宜しいか?」


「いえ、ノエリア様には何も。こちらも、突然申し訳ありません。……エイブリルもすまない。続けてくれるか?」


 ノエリアの言葉を挟んで、クローゼも幾分状況を思い出したのか、エイブリルに改めてそう促していく。それに、堰が切れる寸前のエイブリルが、唇を合わせて頭を下げていた。


 そして、彼女は気丈な雰囲気に自身を戻し、「申し訳ありません」と声を出し、「皇女殿下と竜伯爵閣下が宜しければ、続けさせて頂きます」と小さく告げていた。


 彼らの了承の上に続いた、エイブリルの意見をまとめると、おおよその展望が見えてくる。


 形式的には、帝国がクローゼに酬いる為に、ランヘル一帯を彼の特別な爵位である「竜伯爵」に与え、自治領とし帝国から切り離す。

 その上で、民が居なくなった領地に、名目上、自治領主竜伯爵(カーンド・ヴルム)の名で、恐らく女帝となるノエリアに請願する形で、彼らを受け入れると言うものだった。


 ただ、実質的な権限は、ノエリアの信任厚い者を代官として治める方向により、本質的扱いとしては皇帝の直轄地となる。

 あざとい部分では、自治領主竜伯爵はクローゼ本人で無いとしても、列国は勿論、大方の事情を知るパルデギアードの諸侯も「彼である」と認識する事にある。


「既に、竜伯爵閣下は複数の主君を仰ぐ御方です。それゆえこの手法でも、何ら違和感無く事は進むのではと存じます。ただ、現状のランヘル近郊は死臭漂う不毛の地なれば、相当のご尽力が必要な上、列国の了承も必要になり、机上の空論と言われれば否定する術は御座いません」


 自身の意見をまとめたエイブリルが、会釈するのをノエリアは見上げていた。


 奇抜な意見ではあるが、ノエリア自身も、今後のエルフやドワーフとの交易やイグラルードとの関係を考え、帝都アリエテルとの道筋からランヘルは重要であると思っていた。


 そして、戦いの後がそまま残るランヘルを復興するのに、彼女の意見には幾つかの利点があるとも感じていたのである。


 ――暗黙であれば、民意や諸侯の意向を御しやすいのは事実である。クローゼが声を上げなければ、全てノエリアの思いのまま、都合の良い道筋を描けると言えた――


 その雰囲気で、ノエリアはエイブリルに頷きを見せる。


「貴女の意見は、取るべき点があった。それゆえ有意義な話を聞けたと思っている。……クローゼ殿。このまま行けば、何れ私が帝位につかねばならないと思う。その刻は卿とは、また話をしたい。良いだろうか?」


「それは勿論構いません。……それでエイブリル、要するに俺は名前を貸せば良いんだろ? ……そう言う事ですよねノエリア様?」


 恐らく、興味の薄い話しにクローゼは、耳にし理解した部分だけを彼女達に向けていた。更に「それでしたら、私が陛下に言っておきます」と他人事の雰囲気で周囲に話し、周りも苦笑いの様子になる。


 当然、自重を促す声がして、一抹の不安を抱くノエリアの表情が見えている。

 ただ、クローゼは、そんな様子も気にする事無く、自身の自責が解消できた事で表情は明るかった。

 また、話の内容よりも特種な話を知った事に嬉々とする子供の様なクローゼの雰囲気が、その場には流れていた……




 ……クローゼはノエリアを送り出した後、そのままの雰囲気で列国の王らとの会食のテーブルについていた。獄の入りを過ぎ、夕食の頃合いになる。


 一応に感謝を述べて、見たままに得意気なクローゼがノエリアの件を持ち出し、二人の龍の巫女と同じテーブルに着くセレスタとレニエが不安な視線を送っていた。


 結局、エイブリルを巻き込んで、屋敷での話が繰り返される。その場景ごと視界に入れるアーヴェントが、呆れ顔のままをクローゼに返していく。


「……『と言う訳です』と言われても、ノエリア皇女はその話を我々にしてくれと言ったのか」

「ああ、いえ、そんな事は……」


「そんな自信満々の顔をしているが、大方をその者が話していただろう。余からは滑稽に見えるぞ」

「皇帝陛下それは……」


「彼女も困っているのでは、竜伯爵は副官に容赦が無いのだな」

「ノーズンリージュ公まで……」


 クローゼの得意気な様子に、円卓を囲む自身の主君らにオーウェンまで、次々に言葉を投げ掛けていた。


「確かに、あの皇女がそんな事を頼むとは思わぬな。予の戦士らも絶賛していたが、あの女人は女傑の異名に相応しい雰囲気だった。先程言を交わしてなおのことそう思う」


 ルーカスの挟んだ言葉に、何人かの頷きが続いていた。

 それに、クローゼの向かいに座るニナ=マーリットが、後に控えるミラナに「女人は女傑?」の雰囲気を見せている。


 隣に座るアルフ=ガンドがその様子に、軽く笑みを浮かべて、ニナ=マーリットに身体を寄せて耳打ちをしていた。それで、ルーカスの控えめな笑いが続いていく。


 そんな場に出される言葉と雰囲気で、クローゼは、ばつの悪そうな顔をしている。それを見て、アーヴェントは円卓に視線走らせていた。


「クローゼ、この話はここだけにしておくのだな。正式に話があれば、お前の事とこれからのを踏まえて、同意せぬでも無い。ただ、お前が公言するのはノエリア皇女に取って利にならぬ」


「……そう言うものですか。なら、陛下の御意のままに黙っておきます。ところで、これからとか今後と言うのは、どういった事ですか?」


「お前は暫く草むらと戯れておれば良い。カレンから様子も聞いたが、流石に獄神を退けるとは些か驚きだ。そこまで行けば、もうやり尽くしただろう」


 驚きだと言葉に出したアーヴェントも、表情自体はいたって平然だった。それに「ガーナル平原ですよね」と緩い感じのクローゼが続く。

 当然の感じに彼を見るアーヴェントも、獄神が具現する特種な状況を打開した力は知っていた。


 ――恐らく魔王を凌駕する程である……を――


 ただ、クローゼ自体は、セレスタのお陰で依然として『クロセのクローゼ』であり、まだ彼であった。


 その為か、彼が上位と認めた者には、本人の自覚があるかは別に、以前のままの接し方になる。

 特に、この場に『自称、フローラの姉』の立ち位置を加えた、女王ニナ=マーリットがいる事で、尚更砕けた感じになっていた。


 また、公私の区別が曖昧な場で、王らに囲まれた彼女の緊張を避ける為、警護は最低限にされている。

 ミラナ・クライフが当たり前に帯剣して、彼女の後に立ち位置をとるのも王らは了承していた。


 そして、一件華やかな、龍の巫女があるテーブルには、会食に同席する名目で配慮された名だたる女性が顔を揃えていた。

 勿論、レニエをのぞけば帯剣であり、警戒の対象に、砕けた感じの男の「不本意な暴走」が含まれていた……というよりは大半がそれになる。


 その彼は、濁していた謝意に明確を出せた事で、ノエリアに対する後ろめたさを払拭出来て上機嫌だった。

 その様子にアーヴェントがライムントと顔を見合せ、真剣な面持ちになる。


「クローゼ。幾つか話しておきたい事がある」

「草むらの件ですか?」


「お前の事もだが、先ずは違う話だ。魔王討伐にこの地の国々が手を携えたのだ。事を成し得た今ならば、そのまま、平和への道を進むのが正道であると言が一致してな。それ故、盟約を結び共に繁栄築く事になったのだ」


 アーヴェントの言葉に、クローゼも真面目な顔になり「盟約ですか?」と声にして、王たるの頷きをむけられていた。


「正式な同盟関係だ、六国で対等にな。今後は平和な世になる」


 六国とは、部族単位のラーガラルがイグラルード王国の約定となり、また、南方の国々との関係で城塞都市国家同盟はイースティア王国との盟約となるのを除いて今回参加した国の事になる。


 それを踏まえて、アーヴェントは同じ立場での盟約であると言っていた。その言葉に、クローゼは円卓の顔ぶれに視線を流していく。


 隣に座るルーカスの武人然とした姿から、洗練されたアルフ=ガンドに移り、オーウェンと笑顔をかわすニナ=マーリットを通り、初見で王たると認めたアーヴェントに続く。

 そして最後に、あの戦場である意味勝てないと認識した、皇帝(カイザー)ライムントに至った。


 そのまま一息の後、クローゼは無自覚のまま漏れる感じの声をだす。その視線は明確に、ライムントに向けられている。


「……宜しいのですか?」


 出した言葉には、『覇道は良いのか』……そんな雰囲気も見えた。それに、覇気がそのままな容姿のライムントは気が付いた。

 そして、クローゼの僅かに不満気と取れる表情に、彼は怪訝を見せて一瞬で納得に至る。


「何か言いたげだな。まあ、言いたい事は分かるが、余も戦いだけを好む訳ではない。確かに、北にも東にも続く国々がある。しかし、お前の様な男を背にしたまま外征などせぬ。こう見えても、余は小心なのだ」


 アーヴェントが言った「平和な世」とはそう言った意味合いもあった。ただ、答えを出したライムントの表情は小心とは無縁に見える。


 ――先帝からの承継で、北方は然程でも無いが東方の国々とは、ゴルダルードも良好な関係であるとは言えなかった。

 クローゼも帝国貴族である。皇帝の言動やフローリッヒの家門から、また、商会を通じて事情の凡そは理解していた。

 その上で、アーヴェントが盟友と明言するのイグラルードとの関係は利点であり、魔王討伐には、最精鋭であるが引き連れてきた軍は多くは無かったのである――


 衰えぬ覇気から、自身の名が出たクローゼは、ライムントに答え様として言葉を探していた。

 そこに、ルーカスの呆れた顔が向けられてくる。


「クローゼ・ベルク、その顔はそれ故なるのか。だが、自身がその人となりを予に説いたと思うぞ」


恵風の精霊(シルク)も、偏見なく謹厳実直であると言っていた筈……」


 続いて、アルフ=ガンドがレニエの言葉を暗に示唆していた。そう続く二人の言葉に、クローゼは益々沈黙の表情になる。クローゼも、発想が力の論理に動いた事を自覚した。


 そして、重なる言葉の雰囲気が、彼女達のテーブルに緊張感を起こさせていく。

 当然、砕けた感じが無くなったからだ。


 そこに、アーヴェントが当たり前を向けてきた。


「我が王国も、南方には関係が往々の国々がある。ヴァリントの軍港から対岸は見えぬが、お前もヴァンダリアなら知っているだろう。まあ、何れにしても、ライムント殿が言われた様に、お前の存在があるが故にこの盟約は成せたのだがな」


 アーヴェントも、雰囲気が唐突に変わるのが見えていた。そして、僅かな懸念を踏み越えて、足る力量を示し、クローゼの表情を引き入れる。


「……私ですか?」


「そう、それがお前の価値の一つだ。……『楯魔王』だったか? その異名を持つ特異なお前のな」


 獄神を退け、魔王を倒した討伐の結果を……この先の価値をアーヴェントはクローゼに示していた。


兎に角、投稿です……。

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