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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
終章 王国の盾はそれなりに
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参~それぞれの価値……帝国の皇女~

 応接室な体裁の部屋で、クローゼはノエリアとローテーブルを挟んで長椅子(ソファー)に腰をおろしていた。

 部屋には、彼女が伴った来たラルフとレェグルの顔もあり、セレスタとレニエも同室していた。


 ただ、クローゼの後ろに、新任の副官が気配を消して立っているのを除いては、ノエリアとは対面で二人の空間になる……


 ――クローゼの前に座るのは、言うまでも無くパルデギアード帝国の皇女で皇位継承権を持つ女性。「女傑」の呼び名を持つ、ノエリア・パルデギアード・デ・テルセーラである。異名は見た目では無く、彼女の能力によりそう呼ばれていた――


 ……彼らの簡単な儀礼の後、会話を切り出したのはクローゼだった。


「会食には出られないのですか?」


「そのつもりで、卿の主君には挨拶を済ませて来た。主だった街は掌握したと言っても、依然として全てを排した訳ではない……その上で、引き続きの助勢と勇者殿の助力に、ラーガラルの一軍までの取りなしは、感謝しかない」


 偽りの無い感謝が言葉のままに出て、ノエリアは頭を下げる。


「お止めください。単に思慮足らずで『今後の帝国との関係と行く末を考えよ』と陛下に言われて、彼らならいいかと聞いたまでです。それに、魔族相手なら、イグシードにはライラもついてますし、イーシュットも弟弟子なので存分に」


 思いのまま「全軍で」の勢いを窘められたと、経緯を言葉にするクローゼに、ノエリアの口元は微笑みに繋がる仕草をする。


「卿は相変わらずなのだな」

「変わらずですか? 一応、まだ私です」


 雰囲気が緩いクローゼに、ノエリアはそのまま笑顔を見せる。彼女は、預ける背に自身の重さが掛かるのを感じていた。

 クローゼは、その表情に続けて声を出していく。


「心持ち落ち着かれた様ですね。多忙かとも思いますが、転位型魔動堡塁(あれ)なら帰るのは直ぐなので、急がれる必要は無いかと」


「それも、感謝している。しかし、問題が山積みで刻は惜しい。だだ、あれに関して提供までとは、些か……ではないかとも思う」

「現状、軍用の物はお貸ししているという事で願います。本格的にお渡し出来るのは、汎用型の生産が軌道に乗ってからですから」


 転位型魔動堡塁(フォートレス)の生産の主力は、今後非武装に移って行く事になっていた。距離と時間を越えるもので、軍用でなくとも有用である。

 それを理解するアーヴェントは、惜し気もなく開放する事にしていた。


「ただ、私も、この手の物には疎くはない。それに、帝国の水準も低くはない。と思っている」


「ああ、流出のご懸念ですか。……まあ、それは『やれるものならやってみれば良い』と導師が言っていたので、ご自由にですね。それに、見たままの本体よりも、竜硬弾なり目印(マーカー)の再現は不可能だと、イグラルード最高峰の魔導師達も一致した見解ですので」


 ノエリアからの懸念に、興味がある分野なのか、彼の話す表情は自信を見せている。ノエリアはそれをそのまま受け取っていた。


「要らぬ詮索だったな。許してほしい」

「申し訳けありません、こちらも余計な言でした。問題はありませんのでお気に為さらぬ様に」


 一瞬、気まずい雰囲気が出たが、ノエリアの座り直す仕草を挟んで何事も無かった様に見える。


「それもそうなのだが、今日、卿を訪ねたのは助言を願おうと思っての事だ。良いだろうか?」


「ノエリア様、その前に少し宜しいですか? この様にゆっくり話す機会が無かったので、出来ればお話しておきたい事があるのです」


 自身を遮るクローゼの言葉に、彼女に僅かな怪訝が出た。しかし、ノエリアはあからさまな態度は取らず「ならば、聞こうか」と了承の頷きをした。


 そして、クローゼは意を決した様子を見せる。


「感謝します。先ず伝えたい事実から。……私の都合で城塞都市同盟を煽り、今度の帝国軍の出兵を促しました。それともう一つ。こちらも私が主導で、魔族に兵站確保の理由付けで『取引』と言う選択肢を民に押し付けさせました。勿論、降伏出来る事で、延命を得る為……今となっては詭弁ですが……」


 クローゼは、言葉を切って目の前の表情を伺っていた。ただ、ノエリアは聞く姿勢のままだったのに、安堵では無いが「その先の思い」を出していく。


「その為、帝国軍はあの惨劇。そして、国土の半分が魔族の手に落ちたのは、魔王打倒の過程であっても事実です。その間、私は両方の側に立っていました。その事も含めて、謝罪したいと思っていたのです」


 対面する二人の空気感が、冷ややかなるのが、同室していた者達には感じられていた。

 それが、確かであるか分から無い内に、雰囲気を裂く、ノエリアのゆっくりと言葉が出てくる。


「それを私が聞いて、なんと答えれば良い?」

「いえ、それは、そのまま叱責して頂ければ……」


 眼前の厳しい表情に、クローゼも若干の様子だった。しかし、ノエリア表情は僅かで穏やかになる。


「すまない、言が過ぎた様だな。真剣な面持ちには、こちらも相応に答えるのが、当然なのだろう」


 思い直した様に、ノエリアは唇を合わせて瞬きをする。仕草としては、改めるの気持ちだろう。


「クローゼ・ベルグ殿。私が卿から受けたものは、感謝こそすれ、叱責に値するものなど無い。卿の言で、帝国の軍が動いたなら、卿が皇帝と言う事になるな」


「いいえ、慢心が過ぎるのも自覚しています」


「自覚か……ただ、魔王討伐の軍は然るべきで、勿論、こちらも慢心では無く、負けるとは思いもしなかった。私は辺境に向けられたが、当然、本軍の準備にも、万全は尽くした。……それに『倒す』と言ってくれた……」


「ノエリア様?」


 ノエリアの指先は首に掛かる(チェーン)に触れ、僅かに上を見る視線の先には、約束の彼、七つの剣士シエテ・エスグリミスタレグロ・ロイバル・イグレスシオが見えている様だった。


「大丈夫だ、何でもない。……話を続けよう……それ故だ、我らが破れたのを卿が気にする必要は無い。敢えて責を問うなら、我ら帝室の者が負うべきだ。未だに、私より上は見つからぬまま。……ならば、卿では無く責は私にある」


「そんな事はありません。現状を……」


「『現状を』と言うなら、あの刻の最悪から、私が想定しうる最良だ。それは、卿の献身的な助力が、列国の助勢を呼んだ故。卿の相反の葛藤での英断か、何れかなのだろうな。それに『取引』の件は、既に承知だ。卿の副官の面持ちが些かだったゆえ、聞かなかった事にしたが、以後の判断には役立った。……レニエ殿にも感謝する」


 ゆっくりと明確に話す彼女の視線が、レニエに落ちて、クローゼは頷きを返していた。それは、自身の事でなく現状の結果にだった。


 ――帝都アルエテルを守り、帝国領の西側を確保出来た事がパルデギアードを列国に留めた。ノエリアは「帝国の存在の消失」までの最悪を想定していた。

 勿論、魔王が残した爪痕は深く、帝国や民衆に刻まれてはいたが、現状は最悪の上の最良の結果になったと彼女は思っていた――


「勿論、酷い事には変わらない。『取引』の事に触れるなら、平穏が戻れば新たな火種になる。それゆえに、列国をまとめ、魔王を倒した卿に助言頼みたい。些か、この国とは事情が違う故、難しいのだ。単純に、強制と強要。それに、抵抗と逃亡や自暴自棄が民に降りかかった。それ故、内服する『謗りや怒りに侮蔑』と『自責と自己嫌悪』が多くにある。それを払拭する為の意見を卿に聞きたい」


「私ですか?」


「そう、卿だ。列国の王らと今後を話した折りに『難民』の件を知った。そこでの事の次第は、卿の主君らから何れある思う。ただ、その折りに上奏の内も見て、あれを具申出来る卿なら、帝国に対する結末までを(えが)いているのでは無いかと思ったのだ。……自責の念が有るなら尚更ではないか?」


 ノエリアに若干の高揚が見えていた。当たり前に彼女にも思案はある。しかし、それが最善であるかなど分かる筈はなかった。

 その上で、同様の情勢だったイースティア王国となったこの国で、その雰囲気を払拭した男が目の前にいるのである。


 ――当然状況は違う。恭順から始まったステファンの行動をクローゼが去就し、アリッサの存在と言う特種な状況がこの国の現状をなしている。

 ただ、決定的に違うのは、この国で魔族に蹂躙された街や村は、その多くが魔族のみの所行による……事だった――



「申し訳けありません。上書を書いたのは別の者なので、恐らく私では……。宜しければその者を呼びますので、暫くお待ち頂きたい。宜しいですか?」


 問い掛けに問い掛けで返す形。クローゼは、ノエリアの高揚に躊躇(ちょうちょ)なくそう答えた。目の前の女性が自ら仰ぐ者達と同列の認識で、上部では駄目だと思ったからになる。


 そして、ノエリアはクローゼの答えに驚きを見せ、なし崩しで「ならば、頼む」と返していく。

 それが、クローゼの「ニコラスを呼んでくれ」に続き、新任の副官の初仕事になった。


 相応の場景が流れ、ニコラスは恭しく儀礼の上、ノエリアの視界に立つことになる。

 クローゼの表情で、事情を把握したノエリアは一応に説明と感嘆をニコラスに向けて見解を求めていた。


 そして、ニコラスはクローゼの頷きに困った顔をみせる。そして、僅かな思案の後、やや重い口調がそこから出て来ることになる。


「一応には(わたくし)が作りました。ですが、皇女殿下が仰る『秀逸』な部分は別の者になります。……(わたくし)もそう思いましたので、そちらを出したのです。ですので、職責以上の言は(わたくし)には難しいかと」


 ニコラスの言葉に、クローゼもノエリアも表情を揺らしていく。テーブルの端に立つニコラスにはその顔が見えていた。


 ――政治的な判断が必要なノエリアの要望には、ニコラスは答える事が出来ないと言っていた――


「申し訳御座いません」

「いや、ニコラス。どういう事だ?」

「……ユーリ・ベーリット殿か?」


 見上げる感じに、二人の問い掛けが続いていた。

 特定を向けたノエリアは、「いいえ、違います」の声を聞く。それで、何度目かのこの状況に微かに表情を曇らせ、ニコラスの視線に気が付いてその先を確認する。


「彼女か?」

「彼女?」


 ノエリアの確認はニコラスに向けたもの。ただ、クローゼもニコラスの向く先に身体を返し振り返る。

 そこには、先程勢いで任命したエイブリルがいるだけだった。


 二人の視線が彼女に向いている。彼らの表情には怪訝もあった。しかし、横から場の雰囲気を払拭する声がする。


「左様で御座います」


 肯定するニコラスの声に認識の共有が起こり、エイブリルが会釈するのに合わせて、場は二人の対面に戻っていく。

 ノエリアは当然、クローゼもほぼ初見である彼女の話題に、暫く空気だけが存在を主張していた。


「クローゼ殿。……それで、私は彼女に意見を求めて良いのか?」

「ええ、ああ……」


 いきなりでは無いが、クローゼはノエリアの声に微妙な雰囲気を見せた。それに、ノエリアは僅かな思考をのせる。


 ノエリアは自身の視界には入っていた、エイブリルの立ち姿が然り気無かった為、明確に意識に入れたのはこの時からだった。

 そして、状況を整理したノエリアが察するに至る。


「彼女は、卿の新しい副官なのだな。私も事情は凡そだが、彼から正式に変わった。で良いのか?」


「そうですね。先程その様にしたばかりです。……ああ、エイブリル。皇女殿下がご所望だ、意見を聞かせてくれ」


 クローゼは、頭だけをそれらしく横に向けて副官の彼女に促しを向けた。エイブリルはクローゼに儀礼的な了承を向け、「僭越ながら」と前置きをしてから、彼女自身の見解を話し始めた……。



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