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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
終章 王国の盾はそれなりに
175/204

弐~それぞれの価値……行政統括官~

 クローゼらに割り当てられた宿舎となる屋敷で、彼と主だった者達が集まっていた。

 その中で、ジルクドヴルムの行政統括官のニコラス・カーライル準男爵が、机の上で音を出し書類の束を整えている。


 彼の立場を言えば、封建的領主たるクローゼの意思と権力を潤滑に執行する為、実務をおこなう文官らを統括する者になる。

 その為、彼の職責を問えるのは、クローゼと領主代行のみになり、実質的な文官の最高位だった。


「ご要望は多少無理がありましたが、形式上は問題無いように致しました。ただ、こういったものは、事前にお話を頂きたい」


「怒っているのか?」

「……まあ、貴方がそう感じるならそうなのかも知れません」


 クローゼが勘繰りを入れる彼が「怒っているか?」と言えばそうでは無く、ただ、半ば「驚き」に似た感情なのだろう。それを彼は、淡々とした雰囲気で隠していた。


 彼の雰囲気を作った、クローゼの要望を単純に言えば、ユーベンの南で、クローゼの作り捨てた盾を城壁に天幕を並べる人魔達の処遇になる。


 勿論、クローゼは「難民として」受け入れるつもりで、アーヴェントとライムントに願い出ていた。


 ――それは、自身の領地であるガーナル平原にある湖の北側。『北側ルート』の一番広い中程の場所に、人魔達の街を築いて両側を城塞で蓋をする。

 一応に「脅威」に対して、そう、案を提示してだった。

 また、具体案をクローゼに答えたのはキーナである。それを含めて他の案をまとめ、ニコラスが正式な上書をクローゼの名で書いたのだった――


「なら、怒っているんだな。でも、仕方ないだろ?最後までどうなるか分からなかったんだから」


「仰る通りです。ただ、言わせて頂けるなら、御要望の話とガーナル平原の件は別の事です。確かに、人の手が不足で必要だと具申致しました。ですが、それと今回の事を併せて『それにも丁度良い』とは余りにも。……まあ、宜しいですが」


 ニコラスの無表情に、話し合いのテーブルに同席する、ヴィニーとロレッタもため息混じりである。


 ――人魔らの扱いを旧王国の難民で、受け入れ先にクローゼが名乗りをあげたと言う……こじつけに、無理矢理感がにじみ出ていた。無論、『根絶やし』に至らなかった対価としての恩情の上である。


 当然、結果には恩情のみでは無く、その他の要件が考慮されていたのは言うまでもない――


「えっと、ですね。繋がりがある者を含めて数の掌握がまだなのですが、それらは魔解から引き上げが済み次第まとめての移動になります」

「一応、行ける所から、転位型魔動堡塁(フォートレス)でいってるっす……です」


 ロレッタもヴィニーも、無表情のままなニコラスに間がもたないのか声を出していた。


「御領主。これで宜しいですか? 私も色々と忙しいので、戻らせて頂きたいのですが」


 ニコラスの雰囲気に、クローゼは少し対面の距離を取った。彼にしてみれば、怒っている様に見えるのには金銭的問題があるの認識だった。


「ニコラス、何か問題があるのか?」


「問題? いえ特には。強いて言えば、ガーナルに建設中の街の名前を早めに決めて頂きたい。後は、拡張と新たに街を作るのであれば、城壁と建物の壁はまた御領主にお願いしたい所です。勿論、城塞の部分もですが」


 クローゼの所領である、ガーナル平原の開発をニコラスは具申して、「おう」の反応を受け拠点となる街を作っていた。

 当然、実務は全て彼の統括による。逐次の報告は、ユーリを通し「任せた」の言葉を受けて進んでいた。


――勿論、報告を聞く前に発した言葉ではある――


 壁の話が出て、クローゼは「任せろ」と呟いて、確信に触れる。……恐らく、人智と魔解で最強の部類の男だった。


「足りているのか?」

「足りているか……ですか?」

「そうだ。今回の件でだいぶ使っただろう」


「今回の? ……ああ、投じた資金と物資の件で御懸念なら、書面での報告の通りです。些か、御容赦の無い選択肢でしたが当面は問題ありません。……容認して頂いていたと思っておりましたが」


 目的以外に然して拘りのない彼は、当然人任せである。更に、ユーリを手放した前後の話だった。

 その為、報告書などに目を通している筈もない。しかし、まさか「知らない」とは言えないクローゼは、解った様な顔をする。


「そうだな」


「それでは、比較的肥沃なヨルグ領には、早めにレニエ様とエルフの方々の御力添えをお願いしたい所です。そちらは、管轄外ですので……」


 既に、クローゼは何の事だ? の雰囲気があった。それにニコラスは怪訝な顔を一瞬見せてから、表情を作り直し淡々となる。


「……農作物の生産の話です。あれらを受け入れるなら、尚更、早急に食糧事情の改善が必要かと。……まあ、『任せた』との事ですので、私の方で手筈をさせて頂きます。後、フローリッヒ殿とは直接話をする事に致しますので、一応この場でご了承下さい」


「ヘルミーネと?」

「……いいえ、御父上の方に」


 アレックスとジーアの生暖かい目で見守る雰囲気が、テーブルに刺さっていた。


 レイナードが「違うだろ」と呟いて、クアナの「なになに?」が続き、ジーアとアレックスの「何でも無いから」「だよね」の仕草を引き出していた。


 セレスタとレニエも流石に……な雰囲気になる。


 周囲の雰囲気とは別に、ニコラスはクローゼの言葉に難しい顔になった。そして、流石に……な彼女達に視線を合わせていく。


「お二方。一応に報告書の委細はこの場でお話しておいた方が宜しいですか? 何れにしても、早急に副官の選任はお願いしたいところです。人選には、適任と思われる者を私も推挙致しますので」


 ニコラスの言葉に顔を見合わせる二人。互いに頷きを挟んで、セレスタが声をだした。


「詳しい事は後で私達から話ておきます。御二方に御力添えを頂いて、知らないでは失礼になりますから。副官の件は……」


 セレスタがレニエに視線を送ったのに、レニエの相づちが出ていた。


「選任ついては頼れる方があの様な事に……。それでもこの件は、補佐官の中で何れかと考えておりました。ですが、皆も兼務ですので、今後の事を考えると些か難しいのです。何れにしても、ニコラス様のご推薦なら一度お話をとも思います」


 人選ならモリスである。彼女達だけでなくヴァンダリアでは、亡き彼の人選は適材適所であった。

 セレスタの言葉の詰まりはそれ故になる。その事は、クローゼも何と無く理解した様であった。


「取り敢えず、必要な事だけ言ってくれ。あと……副官は別にいらないだろ。魔王いないし」


 クローゼは自身の事で会話が続いて、声を出し姿勢を正している。

 目の前のニコラスは、やれやれの様子になり、頷きが二つ続いていた。


「では今回の上申の件で。明確な脅威に対する回答には、エルフとドワーフの王らの確約がありますのでその辺りはご配慮ください」


「 確約?」


「有事の際。この場合はご領主も含みますが、魔王降臨の際にはあの者達が脅威になります。ガーナル平原に隣接する三国の監視の必要性の上に、エルフとドワーフの『助力の確約』を踏まえた対処を具申致しました。その上での容認になるかと思います」


 クローゼは「俺もか」と呟いて、周囲に視線を送っていた。


「まあ、そうだな。……だけど、意見を言ったのは俺だから、上書って俺の名前だよな」


「左様で御座いますね。それ故、ご自身が『脅威』であると上申し、その対処を具申する事で納得する者もあると言う事です……」



 世襲君主制国家であるイグラルード王国において、王命や王の言葉は絶対的である。

 しかし、王国統治の規範となる基本的な原理原則に関して定めた約束事――王国法――が存在していた。


 ――王政に影響し、領主や領民等の国民の行動倫理や基本的概念を構成するもの……国の指針である。

 国王ですら無視出来ぬ(ことわり)であり、極端に言えば、暴君や奸臣の出現を抑止する『舵』と言えた――


 その為、行動倫理には形式的整合性は必須になる。


 ――ただ、根本規範との合致を判断し執行するのは王権側だった。

 その為、ある種の矛盾であるが、アーヴェント=ローベルグ・イグラルードが王たるに相応しく、王国法を正当に解釈し示す限り、絶対的な権力を有しているのは間違い無い。


 簡単に言えば、「逸脱した行動」には『王国法』を基準に、異を唱える事が出来る権利が誰にでもあった。

 相応の力が必要なのは言う迄も無いが、異を唱える相手が、王であろうが領主であってもである――


 そして、クローゼの「王との対面での言動」も当たり前に正式な形式にされている。

 あらかたは臨時副官代行だった彼が、手に余るものは統括官の彼が行っていた。


 また、ある種の出来レースに意見を述べるのは、あのヴィナール・ブロードベント子爵である。

 現状では、「納得させる者」の有力な一人が彼であり、クローゼの思い付きを通す為、ニコラスもユーリも結局は、彼と凌ぎを削っていた事になる。



 ……脅威の言葉に、クローゼも半ば納得の表情をする。彼の頷きがニコラスの言葉に続いていた。


「その上で、ご領主もご存知の通り、ガーナル領の鉱山開発と土地開発改良の促進による農作物の生産を行うのに併せて、風の旅団と鉄の国の氏族(クラン)の戦士団が領内に駐留致します。また、領内に入れれば当然『魔族』であっても領民。各国の監視とエルフとドワーフの確約で刻を作り、最終的には『融和』を目指して行く方策で――」


「――ニコラス、わかった任せる……」とクローゼの遮る声がした。それに、怪訝なニコラスが映っていく。


「任せると言われましても、御領主は、内示ではありますが、侯爵位……いえ、辺境伯でしたか? まあ、何れにしても、今後高度な権限を有する立場に――」

「辺境伯っすね」


 クローゼはいつも通りの思考に至った様であった。その「任せる」にニコラスが、クローゼの「立場の認識」を向けた時に、ヴィニーの大きめな呟きが彼の意識を過っていく。

 

「ヴィニー。名称の問題ではないのだよ」


 ニコラスは、ヴィニーに向け厳しい表情を見せる。その瞬間に静寂と「ひっ」の音が見えていた。

 若干悪くなる雰囲気に、堪らずのクローゼの顔が乗ってくる。


「まあ、その話もだが、大体、転写してくれた物には目を通しているし、ニコラスの事は信頼しているからな。だから任せる。壁を作るのは最優先にするからいつでも言ってくれて構わない」


「そう言った事では無く、領主代行の件もありますし、もう少し自覚を……まあ、その感じがご領主らしいと言えばそうなので良いですが……」


 嗜める雰囲気なニコラスは、一旦言葉を切ってセレスタとレニエを見る。


「お二方。やはり早急に副官の人選をした方が宜しいかと。もしであれば、私が推挙する者を控えさせておりますので、この場に呼びたいと思います。如何ですか?」


 ニコラスの言葉に答えが返ってくる前に、思い出した感じのヴィニーが唐突な様子を見せて、そのまま呟いていた。


「エイブリルっすよね、可愛いっすね。ちょっと惚れたっす……」


 瞬間的に場の空気感が変わる。堪らず、ロレッタはヴィニーから僅かに身体を離していく。


「えっと、ヴィニー ……漏れてるの?」


 隣に座るロレッタの呆れ顔と声が出た辺りで、ニコラスにクローゼ迄も驚いた顔をする。


「確かに、エイブリルには違いないのだが……」

「ヴィニー、お前。……俺もこんな感じなのか」

「えっとですね、クローゼ様は少し違います」


 三人の言葉と周囲の生暖かい視線を受けて、ヴィニーは「はっ」と我に返り慌てた感じになった。僅か続く言い訳とエイブリルの能力に対する称賛が、慌てる感じを演出し、周囲の笑い声を誘っていく。


 そして、セレスタとレニエ、二人の促しで、その雰囲気のままの部屋にニコラスは「エイブリル」を招き入れる……。


 クローゼが座るテーブルに、栗毛色の短髪に王国仕様の軍装で、スラッとした顔立ちのエイブリルは一礼し進み出ていた。そして、ニコラスの表情で、彼女は自身を告げていく。


「エイブリル・ドリューウェットと申します」


 見たままで言えば、美少年とも取れる姿のエイブリルに、クローゼはヴィニーの言動から疑問を向けていた。


「女性なのか?」


「……性別で言えば、竜伯爵閣下の仰る通りです。ただ、職責に性別は関係ないと存じます。それに、竜伯爵閣下は女性に対して偏見はないと聞いておりましたが」


「ああ、そんな物はない。……が、ニコラス?」


「身元は確かです。当然、宮中伯の手も通っております。後は、ノースフィール伯爵の口添えでもありますので……。能力は私が保証致しますし、一応、竜伯爵領の人員増の件では、名簿には名前は乗っていた筈です」


 ニコラスの答えに、クローゼは僅かに首を振る。マーベスの名が出て彼は別の事に意識がいった。

 それで、クローゼはレイナードを軽く見てから、エイブリルに問い掛けをする。


「君の……その家名には覚えがあるが」


「私の父は『次点の騎士』と嘲笑されておりました。それと、竜伯爵閣下とは些か面識があるかと存じます」


 ――ああ、やっぱりかそうか。サンディ・ドリューウェット騎士爵。エイブリルは、あのおっさんの娘なのか。でも、何でまた……思い返しが次の疑問を呼んでいた。


 更に、クローゼは問い掛けを向けようとして、レニエに肩を捕まれて囁きを向けられる。


「ノエリア様が御越しになっています。お会いしたいとの事です」

「ノエリア様が? ……そうか、分かった」


 クローゼはそう答えて立ち上がり、エイブリルの表情をみていた。そして、そのまま声を出した。


「ニコラスの人選でお墨付きがあるなら、考えるまでもないな。君の能力には期待する。取り敢えず、込み入った話になるかも知れないから、早速で悪いが今から頼む」


 クローゼは当然な顔をしてそう告げていた。それで、表情を揺らしたエイブリルの会釈を見て、彼は、当たり前に歩き出していた。



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