壱~それぞれの価値……臨時で代行~
柔らかな風が光景を祝福するかの様に、ユーベンへ芽吹く草木の薫りを運んでいる。魔の都だった痕跡が「破壊」として残るだけで、街全体を見れば歓喜と喝采が溢れていた。
魔王が払拭された雰囲気は、王宮の一新された玉座の間で行われた、ニナ=マーリット・フィーナ・イースティアの女王即位の儀。それに続く、戴冠式の余韻と新たな門出に、喜びと期待で満たされた国民の感情故になる。
感情に影響した、中央と西域の龍翼神聖霊教会の『二人の龍の巫女』からの祝福と新たな王冠の戴冠は、特別な雰囲気を魅せる事になった。
しかし、特別なのは雰囲気だけではない。
魔王が国王となった事例を払拭する名目で、国名を古の名で極神の『正義を司る純潔の・』を冠するに戻し、更なる神の加護を望み、再生と再建の道に進むになった事もである。
また、特別な空気感の即位から、戴冠の流れには、そうそうたる列席者が名を列ねていた。
大国とは言えないこの国の式典に、「公明にして至善なる然」なエルフの王や「小さき者の守護者」のドワーフの王ら、亜人の姿があり、その上、中央周辺国家の統治者や指導者があらかた顔を揃える状況が、より一層の高揚をこの国にもたらしていた。
そんな中、新女王ニナ=マーリットが、極度の緊張を耐え抜き「解放されるや否や」ミラナを振り切る勢いで、クローゼ達もの元を訪れ、感謝と笑顔を向けていく。
それをクローゼらは、「謹んで近しく」彼女の満足と刻を受ける事になっていた。
そして、今現在は王宮の中をセレスタとレニエを連れて、一時の休息の為に、宿舎となると屋敷へ向かう途中になる。
その道中で、クローゼは勤勉に動く見知った男に気が付く。
セレスタとレニエも良く知る彼は、エストニアの解放……いや、イースティア王国に至る過程で、ある意味、最も勤勉で最も「自身の弱さ」を知る者だった。
クローゼは、見つけた思いのまま、当然で唐突な、「おい!」とらしい声を投げつける。
それには、流石に周囲の視線が集まり、同行の二人も『声が大きいのだから』の雰囲気になる。
ただ、受け手の彼は反応が早かった。
「あっ、これは、閣下。……申し訳けありません。少しお待ちください。指示だけしますので」
クローゼの「ああ」と彼女達の会釈を見たユーリは、手短に指示を済ませ、改めて彼らに向き直した。当然に、クローゼは満足気な表情である。
「ユーリ、久しぶりだな」
「有り難うございます、閣下。ご無沙汰しております……と言う程ではありませんが」
「そうだな。取り敢えず調子はどうだ?」
「忙しいです。目が回りそうですが、充実感はあります。……閣下の方はいかがですか?」
随行者の顔ぶれから、ユーリはそんな言葉を返していた。
「それなりに、か。まあ、お前が……ユーリがいないと困る事は困る。ただ、約束だから仕方ないな」
「ええ……アリッサさんはやっぱり……」
「流石に、色々あるから。まあ、ロレッタを呼んであるし何とかだ。ヘルミーネは皇帝陛下の元に戻って、今はレイナードが護衛だしな、どうだ? 中々気が利くだろ」
「はぁ……」
ユーリは後ろの二人の困った顔と、護衛のレイナードが見えないのに、同様の声を漏らしていた。
「駄目か? 」
「いえ、そう言う訳では……」
「そうか……まあ、でも、呼んだのは別の事で、俺のはついでだから別に良いんだが……。ところで、忙しいなら何人か補佐官預けるぞ」
いつもの変わり身に、暫く離れた事でユーリも多少の困惑を見せる。
「それは確かに助かります……ですが『色々と』なので、一応、上の者と話をして検討します。それよりも、本当に国名変えてしまわれましたね……」
「それは、熱弁したさ。『あらかた屁理屈だが、言には一理ある』と言われたから、そのまま、両陛下にねじ込んで話の席に着いて貰った」
雰囲気は、その場面の様子を出して、どうだ! の感じである……
――事の主たる、女王ニナ=マーリットは、自身に希望をもたらしたクローゼを既に『兄』の認識であり、彼の言葉には疑問は持たなかった。
また、政治的な部分でも、彼女の側近や国政に携われる者はクローゼの話しに、援助を含めた『現実的な部分で』異論を明確には出せない。
無論、国民感情は考慮すべきだが、『根絶やし』の部分から『現実的な恐怖のみ』で現状に至れたのが、彼の手によるであったのを分かっていた――
……しかし、その「どうだ!」に、ユーリは眉を動かしていた。
「閣下。思い切り『どや顔』ですが。……まあ、そんな感じが閣下らしいのですね。ただ、流石に、これ以上は、目立たない方が良いかと思います」
「もっと言ってやって、式典中どころか話が具体的になってから、この話の度にこの感じ」
「父上にも『もう少し手綱を絞めろ』とお叱りを受けました。ですからユーリからも言って下さい」
ここぞ、とばかりの彼女達の追撃が見えてきた。
根回しも兼ねて、あらかた公言していたクローゼには、この件の立役者であると見られていた。
女王との関係も含めて、この国に影響力があるのを「良くも悪くも」示した事になる。
「そうなのか?」の雰囲気のクローゼも、グランザの事が場に挙がり表情を揺らしていた。ただ、それは、レニエの言葉に合わせたユーリもだった。
「そうですね……。それはですが、お父上のヴァンリーフ卿には助けて頂いて感謝しています。兎に角、人材が不足で『出来る者』を集めていたので。……ただ、余りにも出来る者があの方の伝手なのが問題で。同じ国の者なのに……。まあ、僕がその『筆頭』なんですけどね」
「文句言う奴がいたら俺に言えばいい。女王陛下に直接言ってやる」
ユーリのレニエ対する濁す感じに、クローゼは即答のを出した。それに、レニエが彼の肩に掛ける手が促す様に主張する。
「クローゼ、 それが駄目なのです。父上が暗に伝えたのは、その様な不穏を招かぬ為。ただ、クローゼが目立つとイグラルード王国の影が見えて、彼に不利益が。それゆえ……」
「まあ、僕の一族はさして爵位が高く無いので、本来ならこの立場にいられませんが、閣下のおかげで国事に力を尽くせるのは感謝してます」
レニエに向いたクローゼが「うっ」と声を漏らしたのに、ユーリは彼女を軽く促し言葉を変えた。その言葉には、クローゼは当然な顔をする。
「お前は優秀だし、今はこの国に必要だと思ったから、王女……違う、女王陛下に言ったんだ。俺が言った『王室特認行政統括輔佐』の肩書きが問題なのか?」
「『じゃあ、それにする』と言われては、問題も何も。まあ閣下の感性は……。ただ、必要にかられて書簡の人材に声を掛けると、大方が優秀……なので。彼らの働きと僕の権限を含めて、閣下の『ラーベン領伯』派だと見られるんですよ」
「俺か?」とユーリの言葉に、クローゼの何と無くが出ていた。
「そうですね。まだ、正式な叙爵はまだですが、臣下かどうか別しても、女王陛下の中では、既に、閣下には爵位を『あげた』事になってますから。それも問題ですけれど。なので、閣下が女王陛下へ諫言するのも、内政干渉に成らないので厄介だと」
「ラーベンは貰えると言われたし、爵位も『絶対だから』って言われたから、そうか……」
「女王陛下が御自身の言葉で明言です。それに、あの場では多数が聞いてましたから。ですので、これ以上は御自重下さい。理由は好意でも、受け取り方は様々ですので」
フリーダを降伏させ、魔王襲撃以降初めてニナ=マーリットが、ユーベンに戻った折りの話しになる。
形式以前に彼女にとって、クローゼは既に自国の貴族処か王族か?の勢いだった。その為、民を説得する際に彼女自身が、周りと街の主だった者達には、クローゼをそう明言していた。
――ラーべンは形式的に言えば、ステファン・ヴォルラーフェン子爵が魔王襲撃の首謀者として、国王オルゼクスに没収された領地になる――
「まあ、言われてみればだな」
「そうです。それに私個人でも女王陛下の御力に、この国の為に尽くしたいです。今はまだ、女王陛下には、『閣下の付き人だから』の認識なので……」
ユーリの言葉に、クローゼは笑顔を見せた。セレスタもレニエも、彼らしいの雰囲気を出していた。
「お前なら出来るさ、俺が保証する。何かあれば遠慮なく言え。まあ、派閥争いでもして負けたら、俺の所に来い。子爵までなら爵位もやれるし、草むらで良いなら領地もやれる」
「派閥争いなんてしませんよ。それに閣下には十分過ぎる程力添えを頂いてます。仮に、不要だと追い出されるなら、私が無能だったという事なので、そうならない様に努力します」
清々しいユーリの顔が場に流れていた。会話を見る彼女達だけでなく、クローゼも、お前らしいの様子になる。
そして、立ち話を延長させるクローゼの変わり身が起こる。
「ところで、ニコラスには話してたんだろ?」
「『言っておけ』と聞こえましたので」
「まあ、迅速な対応で順調に事が進んだから、結果的には良いが。驚くと思って言ったのに、別の感じで淡々とされたからな」
要するに、費やした資金援助の事になる。名前を変えれば、「無効で無し」な思い付きの屁理屈。ただ、それを盾に押し切ったのも事実だった。
「何れは御返しします。公的には失効扱いにして頂いてますが、流石にまとめて全部なのは駄目だと思います。それに、今までの様に主体性の無い国のままにしたく無いので、私が必ずこの国を――」
「ユーリの好きな様にしろ。まあ、ニコラスは怒って無いから問題無いけどな。……どうしてもなら、俺が求める対価はユーリお前自身だ」
彼の主導で、注ぎ入れた資金はこの国の王家や王族、更に、貴族諸侯らの存続を危うくする程になる。
――彼の暁の商会に、ヴァンダリア経由の流れとウォーベック商会の絡み、更に、城塞都市国家同盟の案件とおおよそ非公式の部分は全てまとめて処理していた――
クローゼは、その額と特務外交官待遇兼任臨時副官代行の彼が「同等の価値である」と思っていた。勿論、彼の「価値観」に周りも異存はなかった。
「私ですか……」
「そうだ、それがお前の価値だ。それと、ユーリ・ベーリット楯騎士」
改める感じに、クローゼはユーリを見る。 ……ユーリ・ベーリット楯騎士。
騎士に次ぐ「準」では無く、守るべき者の称号「楯」の騎士とは、彼のヴァンダリアでの立場になる。
「臨時副官代行の任は解く。ありがとう助かった。ここまでこれたのは君のおかげだ。感謝する」
雰囲気がユーリに伝わり、彼も感慨無量を見せている。そして、「閣下……」と姿勢を正していた。
「姉上が、ヴァンダリアでの特務外交官待遇は、そのままで良いと。後、ここだけの話だが、両陛下も『優秀な男だと覚えておく』と言っていたぞ」
当然な顔でクローゼが、セレスタとレニエに「だろ」を促す仕草をユーリは見ていた。
そしてユーリは、会釈では無く、深く頭を下げる。彼の頬には流れる何があった。
「閣下、私も貴方との刻は忘れません……」
「ああ、お前が覚えてくれてないと、俺が困る」
――特務外交官待遇兼任臨時副官代行――
恐らくは、クローゼの突き抜けた物語に関わる者達で、ユーリ・ベーリットの名を知らぬ者はいないと言える。
そんな濃密な関係だった二人。彼らの立ち話は、クローゼを探しに来たヴィニー・ブルックの声によって新たな舞台に進んでいく。
それは別れでは無く、それぞれの「それなり」である。




