十九~遭遇……龍装甲天獄~
東からの来訪者が何れにせよ、その者が出発した場所は魔解が人智と通じる穴だった。
それは、そびえる竜の背の裾のにある古の遺跡のあった所になる。そして、更に東へ向かい竜の背を越えればヴァンダリアの地に繋がる。
そんな場所、遺跡の残影が残る場に魔王軍が陣容を置いていた。新たに魔解から出て魔王に付き従った者……いや物達であろう。
中央の天幕の前にはアマビリスの姿があり、毅然とした態度で指示らしきをしている。
そこに、彼女の意識の外から声が掛かってきた。
「アマビリス様、ギョウア殿とテンバス殿が戻られました」
掛けられた声に振り向いたアマビリスは、視線の先の男達に、気丈だった態度から若干の安堵をみせる。
彼女の瞳は、先に来るギョウアを越えてテンバスを見ていた。そして、その雰囲気のままに声を出していく。
「テンバス……」
「アマリビス様。……魔王様は何れに?」
返答にアマビリスの表情が若干強張る。答える声も表情のままだった。
「……既にユーベンへ向かわれました」
「これ程の軍を置いて、どこの者らと?」
テンバスの言葉にアマリビスは僅かに下を向いた。
「兄上が戻って。……ユーベンの状況が変わったゆえそのまま。魔解の王らが戻られたら、この場の死獄の騎士と共にユーベンに向かえと。それで、魔解の王は何れに?」
「申し訳ありません。魔王様の命を成すに至らず」
「アマビリス様、私が貴女の命令を優先した故にの事。テンバス殿に落ち度はありません」
ため息を突く感じに、アマビリスは声を出した。
「……宜しい。この腕輪はテンバス、貴方が着けなさい。死獄の騎士 千騎の指揮を任せます。準備が出来次第ユーベンに向かいます」
「ミールレス様が御戻りなら私など――」
「兄上は意識がありません。ゆえにそれは叶わぬでしょう。……テンバス、出来ぬとは言いませんね」
――魔解の不死王タトナスがオルゼクスに従属の証として渡した腕輪と死獄の騎士 千騎だった。……当たり千の魔力を持つ強大な戦力で、タトナスの全てである――
唐突にテンバスは片膝をついて、頷きを併せていた。見下ろす視線をアマビリスは上げて、西の空を見て囁く。
「行くまでもないでしょう……」
「アマビリス様?」
「何でもありません。準備を進めなさい」
伏せたままのテンバスが顔をあげる。見上げたアマビリスの表情は出した囁きのままに見えた。
魔王の力を間近に見たアマビリスは、その力を信じていた。この場を飛びたった場景が更に裏打ちしている、そんな表情である……
……アマビリスの信頼の表情を作った、魔王オルゼクスの様相をクローゼはユーベンの東側の城壁の上で見ていた。居並ぶ強者達も同様にその光景を目にしている。
そして、見つめる先の状況に、クローゼは疑問を投げていた。
「ウルジェラ……魔王なんだな」
「魔力の雰囲気はカーイムナス様の感じだ。話が本当なら魔王だろう。だが――」
「黒の双翼竜だな」
ナーノの氏族最強戦士、レグアン・ナーノ・オルパスがウルジェラの言葉に割り込んで、見たままを口にした。
「レグアン、確かに竜だが――」
「『さん』だ」
「なっ! ああ、もう分かってる。レグアン『殿』黒の双翼竜って、只の黒い竜だろ」
地団駄を踏む感じのクローゼに、話に割り込まれたウルジェラが答えを出していた。
「有り得ぬが、龍装甲天獄なのか……ならば、只の竜などではないぞ」
「見たまま黒の双翼竜だ。俺は見たことがある」
レグアンがクローゼの言葉に答える前に、もう一人の氏族の最強戦士、イニルス・ワーズ・サクスムが自身の経験を述べていた。
そして、「遠くて動きもせんから、本物か分からんぞ」と彼は続けて呟きを漏らしていた。
言うがままの状況で居並ぶ者にも、怪訝な雰囲気が流れていく。それに、クローゼは説明を促した。
「ウルジェラ、どういう事だ?」
「本物であれば、 獄神 罪悪を御す煉獄の・様の纏った龍装神具だ。……ただ、単純に人智で具現出来る筈もない。その様な事、神々の意向無しに……」
一瞬口ごもるウルジェラに、クローゼは更なる問い掛けをする。
「はっきり言え」
「簡単に言えば『獄神の神具』その物だ。我が纏った龍装甲は所詮神の眷属の鎧ゆえ『格』が違う。だが、本物ならば合点がいく。……カーイムナス様が人智に六体を見せた事も考え併せると罪悪を御す煉獄の・様の永劫な末の意があるやもしれぬな」
クローゼは怪訝な顔のままで、「やばいのか?」を続けてウルジェラに向けた。
難しい感じのウルジェラは、「人智の武具では傷も付かぬ」と彼の表情見て声を返していく。
そして、周りの気配を遮り続けて言葉をだした。
「既に、魔王がどうとかの話ではない。神の領域の事で人智など問題にしていないのだろう。でなければ、如何様な手段を用いたとしても、魔王が眷属神を飲み込むなど考えられぬ」
「妾の言うた通りであろうクローゼ。魔王様は既に特異な存在になられた。ゆえに負けるなど有り得ぬ事だ」
話に割り込んだ形で、フリーダの言葉がクローゼの耳に入る。それに彼は若干の苛立ちを見せた。
「フリーダ黙れ。……後で相手をしてやるから大人しくしてろ」
怒気を向けられたフリーダはアリッサに、「クローゼは機嫌が悪いのだな」と言葉を向けて複雑な表情を引き出していた。
フリーダの言葉通りな雰囲気のクローゼは、誰に言うでも無く、漏れた言葉の様に呟いていた。
「それがどうした」――想定外が幾つ増えようが関係ない。目の前のが神具だか何だか知らんが、用があるのはオルゼクスだけだ。……呟きに続く思いであった。
平然を装っていたが、結局魔王を……オルゼクスを倒す確証などクローゼにはなかった。ノープランでないだけましな状況である。
雰囲気を振り撒いて考えるクローゼに、カレンとレグアンが続けて声をだした。
「クローゼ、前を!」
「多分、来るぞ」
東側で、ユーベンの城壁を見据える黒の双翼竜の様相が、竜の息吹きを放つ溜めを作っていた。
クローゼ瞳に輝きが入り、彼は瞬間的な切り替えで不可侵領域に移行しドーム状に広げ周りを包み込む。
全力の魔力で紛れを無くし、彼は空間を埋め尽くしていく。それと同時に閃光が発せられ、不可侵領域の壁と激突した。
――空気の振動が、不可侵領域の形状を揺らしてその形を場の視線に刻んでいた。
ぶつかる衝撃が場に伝わり、クローゼの身体自体を揺らす程であった――
「くっ、どれだけだ――」
発した言葉が終わる前に、激突でそれた閃光はクローゼ達の北側の城壁に向かい爆発する。
瞬間的な光景の変化は爆炎と爆煙に爆音と続いて、区画の一部を城壁ごと消滅させた。
動揺が、その場に集まる主要な者達に抜けていた。
――こっちも全力だぞ、本気か。どうする? 考えろ俺。……そのまま光景の打開に向けて、刹那の思考をクローゼは回して声を出した。
「イグシード、時間を稼げ。倒せるなら倒して良いぞ。それとミールレスの時の様にもたつくなよ」
「任せろ。……あれは新しく増えた心臓に馴染んで無かっただけだ。もう問題ない――」
会話の終わりに、イグシードは隣のライラに視線を落とし飛び出した。そして、高速で黒竜の様相な龍装甲天獄に向かう。
それを見送る間も無く、クローゼの続く言葉がでる。
「カレン暫くここを頼む。ウルジェラもだ。他の者は王宮の広場の転位型魔動堡塁に戻って魔族の動向を監視しろ。いつでも出れる様に準備は頼む」
言葉を区切ってクローゼは、カレンの隣にある。フリートヘルムを見た。
「フリートヘルムは北へ飛んで、精霊の王を連れて来てくれ頼む。相手が『神の領域』らしい、手筈は全てユーリに任せるからその様に。それからユーリ、レイナードとラルフも呼べ……神具の武器がいる。レイナードにはヴィニーに連絡させて、そのまま、状況をアレックスにも伝える様に言っておけ」
矢継ぎ早にクローゼは、らしくなく指示を続ける。各々に頷きや同意の言葉をうけて、アリッサへ吹き飛んだ区画に、人も魔族も居ない事を確認し他の者の行動を促していた。
――前方では、飛回るイグシードが龍装甲天獄を纏った竜の様相のオルゼクスとやり合っている――
中々の激しく派手な場景にも、クローゼは平然を装っていた。
「アリッサ、俺の魔量充填をくれ。一応、対象防護でロックしておく。ただ、何かあったら……」
分かるだろの雰囲気で、用意されるのを待つ間にクローゼは残されたフリーダとライラを見た。
「フリーダはここで見るんだよな。……で、お前は何でまたついてきた?」
フリーダの「当然じゃ」に「大人しくしてろ」と言葉が交わされて、ライラの申し訳無さげな表情が表れた。
「魔王に殺されかけた……もう、あいつの側しか居場所がない。……だからだ」
ライラの答えに、クローゼは軽く「そうか」と呟いてアリッサを見た。彼女の頷きに声を併せる。
「なら、暫く俺の指揮下に入れ。腰の剣は神具の刃だろ。魔王にやり返すならお膳立てはしてやる。それと、居場所は終わってから考えてやるから取り敢えず、そこの二人を頼む」
アリッサとフリーダに視線を誘導して、クローゼはライラそう告げていた。若干の戸惑いがライラに見えたが、無言のままに彼女は小さく頷いていた。
それをクローゼは見て、アリッサから渡された魔量充填を消費しながら、前方の光景に目をやるカレンとウルジェラに意識を向ける。
「カレン、デュールヴァルドは魔王に届く。だから、俺とイグシードで龍装甲天獄だかを剥がすから最後は頼んだ。レイナードが来たらそんな感じに伝えてくれ。ラルフにも手伝わせるし、まあ、行けるならそのまま倒すつもりだが」
「クローゼを見ていると、この状況もたいした事では無い気がする。余裕なのではと思ってしまうのは、勝算が見えているからなのか?」
クローゼも楽観を装っているのは自覚がある。ただ、やるしかないの思いもあった。
「勝算か。まあ、乗り掛かった事だ行ける所まで行くさ。それに、負けるつもりでこんな事に首を突っ込まないよ。別に、ヴァンダリアだからと言って魔王と戦う必要は無いからな。でも、記憶で言ったら、今の方が何倍も楽しいし、やれる力が有るならやれるだけはやるのも良いだろ」
「確かにクローゼは強い……色々な意味で」
「カレンに言われると自信が持てるな」
誉められた感じに、クローゼは若干の高揚を感じていた。
前方では、あからさまに次元の違う光景があり、クローゼの視線が合わさっている。
「まあ、斧がないのがあれだけど、俺の剣も人智最高の鍛冶職人と王国最高峰の魔導師達の刻みがある。取り敢えず、行けるだろ」
「失われし龍装神具の斧なら、ここにあるぞ。龍装斧『双頭の極斧』だ。ルーカス王から預かった」
「はぁ?……聞いてない、と言うか何故?」
レグアンの当然の顔に、クローゼは驚きを見せる。他の者が動き出したあとも、ドワーフの二人とスキロ=デュシス・アールグはその場にいた。
「レェグル殿でなく、俺に渡したのは認められたからなのだな。レェグル殿ももう歳だ、若い俺達に任せてもらわんと」
「いや、そういう話では無く。どうしてそれがあるのかって――」
「勇者殿も手こずっている様子なのだな。行かなくていいのか? クローゼ・ベルグ」
噛み合っていない感じに、レグアンは前方の様子をクローゼに促した。
見た目では年齢が分かりにくいが、ルーカスと共に北側の本軍にあった彼らはクローゼの元に来ていた。
「確かに。……分かった、疑問は後でルーカス王に聞く。アリッサ行ってくる。カレン、後は頼んだ」
クローゼも話に納得する感じではないが、レグアンの言葉通りにイグシードは攻めあぐねていた。
認識の共有で言葉を出して宣言し、クローゼは瞬発で飛び上がりその状況を改めて見る。
そして、瞬発を重て交錯する勇魔の戦いの場に距離を詰めていった。
「近付けば、初動が大きいブレスはそうでもないが、龍鱗から出てる細かいのが厄介か……。って、冷静に分析させるな守護者」
『中々勘が良いね。まあでも互いに様子見だね』
「うるさい、と言うか本物なのか?」
『まあ、伝承にあるそれだね』
空を飛ぶ訳ではないクローゼが、中の人との会話を終えた辺りで無数の魔刃に襲われ魔方陣の煌めきを連続させる。
「うわっ、行きなりか?」
イグシードがかわす光景を見ながら、衝撃が身体に伝わる程の威力をクローゼは受けていた。
近付いたクローゼは、襲った光で僅か秤に距離とる様に彼は後ろに退く。
着地して見上げる龍装甲天獄の黒竜の様相は一応に大きく見えた。
「段々速くなってないか?」
『だから、様子見だと言ったんだ。見える君もそれなりだけどね。まあ、勇傑なりの目なら見るのは出来るよ』
イグシードが、迎撃の魔刃をかわす速度をあげていた。的確に勇者の魔力は龍装甲天獄に届く様になっている。
ただ、巨体を奮って黒竜の様相も速さましていく。
そして、魔刃の届かぬ場所で見るクローゼにも届く風圧が場景に通っていた……
……風を切り裂く勢いで、勇者が神具の欠片を宿すとどうなるかをイグシードは体現していた。
「ああっ、鬱陶しい!」
イグシードの大きな声がクローゼにも届く。既に、聖導の極剣 サンクタストすら龍装甲天獄に届いていた。
――火花弾ける光景と激しい音が、クローゼの視界と感覚に入っている。ただ、斬り裂く勢いも打撃以外の効果は無いように見える――
その状況で、龍装甲天獄から声がした。
「流石は勇者と言う事だな」
腹の底に響くオルゼクスの声に、クローゼの表情が真剣さを増していく。若干の傍観者か観客の雰囲気が、当事者の様相になっていた。
そして、オルゼクスの声に反応したのは、イグシードも同じだった。
「何が流石だ。余裕ぶってんじゃねぇよ」
激しく答えるイグシードの声と勢いをクローゼは感じて、呟く様に思いを向ける。
「本当にオルゼクスなんだな――独り言だ出てくんなよ」
勢いと速さを増して、人智の領域を越える激突を見せる勇者と魔王に、クローゼも一段上がった感じになった。
巨体とは思えぬ黒竜の動きに、更に速さを見せるイグシードが苛烈な攻撃を仕掛けていく。移動する姿は既に城壁からは捉えきれていなかっただろう。
人智の視界を置き去りにする交錯の光が、龍装甲天獄の黒竜を纏うオルゼクスを中心に連続を魅せる。
光景にクローゼの思いが漏れていた。
「全力でギリギリか?……と言うか、受ける前提でなら十分届くな」
巨体の魔王も迎撃の速さが別次元に行っていた。龍装甲の反応は相当である。
しかし、クローゼ自身は追えている。後は積み重ねた物を出しきれば……いや、端から受けるつもりなら割って入る事は出来ると彼自身が感じていた。
「ならば、踏み込むまで」
退いた距離をクローゼは……その領域に歩みを向けて躊躇無く踏み込んた。
連続する魔方陣が、発揮された魔王の魔刃に合わさる。クローゼは分かりきった顔で、オルゼクスの纏う巨体を見上げていく。
――イグシードの勇者の領域に、首を振り腕を向け爪を剥き出し襲い掛かる黒い竜があり、無数の魔刃を龍鱗から放ち魔力渦巻く空間がクローゼの瞳に入っていた――
「凄いな……」
煌めきが止まらぬ程に発揮される魔刃に、クローゼは呟きを見せた。
それに答えるかのオルゼクスの声がする。
「ヴァンダリアよ。約束を違わぬとは中々だぞ」
「お前こそ中々の想定外だ」
突発の会話から無数な魔刃の発揮が収まり、オルゼクスは巨体をクローゼに向ける。その動きにイグシードは一撃の離脱のままに距離を取った。
「クローゼ遅いぞ」
「ああ、流石に勇者だと見とれてた」
「おまっ、て、やる気がないなら来るなよ」
突発の会話から続く流れに、渦巻く空間に僅かな静寂が起きる。それを裂くオルゼクスの声。
「お前の言葉通りに我もこの様に先の力を手に入れた。見せて貰おうか、お前のその先の領域とやらも。ヴァンダリア……いや、クローゼ・ベルグか」
「魔王オルゼクス、約束通りに全力を見せてやる。正真正銘最後だ」
――まあ、一対一じゃないのは、その外装の分で無しにしてやる……クローゼらしい漏れる思いもついた覚悟の言葉だった。
「面白い。まだ、たぎる気持ちが我にもあったとはな。掛かって来い」
「言われるまでもない」
――操作可能型自動防護式……元々は守りたいから始まったクローゼの力が、魔王の魔力を得てクロセのクローゼに代わりこの領域まで来た。
その領域で魔王との対峙。携える剣は勇者、持ちうる盾は六楯の魔体流動展開魔動術式。
そして、特異なる者なクローゼ・ベルグは対物衝撃盾と対魔力防壁を全開に、魔装甲楯鱗の金銀の反射の輝きを見せて、瞬発で飛び上がる。
「行くぞ、イグシード。相手は魔王だ!」
叫びいくクローゼの輝きに併せられた、人智と魔解の最高峰が双方に声をあげていく。
恐らくは、階層を越える戦いが見えて、クローゼはその領域に双剣を解き放って行った。
クローゼの言葉通り、正真正銘たどり着いた最後の一幕の幕開けである。




