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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第六章 王国の盾は双翼の楯
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十七~ユーベン攻略戦……終幕~

 意味が有るか無いかは別になる。そこに、行き行くと去り行くに、追い掛けると遮るが交錯する。

 ユーベンを臨む場景の変化であった。


 ヴィニーが「撃ちます」とセレスタに通信を通して静観な顔付きを見せていた。

 呼吸を整え意識を研ぎ澄まし、覆い隠す黒い羽根の舞うを避け、狙う先はミールレスの露な身体の傷痕になる。

 そして、ラグーンが通信器に口をつけてパトリックを促して、パトリックも当たり前に躊躇も無く牽制の一撃を放った。


 あの規格外の魔衝撃の弾道で、魔力の揺らぎを伴う竜硬弾が「舞い降り回る黒い羽根」に僅かな空間を起こす。それが、去り行く者の意識を捉える。


 ――飛び去るを止める程ではないが一瞬を阻害した。カンア、ランアが両脇を抱えるその呼吸を崩したのである――


 それを逃さず、竜装弾の放たれる音が響き、爆発の衝撃で竜硬弾がミールレスに到達する。同時に紫色の破片が弾け光を放った。

 恐らくそれがミールレスの意識を奪う。ラグーンの認識から僅かな間であった……。


 ただ、ミールレスの行く末は分からない。追撃可能なイグシードに、鴉魔(アマ)の者らがら折り重なる阻害を起こして、去り行くに届かなかったからだ。

 一応に、ユーベン近郊の会戦は、それを含めて終幕に向かっていく。ある意味、クローゼの「行けるだろ」のままにである……




 ……認識を置き去りにしたクローゼは、「紫獄宮」と名が付く、フリーダの屋敷の建物の入り口付近にいた。


「棺桶の騎士どころか衛士もいないな……外れか」


 旧の王宮か何れかと……目標の場所を色々と悩んだ末に「外れか」の言葉にクローゼは至っていた。


「まあ、中だけは見て行くか」


 蹴破るつもりで近付いた扉が、クローゼの目の前で開かれる。うっすらとした灯りが、外の光を拒否しする感じだった……。

 中には、妖艶な夜装のカルーラの立ち姿があり、彼女の会釈する仕草が見えていた。


「御待ちしておりました。クローゼ様」

「待ってたってなんだ?」

「フリーダ様が御案内するようにと」


「ここに来るのが分かってたのか? なら何でこんなに手薄なんだ。と言うか……寒く無いのか?」


 明らかに不測な状況で、戦う意志が見られない様相の彼女にクローゼは疑問を投げていく。


「鷹の目にて御動向を見させて頂いておりました。目ぼしい所で我らが御待ちしておりましたゆえ、この場で(わたくし)なのは偶然の縁にて」


 カルーラは、差し出す手で促しをクローゼに向けて彼の表情を見ていた。そのまま「可笑しいですか?」と自身を示して、クローゼに可否を問い掛ける仕草をしていく。


「おかしくはない。どちらかと言えば美しい……けど、そんな感じだと寒いだろう。それに、それでは戦えないと思うが」

 

「御言葉感謝致します。……御懸念については問題ありません。また、フリーダ様からも『戦え』と命じられておりませぬゆえ御気に為さらぬ様に」


 彼女は答えて、フリーダの元にクローゼを案内する様に誘う。当然の顔で、後に続くクローゼの後ろから、侍女風の女吸血鬼(ヴァンプ)が二人続いていた。


 既に会話自体がおかしい。


 状況も敵味方が戦いの最中であると言う感じでもない。まともではないが、二人は何事も無いかの様に当たり前に続けていた。

 そして、クローゼの拘りはずれていた。……魔王を迎える様相を彼女は普通にしていたのだが、薄着の感じに『寒くないか』に気遣いを見せたつもりになっていた。


 ――色々滑稽で可笑しい限りである――


 可笑しさの上に通されたのは、所謂、寝所――寝室――だった。香り漂う室内には、一段と妖艶で美しさを増したフリーダがいた。


「待っておった。先ずはどうだ?」

「酒は飲まない。と言うかどういう事だ」


 フリーダはグラスに注ぐ手を止めて、クローゼを見直す様に身体を向ける。


「どういう事かなと答えるまでもないな。お前がどうしたいかであろう……クローゼ?」


 妖艶さは嗜みであるというのが、フリーダの教えであるのがわかる仕草で彼女はクローゼを見やった。

 意識したのか、矢継ぎ早な雰囲気をクローゼはみせる。


「なら単刀直入に言う降伏しろ。外は決着が見えている。中にどれ程の魔族が居ても、お前以外では俺と勇者の相手にはならないだろう。適当に強い程度ならまとめて――」


「――益々雰囲気があの方に似てきたな」


 話の途中でフリーダの声が遮る。一瞬言葉が止まったクローゼが見たフリーダの顔は、初めて会ったあの場の表情が見えた。


「やる気か?」

「クローゼが所望するなら、妾が相手をしてやっても良いぞ。その気があるならな……」


 フリーダの真剣な魔族の表情が見えたのは、その一瞬だけだった。

 その移り変わりで、クローゼは躊躇なのか即答や即応を避けていた……。


「……降伏しろ」

「言葉に力がないな。お前はこの場で絶対的な強者ゆえ遠慮などする必要が何処にある。組伏せて服従させれば良い。そうであろうクローゼ?」


 続く「勿論、殺してもかまわぬ」に、クローゼは思考の途切れを覚えた。

 ――なんだ? 頭が重たいのか……やる気で来たのに拍子抜けだからか……鼻に感じる思い違いだった。


「香気は届くようだな。カルーラの手柄よ。アリッサにも秘していたゆえ効けば抗えまい……悪いようにはせぬ、我を受け入れよクローゼ・ベルグ――」


 素手で扇ぐ仕草に、甘い香りがクローゼの鼻を突く。届くフリーダの声も、クローゼには甘美で絶対的なものに聞こえていた。

 それが彼を人だと認識させる。

 ……まやかしの類いでは無く(いにしえ)の王国に伝わる「秘伝秘薬の秘香」であった。


 ――香気ってなんだ? アリッサがどうした? あ、悪いようにしないなら、いや、やばいのか……半ば掠め取られた意識の様である。


 そして、彼の内側から刹那の囁きが出ていた。


『匂いだね』

 ――なんだ突然?

『聞かれたから答えただけだよ。えっ、聞いた訳ではないのか……。おや、久しぶりに意識が混濁してる様だね君は……』


 ――探求せし者か?

『知の守護者だね……まあ、そんな風に教えた覚えもあるね。そう我は探求せし者だ。で良いかい?』


 久しぶりに自身の意ではない『守護者』との会話になる。クローゼは、自身を混濁と認識され益々混乱する。


 ――何で匂いでおかしくなる?

『秘薬、秘香かな。人の男に効果がある、娼館等で客を暴れさせにくくする鎮静の香の強力なものだね。いや、盲点だったよ……』


『我に任せろ。お前が寝ておろうがまとめて斬り棄てておいてやる』

『この程度を予測出来ぬとは、支配者たる自覚が足りぬのだ。普段から我に委ねれば良いものをおかしな輩まで引き入れて、我を、我らを上から使うからこうなる』


『持ってる筒で使えそうなのは……あるか。ただ、君は既に探るまで行けない程動けなくなっているのだな。なら、何れかに任せれば良い。私でも良いぞ、ある筒で何とかしてやっても良い』


 溢れくる内側からの意識に、クローゼには困惑が追加されていた。意志もつ者の「(わざ)(わざ)」の起こす具現で「何とかしてやる」と彼までが言い出していた。


 更に、五つ目の守護者まで口を出してくる。


『正道を進むには越えねばならない厳しい道がある。この程度越えられぬなら我が代わりに進んでやるぞ。今すぐ放棄しろ』


『面倒くさい事は良い。剣を――』

『――場ごと黙らせれば良いだけだ』

『取り敢えず、自身を何とかした方が良い』

『武道も覇道も回り道。まして、道具に頼るなど』


 論外に、探求せし者の取り成す意識がクローゼにのし掛かる。そのまま、渦の様に彼らの意識の音がクローゼの頭で回っていた。

 沸きだす声が重なり、怒気が含まれる様になってくる。……外的要因と内側から、クローゼの心は荒んでいく。


 ――うぜぇーぞ、黙れ。そんな時間も余裕もないのだろうが! ……任せるは怒りだった。


 ただ、視界に入る状況には、さして変化は見えない。また、当然に反論が内部でこだまする。

 それによって、更なる怒気がクローゼに続く。しかし、柔らかな音でそれは遮られた。


『冷静に……クロセ。流れは刹那ゆえ、落ち着いて成すべきを為して下さい。……他の者はお黙りなさい、守護者なら魔王の魔力程度御して見せよ』


 慈悲ある彼女が、初めてクローゼに話し掛けて来た。正確には本質の「黒瀬武尊(クロセタケル)」にである。

 受けた側のクローゼも、初めての音の意識がいった。そして、客観を受け入れていく。


 ――刹那なのか ……困惑から状況の把握に移行していた。続く彼女の意識がそれを補って、内側での意識はしっかりとしたものなった。


 刹那と言われた瞬間で、通信機の光が促しを起こしていた。それで、クローゼは現実的な意識に戻されていく。

 続く共鳴の光が一定を過ぎて、通信機にクローゼはの魔力を通していった。


「……戦わないて! ……クローゼ……答えて……フリーダ様を傷つけないで……クローゼ……聞いてる……」


 聞こえたアリッサの声に、現実的な意識も僅かだが自身のものになっていく。

 その僅かで、双剣に掛かる手をずらし、そのまま流動をあわせて魔力を通していった。


 ――鞘の先端を抜けて、竜硬弾が足の甲を突き抜けた――


「ぐがぁぁっ痛ってぇぇぇぞ、ク○野郎!」


 幻惑の香りから続いたフリーダの言葉に、クローゼは痛みで抗った。彼が自身に向けて叫ぶ声に、フリーダもカルーラも驚きを見せていく。


「クローゼ! 何をしてある?」

「くっ、匂いとか盲点だったな――」


 抜き放つ剣先を香気の元に向けて、クローゼは竜硬弾で吹き飛ばす。

 そのまま、恐らくは骨が砕けた左足から体重を逸らして、瞬発で会話の距離を消した。


 クローゼは苦痛の表情でフリーダを抜けるのを止めて、左手でフリーダの腰辺りを抱える様にして捕まえる。

 驚く表情のフリーダに、何故かクローゼは笑顔を向け引き寄せた。


「捕まえた。もう俺のものだ逆らうなよ」

「何を言うてあるクローゼ?」

「捕まえたら『好きにしろ』と言ったのは貴女だ」

「それらしい事は確かに……それよりも、行きなり『貴女』とは些かゆえ……」


 引き寄せられ、反るようにクローゼを見上げるフリーダには困惑が見えていた。ただ、足を踏み眉間にしわを寄せるクローゼの表情に、フリーダは見いっていく。


 ――唐突に男らしい顔付きになったものよ……平静を装うクローゼの顔が、フリーダには精悍な表情にも見えていた。


「それでクローゼ、抱かれた妾はどうすれば良いのじゃ?」

「そんな事は……少し待て考える」


「ふっ、クローゼは子供か……妾を抱き寄せて何も考えておらぬとわ。しかし、残念だが既に妾は魔王様の――」

「それがどうした! 今の貴女は俺の手の中にある」


 会話に紛れ、抗い振りほどくをフリーダは試みていた。ただ、思い切り魔力を圧縮し抱える(さま)に、幾ら吸血鬼(ヴァンパイア)のフリーダと言えども振りほどくには至らなかった。


「確かにな。今の妾はそなたのものよ。ならば、『降伏した』とでも言えば良いか?」


 実際の所では、大まかな計画は有った。しかし、幻惑と激痛の揺らぎの中で、クローゼの判断力は低下している。

 当たり前に至るのに、何時もより時間が掛かっていた。


「取り敢えず、俺のものになれ……あっ、いや降伏させれば良い……のか」

「落ち着けクローゼ、妾は逃げはせぬ。……先ずは考えを纏めよ。ここへは何をしに来た?」


 抵抗を止めたフリーダは、逆にクローゼの腰に手を回して上目遣いで問い掛けをしている。

 見下ろす感じに片手で抱えるクローゼの腕の力が、若干緩んでいく。


「あっ痛ってぇ、くっ……あれだ、魔王と戦うのに住民の避難をさせに来た」

「そうか。それで妾はどうすれば良い?」


 妖艶なフリーダの雰囲気に、クローゼには戸惑いも見えていた。


「制圧する刻が無いから抵抗するな」

「……我らは手を出さねば良いのだな」

「そうだ……」


 軽く息を吐いてフリーダは、混濁が抜けていないクローゼから視線をカルーラに向けた。


「カルーラ、その様に手筈せよ。妾が囚われの身ゆえ致し方なく……あたりでな。良いか?」

「畏まりました」


  当然の仕草でカルーラは退出していった。一応に侍女風の女吸血鬼(ヴァンプ)はいたが、室内の雰囲気は二人きりの様である。


「ところでクローゼ、いつまで抱かれておれば良い? 存外心地好いがずっとこのままではおれまい」

「確かに……でも、離したら逃げるだろ」


「逃げはせぬぞ。そちには敵わぬと先ほどわかったゆえ、無駄に抵抗などはせぬ。一刻でも所有物(おんな)になってやったのだ、それは信用しておいても良かろう。まあ、流石に助命は出来ぬ様になったがな。……それはそれで、刻がないと言うくらいなら魔王様の動きも把握してあるのであろう」


 若干、フリーダに主導権が移った様に見える。


「そうだな……いや、そういう意味で言った訳じゃないぞ。『所有物(おんな)』とか思ってない」

「恥ずかしがる事はない。何ならこのまま伽でも所望するか?」

「そんな事しない! て言うか痛いから、訳の分からない事言うな」

「戯れ言ゆえ怒るでない……」


 不毛な会話が探り合い含みで暫く続き、アリッサとの通信機越しの会話に移行する。それを終えて、クローゼはユーリに状況の連絡を入れて、目印(マーカー)の設置をする旨を話し辺りでフリーダを解放した。


「逃げるなよ」

「逃げはせぬと言うてある。それに暫くの間なら余興にも付き合ってあるぞ」


 フリーダは余裕の笑みを浮かべていた。クローゼは痛みで保つ正気に難しさを乗せていく。


「暫くの間か……魔王が負けるなんて思っても無いんだな」

「当たり前な事を聞くな……」


 双方の思惑が絡んで、ユーベン攻略戦は不明瞭な決着を見る。ただ、クローゼ自体の目的は人智側の解放だった。勿論、決戦の舞台に指定したこの都の状況予測によってであった……



 ……一応に、協力的なフリーダによって人智の側はユーベンを後にする。

 勿論、簡単ではなかったが、主だった者達の前でニナ=マーリット王女がミラナを側に置き、クローゼとイグシードを後ろに従えて演説し「一次的である」と説得した。


 ただ、勇者や雰囲気が違うクローゼが居たことよりも、アリッサが当然の顔で王女の側に控えていた事の影響が大きかった。

 感慨深い状況で、ニナ=マーリットが時折アリッサを見やる演出し、あざとくではあるがそれが効果的だったと言える。


 ――都合の良い解釈であるが、ユーベン以北の民に、一連の流れが計画的で承認されていたものであったと思わせるには十分だった――


 説得を含めて、時間的にはギリギリではあった。しかし、間に合ったと言える。


 そして、クローゼは確証を持って魔王はユーベンくると思っていた。

 多方面に渡り人智の軍が、解放と交戦に追撃と掃討の動きをする中で、ユーベンに対魔王の戦力を集めていく……。


 ……南方連合軍を住民の護衛にあて送り出し、主要な者達に準備をさせる中、クローゼは王宮だったその場所の玉座に腰かけていた。


 一応に問題視して声を上げそうな人はその場にはいなかったが、光景は特異だった。

 足を組み肘を預け顎に手を添えて、クローゼは前方の床を見ている。


 アリッサが傍らに立ち、人質だと含み笑いで主張するフリーダが近くに立っている。それを斜に淫靡なる夢獄ウルジェラが眺め、勇者イグシードが一段下がった場所から値踏みする視線を向けていく。


「魔王だな」

「ああ、もし本当にそうなりそうになったら止めてくれ」


 黒の六楯(クロージュ)が映えるクローゼに、イグシードは声を掛ける。返事を聞く間に彼は隣のライラに同意を求める表情をした。

 返す言葉にイグシードは向き直り、僅かに呟いていく。


「そうだな、止めれるならな……」


 その光景の雰囲気で、ユーベン攻略戦は終幕を魅せていた。無論、最終局面までは「物語」は動いていたのだが……。



ありがとうございます。取り敢えず投稿です。

熱から咳へのリレーて体調悪いです。本業も量がやばくて大変な所です。


まあ、関係無いと言えばそうですが……。

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