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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第六章 王国の盾は双翼の楯
163/204

十六~ユーベン攻略戦……会戦の終着で~

 ――待ち人(きた)る――


 勿論、声を出したアレックスではない。彼の隣にあるレニエ=シルク・フェーヴの精悍な軍装の姿でもない。

 当然、勇者イグシード・ヴァーニルである。


 その登場で、弾き飛ばされたヘルミーネは終着点に至る前に助けられた。

 そして「惚れるなよ」からの「……感謝はする」の一幕を挟み、ウルジェラに預けるまでを勇者は平然とやってのける。


 それを踵を返して中央に戻った、「もう一人の待ち人」クローゼは上空で見ていた。

 単純に間に合わせる為、視認した者を対象防護(ターゲット)で片っ端からロックしていた流れの上にである。


 ――咄嗟の場景で、セレスタが剣を抜くのが見えていた。しかし、クローゼは先にヘルミーネを選択する。それも含めて、飛び込むよりも対象防護(ターゲット)の判断は、結果的に正しかった事になる。

 ……ただ、続いて手当たり次第にだったのは、如何にも彼らしいと言えた――


 彼の視線には、勇者と魔王級の対峙する光景があった。それとは別に、目印(マーカー)恵風の精霊(シルク)の力で設置され、転位型魔動堡塁(フォートレス)二十基程が戦場に展開する光景が入って来る。


 クローゼは予定調和ではない光景を認識して、思わずを出す。


転位型魔動堡塁(フォートレス)? 陛下が寄越したのか……まあ、あれか、ある程度は任せるか」


 イグシードに先を越されて、若干の責任放棄でもあった。ただ、「やるべき事はやった」そんな感じになる。

 その上で「魔王級は勇者に任せる」を前提に、砦の様相な場所でやり合うライラとエルフィアに視線を落としていた。


 ――何であいつがいるんだ?……セレスタの付近を追う「ついで」の思考が見えている。勿論、勇者の(かせ)になったライラの事である。

 光景自体は、何れは孤軍奮闘になるであろう人豹の女型を魔解六刃将のライラは追い込んでいた。

 

 状況は、一応にクローゼにも入ってくる。


 流れの中では当然な様子に、セレスタに対する奇襲の混乱は終息に向かっていた。戦局の雰囲気も確かに彼には見えていた。


「取り敢えずどうするかな。……あっ、レニエも来てるのか」


 既に言動が観客で傍観者の風である。確かに火力が上がった戦線で、中央の紫黒の兵団は後退を始めていた。

 それに、自身の護衛隊ではない軍装だが、セレスタの周りを固める騎兵は精強に見えた。上空から魔力の支援を受けているが、突入して来た人魔の一団を制圧する勢いを見せている。


 一応に状況を見る、それなりな雰囲気のクローゼから、前を見ても後ろを見ても体勢は決したかの様子だった。それを証明するかの様に遠吠えが戦場にこだましていく……


 無論、遠吠えを促したのはミールレスである。ある種の心情が……いや、高揚感がそうさせていた。


 ……響き渡る連鎖が強者集う東側にも届いていく。 どちらが命拾いをしたのかは後の話になるが、引き際の場景を呼んでいた。


「一旦引くぞ」

「半端で終われるか!」


 レオーガが出した声にタイグルが大きな声を返していく。何度目かの「一閃」の剱を捌いた最中にだった。


「この状況で簡単に引けると思うな――」


 周囲を人智の者が大半を占める場景で、間合いを取り、ネビルが「半端で……」に返していく。双方共に無傷ではないが、闘志は衰えていなかった。


「タイグル、大公の命だ半端も何もないぞ」

「目の前の決着の先送りをするつもりは無い――」


「僕は良いけど。中々手強いからこのまま倒しておきたいところかな」

「ふざけるな!」


 状況を納めようとしたレオーガに、ギュンターが更なる剣勢を向ける。その横で、速いテンポで剱を拳に重ねるクリフが軽い口調で相手の怒りを買っていた。

 本来なら、声を出す余裕はない程に各々が壮絶な様相である。


「クリフさん余裕で――おわっ」

「ちょこまかと逃げるな(カス)が!」

「黙れ――」


 ラファエルだけは、些か様相が違っている。人熊(じんゆう)のグレゴが大雑把で力任せなのも手伝って攻撃自体はかわせていた。

 ただ、「逃げるな」と言われて、紋様の力を全力で筋力に振り向けグレゴの一撃を弾き返すを見せる。


 ――揺らぐグレゴの巨体――


「力任せなどどうでもないわ!」


 そのまま、ラファエルは高速の動きに移行して、引き際の間隙を縫って斬撃の連続を魅せる。


「ぐがぁあぁ」

「グレゴ――」


「余所見する余裕はないよ。相手は僕だ」

「なっ!」


 ラファエルがグレゴを斬り抜け、狒々(ヒヒ)の様相なマヘンが声を向ける。

 そこに、ラファエルさながら……いや、本家の高速移動でクリフの剣がマヘンの首を飛ばしていた。


 崩れ落ちる二体の人魔。その驚愕に獅子の視線が向けられていた。


「タイグル、引くぞ――」


 連鎖する剣撃が鮮血を走らせた光景に、レオーガは叫び覇気の咆哮(スピリットブロー)を放った。


 一瞬である。切り詰めた空気と緊迫感が音の響きに途切れを見せ、タイグルの舌打ちと共に獅子と虎の人魔は囲みを越えていった。

 引き行く最中の彼らには、黒装槍騎兵に左右から迫られ囲まれる中央の一団が見えていた……



 ……遠吠えを耳にしたクローゼには、細かな状況は見えていない。ただ、アリッサの意向に合わせて、「……どうするかな。」の流れから、ライラとエルフィアの間に割って入っていた。


 ――最初のセレスタとの交錯で、隊長クラスと認識してだった――


 クローゼは、高速の落下から瞬発て砂塵を上げ、六刃と鉤爪に双剣を合わせる。唐突な金属音と衝撃に、ライラとエルフィアだけでなく『場』全体が驚きを上げていた。

 流れる様な双剣が驚きを意に返さず、彼女達の「なっ」と「はっ」と同時に、死線を越えさせる刃を流し鉤爪を弾き飛ばす。


 そのまま、死に体となったエルフィアに衝撃の剣を当てて意識を飛ばしていく。そして、崩れ落ちるエルフィアをクローゼは支える様に抱えていた。


「取り敢えず、そこまでだ」


「なっ何を? 敵では――」

「――黙れ、勝負はついてた。それにお前も魔族だろ文句があるならボコるぞ!」


 語尾が上がる恫喝で魔力の乗った声に、敵味方関係なく硬直する。まともにぶつけられたライラは、後退り(あとずさり)恐怖の表情をした。


「クローゼ! 止めなさい」

「だってセレスタ――」

「――『だって』じゃありません。彼女には私も助けられました。言葉を慎みなさい」

「でもだ……」


「……子供ですか……」と続いたセレスタの言葉に、不貞腐れるクローゼは何と無くの反省の後、周囲に向けて降伏を勧告する。

 あからさまに場違いな雰囲気が流れた所で、彼の八つ当たり的な声が出ていた。


「抵抗するな殺すぞ!」


 僅かばかりの抵抗はその一言で止み、追撃をせずにレイナード達を連れ戻った第二大隊の隊列を見て、セレスタは後退を宣言した。


「こちらも後退します。勿論生死関わらず全員です。捕虜は拘束して共に……息ある魔族も連れていきます。急いで。……これで良い?」

「セレスタ、助かる」


 魔族に対する事は我が儘の部類になるが、後退の意図は勇者イグシードによる。

 当然、巻き込まれない為だった。


 ――見るからに、対峙の場面でミールレスとの争いが起こらないのは、アレックス経由でセレスタの指示だった。

 若干、牽制の刻が見えるのはその為である。

 当然クローゼがミールレスの前面に立っても、同様の約束になる。多少、クローゼの場合は、なし崩しでも良いと言えばそうである……が――


 それによって、中央は双方共に距離を取る後退劇が起こっていく。


 当然、イグシードとミールレスは置き去りの感がある。だだ、共に「邪魔が入らなくて良い」程の雰囲気ではあった。

 イグシードにしてみれば、行きなりでも良かった。一応、言われたままに牽制的な言葉を出していたが、見覚えのある鎧に自身が昂るのは分かっていた。


「お前魔王じゃないだろ。その鎧はお古か?」

「ふん、死に損ないの勇者に言われる筋合いでもあるまい」


 イグシードが、後ろ気配を見計らって言葉を踏み込んだ。だが、元々ミールレスは「どうでもいい」だった。


「魔王じゃなけれは……どうでも良いか」

「試して見るか?」

「地味に硬いだけだろそんなの……一撃だ。今度はこっちも有るからな」

「やって見せろ。勇者」


 双方の雰囲気が変わる。


 先ずは、半竜人の勇者が剣を抜き放つ。剣身が煌めいて美しい銀の色合いを見せていた。

 それは、エルデダール王国の至宝、聖導の極剣「サンクタスト」である。神具の剣心とまでは些かだが、龍極剣と相応ではあった。


 ――不覚にも心臓(コア)の半分に損傷を受け、英断で命を繋いだイグシード。龍の巫女アウロラの尽力――極属の力――で相応の回復を見せていた。その上で、極剣である――


 一方のミールレスも、先程までの剣士然ではない。

 獄鉱石の鎧を至獄色しごくいろ――黒紫色に類する――に染め、偽紫色(フォースパープル)の魔力の障壁が色濃くみせる姿であった。そして、具現化した魔刃の二刀流。


 ――二剣の内、一つは剣心を見せた欠片の力を乗せている。そして、レイナードとやり合った楽しむ感じは無い。手を抜いていた訳ではないが、魔王級または、次代の魔王の器は見えていた――


 あからさまな勇魔の相撃つの様相になり、始まりの兆しが中央の戦場で起こっている。

 これから起こるであろう状況は、視認出来る出来ないではなく、すべての者に緊張感をもたらした。


 ただ一人を除いてであるのは言うまでもない。勿論、クローゼなのだが……。


「レイナード、大丈夫か?」

「ああ、ただ暫くは動けんな」

治癒の力(ヒーリング)で魔力を通し過ぎだ。当たり前だろう」


 クローゼとレイナードの会話に、ウルジェラが口を挟んでくる。会話をする彼らは、転位型魔動堡塁(フォートレス)の上から触発の状況を見ていた。


 一団の中央では、クローゼがボロボロの黒の六楯(クロージュ)に目をやっている。

 そして、見たままを口にしていた。


「そうか、ヘルミーネのしか見てないからどうだったか分からないが……酷いな」

「ああ、お前が遅いからだ」


 レイナードの返しに、クローゼはあからさまに「仕方ないだろう」の顔した。そして、僅かに視線を感じていく。


「竜伯……クローゼ様、ありがとうございました」

「助けたのはイグシードだろ」

「いえ、感じました。でなければ……」


 伏し目がちに、毛布を掛けられたヘルミーネがクローゼに感謝を述べていた。


「取り敢えず、中で休んで良いぞ。無茶をさせたすまない」

「いいえ、問題ありません……」


 ヘルミーネから頷きを受けたクローゼは、定位置に着くレニエの表情を伺って、彼女らしい笑顔に満足げな顔をした。そこに、レイナードの声がしてくる。


「始まるぞ」

「ああ……どうなる?」

「お前が行けばすぐだろ」

「まあ、そうだろうな……でも後で文句言われたくないな」


「そういう問題なのか」の顔をレイナードはしている。

 だだ質問の答えを考えるなら、彼の体感でミールレスも相当であった。


 もし、クローゼが彼らしく支援にまわれば、目の前で起こっている様な大味な展開にはならないだろう。……そんな雰囲気の戦いがそこにはあった。


 地形が変わるほどの光景が、激しい交錯の上に起こっている。時折、双方が弾けて距離が開く展開を挟んで互いに不適な笑みを浮かべていた。


「勇者とはその程度か――」

「――魔王でも無いのに無駄にあれだな」


 強烈な魔力の応酬を互いに弾き飛ばしている。先程までの繊細な剣はそこには見えない。

「一撃で」と言ったイグシードには、若干の苛立ちが見えていた。そこから分かるのは、ミールレスが想像以上にやれていると言う事だろう。


「力任せで稚拙(ちせつ)な剣だな」

「うるさい黙れ!」


 六剱を捌いて見せた剣を下手と言われて、益々苛立ちをイグシードは見せた。明らかに主導権を握っているのはミールレスである。

 力と速さはイグシードに分がある。ただ、太刀筋に明確な差があった……


 ……音と衝撃で場景が彩られていく。周りから見る者達の認識も現状と同じだった。


「押されてるのか?」

「捌かれてるな。あの魔族の剣は……相当だった」


 レイナードの真剣な声にクローゼは振り返った。


「お前がそう言うならそうだろうな。……と言うかそんなお前初めて見たな」


「ああ」と答えるレイナード。重ねて言うなら、彼の様相は「ボロボロ」である。ただ、現状を見てもクローゼ自体は余裕だった。


「まあ、あれだ。俺と同じで後付けなら足らない」

「足らない? どういう意味だ」

「ウルジェラ、本物は分かるだろう。そう言う事だ……それにあいつは勇者だろ」


 何事も無かった様に女性の姿に戻ったウルジェラの疑問に、クローゼは当然と言う顔をする。

 その視線が、腕を組みイグシードを見つめるライラに向けられた。


「ライラ、献身的だったそうじゃないか」

「なっ、何を突然……お前……いや、貴方は……」


「クローゼ?」

「別に悪い意味じゃない」


 話し掛けた反応にレニエの言葉が出て、クローゼは笑顔を向ける。

 そして、大きく息を吸って……彼は前方に声を向けて投げ掛けた。


「イグシード! 想いの女性(ひと)の前だ。無様を見せるな――」


 恐らく届いたのだろう。『言われるまでもない』と聞こえそうな反応が、連続する衝撃の交錯の最中に見えてくる。


「所詮は魔王級だ。やばくなったオルゼクスとやり合うのにギリギリまで休ませたんだ。こんな所で俺まで出たら、どうにもならんだろ」


 改めて、クローゼはレイナードを見て彼の「そうだな」を受けていた。


 ――彼は二刀流処では無く、黒の六楯(クロージュ)を纏う者達をまとめてコントロールするつもりだった――

 

 掛けた言葉によるのか、追従する側が変わる。ミールレスが魔王で無いのが明確になった。

 ただ、時折挟む一撃必殺の攻撃は、双方共に紙一重にかわしていた。


 一応に、クローゼは転位型魔動堡塁(フォートレス)の上でその光景を見ている事になる。……その顔は何故か吹っ切れていた。


「まあ、行けるだろ。よし、ユーベンにとどめを刺しにいく。レニエ、魔量充填(チャージ)をくれ。……後、何かあったら呼んでくれていい」


「大丈夫だ」とクローゼの歩き出す感じに、了承を見せたレニエの手が肩から離れて、微かに揺らいだ表情が見える。

 それにユーリが頷き指示を出していた。

 クローゼは当たり前に下を覗き、救護を含めた指示をするセレスタに向けて声を掛けていく。


「セレスタ、ちょっと行ってくる。他の者は無理そうだから一人で行く。後は頼む」


 一瞬、難しい表情をしたセレスタは頷きを返して、軽い口調で声を返した。


「ミラナが来るから少し待って」


「何で?」……の声と共にクローゼは飛び降りて、馬上のセレスタを見上げていた。

 若干のすれ違いが見えている。何故か笑顔が交わされた。

 形ばかりの対峙の中央では、壮絶な戦いが繰り広げられている。しかし、この空間は別の雰囲気に見えた。


 ――当然、クローゼの狙いはフリーダの拘束だった。……最終的に『勝手にしていい』で、強襲部隊での計画の延長になる。自身の現状を踏まえて、単身でやると言う事なのだろう――


 刻がないの様子で、「よろしく言っといてくれ」とクローゼは魔量充填(チャージ)を費やし魔方陣の光に消えていった。

 残光が僅かに残る差で、別の魔方陣の展開が起こる。アレックスとジーアの会話が聞こえて、魔方陣の連続にその場の視線が向けられていた。

 その僅かで戦いの結末が起こる。


 ――純然なる強さを魅せる神子の一撃――


 勇者の奮う聖導の極剣サンクタストが、偽紫色(フォースパープル)の魔力の障壁を越えて、獄鉱石の鎧の至獄色しごくいろを斬り裂いていく。

 僅かな差だった。

 ただ、限り無く明確な差であると受けた側は認識をする。

 ――(おれ)は所詮、この程度か……ミールレスがみせる後ろ向きな思考だった。


 衝撃と激痛で、ミールレスは魔刃の双剣を持つ手の力が抜けていく。恐らく、二撃目で向かう先は「天獄の地」であろう事を彼は覚悟した様に見える。

 そして、流れる様では無いが確実に届く剣身はミールレスに迫っていた――


 ――その刹那、上空から黒い羽根が降り注ぐ光景が出来て、先んじた感の襲撃者が勇魔の間を割っていた。

 襲撃者は、メイド仕様魔造従者(サーヴァス)の「神具の欠片の欠片」を核コアに動く女型の彼女だった。


「ミールレス様を!」


 勇者の必殺な軌道を最中に受けた剣が砕けて、彼女はその言葉だけを発した。

 それに、呼応したかの様な明らかに偽装した中空から、鴉魔(アマ)族の一団が飛び出す。


「なんだお前ら――」

「――殺ろさせはしません!」


「げっ、女」……イグシードが上げた声の先には、容姿がアマビリスに類似する女型が両手を広げて、イグシードに立ちはだかっていた。


 ――容姿にイグシードは刹那の躊躇をする――


 一瞬の間隙に、カンア、ランアがミールレスを抱えて飛び退く様子が出来る。それを包む様に黒い羽根が舞い上がり渦巻いていく。

 見たままに繰り返される黒い羽根の不毛。

 北側で同様を見た者の中には、明確な視覚で捉える者がいた。


「またそれか……どうする隊長?」

「音なる方なら届くっすから」

「じゃあ、パトリックも行っとけだな」


 魔動遠眼鏡(テレスコープ)を覗く、狙撃姿勢の単なる「狙撃隊」による通信機での会話であった。

 それに意味があるのかは分からないが……である。



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