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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第六章 王国の盾は双翼の楯
162/204

十五~ユーベン攻略戦……激闘の連鎖~

 四者の現状をユーベン攻略の第二幕とするなら、そこに至る過程でも戦局は動いている。

 当然、待ち人の一人であるクローゼも予想外の事態に苛立っていた。


 最後の六本腕(アスラ)に神聖騎士キャスバル・ヴァン・フォールコンが戦闘不能に追い込まれ、囲む聖導騎士らをなぎ倒すを見て、クローゼは斬り掛かっていた。

 そのまま順当に、解体する勢いを見せた辺りで、丘を越える形で現れた、鉄黒のノーガン率いる一軍を見つける。


「何だ?」……見たままに竜鱗を纏った竜人の様相に出した言葉だった。


 クローゼは視線を鉄黒の兵団に向け、目前の六本腕(アスラ)の反撃を置き去りにする。

 盾魔方陣の煌めきを出しながら、平然と六本腕(アスラ)の足掻きを一蹴して、クローゼは取り巻く状況に声を続けた。


「同盟の将は何処だ!」

「持ち回りの指揮官は死んだ」


 近場から隊長らしき男の声が帰ってきた。城塞都市国家の傭兵団の集合体である彼らは、根幹の軍監を除いて各都市が順に指揮官を出していた。


「何だそれ? なら今誰が全体の指揮をしてる?」

「知らん。先程迄は聖導騎士団の副団長の男が何と無く指示をしていた。だが、でかい人狼にやられて後ろに送ってからは個々でやってる」


 六本腕(アスラ)を足蹴にし、クローゼは欠片を回収してその男の声を聞いていた。


「兎に角新手だ、何とかなるのか?」

「なる訳無いだろう。あんたの足元の化物に散々で隊列も何もない。大体、自分の所の把握も出来てないんだ」


 状況は、クローゼが見たままに混乱していた。かろうじて、ザッシュらに数の上で何とかなっている状態である。


「じゃあ、次はどの都市の傭兵団だ?」

「どこかは分かるが、どこでどうなっているのか俺に分からん」


 不毛な会話に、クローゼは苛立ちを見せる。彼はそのまま、思案の仕草をしていた。


 ――時間が無いのに何だよ。聖導騎士団は持ち直したのか? ザッシュのとこは何とかなるか……僅かに確認を向けて思いを決めた様に動き出した。


「盾の壁を作る。後退して再編しろ、そこで迎撃するんだ。伝達位出来るだろ」

「あんたやっぱり……化物なんだな」


「どうでもいい、持ち回りならそこまで繋げ。騎士団にも伝えろ。駄目ならお前が指揮をとれ。責任は俺がが取る。時間は作ってやるから急げ!」


 クローゼは言い放ち頷きを受けて、硬化機動楯(マヌーバ)で中央との間に相当数の盾を等間隔で並べて見せた。

 あからさまに舌打ちをして、彼は魔量充填(チャージ)を何本か投げ捨てるに至っていく。


 そして、鉄黒の兵団の先頭で飛ぶように駆け出したノーガンに意識をむける。


「後退と再編で迎撃を! 打撃は与えてやる」


 苛立ちを全快に響く様な声を上げて、向かい来る集団に面を飛ばす様に竜硬弾を炸裂させる。そのまま瞬発の飛び出しでノーガンに向かっていった……



 ……爆裂の光景を感じながら、ノーガンは向かい来るクローゼに目を見開いた。


 ――サバルの死でパルデキアード領内の魔王の軍は統制を失い各々が勝手な動きをした。

 ノーガンも体裁を保つ主力をフィールとドレットに丸投げしてこの戦場に現れていた。

 意図的では無いがなし崩しでも無い、その状況になる――


 視認の上で向かって来るクローゼに、ノーガンは覚悟を決める。


「やってやる!」


 発した言葉と同時に、持つ手の槍が双剣と合わさった。衝撃で弾かれる槍を身体を軸に、ノーガンは回転して攻撃に転換する。

 槍先で、煌めきの魔方陣の発揮を促されたクローゼの声が響いていく。


「忙しいんだ、抵抗すんな」

「ふざけるな!」


 羽ばたき飛び退くノーガンに、クローゼは投げた言葉と同時に砕く瞬発で追撃する。そのすがら、下方に向けて竜硬弾を放って弾け飛ぶ光景を作っていく。


「飛ぶな面倒くさい!」


 言葉と共にクローゼは、ノーガンの周囲に空間防護(スペース)を囲う様に多重展開する。距離を取る為に羽ばたいていたノーガンは、唐突に空中で停止させられた。


「なっ、何だ?」

「捕まえたぞ――」


 今度は空気を固めた盾を足場に、クローゼの魔力を通した衝撃の剣がノーガンを襲う。

 防御に回した槍こど砕く衝撃がノーガンに届き、弾き飛ばされて地面に激突し砂塵を巻き上げた。


 断末魔すら聞こえない衝撃を見下ろすクローゼが、光景を凝視する。その視界には、進み行く鉄黒の兵団の場景が入っていた。


「取り敢えずこんなもんか」


 出した言葉と共に、不可侵領域(フィールド)に移行して眼下の一団に自然落下した。

 押し退ける勢いで着地して、クローゼは不可侵領域(フィールド)を全開の勢いで広げ、隊列に空間と混乱を起こしていく。


「死にたい奴から掛かってこい――」


 金銀の輝きに、立ち行く姿は既に魔王である。雰囲気が勇者とは呼べない。そんな様相で、カチカチ音を出して吹き飛ばす光景を連続させた。

 衝撃が鉄黒の兵団の混乱を誘発して、編制を整えつつある城塞都市国家同盟の傭兵団に、反撃への道筋を示していた。


 精悍が煌めきを放ち、鉄黒兵団の竜魔族がたじろぎを見せる。平然とクローゼは周囲に意識を向けていた。

 クローゼの支配する視界には、集団を取り戻した聖導騎士団の一部がミレイユを先頭に戦場を駆けるのが入ってくる。

 それが散らばる人狼らに、集団への渇望を呼び起こして行く。


 混乱の最中、場景の映り変わりをクローゼは感じて、落ち着きを得るかに軽く息を吐いた。


「――ここは任せるぞ」


 誰に向けるでなく、全体に向けて響き渡る大きな声をクローゼは出していた。戻るつもりで、「最後の置き土産」言わん云わんばかりに、魔力を竜硬弾に乗せて周囲にばらまく。

 そして、思いを中央に向けた。時折飛び上がる間に見た、戦場が加速する雰囲気を追いかける様にであった……



 ……中央で第二幕が始まる前に、ユーベンを攻略する人智の軍の右翼では、一騎打ちの様相か起こり戦局は動いていた。


 ブラッドとジニスの因縁が三十合にも及ぶ打ち合い末に、相対の距離を作り出す。

 その間隙で、人智の中央軍の横撃が魔族の左翼に襲い掛かっていた。


 ――戦場のヴァンダリアを統べる代行者の苛烈で重厚な攻勢だった――


 斬り結ぶ場景にあった漆黒の側衆ゼレスが、コルトレーンに連なる者と壮絶な斬り合いで手こっていた。その中で彼は、戦局に向けて声を出していく。


「ジニス、新手だ――」

「――それどころじゃない」


 牽制すら気の抜けない状況で、ジニスは「知るか」の雰囲気を出す。対するブラッドは、予定調和なのか不敵な笑みを見せる。


「中央からの攻勢だ。予定通り挟撃する。目の前敵を蹴散らせ」


 ブラッドは、「指揮官たる」を自身の奮う槍の上に積み上げていた。槍撃の槍術に騎乗技術で魔族を凌駕し、ブラッドに余裕を見せさせた黒装槍騎兵が呼応し躍動する。

 対比する、体裁と数だけ揃えたジニスの一団は、既に崩れる様を見せていた。


「全体的にこちらが優勢だ。そろそろ決着をつけさせて頂く」


 ブラッドの端麗な容姿は、この瞬間精悍な顔付きを魅せていた。


 その言動は、紫黒の千人長が個体の力を全面に、人智の右翼中央を押し込んでいた光景の変化による。

 それを遮る、攻勢に先んじた剣と牙と弓によって成されていた。


 ――人魔の強力な個体である千人長らが、北部騎士達の命を削り意識を砕く寸前まで追い込んだ状況で、クローゼが送った四人は戦場に静寂をもたらす一撃を浴びせていた。

 明確には、颶風の弓士アルクス スキロ=デュシス・アールグも含め五人になる――


 唐突な一撃から流れる、明らかな強者が集う場景は濃密な空間を演出する。それは、力ぶつかる光景を予感させていた。

 触発の様子に、 翠緑乃剣(エメラルドソード)クリフ・レッドメインから、緊迫の空気を緩める言葉がでる。 続く光景はそれで始まった。


「御守りが無いから一段上げて行こうか」

「緊張感が無いぞ」


 狒々(ヒヒ)の様相と視線を合わせるクリフに、紫電乃剣ライトニングソードネビル・オルムステッドが声を出した。

 彼の前面には、手を止めて来襲者を見る人虎の様相が見える。


「人風情が大層な事だな」

「魔族ごときが付け上がるな」


「この流れだと俺の相手はあの熊ですか?」

「獅子の奴でも良いぞ、ラファエル」


 人虎タイグルが吐いた言葉に、ネビルが相応を返す。何と無く対面が相手であるの流れが出来て、第十一牙騎士(エルフト・ファング)ラファエル・ファング・ヴァイトリングは目の前の人熊(じんゆう)を見ていた。


「そちらはお任せします。雰囲気的に相性が悪そうですから」


 ラファエルの言葉を受けた第四牙騎士(フィーアト・ファング)ギュンター・ファング・リッケルトは、皆が馬を降りるのに合わせて背に乗るスキロ=デュシス共に地に足を付ける。


「相手も相応な様子。周りは私が片付けるのでそちらは頼みます」


 周囲の人魔族を逆撫でしたスキロが、相応と見た「明らかに単一な獅子」の様相はレオーガと言う。格付けは副団長になり、相当な実力のタイグルも一目置く名実共にヴォルグに次ぐ者になる。


 対峙するギュンターは、特化する他の三者とは違い正統な騎士であり剣士だった。彼は相手の様子に軽い息を吐き呼吸を整える。


「スキロ殿の言葉に甘えさせて頂く。目の前の敵に全力で向かうぞ」


 残る三人が「応」と声を揃えていた。ラファエル以外は格付けに差は無い。ただ、彼に向けた言葉に二つの剱も答えていた。

 双方の雰囲気が一段上がり、頭上を「エルフの一矢」飛び越え人魔の場に降り注ぐ。


 それを合図に激闘が幕を開けていく。重なり合う剣と牙に爪とが、激闘を激闘として形作っていた。

 恐らくは死闘。

 おおよその結果に不測は見えるが、双方共に全力で全開の光景が此処彼処(そこかしこ)でてきあがっていった……



 ……激闘の開始に続き、中央の軍からの攻勢が行われていた。勿論、精強なヴァンダリアの兵を統べる、キーナ・サザーラントの有無を言わさぬ攻勢になる。

 竜撃と託されたエルフの引く弓を巧みに使い、明確な意図を敵の側面に向けて、彼女の采配は瓦解する様子を作り出していった。


「良し、このまま一気に突き崩す。最大掃射の後、槍騎兵と槍兵は突撃開始だ。掛かれ」


 キーナの号令に、火力と降り注ぐ矢の共演が一層の苛烈さを増していく。

 その流に、黒装槍騎兵の第四大隊と密集の槍兵が、崩れ行く魔族の列にはっきりと分かる崩壊への序曲を刻んで行く。


 一応に刻の許す最短で、キーナは意図した光景を呼び込んでいた。空けた中央に踵を返す為にも、その必要があった。


「あれが中心なのだな」


 半ばを崩壊させた彼女の攻勢で、開き散る戦場が出来る。その先に、強者集う「異質な」中央の後ろ。そこで形勢に抗う僅かばかりの集団が、キーナの視界に入っていた。


「一応、それらしい……か。ポロネリア卿、指揮をお願がいしたい。私はあの楔を引き抜きに行く」


 唐突にモーゼスの目も状況の確認に忙しく動いていた。一通りの後、当たり前の見解が出てきた。


「指揮権は構わないが見るからに本陣の体。恐らく彼処にあるのは魔族でも一軍の将。キーナ代行殿の力量を推し測るでは無いが、些か……。それに、わざわざ御自身で行かれずとも」


「お気遣い感謝します。ただ、自身の力量は自覚しているので一騎打ちなど考えてもおりません。それに、我らの主は面倒なので私が行かねば……と言う所です」


 キーナの言葉にモーゼスは頷きを返していた。


「では頼みました。……良し、あれを使う。彼女の意向もあるが捕まえれば恐らくは決まる筈だ。行くぞ」


 ――クローゼが指定した魔族は殺さずに――


 如何にも不毛な言葉をキーナは受けていた。当然再考の余地有りと進言したが、その言葉向こう側に魔族と懇意にしている彼女の存在がちらついていた。


「心情を無視しとは……面倒な事だ」


 我が儘も過ぎるに最善を約束した彼女は、自身が小さいと思っている「手」を広げ、現状「漆黒のヒルデ」を拘束するかの状況を作り出していた。

 そして、騎乗兵二百を連れて戦場に入って行く。


 そこから続くのは、各所で戦いが激闘の音を奏で、壮絶な光景を呼ぶ様子になる。そして、両翼の戦局が向かう先は明確な結果が見えていた。


 ただ、死闘を含む激戦の様相な中央を除いてではあったのだが……



 ……中央の死地に立った四者の場景は、連続する竜撃の音と魔動筒の「黒」が炸裂する光景に彩られ正に死闘を繰り広げていた。

 その中で、帝国様式の黒の六楯(クロージュ)を纏い、ミールレスの大雑把な魔力発動を辛うじて捌くヘルミーネが、しなる魔刃と竜硬弾を合わせている。


 一応に届くそれが、ウルジェラの連結の剣と魔力発動に合わさって、場景の中心で激しく交わるレイナードとミールレスの均衡を作り出していた。

 必死に自身の限界を越えるヘルミーネの目には、想像を絶する「槍使いの従者」の姿が映っている。


 彼女が知る領域に届く絶望的な力の相手と対等な槍。


 彼女がこの場にあるを認めた男が預けた背に、ヘルミーネの折れそうな心は繋ぎ止められていた。

 ――諦めない。まだ、行ける筈だ。……止まる事なく動くヘルミーネの僅かな思考が弾ける。


 魔力を斬り捌く余波で、彼女の黒の六楯(クロージュ)も裂け飛び、白い肢体に鮮血がにじんでいた。

 同様に、淫靡なる夢獄(ウルジェラ)の容姿で、神具を模した全身鎧フルプレートも砕け露になる肢体を晒している。


「ヘルミーネ、右から放て――我は逆に入る」


 声を出す事すら出来ないヘルミーネに、ウルジェラの指示が飛んでいた。レイナードの揺らぎに合わせて援護の魔刃が走る。

 無言で紋様の力をミールレスにヘルミーネは向けて、僅かばかり体勢を崩したレイナードが持ち直していた。


 行き行く勢いをレイナードは取り戻す。


 神具の槍心――魔斬の流槍(ニグレイドル)に引き上げられ、美しさを凌ぐ剛胆を見せるレイナードの肢体は既に傷が無数にあった。

 だが、ミールレスも鎧が欠けて肢体を晒す。

 それを意に返さない剣士然が、双剣の魔刃で口角を上げ奮う様子を見せる。それがレイナードの力を示す事にも繋がっていた。


「これ程か。たぎるぞ」


 ミールレスの称賛にも取れる言葉に、レイナードは無言のままでニグレイドルを奮う。

 連撃がミールレスに鮮血を強いて、返す刃がレイナードを襲い彼が踏み込んだ間合いの為に胴衣装甲(ベスト)が裂ける。


 ――吹き出す血飛沫が空間に色合いを魅せた――


 死地の均衡に綻びが見えて、緊迫感が空気を裂いた。振り絞り相応の距離を黒の六楯(クロージュ)の影が飛びのいていく。


 一瞬の空白が場景に通って……それを転位型魔動堡塁(フォートレス)の上から、ユーリ・ベーリットは視認する。

 ただ、その事に意識を向ける以前に、目の前の状況が先に入ってくる。


「セレスタさん、敵か抜けて来ます!」

「数は?」

「全面に……数百かと。こちらに届かせる気はないですが、何体かは抜けるかもです」

「わかりました。中央の隊は両側に再展開して、両翼を厚くして支えて。開けた前は私が――」


 ユーリの声にセレスタは答える。そのまま双方が指示につながる流れで、セレスタ言葉が終わる前に黒装槍騎兵の馬蹄が大地を踏み駆け出していた。


「セレスタ殿は引き続き指揮を――」


 バイロンの置き行く声に、第二大隊の残る三つの中隊の二つが飛び出していた。大きめな盾の壁の隙間を彼らは疾走する。


「サマーフェイズ殿!」


 命令違反ではないが、置き去りにされたセレスタは驚きの顔をした。そして、残る隊が前面を埋める様に横隊で展開する。

 セレスタの声を聞き、ユーリは疾走する黒いヴァンダリアの騎兵を目で追っていた。


 咄嗟の指示が彼から出され、通信で両側からの多身式回転連続竜擊筒(ドラゴンラッシュ)の炸裂音がでる。

 それが、行き行く先と両側に「援護」の文字を刻んでいた。

 光景が、竜硬弾の弾幕が一時的に途切れた中央に、流れ集まる雰囲気の人狼らの足を止める。


 一瞬の判断の結果をユーリ自身は見て、前方に意識を戻した。そこは、死地に変化をもたらした場景の流れ……向けた先で真っ先に彼の瞳に映るのは、ヘルミーネ・ファング・フローリッヒの踏み越えた奮闘だった。


「ヘルミーネ……」


 呟き漏らすユーリの声に見えるのは、恐らくは治療の合間。前面に立っていたレイナードの変わりに、ミールレスに彼女は向かっていた。


  帝国騎士の高速で奮う剣勢。


 その連続に魔力と魔衝撃を合わせて、ヘルミーネはミールレスに笑みを引き出す。


 ――彼女の人生で初めての絶望的な経験は、初陣での真紅乃剱(グリムゾンソード)だった。


 命を掛ける程な真剣の訪れ、その最初がカレン・ランドールだったのは、彼女にとってどの様な意味を持っていたのだろう。

 その後の「常にその背中を見る男」の領域に触れて、彼女自身にどの様な変化をもたらしたのであろうか。


 相応の傷をおっているが、恐らくは魔王級のミールレスに、単身で向かうこの場で、臆する事も諦める事もなく『剣を奮う』に至れる『礎』だったのかもしれない――


「なかなかに、楽しませてくれる」


 ミールレスの言葉に、ヘルミーネは声を返す余裕すら無い。

 ――まだ、まだ大丈夫。……言い聞かせる思考をヘルミーネは自身に向けていた。


 彼女が限界を越えているのは、視線を離す事の出来ないユーリにも分かった。

 複雑な心持ち。……自身の非力を呪う自虐の思いに、そして……。

 その心情で、ユーリは周りの状況を見落としてしまう。


 それは、しなやかな人豹が盾の壁を飛び越え抜ける様が彼の横で起こっていた事をであった。


「頭を取れば、こっちの勝ちだ」


 青い黒の六楯(クロージュ)が目立ち、見るからに指揮官然としたセレスタ。それを目掛け断定し、エルフィアは配下と共に襲い掛かる。

 抜き放たれる|龍極剣エスターの強震と「五番はジルクドヴルムへ――」の声。


 響く交錯の音に戦場が動いていく。


 ただ、状況はこの場だけでなく、ユーリの視界と視線にもざわめきを聞かせていた。それを起こした先のヘルミーネやセレスタが、敵の刃と爪さらされていく。


 ――重なる剣と鉤爪の様な武具のカン高い音。別方向では、魔力の衝撃が放たれ、帝国様式な黒の六楯(クロージュ)を巻き込み飛ばす光景が出来ていた――


「ああ……」


 判断力に優れ冷静な男は、ある種の心情に空を見上げるに至る。何かに祈る雰囲気で、些かな思考停止であった。

 そして、思いは別の形で届く事になる。


 見上げる視線を「龍人の翼」が掠め、眼下では、蒼黒の炎を巻くライラの六刃が、セレスタとエルフィアの奮う剣と鉤爪の間に割って入っていた。


 会話と音がユーリに入り眼下の場景から、最も憂い思うに意識を向けさせる。


 ――些かな嫉妬と上回る安堵が、ユーリを流れて行いった――


 そして、衝撃の魔力発動と恵風の魔力が迫り来ていた紫黒の兵団を襲っていく。

 状況を変える来訪者。……いや、戻り来た十三番目の魔導師。


「セレスタ。遅くなってごめん。色々と面倒な事があったんだよね」


 上空から、アレックスの声がセレスタに向けられていた……。




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