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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
序章 王国の盾と記憶の点
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十五~領主として~

 この刻()が合わせる視点は、『貫かれたクローゼ』が、クローゼ・ベルグとなった刻に支払われた所領で、与えられた地位としての場になる。


 その場所は、街道都市 ジルクドヴルムであり、そこには『クローゼの彼』の瞳に映る光景があった。





 行政官舎の執務室から見る景色は、城壁の大きさに比べて、街並みは閑散として、整美さが足りないような気がする。


 ――それが、ヴァンダリア領最北端に隣接する、街道都市ジルクドヴルムの印象だった。


 南北街道中央路と東西街道南部路が交差する要所で、街道を壁内に取り込んでおり、陸路交易の拠点となっている。


 数年前までは、王国直轄領地だったものだ。それを『俺』クローゼ・ベルグが、ヴァンダリアと『ベルク』の名に男爵位を合わせて、拝領したと言うことらしい。


 そして、ここは数ヵ月、大半をこの街『ジルクドヴルム』で過ごしていた。


 早朝の鍛練を終えた俺は、ジルクドヴルムの行政官舎の領主の執務室で、暁の冒険者商会のレンナント・ウォーベックと会っていた。その彼と簡単な挨拶を交わして、席に付いていく。


「大分、板に付いてきた感が御有りですね」


 毎度の世辞に「ああ」と言って「とりあえず、三日目にも言われたと思うぞ」と返してから、本来の用件の進捗情況を彼に尋ねていた。


 彼はレイナードの兄で、ウォーベック商会の次期商主。冒険者なる物の仕掛け人になる。


 ――レイナードとは、大分違う感じに見える。


 俺が初めて会ったのは、四ヶ月ほど前。城塞都市ヴァリアントの屋敷でだった。その前日が、少し刺激的だったのでよく覚えている。

 

 その日、義姉上やフローラ。それに、師匠と女史に士爵の何人かの他、三十人ほどが見守る中で彼と密会? をした。可笑しな話で、前日モリスに『打ち合わせ済み』の内容をまとめた書類を渡さる。


 受け取ったのは、その話を聞いた外食後に頼んだ、彼の迎えの馬車の中ではなく。帰宅後に、何故か俺の部屋の前でそれを抱き締めながら、うたた寝していたアリッサからだったが。


 あらかたの状況を聞いた最後、彼の言葉が耳に付いてくる。


「ジルクドヴルムの兵舎を解放して頂いたので、思いの外、順調にいっております」


「最初から、そのつもりだったと思うが」

「恐縮です」


 そもそも、それを当てにして、俺に話を持ちかけた筈だ。建国初期に、王宮の所在地だった事もあるここは、今は人口二万のそれなりな都市になる。

 ただ、城壁区画の規模は、ヴァリアントに匹敵する。兵員、一万以上を常駐させる兵舎も有った。


「ニコラスが喜んでいた。維持費が半分になったと。それどころか地代まで。……ところで全体的な感じは?」


『成果は出てるんだがな』と言う意味で、彼にそう言った。


 実際は、使いもしないものを、長い間維持管理してるのも無駄だ。ただ、街道税を王国の名で徴収している以上は、王国軍の軍事施設があると言うのは、建前上必要なのだろう。――は、まあ、あれで。


 と、ジルクドヴルムの行政統括官、ニコラス・カーライル準男爵がそんな事を言っていた。

 モリスと同年代の彼は、モリスの御墨付きの人物で、正直ジルクドヴルムの拝領の恩恵は、彼を筆頭に優秀な官吏を得たことだと思う。


 ――まあ、それでも足らないか。



「南部は、本店がある地区は全域で展開出来ておりますので、其なりに機能しております。その他地区も、成果はを見れば追々」


 と彼は地図を広げて、南部一帯を指で囲う様に動かしていた。


「後は、ヴァンダリアの老師殿達の指導も非常有効でした。特に、分隊制と言うのですか? あれは中々、我々に思い付きませんね」


 老師と言われるとしっくり来ない。齢でそうでもジルクドヴルムに召集した彼らは、十分現役でやれそうだ。


 ――正直、素では勝てる気がしない。


 彼らは俺の意図を理解して、必要な事を短期で適切に指導している。その思いで呟いてみる。


「老いていないがな」


「左様ですね。経験則で人選して頂けるので、仕事を与える時に非常に助かります」


 上手い切り返しをされた感じがある。そして、流れではない「愛想」のそれを見せてきた。


「勿論、領主様ご提案の階級制なども、非常素晴らしい……」


 続いた彼の言葉もそんな感じで、非常に耳障りが良い。まあ、商人ならそういうものだろう。そう思い少し発破をかけてみた。


(いず)れにせよ、成果には期待させて貰う。少なからず、暁の商会には資金を投じているからな」


「暁の冒険者商会の商主として、領主様の御期待そえる様に致します」


 毎度、何を話しても、御約束の展開になるのは、彼の其れ故の為せる(それゆえのなせる)所だろう。人の考えなど、俺には御せないのは分かったから、全面的に信頼して任せる事にする。


 ――まあ、そんな感じか。


 要件は、何となくこなしたので、簡単な儀礼を受けた。それで彼は立ち上がり「来年……いや今年中には何とか」と言葉残して退出して行った。


 彼を送り出し、暫くしてアリッサが紅茶をテーブルにおいてくれる。タイミングが中々な気がする。


「クローゼ様、どうぞ」


 彼女はそう言って、そのまま下がって行った。最近のアリッサは、俺が何か考える時などの、距離の取り方とか距離感が、絶妙旨くなったと思う。

 心地よいのだけど、全部ばれてるみたいで少しあれだ。後、気配の消えかたが、あの男に近づいた気がする……。



 取り敢えず、紅茶に口をつけて、先ほどまでの話を思いかえしてみる。


  ――とりあえず、冒険者の話だが……。


 形式的には、俺、クローゼ・ベルク・ヴァンダリア男爵が、後援者とか出資者になって、王国の為に新しい事業を始めたという事になる。


 ――まあ、基本的には商売というところだ。


 話の流れで、私的でない所も多いけれど、ヴァンダリア候爵家としては前面には立たず、建前上は義姉上が「可愛い弟を良しなに」な感じで、一筆と金を広範囲にばらまいてくれた。


 ――簡単には一時金やるから、冒険者を認めて領内に入れろ。安くしてやるから自分で雇え的な。


 俺の意見を暗に、ヴァンダリアが全面的に支持してるんたぞという感じだ。と言われた。


 後、ヴァンダリアの王宮担当、クランザ・ヴァンリーフ子爵が久しぶりに働いたと、報告をかねてヴァリアントに戻った時に笑ってた。

 ヴァンダリアの唯一の分家筋で、自分は初見なのだけど「大きくなったな」と言われて、少し複雑だったのを思い出す。


 ほとんどの貴族が、王宮あるロンドベルクの屋敷で年の大部分を過ごす。だけど、ヴァンダリアの当主は王命か宮中行事にしか、王宮に行かない。

 不敬不遜と言う訳ではなく、宮中に一線を置く事を王命によって、認められているからだ。


 それで、彼らがそれ――社交――を担当している。ヴァンダリアの盾だと言っていたのが、とても印象的だった。そんなに思い返しが、アリッサの声で戻される。


「ニコラス様がおみえになりました」


 彼女の声に意識を向けて「ああ、わかった」と答え、彼が来るのを待った。勿論、彼も仕事が出来る凄い人だった……。





 ジルクドヴルムの行政統括官吏として十五年。


 何人もの代官職の貴族に仕えたが、ヴァンダリアを冠する今度の領主は、少し違っていた。と言うよりも、ヴァンダリア自体が特殊なのかも知れない。


 払い下げ的な感のある、主の変更は容認できる範囲の事だった。当たり前に、職責を果たす事に変わりがない。当然、決裁権の道が少し代わるだけだ。王宮からも、王命でもそういう事になっていた。


 最初の年、当たり前の様に、王国税と領地税の必要分と街道税を王国比率分も含めて、城塞都市ヴァリアントに送った。

 領主は男爵なのだが、領地としては下手な伯爵領よりも収入がある。割り当てられた租税比率は、当然高い。その計算で送ったものが、必要書類と共に八割方返されてきた。


「ジルクドヴルムは、ヴァンダリア家管轄として、領主、クローゼ・ベルク・ヴァンダリア男爵には、男爵領地税相等額を納められたし」


 ――色々なやり取りの末そうなった。


 当然、王国税は、ジルクドヴルムの街道税の王国比率分も含め、ヴァンダリア候爵家は普通に処理している。領主代行だったモリス卿にも確認したが、以後その様にと言われた。


 ――あり得ない。


 ジルクドヴルムの収益のほとんどが、男爵個人の財産だと宣言したのと同じなのだ。


 更に驚いたのが、ヴァンダリアの人材の優秀さで、派遣てくるほとんどが、水準以上な働きをする。

 若者も経験さえ積めば、十分将来を期待できる。そんなヴァンダリアの底の知れなさに、驚きを隠す事が出来なかった……。



 そんな事を思い返しながら、領主との面会の為、彼の執務室に向かった。手にした、ジルクドヴルムの都市計画書の案も、彼らがいなければ、これ程早くは進まなかったと思う。


 驚きを通り越して、尊敬したことは、数ヵ月前に何度か会っている彼が、皆を集めて「はじめまして」と自己紹介した。


 彼が、一連の事業について興奮気味に語り、躊躇無しに資産をつかう事を決めた事だ。


「義姉上から預かった物だからな」


 彼はそう言って、私に冷静の表情を向けてきた。


「内容は貴方が、精査してくれ。貴方が駄目だと思えば言ってくれ、意見を踏まえてもう一度検討させ直す」


 それを聞いて、私はこう言ったと思う。


「お聞きしていた事情から、『はじめまして』と云われるのは理解致します。その状態で、私の意見をそこまで尊重して頂いてもよろしいのですか?」


  ――『はじめまして』と言った相手に、言う言葉なのか?


 と、そのままそう思った。


「私はモリス殿を信じているので」


 私の問には、その言葉に続く彼の答えが向けられてきた。


「自分にはないが、モリス殿には人を見る目がある。彼が貴方を評価しているのだから、貴方の能力を疑う余地はないよ。期待させて頂いても、よろしいか?」


 それこそ、選択肢の無い問いかけに「努力致します」と答えると、彼はこう続けてきた。


「私は、国王陛下にジルクドヴルムのすべてを頂いた。当然、君たちもそれに含まれる。それがジルクドヴルムの価値を引き上げたと、私は思う。王国に対する義務や責務はあるが、ヴァンダリアと私の為にも、今後は尽力して頂きたい。少し遠回りしたが、私も領主として努力するつもりだ」


 その顔は、我等が何度か見ていたその人だったが、全く別の誰かに見えた……。


 と、彼の部屋の扉が開いたので、中にはいる。視界に入った、若い領主との時間は意外と充実する。




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