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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第六章 王国の盾は双翼の楯
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十二~ユーベン攻略戦……開幕の咆哮~

 終幕を迎えた北部の戦場は、刻の流れを見せ折り重なる魔解者の屍で景色が変わっていた。無論、人智の側も相応の被害を受けてはいた。


 結果を踏まえて、優先すべきは進軍である。そう、魔解の軍を退けた統べる者達は、ユーベンを目指し南下する行軍の最中にある。

 アーヴェントは、その過程で「友好な異界の騎士」の終幕を一応に受け入れていた。


「カレン、一人で背負うな。散った者全てに対する責は王である私にある。それに……」


 自責の念を持つカレンに、アーヴェントは真剣な赴きを見せる。


「あの場で傍観したのはお前だけではない。気にするなとは言わぬが囚われる事はない。今は、彼を忘れなければそれで良い。勿論、私も忘れない」


 結果がアーヴェントの元に至った時に、彼はあからさまな落胆を見せて、次々に「仮定の自責」を聞いていた。


「そうだカレン。事が成り道が開けたなら私も行こう。彼の……お前の国は良い所だと、ローランドは常々自慢していたからな」


 常に傍らの程に、アーヴェントはローランドを信頼し良好な関係があった。それは恐らく特別なものだったのだろう。


 ――その為か自ら異界に赴く意を出していた――


 体感で彼の強さを知る王は、その事実から戦勝に(おご)る事無く「楽観はしない」と魔王や魔族に対する気持ちを改めていた。

 勿論、相応の覚悟を持ってはいたが、今一度気を引き締めるところになる。

 カレンの僅かばかりの頷きに、ことさら平静を見せて『王たる』の覚悟の言葉であった。


 その瞳は各々を統べる者らと共に、「魔王降臨」始まりの地、魔都であり王都でもあるユーベンに向けられていた。



 単純にユーベンを目指すのは、北から主力である統べる者達の軍が追撃の状況にある。

 西からはノエリアが亜人と王国の魔導師の協力で、掃討と囲みの結界を破り、国土奪還に向けて準備をしている。

 そして、ユーベンを圏内に捉える南方連合軍があった。


 ユーベンを捉える彼らは、南西方向にある「通じる穴」を目指し、魔解を進む魔王の一団を見据えて「ユーベン攻略」を始めようとしていた。


 名目はニナ=マーリット王女の意向となる。


 しかし、主導していたイーフォル・ローデンビュルフ伯爵以下がヴォルグによって天極の地に至り、助力する側に主体が移っていた。

 助力の主体であるのはイグラルード王国。その為、結果的に、最大の支援者であるクローゼ・ベルグの意向が反映されていたとなる。


 その上で、現状はユーベンの南側の城壁付近に展開する、紫黒と漆黒の兵団の魔王軍と彼らは対峙している。魔王軍の数は二万余り、一万四千――魔獣騎兵二千を主力に据えていた。

 クローゼは連合軍四万数千の兵力を眼前に、それを見ていたのだった。 依然として腕を組み難しい顔のままで、である。


 ただ、指揮系統は丸投げの「やる事やったら、好きにやる」彼が、対峙の場面で難しく考える必要はない。単純に要因は別にあった。


「アレックス……」

「今さら言っても仕方ないよね」

「気付けよ」


「黒千が我が儘だったから気が回らなかったんだよ。琥珀色の薔薇(アンバーローゼ)が付いて来てくれなかったら間に合って無かったよね」


「すまん」……恐らく要因の大半がレイナード・ウォーベックによる。そう、問題なのはこの場にいる彼の弟子「二人」にあった。


 オスカー・フロックハートとスティル・ヴォルラーフェンの幼少同年の二人である。アレックスが、大型の転位魔装具で運んで来た荷物に紛れていた。


 七歳と幼少の彼らを咎めるクローゼに、二人は毅然と「師匠の……」「父上の……」の抵抗を見せて、セレスタやモーゼスがいる陣容付近の後方に移動させた、転位型魔動堡塁(フォートレス)に居られる事になった。


「仕方無いか……今更だし、二人とも大人しく見ていろ。何かあったらフローラが悲しむ。アレックス。ヘルミーネも二人を頼む」


 結果的に折れたクローゼは、順に幼少な二人の頭に手のひらを当てそう言っていた。

 頷きに合わせた目線を離す様に、彼は立ち上がり吹っ切った顔をする。


「レイナード、先に行け。わざわざ連れて来た黒千(あいつ)を遊ばせるつもりないし、ヤバいのが何体かいる。それに奴は手生えてたからな」


 暗黙が流れて、レイナードも弟子二人と拳を合わせて、愛馬――黒千――を駆っていった。

 その様子を見送る目に、前方の魔族の一軍に動きが見え始める。


「関係ないけど、出て来てくれて助かったよね」

「んっ。ああ、魔族か。奴らが籠城なんかするか。それに情報通りだしな」

「アリッサから?」


 アレックスの問に「違う」とだけクローゼは答えて、眼下で自身の愛馬、琥珀色の薔薇(アンバーローゼ)に跨がるセレスタを瞳におさめる。

 アレックスの「そうなんだ」をクローゼは聞いて、慌ただしく報告を受け、モーゼスと話をするセレスタを見ていた。


「セレスタ、行き渡ったか?」


 唐突なクローゼの問い掛けは、戦場で使う小型通信用魔動器の事になる。会話の区切りで、セレスタは見上げる様子で声を返していた。


「ええ、届く範囲も確認したわ。アレックスはやっぱり天才ね。こんなのあったら戦い方変えないと」

「僕が沢山作ったんじゃないけどね。元を作ったのは僕だけど」


 二人の会話にアレックスが声を挟んで、クローゼの意識を呼んでいた。


「どの道、お前が天才なのは変わらないだろ。……ウルジェラ、魔王の状況は?」

「……真っ直ぐ穴には向かっていないが、出て来る場所は恐らくそこだろうな」


 セレスタの横に馬を並べるウルジェラは、クローゼの流れる声に見解を返していた。その変わらない感じにクローゼの視線は向いていた。


 ――獄の眷属神を取り込んた魔王オルゼクスが、どれ程かウルジェラには分からない。ただ、間違い無く感知するのは、混成の眷属神の様であった――


 その認識の上で現状の攻略戦になる。


 距離と刻の流れの制約に、目指すは「ユーベン北東区画」の人智の解放。抵抗は排除の上である。

 ユーベンに向かい来る魔王が異質な者になり、勇者イグシード不在の中で、打倒から封印を視野に入れた「対峙する場の限定」の予断であった。


 クローゼ自身は更に、紫黒のフリーダの確保を主張していた。勿論、場を限定の為「誘きだす」のに有効であるとの意見になる。

 彼の感覚で当たり前ではあったが、大方の見解は、クローゼ・ベルグの責任の上にだった。


 合わせてその話し合いの場では、双翼神乃楯(イージス)の話も当然出ている。 ランヘルでの「禁断の領域」なら、無駄な犠牲も出ないだろうと王の側近から意見があった。

 しかし、ベイカーの「新な魔王を生むだけ」の言葉で、話し自体に釘を刺される形になっていた。


 一応の確認を続けていたクローゼは、下からのユーリの「状況が動いた」の促しを聞く。


「そうか。……アレックス、イグシードの件は任せる。さあ、始めるぞ」


 場に開始の声を出して、クローゼは中央を入れ替わった、ヴァンダリアの軍装の布陣の上を飛び越えていった。最前線を目標に、軽く空中で静止して空間防護(スペース)を砕き、あたかも飛翔するかの様にである。


 最前線には、キーナ・サザーラントが視界におさめる位置に、ヴァンダリア竜撃歩兵が重厚な布陣で展開していた。

 その前方から迫り来る紫黒兵団の人狼達との間に、クローゼは、これ見よがしに派手な着地を見せる。それに、呼応するかのキーナの声がした。


「竜撃用意。威嚇の咆哮(ソウルブレイク)に備える。防護術式を越えるのも覚悟しろ」


 その声が示す様に、竜撃の射程ギリギリでマッシュとロッシュの率いる人狼が威嚇の咆哮(ソウルブレイク)を放った。


 圧力が塊となって響き、クローゼを含めた前線に襲い掛かる。クローゼの弾きが届かぬ場には、動揺がみえた。その隙に後ろから追従してきた人魔らが、左右に別れ前面から離れていった。


「言った通りか」……クローゼは軽く呟いて、キーナの指示通りに硬化機動楯(マヌーバ)で突き出す砂塵の楯を両翼に「はの字」に展開する。

 間髪入れず、そのまま迫るマッシュとロッシュの一軍の前面に空間防護(スペース)を多重展開した。


 発現する操作可能型自動防護式アクティブプロテクションの盾。

 戦場に連続が具現と輝きを作り、阻まれ鈍る勢いが人狼人魔に襲い掛かっていた。


 その様子に、クローゼも双剣を抜き放ち威嚇の咆哮(ソウルブレイク)ばりの声をあげた。


「覚悟を見せろ!」


 双方にも取れる言葉に空間防護(スペース)を砕いて迫る、マッシュもロッシュも当たり前に自身を一段高い位置においた。


「こっちもすげぇ本気で――」

「言われるまでも――うおぉぉーっ」


 突き抜ける二者に後続と両側が遅れを見せる。


 そこに「覚悟を見せろ!」で、動揺を振り切った一段前に展開する竜撃歩兵が、キーナの「放て!」の号令で放射状に斉射した。両側に抜けた各軍は、半端な位置で竜硬弾を浴びて混乱を見せる。


 勿論、抜けた人狼の二者の後ろでも、消滅させた空間防護(スペース)で立ち往生から解放された人狼達が受けた竜硬弾で混乱を見せていた。


「すげぇーけど。堪えろ!」


 クローゼとの距離を詰ながら、叫ぶマッシュの横でロッシュが行きながら遠吠えを併せている。

 明らかに、耐える姿勢を見せる人狼らに二射三射と竜撃の放つ音が襲っていた。

 ただ、それすら振り切るかの光景と迫る二者の距離で、マッシュの声を聞いたクローゼは広角を上げていく。


「そこまで耐えるか、流石だな」


 僅かな感嘆で、そのまま両側に出した硬化機動楯(マヌーバ)の具現の盾を動かし、打撃を与え、両側に別れた人魔達の混乱を助長する。


 操作に意識を向けたクローゼの前に、覚悟の二人が迫っていた。その瞬間、余裕を見せるクローゼの後ろから、 翠緑乃剣(エメラルドソード)第十一牙騎士(エルフト・ファング)が飛び出して来る。


 ――刹那の交錯に高速の激突。斬撃と打撃と剣撃と蹴撃が、音と火花を散らしていく――


 瞬間の重なりの衝撃が、相対で距離を作っていた。そして、当然の顔のクローゼの両側に強襲した騎士が二人立ち、マッシュとロッシュの驚愕を引き出していた。


「君たちの相手なら僕らだね。相当だけど、竜伯爵にはもう少し大物を釣って貰わないと」

「そ、そうだ……」


 見た目と物言いが若いクリフの言動に、実年齢を聞いたラファエルは若干の戸惑いを見せていた。

 ただ、彼の言動は人狼の感情を逆撫でしていた。


「すげぇむかつく」

「マッシュ、あれだ。なんだ」

「何だよ」

「冷静にヤるぞ」


 目の前会話に、若干笑顔すら出すクローゼを呆れ顔で見る両側の騎士。彼らにも、追い越す人狼らの様子と何体かマッシュとロッシュの側に止まるのが見えていた。

 その場景で抜ける人狼を見送る形の彼らに、後方から声が聞こえてくる。


「装剣構え、各隊密集隊形で近距離竜撃戦用意!」


 キーナはあくまでも、最前衛のヴァンダリア竜撃歩兵だけで撃退するを見せていた。そこに唸りを上げて抜けた人狼らが襲い掛かる。

 クローゼはその場景を追い「当たり前の雰囲気」で振り返りを見せて、エルフの矢が引き放たれているのを目にする。

 正確に散発的な攻勢を射ぬく光景が、クローゼに入って、思わず言葉を出ていた。


「あざといな。やる気見せてそれか」


 クローゼの感嘆な言動で、クリフとラファエルは前方の人狼に先制の剣を向けていく。余りの大胆さに人狼の二人は、その瞬間を逃していた。


 ――高速のステップと瞬間の跳躍から連続の流れ。この場にある二人の剱と牙は、近接と混戦は得意とする部類で、無論、クローゼの影響下である――


 金属音と呻き声が、クローゼの後ろで聞こえていた。彼はそのまま視線を自陣に向けたままで、続く光景を見ていた。


 ――竜撃歩兵が隊ごとに連動を見せて中央を開けて、槍兵の密集隊形での突撃を促していた。的確なエルフの引く矢に支援されて、到達した人狼らに槍兵は打撃を与えていた――


 勿論、クローゼの付近に来る頃には、両側に開いた竜撃歩兵は、クローゼが作った盾の列に追い立てられ、中央に寄せられた形の人魔らに苛烈な竜撃を浴びせていた。


 無策に見える突撃は、振り返り、交錯する剣と拳の光景に行き着く頃に――無謀では? ……の思いをクローゼにもたらしていた。


「派手に登場したつもりだけど。奴は来なかったな。他に行ったのか?」


 クローゼが言う、奴とはミールレスと六本腕(アスラ)の類いの事になる。派手に存在を見せれば、やって来るとの計算があった。


 その上で、新型の射出筒――竜硬弾を爆発力で打ち出し徹甲弾の要領で使う――で仕留めるつもりでいたのだが、現状は「無策ごり押し」の魔族の感じになる。


 行き着いた光景に出した言葉辺りで、クローゼは別方向からの遠吠えを聞いて、後ろから馬の嘶きとキーナの声を聞いた。


「クローゼ・ベルグ!」


 その声と同時に、恐らくは互角に渡りあっていた剣と拳の共演に終止符が打たれていく。人狼人魔の彼らは、全力で退却を躊躇も無く始めていた。


 マッシュやロッシュも、捨て台詞も無く予定通りと言う感じだった。クローゼはその認識から、キーナの声に意識を向けた。


「どうした?」

「左翼に強力な個体が。恐らく言っていた六本腕(アスラ)だと……」

「行けば良いのか?」

「そうだとも言い切れないのが……」


 若干煮え切らない感じのキーナに、クローゼが続けて怪訝を向ける。


「珍しいな、難しい状況なのか?」

「暴れているのは三体で戦力は少ないと。逆に右翼側に残りの全軍が向かっていると本陣から。……現状ブラッドを援軍に向かわせましたが……」


「なら、左翼に行けば良いんだろ……ああ」

「はい、前方に残ったままだと。セレスタが言うには、両側共に陽動で本命はそれだと」


 周囲は一応に、追撃か?の様子で隊列を整えていた。その中で、騎士二人もその話を聞いている。


 ――話は簡単だった。ミールレスは万の敵でも打倒し得る、クローゼの認識もそうである。

 その上で、獄属ですら手に余る六本腕(アスラ)と同等かは定かでないが、それが三体なら同等結果になり得る。その為、選択が難しくなった。


 放置なら、左翼が崩れてからこちらに。向かえば、クローゼ不在の中央をミールレスに。選択を間違えると、被害が甚大になるという事だろう。

 勿論、右翼に向かったのは漆黒と紫黒の兵団である。それも踏まえて『難しい』だった。――


 三者の注目が集まる中で、クローゼは改めて確認をキーナに向けた。


「答えはあるんだろ。セレスタはなんて言ってる」


 魔族の軍と戦う場合の定石は、強力な個体の排除である。


 勿論、キーナはセレスタと同意見の答えを持っていた。ただ、危険に晒したくない女性(ひと)がいた。その揺れだけが、キーナらしくない言動になっている。

 しかし、切迫の刻がキーナを動かす事になった。


「私も同意見ですが……」……微か躊躇を振り払い彼女は話し始める。

 クローゼは躊躇無く、セレスタの言葉なら聞くであろう認識の上にだった……。



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