十一~首飾り。召喚された勇者~
明確に存在を魅せる真紅乃剱の剣勢が魔解の王の激昂を呼び、壮絶な場景が出来ていた。
そこに至る過程で、攻勢の連動を上回る大型の魔動造兵を『砂塵に還すかの』精霊魔法の威力が、驚きと勢いをもたらしていた。
威力と勢いで魔解の軍が崩れ大勢が決し、マリス=マグナを取り巻く包囲の様になっていたとなる。
その最中に、大型の魔動造兵の両断と氷結に包まれる光景に、究極の破壊で崩壊する大小の魔動造兵の塊が出来ていたのだった。
それを織り成した者達。精霊の王に魔導師と魔導騎士の三者が、上空から、残る一人真紅乃剱の苛烈な金属音を奏で圧倒的な勢いに変わるを見ていた。
「本気の真紅乃剱は凄まじいものだ」
「益々鋭さが増している様です」
自身も剣を振るベイカーの漏らした声に、隣で飛ぶリートヘルムが答えていた。
その会話に、当たり前でこの場にあるアルフ=ガンドが二人の評価を口にする。
「貴殿らも相当だと思うが」
「精霊の王たるエルフの王にそう言われると、恐縮以外ありませんね」
「同様に。大勢が決したのも精霊の王のお力添えゆえ、至らぬを痛感致します」
眼下の――大型の魔動造兵数百もを瓦解させた――場景に、ベイカーもフリートヘルムもそう思っていた。
――アルフ=ガンド・アールヴ。四大精霊の一つ、極光風の精霊と契りし精霊の王にして、極然的――超自然的――調和の指揮者。「公明にして至善なる然」なエルフ王である。
人智に在る者として、神子に最も近い者とされる彼が、本物であると眼前で証明されたのだった――
「貴殿らも相当数を倒したのだ。謙遜など不要に思う。魔術も中々と言う事なのだろう」
上空で見る三者に余裕が見えるのは、戦局が追撃か掃討の流れになり、カレンとマリス=マグナの戦いに注目がいった事による。
注目が終局に至る中で、慢心にも取れる行動は、カレンの強さが際立っていたからに他ならない。
――認識で言えば、マリス=マグナは弱くは無い。
ゴルダルード帝国の兵らが体感した事でなら、あの刻のクローゼを上回っていた。ただ、彼らは相応を経験して崩れなかっただけになる――
周囲の漂う雰囲気とは別に、カレン・ランドールにも慢心など微塵もなかった。
他者の介入を必要とする素振りすら見せず、激闘の様相に真剣が感じられる。
それは「押し付けられた者達」にかわり、後詰めの体で来た――首飾りの騎士――ローランド・ブレ ーズが体感で「慢心無き」を認識していた。
彼にとって彼女は、ある意味特別で代えがたい使命になる。その上で、ローランドは余裕の表情をしていた。
彼は表情で予断無き姿勢を続け、明確な終劇を捉えていく……。
押し込む剣撃が双方の距離を作る。その空間をカレンは瞬間で詰めて、共鳴を震わせるデュールヴァルトを一閃した。
のけ反り剣を合わせるマリス=マグナ。
振り抜くカレンの剣筋は、剣を斬る勢いを魅せ、魔解の王たるの胸板を走っていく。
剣で裂く烈撃に、鮮血迸る光景と苦悶の表情がでていた。
――浅さいか! ……とカレンは僅かに思い、流れる返しを入れて「危ない!」のローランドの声を聞く。
声が見る先。鮮血のマリス=マグナが背にする森から、包囲の頭上を越えて三体の影が高速で飛び出し――最も速い影がカレンを襲っていた。
高速の斬撃の初動がカレンの視覚にも入る。
瞬間と言葉に合わせるカレンの切り返しに、襲い来る「魔族」と分かる者の剣撃が交錯して、衝撃音が場景に突き抜けた。
そのまま、不意と有意で無言の応酬が、有無を言わさぬ連続の金属音を奏で、全力で響き、音を撒き散らす。
呼吸が「止まる程」の連続で剣劇が続き、響く音を見るカレンは、下がりながら剣を重ね相手を弾いていた。
周囲が唐突な状況に視線と意識を向けていく。そこには、相応に間を取り合う、見るからに強者の光景が出来ていた。
立ち奮う不意をもたらした来訪者は、魔解六刃将の一人テンバスである。
しかし、六刃の名を棄てた彼は名乗る事も無く、後ろでマリス=マグナを支える四本腕二体に、魔解の王を預けていく。
「王をお連れしろ。遮る者は斬り捨てよ」
「テンバス!」
「魔王の命で助力に。状況ゆえ御引き下さい」
短い会話にマリス=マグナの驚きが見えて、四本腕の一体が「シャシャシャ」の音で四刃を煌めかせる。
ただ、魔解の王を圧倒する集中力の途切れがカレンを通って、場にテンバスの声と意思の流れだけが起こっていた。
刹那に四本の腕をカレンは認識して、怪訝な表情を見せていた。
――|四本? 六本腕なのか……僅かに気持ちの揺れが見える。
その瞬間、カレンの思考をローランド・ブレーズが切り裂いた。
「勝手な事を!」
テンバスを襲う剣撃がカレンと入れ替わり、応戦を呼んで場景が動いていく。
竜の翼を斬り落とした相応な実力の召喚者。ローランドの剣を、テンバスは流れる剣で打ち捌いていた。
「行け!」――応戦の最中の促しが、無機質で二面な四本の腕に向けられて、大盾を切り裂く光景を作り出す。
意識を呼び込む一体の上から、マリス=マグナを抱える四本腕が、驚異的な飛び出しで越えていった。
見送る場から、状況の認識が交錯してテンバスの剣勢が上がり、ローランドの肢体に通っていく。
――黒の六楯の衣装甲を切り裂く、六刃の『打ち合わせ鍛えた剣』の鋭さがその切れ味を示していた。――
迸る鮮血の飛沫がカレンの瞳に色合いを見せていく。
恐らくは、対するローランドと同等の相手――テンバス――と分かる。ただ、奮う剣に乗る技量は僅かに敵――六刃――が勝って見えていた。
――魔解六刃将最強の剣は、魔解最強の剣士と同義になる。ローランドが半端な強さなら、テンバスの全力の領域を引き出す事はなかっただろう――
鮮血を越えるローランドの剣が、テンバスの頬を走った。苦痛を伴うテンバス様相が言葉になる。
「人智は広い――」――赤に銀の薔薇とは、どれだけいるのだ。……出したままのテンバスの思考である。
相対する集中も「――魔族も様々」と呟きを返し、剣を奮う魔族に向けて、敵に思いをおいていく。
――美しい剣捌きだ、引き際が見えない。行く以外に無いとの些かだが。……僅かな差を認識して、自身が全力であるとローランドの口角は上がっていつった。
直線で重なる、背にしたカレンの呼吸がローランドには躊躇として取れている。しかし、彼女が動かぬ事に微塵の憤りも見せ無い。
カレン・ランドールでジャンヌ=シャレな彼女を探す旅が、ローランドには「騎士としての自分」の全てだった。
そんな自分が「騎士として」奮う剣に高揚感を感じ、相応の相手の絶え間無く迫る刃に、彼は繰り出す剣を合わせて行く。
――騎士として、私は何かを成したか?……彼女の父の従者として出会い、彼女を探す為に騎士となったローランドの思い返しだった。
思いの中で、奮う剣の積み重なる差がローランドに刻まれていく。だが、彼は返す刀で、賜りし「人智最高峰の剣」を走らせ、その上で怪訝の様子も見せていた。
――この魔族殺気がない。その上迷いもない。
ローランドの意識には入らないが、彼らの先では四本腕の立ち回る光景に退くと迫るが繰り返されている。
状況は騒然としている筈も、ローランドの意識には目の前の敵しかなかった。
突き動かす意思と向ける集中力。それはカレンにも、勿論テンバスにも伝わっていた。
――魔解六刃将テンバス。彼は殄魔族と呼ばれる少数派の魔族で、本来はローランドの受けた印象とは真逆の者だった。
その残虐性ゆえに、六刃を得て魔解最強の剣士となっていたが、行き着く先に思いが至り刃を落としていた。
魔解に並ぶ剣刃なし。
同じ名を持つ者ですら、彼自身の刃とは明確な差があった。傲慢かに思える行き着く先は、テンバスにとって魔王になる。
しかし、テンバスは、「目指す無意味」にブロスの元へ剣を置くことになる。
その彼が魔王降臨の刻で、可憐で妖艶な彼女に出会い再び剣を取っていた。
そう、正統な剣士として、合わせる六刃を手にしてである――
魔解最強剣士の自覚に、「敵などいない」のが驕りだと目の前の二人はテンバスに刻んていた。
彼自身が出した言葉通りに、ローランドも同等の領域にあると感じ、奮う気持ちに力が入る。
重なる場景は僅かになる。ただ、その密度は濃厚に見えた。
止まらぬ強者の剣劇が、状況を越えて激しく音出している。――振り抜くローランドの剣勢に、応じるテンバスの六刃が鮮血を呼び、他者の介入も拒んでいた。
そんな振り切れるにも似た感覚に、言葉が交わされる。
「我が名はテンバス、六刃の末席にある者。――名を聞こう」
「ローランド・ブレーズ。首飾りの騎士と呼ばれる者だ――」
それぞれが自身の呼び名を認めた会話の後、明確な意識のこもる剣の響きが、二者の間を分けた。それは、神具の刃と人智の剣の差であった。
声の後、刹那な剣撃の交錯が勝敗を見せる。
テンバスの肩口を斬ったローランドの剣が、返す刀で折れ舞い上がる。行くなりの確信で走る刃が、ローランドを切り裂いていく。
吹き出す血が決定的な様相を見せていた。
命を削る程の斬撃受けて、ローランドは折れて残る剣を握る手に力を込めた。激痛で飛びそうな意識を繋いで、彼は立つ足に気持ちを込める。
その視界に、苦痛を押し殺すテンバスと術式の魔力を受けて潰されるかの四本腕が重なった。
視界の先から、食い縛るテンバスの剣撃が立ち尽くすローランドに、再びを求めた。
それを今度は躊躇無いカレンが、ローランドを支え剣を合わせる。
共鳴の交錯で金属音が弾ける。その瞬間に、取り巻く場景が止まった様に見えた。
動くのは、引く距離を稼ぐテンバスのみに感じられる。
「ローランド!」
普段ならカレンはそう呼ばない。切迫の様相に魔力の刃を放ち短く切った言葉をだした。
一応にかわすテンバス。カレンの視線は前を見据え、意識はローランドに向く。
肩を通して支えるカレンに、崩れるローランドの重さが現れる。目の前には、苦悶の表情で剣を着くテンバスが見えていた。
その状況で、カレンに苦悩の表情が見える。
――何の躊躇だ! 手出し無用の雰囲気にのまれるのでは、何の為の剣だ。……雰囲気は「手当てを」のカレンの思考であった。
混線と遠巻きが残る魔族に移り、寄せる波を見せていく。……ギルベルトとテレーゼの声に、竜撃の音も混ざっていた。
認識の瞬間にカレンは剣先を群がる光景に向けて、黒い羽根が無数に舞い、傷を庇うテンバスが包まれるを見る。
降り注ぐ黒の光景にカレンは、一瞥して周囲に声を挙げていた。
「――治療術士を早く」
「横顔は……御父上に良く似ている」
黒の六楯の胴衣装甲をも斬り裂いた「六刃のあわせ」の刃が、ローランドの息吹きを殺しかけている。
その状況で、ローランドは満足気にカレンに視線を落としていた。
「ローランド、無理に話さぬ方が良い――」
「お声までも、……御母上にそっくりだ。……ジャンヌ=シャレ様。……今はそう呼ばせて……頂き……たい」
穏やかな表情に変わるローランドをゆっくりと動かし、カレンは腰を落としていく。雑踏は、消えた魔族に混乱して相応の音を出していた。
「傷が治ったら、好きなだけ呼んでくれてかまわない。だから、今は安静に……」
「一度……言わねばと。……お会い出来て良かった」
治療術兵の通す魔力が、明らかに「僅かな延命」のみであるのがカレンにも分かる。そして、やりきれない気持ちに彼女はなった。
――何故無理をしたのか? ……その雰囲気になる。
「私もだ、兎に角無理に――」
「倒す……つもり……でしたが、精進が……」
「ローランド、もういい」
「次は……必ず……こ……傷……心配を……」
「ローランド!」
半ば膝上に抱えるカレンが、混濁のローランドの名を呼んだ。その声に僅かに戻る瞳の光。
「……カトリーヌ様……」
「ローランド?」
「騎士たる……と、振る剣……は、心地……良く。……足り、得え、ました、か? ……私は……」
――私は騎士足り得たのだろうか? 使命に光が差し、異国の王の側で騎士として立ち。竜と戦うなど、歩き回る日々からは想像出来なかった。戻れるなら、いや、カトリーヌ様にはもう一度……。
何れ迄が、生前の意識であるか分からない。ただ、長い旅路の果てにローランドが行き着いた先は、心引かれた女性の娘の膝だった。
カレンの腕の中で、ローランドは新な旅路に至る。満足気で清々しい表情で感謝の声を残してだった。
カレンは、消え行く首飾りを見て『何故今なのか?』の唐突で理不尽な気持ちになった。
そして、鮮明な記憶が甦る。
幼少の頃の自身の世界で、摘み集め作った不恰好な草花の首飾りを「困惑で頭を掻き受け取った」若かりしローランド・ブレーズの表情をだった……。
……圧倒的な戦果を上げた戦いで、意味があるか分からないが、彼の存在が消えたのは多大な被害であったのだろう。
カレンは勿論、アーヴェントやそれ以外にもになる。
戦での死などは当たり前で、カレンの思いはずれていた。思い返す流れに、何者かの黒い羽根で逃げてた。名乗った魔族の動向。
諸々の話を加味して、カレンは逃げた先の南側を見据えている。
――純白の魔方陣で召喚された騎士。……彼のもたらしたものは多い。
「ローランド・ブレーズ。……嘘、偽りなく……」
召喚されし首飾りの騎士。勇者の剣を運び、自身も「勇者」として魔方陣に立った事のある、彼の唐突な死の一幕だった。




