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王国の盾~特異なる者。其れなりの物語~  作者: 白髭翁
第六章 王国の盾は双翼の楯
155/204

八~此所に居ない者~

 魔方陣の残光にあわせて、南方連合軍の全面攻勢が開始されていた。明確な連携で、出しうる兵力を全て使ってになる。

 正面からの対峙で、クローゼ・ベルグの停戦の言葉を突き破っての「目視状態の奇襲」だった。


 それを後方で見る、黒装槍騎兵の一団の中央に青い黒の六楯(クロージュ)が見えている。

 クローゼから繋がれた「俺は俺のやるべき事をする」をセレスタが拾い渡し、キーナからモーゼスに至った光景だった。


 ――必ず正面から戻ってくる――


 魔王と初めてやり合った後、ヴォルグの屋敷でクローゼは、黒の六楯(クローゼ)と名乗りその言葉を残した。勿論、戻る先はユーベンになる。


 預けた責任とメイド長に言った手前もあって、彼がユーベンに拘るのは、レイナードにしてみれば「格好付けたいだけの茶番」だった。

 ただ、容認の末に彼の私兵を南方に置いたのもその一端と言える。


 ――転位型魔動堡塁(フォートレス)でのユーベン強襲に合わせて、風の旅団を運んだ馬車を使い、ジルクドヴルムの竜撃歩兵の強行の可能性。その一案を彼らは話していた――


 この場でヴォルグとの決着を決意とし、ランヘルを経て「単独でもユーベンを陥落させる」を示唆した彼の言葉になる。


「ヴァンダリアを戦場で統べる者の代行者として、その意が『好機である』との言を受け取っている。それ故、ヴァンダリアは攻勢を進言し、裁可如何に関わらず単独でも実行する。御一考されよ」


 中央の王国軍本陣に、キーナ・サザーラントが送った言葉になる。それが最終的に、中央の光景を見た聖導騎士団団長ナーサス・ヴァン・サルヴェールの同意に至った。

 それが、現状の苛烈な攻勢の繋がっていた。


 繋がり行く場景として、赤く散らばる点を追撃するのがセレスタの目に映っていた。

 ……彼女の回りには、半数程になった第二大隊がある。ヴォルグに挑み、僅かな刻で百を越える死者を出しながら、それでも矜持は保たれていた。


 セレスタが周りに視線をあわせ、名前を声に出そうとして……駆け来る馬蹄の音とミラナの声を聞いた。


「――セレスタ殿、クローゼ殿を呼び戻せないか」

「どうしたのですか?」


「王女が襲われていると通信が。クーベンに魔獣の群れが、いや、何故か屋敷が狙われた」


 ミラナの動揺の突然は、暗黒のサバルの置き土産となった「策」だった。


  百眼(オキュラス)流浪(ポーター)によって目印を付け。三つの頭を持つ魔犬(ケルベルス)黒い双頭の魔犬(オルトラス)と魔獣の群れに襲われせた結果になる。


 セレスタがジーアの存在を提示した辺りで、彼女の通信器が共鳴の促しをしていた。

 ジーアからの通信で、ニナ=マーリットが廻りを置いて逃げるのを良しとしない事が伝わってくる。

 続く彼女の悲壮を表す声が、状況が深刻なのを伝えていた。


「首が二つとか三つあるのが大変なの。クアナちゃんとエルフのお兄さんが頑張ってるけど、王女様を説得して!」


 一際響く声に、ウルジェラの言葉が出て来る。深刻な顔つきが雰囲気を深刻にしていく。


三つの頭を持つ魔犬(ケルベルス)黒い双頭の魔犬(オルトラス)かなるほどな」


「強いのか?」とレイナードの表情がウルジェラに向けられていく。「相当だな」の返答に深刻が悲壮感に進む中で、彼の雰囲気が変わっていた。


「俺で勝てるか?」

「暴走したら『止めてやる』と平然と言ったお前も十分怪異だ。先程のを見て変わらぬなら、勝てるやもな。やってみれば良い」

「そうだな」


 会話にセレスタが怪訝な様子になっていた。


「暴走って、クローゼが欲しがったの?」


「『呼んだのはセレスタだ』と魔王まで妄想したらしい『漏れた声』に、我が逆らえなかった、だな。レニエが、何時もと違っていたのも些かだった」


「私が……」とセレスタは伏せ目がちになった。


「『気にするな』と奴は言っていた。それに、セレスタのせいなどではない。ふっ、あれが『セレスタが気にすると、死ねる』と奴は言っていたぞ」


 ウルジェラとセレスタの会話に、周囲はついていけていない。

 ただ、レイナードは当たり前の顔で、ミラナに「行くなら俺だな」と告げて、セレスタに余裕を見せていた。


「まあ、あいつは大丈夫だろ。そうなったら何とかする」


 ……「約束だからな」とレイナードは軽くそう言っていた。続けて「何人か貸してくれ」とセレスタに告げていく。

 言葉にミラナは、当然の様子で馬を降りていた。


「セレスタ殿、剣の守護者として後をお願いしたい。出来れば私も王女の元に」


 セレスタの考える仕草に、レイナードは「こっちはブラッドで行けるだろ」と頷いて「左翼の騎士もいるからな」とまとめていた。

 セレスタが同意して、残された副長の頷きで何人かが馬を降りて武具の確認をしている……


 ――三つの頭を持つ魔犬ケルベルス黒い双頭の魔犬(オルトラス)は、神の眷属の領域に届くかの個体。

 それを「家族」と言ってしまうカミラも、些か尋常ではないが、ウルジェラのレイナードに対する評価は、彼女の知る英雄らの域にあった――


 ……変わらぬ感じのままに「あいつを呼ぶまでもない」のレイナード。

 当たり前の様子に、セレスタの表情は少し明るくなった。

 軽く揺らした、束られている白金の様な金髪(プラチナブロンド)が美しく色を見せて、魔方陣の輝きが重なっていく。


 続き行く先の結果は言うまでもない。


 ――黒装の豪傑――


 (いず)れはこの国で、英雄譚として語り継がれる様な光景を、クーベンの街でレイナードは示す事になる。

 光景の一つを飾ったミラナ・クライフも、彼の言葉通りに、クローゼを呼ぶ必要がなかったのを感じる事になった。


 ミラナは、「折れそうな心」の支えとしてきた彼らと、魔王降臨の刻みで共にあったのを幸運だと感じていた。

 そして、ニナ=マーリットの泣きそうで安堵の表情をその胸に受け支え、自らも取り戻しに行かねばならない場所に思いを馳せる。


 王都ユーベン、彼女の認識ではそうなる。


 ユーベンに向かい残光に消えた、彼女自身と共に「魔王を倒す」と言っていたクローゼ・ベルグの事に思いが至っていた。

 ――希望が人を生かすのだな。クローゼ殿。……ミラナ・クライフの視線の先に向けた思いだった……




 ……クローゼは、現状「魔都」であるユーベンにある。彼は魔王宮の一角で、中々の状態を振り撒いていた。

 単純に、「約束の彼らを知る」千人長クラスの――紫黒兵団の彼ら――(すきとお)る畏怖を見ていたとなる。


 帝都アリエテルに続き、両日での城塞都市ランヘルから、ヴォルグとの一戦に続いた無自覚な高揚。

 その上、連戦の間に「漏れた声の事象」を挟んだ事で、クローゼに畏怖を伴う雰囲気を持たせていた。


 悠然と首を鳴らす感じが、高揚感を出して有無を言わせない様子だった。


 勿論「唐突な触発的訪問」で、応急を施し引き渡したヴォルグの状態も要因なのだろう。

 また、アッシュの報告を含めた様子が拍車をかけている。その様子になる。


 眺める感じのクローゼは、広い部屋の上座(かみざ)辺りで長椅子に腰を深く預けていた。

 魔族然とアリッサは「また」戻った様に見える。彼女は隷従したかの雰囲気で椅子の背を挟み、息を掛ける距離に身を寄せていた。


 一応に驚愕持って訪れた彼は、フリーダに待つように言われていた。……相応の刻みにクローゼは声を漏らしていく。


「フリーダはまだか?」

「今暫くお待ちを……」


 妖艶かを見せるアリッサの声が、クローゼの耳元で囁かれて掛かる手が微かに動いていた。

 既に、平静が威圧的で畏怖を振り撒くクローゼが、それで気の抜けた感じになる。


「アリッサ近い」

「失礼致しました。……思い焦がれる貴方に専有された喜びゆえ、御容赦を」


 意図的なのか、アリッサは反対側の肩辺り顔を移して「これで宜しいか」とまた囁きを入れる。

 彼と長椅子の背もたれの角に掛かる手が、クローゼの意識を誘っていた。

 彼自身に自覚があるか分からないが、相応の魔族の中で、隠れる意を受けて高揚感を増していた。


 彼女の言動がそれを()らし、クローゼの衝動を散らしている様にも見える。


「まあ良いけどな」……「感謝致します」と答えるアリッサの声が近い事に彼の思いが行っていた。

 ――多重人格とか多いな、キャラ立ち考えろよ。まあ、嫌じゃないけど。あ? この感じ……俺か。


 些か意味不明なクローゼ。


 その視界に、成熟した妖艶さを見せるフリーダが入ってきた。

 彼女の後ろから、続いて部屋に入ってカルーラとビアンカがクローゼに会釈していく。

 ビアンカの所作は、彼にも一際長く感じられた。


「フリーダ、遅いって」

「怒るでない。何を拗ねてあるのか?」


 まあ良いけど……の雰囲気で、クローゼが出した語尾が上がる感じになる。

 そのまま、向かいに座ったフリーダは、子供を見るような目で言葉を返していた。


「拗ねてなんか無い。もう、帰りたいだけだ」

「そうか、それはすまぬな。アリッサを手に入れたからには、早よう二人になりたいのか」


 クローゼの動く視線をフリーダは追っていた。


「そうじゃなくて、いや、それもだけど、敵地で視線が痛いだけだ」

「今は妾もヴォルグの事では感謝してある。ゆえに、然して気にするな」


 ……「部屋は用意するゆえ、あせるな」に「はっ」と続いた会話には、ヴォルグを運んで来た時の壮絶さは無い。また、協力者と言う雰囲気でも無く、微妙な彼の立ち位置が見える……


 敢えて言うならば「黒衣の王」。


 ――表には名を出さない、また、出せないが自らが主君と認めた王者たるに向ける言葉の意。隠の部分で明確に伝えるなら、離反と反逆の確約と忠節を向ける時に使う言葉の事になる――


 魔族の倫理で無くとも、クローゼは既に「絶対的強者」だった。フリーダから見れば、益々魔王の雰囲気である。

 この場でも平静なフリーダを除けば、明らかに敵対心を全面に出せる者などいない。


 ただ、彼自身は自身の事を含めて、それを「たいした事でもない」と思っていた。


 ――永劫な重掛けの欠片を「宿す者」となった彼は、その弊害の可能性よりも、現状の自分を容易(たやす)く保てているのに楽観していた――


 ……余裕な感じのクローゼの後ろで、アリッサの立ち上がる光景が起こる。


「フリーダ様、そ、そこまでは、まだ……心の準備が……今でも……恥ずかしいのです」


 言葉にクローゼは振り向き、アリッサの恥じらい表情を見た。


「今は、アリッサのアリッサなのか?」


 意味不明な感じの問いに、アリッサは頷きを返していた。クローゼは深く身体を預け直し、天井を見上げて――何してるんだよ……と軽く思った。


 フリーダはアリッサに「妖艶さは嗜み」と教えていた。彼女達は不老で不死――外的要因がなければ――であるが、肉体的な部分で、男女間の問題に優遇と不遇がある。


「何やってるんだよ」……思ったままをクローゼは口にした。遠慮がちに声が帰ってくる。


「妖艶な感じにと……。女吸血鬼(ヴァンプ)の嗜みだとフリーダ様が。それにフリーダ様は子を成せぬと言われたので、その、えっと、あの……」


吸血鬼(ヴァンパイア)女吸血鬼(ヴァンプ)だか知らないけど、アリッサの事は何とかするつもりだから、普通でいい」


 その会話に、フリーダとカルーラは顔を見合わせていた。そして、カルーラは合点がいったという顔して、それを言葉に出した。


「アリッサ様、些か誤解が御有りの様ですね。少なくとも、私もアリッサ様も可能性は無い訳ではありません」

「そうじゃ、アリッサすまぬ。言葉足らずであった。妾は一度チリとなったゆえ叶わぬが、アリッサは妾の純血眷族ゆえ、混血でも無理でない筈……」


 二人はその言葉の後で、示し合わせた様に自らの肢体に爪を立て傷を刻んで見せていた。

 フリーダは出血していない。カルーラは紫色に見える血が流れているのを見せていた。


 向けられた二人には、困惑の表情が見えていた。


 簡単に、純血眷族のアリッサは、子を成すのに契りなら可能性はあると彼女達は言っていた。

 要するに、彼女らの子供は不死性を持つ、混血吸血鬼(ハイブリッド)になると。


 ――補足するなら、人智と吸血鬼の混血限定で、男は半吸血鬼(ヴァンピール)女は半吸血鬼(ヴァンピーラ)と呼れる者になる――


 ただ、クローゼはそれを聞き、自身と照らし併せて疑問と不毛に捕らわれる。

 ――じゃあ、アリッサが良ければ、そのままでも良いのか。

 吸血鬼(ヴァンパイア)に偏見ないし、俺もいい加減、魔王だし。と言うか、純血眷族って何だ? それにフリーダの『かぷっ』てデメリット無い気がする。……彼の思考は「偏見ない」辺りから、いつもの漏れる感じだった。


 当然、フリーダの声がそこに掛かってくる。


「ならば妾に任せぬか? 怪我もしておらぬなら、最早甘美しか無いぞ」

「いや、まあ、ヴォルグを見ると……って違う。取り敢えず、純血眷族ってなんだ?」


 高揚感がフリーダにも移っていた。妖艶さが増して艶やかな目で見るフリーダに、クローゼは引いた感じにその声を聞いた。


「純血眷族か……」の言葉に続いて、フリーダから簡単な説明が出てきた。


 単純に純血眷族とは、神の眷属に類以する魔力のみを糧とした吸血鬼(ヴァンパイア)の事を指す。

 オリジナルのフリーダは宿す者、彼女にある神具の欠片の魔力が、アリッサの純血眷族をなしている。


「ゆえに、アリッサの純血を守りたいなら妾――」

「それなら問題ない。と言うか、アリッサまだ吸血してないのな」

「はい。……まだフリーダ様の魔力だけ……です」


 クローゼの言葉で、怪訝な表情のフリーダと伏せ目がちに声を出すアリッサ。

 この場が、自身の領域であるかの振る舞いなクローゼに、フリーダは言葉を投げていた。


「問題ない無いとはなにゆえ」

「俺も入れた。だから問題ない無いだろう。それに……あっ、いや言い過ぎだな、止めておく」


「入れた? まさか妾と同じに。なるほどの、ならば納得も出来よう。そうか、そちはどこまで……」


 クローゼは興味のある話なのか、好奇心の顔を覗かせている。フリーダの表情が複雑になるのが見えた。

 魔王の前で、クローゼの言った言葉が彼女の思いを過っていた。単純にどこまで行くのか。その認識の上に、フリーダにはそれが不快ではなかった。


 明言はないが、黒衣の王の意味合いかは別にして、フリーダはクローゼを認めている。それが彼女の見つめる瞳に移っていた。

 感じる視線に肩を鳴らすクローゼの視界に、カルーラが後ろから促しを受けて、入り口の方に向かうのが見えた。


 当たり障りの無い言葉が、数回、間を通っていく。

 カルーラの耳打ちが、フリーダに届いた辺りで、クローゼの目には、傷跡の目立つ鎧を着けたミールレスの姿が見えていた。


「フリーダ様、失礼する。あの男がいると――」

「控えよ。まだ、入って良いとは言っておらぬ」


 クローゼに入る二人の会話。一応に追い付くクローゼのミールレスだとの認識に、ふんぞり返るから言葉が続く。

 

「準魔王か、なんだその傷だらけの鎧は。と言うより、『手』生えたのか?」……見たままを投げるクローゼは、続いてくる金属音の足音に驚きをみせる。

 ――六本腕(アスラ)?いや、腕が八本の奴もいる。八本腕(ヤスラ)とか?……言葉通り複数のスラッとした六本腕(アスラ)が見えていた。


「貴様は……」のミールレスの抑える声を消す感じに、好奇心がクローゼの口から出ていく。

 ある種の疑問だが、ミールレスを含めた光景にはその場の空気を作る要因が詰まっていた。


六本腕(アスラ)かそれ?」

「貴様余裕だな。ふざけているのか?」


「聞いているだけだ」

「なるほどな」


 ミールレスの着けている鎧は、一応に修繕した魔王の鎧である。またら彼の後ろには細身の六本腕(アスラ)が二体と八本腕(ヤスラ)が立っていた。


 それに、ある意味突き抜けたクローゼの雰囲気が被さって、彼らの会話が成立していた。

 緊迫感が場を抜けて行く中で、平静の上に上位者然としたフリーダの声が二人を制していった。


「二人とも止めよ。この場では無しじゃ。何れは別の場で。そう殺気立つな」


「こいつはやる気ですよ。こっちは、やり過ぎでお腹いっぱいですが」

「フリーダ様。魔王に留守を頼むと言われている。故に、この男の様子は看過出来ぬが」


 フリーダの雰囲気に合わせる様な二人言葉に、フリーダは更なる制止をのせていく。


「妾が止めよと言うてある。クローゼもミールレスも妾の言が聞けぬか? ……クローゼ、暴れるのも良いが、聞けぬならアリッサの思いの人智の民らは、保証は出来ぬ様になるが良いのか?」


 二人を見るフリーダの瞳は、有無を言わさぬ感じに変わっていた。

 その様子に、アリッサのクローゼに掛かる手に力が入って行く。クローゼは、軽く頷いて見せ呟きを出していた。


「まあ、私は何れで構いませんが。民をどうにかすると言うなら、ランヘル同様に報復するだけですので、最悪はフリーダ様の思う様に」


「ランヘルがどうした?」


 瞬時なミールレスの反応に、クローゼの口角が上がる。そのクローゼの気勢が、対面するフリーダには強くなるのが見えていた。


「ランヘルは落とした。と言う事だミールレス」

「……落とした?」


「陥落させた。因みに、一人で皆殺しにしてやったよ。やるのが魔族の専売特許だと思うなよ」

「ほう、大言……では無さそうだな。場所を変えるか。流石に、それを聞いて黙っていられんな」


 一発触発の雰囲気に、フリーダは唐突に立ち上がり、ミールレスに歩き出した。そして、視線を向ける事無くアリッサに指示を出した。


「アリッサ、クローゼを押さえよ」


 そう言って、自らはミールレスの前に立ち……行きなり抱き締めた。唐突に「なっ」の声が出て、同様にアリッサが、クローゼを後ろから制止する様に抱き締めていた。


「ミールレス、インジニアムの者らがどれ程散ったのかは分からぬが、お前の気持ちは察する。ただな、魔王様があれを御せば、いや、そうなるであろうゆえ、今ここで、お前が無理をする必要は無い」


 フリーダの言動に、戸惑いながらも同意を示していた。その様子に、クローゼはアリッサに促す感じを向けていた。

 戸惑いをみせるアリッサに、ミールレスを離したフリーダの瞳が向けられている。


 フリーダの見る二人の場景に、優しげな声が艶やかで妖艶な雰囲気で出されていった。


「クローゼ。妾はお前達を好いてある。『かぷっ』などと茶化さずに申す。妾の側に来い。この先も魔解と同等広さを持つ人智を払わねばならぬゆえ、お前が此方に来ても奮う場は存分にある」


 アリッサの掛かる腕が微かに揺れていた。クローゼはそれを感じて、フリーダの瞳が今まで違うのがわかった。

 そこに、続けられるフリーダの声が届いて行く。


「妾の眷族になれとは言わぬ。人智の者を残したいと言えば、話をしてある。……妾はお前を死なせたくは無いのだ。分からぬかクローゼよ」


 分からない話だろう。クローゼは既に突き抜けていた。恐らく、魔王級であるのは間違いない。それすら凌駕するまで見えている。


 その上での向けられたフリーダの言葉は、間違いない無く「憐れみ」だった。

 クローゼは呟きそれをアリッサに問い掛けた。


「どういう事だ」

「カーイムナス、クローゼ様はご存知と思います」

「ああ」

「それを、魔王は……呑み込んだそうです」


 クローゼが今まで聞いたアリッサの言葉で、一番の驚きをもたらした事だった。

 当たり前に、呆然がクローゼを抜けていた。


 ――中々な設定だ。俺も大概だけど、『獄の眷属神』呑み込んむとかどうなんだ。本気ですか……と。


 久しぶりに、思考停止をみせるクローゼであった。



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