八~此所に居ない者~
魔方陣の残光にあわせて、南方連合軍の全面攻勢が開始されていた。明確な連携で、出しうる兵力を全て使ってになる。
正面からの対峙で、クローゼ・ベルグの停戦の言葉を突き破っての「目視状態の奇襲」だった。
それを後方で見る、黒装槍騎兵の一団の中央に青い黒の六楯が見えている。
クローゼから繋がれた「俺は俺のやるべき事をする」をセレスタが拾い渡し、キーナからモーゼスに至った光景だった。
――必ず正面から戻ってくる――
魔王と初めてやり合った後、ヴォルグの屋敷でクローゼは、黒の六楯と名乗りその言葉を残した。勿論、戻る先はユーベンになる。
預けた責任とメイド長に言った手前もあって、彼がユーベンに拘るのは、レイナードにしてみれば「格好付けたいだけの茶番」だった。
ただ、容認の末に彼の私兵を南方に置いたのもその一端と言える。
――転位型魔動堡塁でのユーベン強襲に合わせて、風の旅団を運んだ馬車を使い、ジルクドヴルムの竜撃歩兵の強行の可能性。その一案を彼らは話していた――
この場でヴォルグとの決着を決意とし、ランヘルを経て「単独でもユーベンを陥落させる」を示唆した彼の言葉になる。
「ヴァンダリアを戦場で統べる者の代行者として、その意が『好機である』との言を受け取っている。それ故、ヴァンダリアは攻勢を進言し、裁可如何に関わらず単独でも実行する。御一考されよ」
中央の王国軍本陣に、キーナ・サザーラントが送った言葉になる。それが最終的に、中央の光景を見た聖導騎士団団長ナーサス・ヴァン・サルヴェールの同意に至った。
それが、現状の苛烈な攻勢の繋がっていた。
繋がり行く場景として、赤く散らばる点を追撃するのがセレスタの目に映っていた。
……彼女の回りには、半数程になった第二大隊がある。ヴォルグに挑み、僅かな刻で百を越える死者を出しながら、それでも矜持は保たれていた。
セレスタが周りに視線をあわせ、名前を声に出そうとして……駆け来る馬蹄の音とミラナの声を聞いた。
「――セレスタ殿、クローゼ殿を呼び戻せないか」
「どうしたのですか?」
「王女が襲われていると通信が。クーベンに魔獣の群れが、いや、何故か屋敷が狙われた」
ミラナの動揺の突然は、暗黒のサバルの置き土産となった「策」だった。
百眼と流浪によって目印を付け。三つの頭を持つ魔犬や黒い双頭の魔犬と魔獣の群れに襲われせた結果になる。
セレスタがジーアの存在を提示した辺りで、彼女の通信器が共鳴の促しをしていた。
ジーアからの通信で、ニナ=マーリットが廻りを置いて逃げるのを良しとしない事が伝わってくる。
続く彼女の悲壮を表す声が、状況が深刻なのを伝えていた。
「首が二つとか三つあるのが大変なの。クアナちゃんとエルフのお兄さんが頑張ってるけど、王女様を説得して!」
一際響く声に、ウルジェラの言葉が出て来る。深刻な顔つきが雰囲気を深刻にしていく。
「三つの頭を持つ魔犬と黒い双頭の魔犬かなるほどな」
「強いのか?」とレイナードの表情がウルジェラに向けられていく。「相当だな」の返答に深刻が悲壮感に進む中で、彼の雰囲気が変わっていた。
「俺で勝てるか?」
「暴走したら『止めてやる』と平然と言ったお前も十分怪異だ。先程のを見て変わらぬなら、勝てるやもな。やってみれば良い」
「そうだな」
会話にセレスタが怪訝な様子になっていた。
「暴走って、クローゼが欲しがったの?」
「『呼んだのはセレスタだ』と魔王まで妄想したらしい『漏れた声』に、我が逆らえなかった、だな。レニエが、何時もと違っていたのも些かだった」
「私が……」とセレスタは伏せ目がちになった。
「『気にするな』と奴は言っていた。それに、セレスタのせいなどではない。ふっ、あれが『セレスタが気にすると、死ねる』と奴は言っていたぞ」
ウルジェラとセレスタの会話に、周囲はついていけていない。
ただ、レイナードは当たり前の顔で、ミラナに「行くなら俺だな」と告げて、セレスタに余裕を見せていた。
「まあ、あいつは大丈夫だろ。そうなったら何とかする」
……「約束だからな」とレイナードは軽くそう言っていた。続けて「何人か貸してくれ」とセレスタに告げていく。
言葉にミラナは、当然の様子で馬を降りていた。
「セレスタ殿、剣の守護者として後をお願いしたい。出来れば私も王女の元に」
セレスタの考える仕草に、レイナードは「こっちはブラッドで行けるだろ」と頷いて「左翼の騎士もいるからな」とまとめていた。
セレスタが同意して、残された副長の頷きで何人かが馬を降りて武具の確認をしている……
――三つの頭を持つ魔犬と黒い双頭の魔犬は、神の眷属の領域に届くかの個体。
それを「家族」と言ってしまうカミラも、些か尋常ではないが、ウルジェラのレイナードに対する評価は、彼女の知る英雄らの域にあった――
……変わらぬ感じのままに「あいつを呼ぶまでもない」のレイナード。
当たり前の様子に、セレスタの表情は少し明るくなった。
軽く揺らした、束られている白金の様な金髪が美しく色を見せて、魔方陣の輝きが重なっていく。
続き行く先の結果は言うまでもない。
――黒装の豪傑――
何れはこの国で、英雄譚として語り継がれる様な光景を、クーベンの街でレイナードは示す事になる。
光景の一つを飾ったミラナ・クライフも、彼の言葉通りに、クローゼを呼ぶ必要がなかったのを感じる事になった。
ミラナは、「折れそうな心」の支えとしてきた彼らと、魔王降臨の刻みで共にあったのを幸運だと感じていた。
そして、ニナ=マーリットの泣きそうで安堵の表情をその胸に受け支え、自らも取り戻しに行かねばならない場所に思いを馳せる。
王都ユーベン、彼女の認識ではそうなる。
ユーベンに向かい残光に消えた、彼女自身と共に「魔王を倒す」と言っていたクローゼ・ベルグの事に思いが至っていた。
――希望が人を生かすのだな。クローゼ殿。……ミラナ・クライフの視線の先に向けた思いだった……
……クローゼは、現状「魔都」であるユーベンにある。彼は魔王宮の一角で、中々の状態を振り撒いていた。
単純に、「約束の彼らを知る」千人長クラスの――紫黒兵団の彼ら――透る畏怖を見ていたとなる。
帝都アリエテルに続き、両日での城塞都市ランヘルから、ヴォルグとの一戦に続いた無自覚な高揚。
その上、連戦の間に「漏れた声の事象」を挟んだ事で、クローゼに畏怖を伴う雰囲気を持たせていた。
悠然と首を鳴らす感じが、高揚感を出して有無を言わせない様子だった。
勿論「唐突な触発的訪問」で、応急を施し引き渡したヴォルグの状態も要因なのだろう。
また、アッシュの報告を含めた様子が拍車をかけている。その様子になる。
眺める感じのクローゼは、広い部屋の上座辺りで長椅子に腰を深く預けていた。
魔族然とアリッサは「また」戻った様に見える。彼女は隷従したかの雰囲気で椅子の背を挟み、息を掛ける距離に身を寄せていた。
一応に驚愕持って訪れた彼は、フリーダに待つように言われていた。……相応の刻みにクローゼは声を漏らしていく。
「フリーダはまだか?」
「今暫くお待ちを……」
妖艶かを見せるアリッサの声が、クローゼの耳元で囁かれて掛かる手が微かに動いていた。
既に、平静が威圧的で畏怖を振り撒くクローゼが、それで気の抜けた感じになる。
「アリッサ近い」
「失礼致しました。……思い焦がれる貴方に専有された喜びゆえ、御容赦を」
意図的なのか、アリッサは反対側の肩辺り顔を移して「これで宜しいか」とまた囁きを入れる。
彼と長椅子の背もたれの角に掛かる手が、クローゼの意識を誘っていた。
彼自身に自覚があるか分からないが、相応の魔族の中で、隠れる意を受けて高揚感を増していた。
彼女の言動がそれを逸らし、クローゼの衝動を散らしている様にも見える。
「まあ良いけどな」……「感謝致します」と答えるアリッサの声が近い事に彼の思いが行っていた。
――多重人格とか多いな、キャラ立ち考えろよ。まあ、嫌じゃないけど。あ? この感じ……俺か。
些か意味不明なクローゼ。
その視界に、成熟した妖艶さを見せるフリーダが入ってきた。
彼女の後ろから、続いて部屋に入ってカルーラとビアンカがクローゼに会釈していく。
ビアンカの所作は、彼にも一際長く感じられた。
「フリーダ、遅いって」
「怒るでない。何を拗ねてあるのか?」
まあ良いけど……の雰囲気で、クローゼが出した語尾が上がる感じになる。
そのまま、向かいに座ったフリーダは、子供を見るような目で言葉を返していた。
「拗ねてなんか無い。もう、帰りたいだけだ」
「そうか、それはすまぬな。アリッサを手に入れたからには、早よう二人になりたいのか」
クローゼの動く視線をフリーダは追っていた。
「そうじゃなくて、いや、それもだけど、敵地で視線が痛いだけだ」
「今は妾もヴォルグの事では感謝してある。ゆえに、然して気にするな」
……「部屋は用意するゆえ、あせるな」に「はっ」と続いた会話には、ヴォルグを運んで来た時の壮絶さは無い。また、協力者と言う雰囲気でも無く、微妙な彼の立ち位置が見える……
敢えて言うならば「黒衣の王」。
――表には名を出さない、また、出せないが自らが主君と認めた王者たるに向ける言葉の意。隠の部分で明確に伝えるなら、離反と反逆の確約と忠節を向ける時に使う言葉の事になる――
魔族の倫理で無くとも、クローゼは既に「絶対的強者」だった。フリーダから見れば、益々魔王の雰囲気である。
この場でも平静なフリーダを除けば、明らかに敵対心を全面に出せる者などいない。
ただ、彼自身は自身の事を含めて、それを「たいした事でもない」と思っていた。
――永劫な重掛けの欠片を「宿す者」となった彼は、その弊害の可能性よりも、現状の自分を容易く保てているのに楽観していた――
……余裕な感じのクローゼの後ろで、アリッサの立ち上がる光景が起こる。
「フリーダ様、そ、そこまでは、まだ……心の準備が……今でも……恥ずかしいのです」
言葉にクローゼは振り向き、アリッサの恥じらい表情を見た。
「今は、アリッサのアリッサなのか?」
意味不明な感じの問いに、アリッサは頷きを返していた。クローゼは深く身体を預け直し、天井を見上げて――何してるんだよ……と軽く思った。
フリーダはアリッサに「妖艶さは嗜み」と教えていた。彼女達は不老で不死――外的要因がなければ――であるが、肉体的な部分で、男女間の問題に優遇と不遇がある。
「何やってるんだよ」……思ったままをクローゼは口にした。遠慮がちに声が帰ってくる。
「妖艶な感じにと……。女吸血鬼の嗜みだとフリーダ様が。それにフリーダ様は子を成せぬと言われたので、その、えっと、あの……」
「吸血鬼か女吸血鬼だか知らないけど、アリッサの事は何とかするつもりだから、普通でいい」
その会話に、フリーダとカルーラは顔を見合わせていた。そして、カルーラは合点がいったという顔して、それを言葉に出した。
「アリッサ様、些か誤解が御有りの様ですね。少なくとも、私もアリッサ様も可能性は無い訳ではありません」
「そうじゃ、アリッサすまぬ。言葉足らずであった。妾は一度チリとなったゆえ叶わぬが、アリッサは妾の純血眷族ゆえ、混血でも無理でない筈……」
二人はその言葉の後で、示し合わせた様に自らの肢体に爪を立て傷を刻んで見せていた。
フリーダは出血していない。カルーラは紫色に見える血が流れているのを見せていた。
向けられた二人には、困惑の表情が見えていた。
簡単に、純血眷族のアリッサは、子を成すのに契りなら可能性はあると彼女達は言っていた。
要するに、彼女らの子供は不死性を持つ、混血吸血鬼になると。
――補足するなら、人智と吸血鬼の混血限定で、男は半吸血鬼女は半吸血鬼と呼れる者になる――
ただ、クローゼはそれを聞き、自身と照らし併せて疑問と不毛に捕らわれる。
――じゃあ、アリッサが良ければ、そのままでも良いのか。
吸血鬼に偏見ないし、俺もいい加減、魔王だし。と言うか、純血眷族って何だ? それにフリーダの『かぷっ』てデメリット無い気がする。……彼の思考は「偏見ない」辺りから、いつもの漏れる感じだった。
当然、フリーダの声がそこに掛かってくる。
「ならば妾に任せぬか? 怪我もしておらぬなら、最早甘美しか無いぞ」
「いや、まあ、ヴォルグを見ると……って違う。取り敢えず、純血眷族ってなんだ?」
高揚感がフリーダにも移っていた。妖艶さが増して艶やかな目で見るフリーダに、クローゼは引いた感じにその声を聞いた。
「純血眷族か……」の言葉に続いて、フリーダから簡単な説明が出てきた。
単純に純血眷族とは、神の眷属に類以する魔力のみを糧とした吸血鬼の事を指す。
オリジナルのフリーダは宿す者、彼女にある神具の欠片の魔力が、アリッサの純血眷族をなしている。
「ゆえに、アリッサの純血を守りたいなら妾――」
「それなら問題ない。と言うか、アリッサまだ吸血してないのな」
「はい。……まだフリーダ様の魔力だけ……です」
クローゼの言葉で、怪訝な表情のフリーダと伏せ目がちに声を出すアリッサ。
この場が、自身の領域であるかの振る舞いなクローゼに、フリーダは言葉を投げていた。
「問題ない無いとはなにゆえ」
「俺も入れた。だから問題ない無いだろう。それに……あっ、いや言い過ぎだな、止めておく」
「入れた? まさか妾と同じに。なるほどの、ならば納得も出来よう。そうか、そちはどこまで……」
クローゼは興味のある話なのか、好奇心の顔を覗かせている。フリーダの表情が複雑になるのが見えた。
魔王の前で、クローゼの言った言葉が彼女の思いを過っていた。単純にどこまで行くのか。その認識の上に、フリーダにはそれが不快ではなかった。
明言はないが、黒衣の王の意味合いかは別にして、フリーダはクローゼを認めている。それが彼女の見つめる瞳に移っていた。
感じる視線に肩を鳴らすクローゼの視界に、カルーラが後ろから促しを受けて、入り口の方に向かうのが見えた。
当たり障りの無い言葉が、数回、間を通っていく。
カルーラの耳打ちが、フリーダに届いた辺りで、クローゼの目には、傷跡の目立つ鎧を着けたミールレスの姿が見えていた。
「フリーダ様、失礼する。あの男がいると――」
「控えよ。まだ、入って良いとは言っておらぬ」
クローゼに入る二人の会話。一応に追い付くクローゼのミールレスだとの認識に、ふんぞり返るから言葉が続く。
「準魔王か、なんだその傷だらけの鎧は。と言うより、『手』生えたのか?」……見たままを投げるクローゼは、続いてくる金属音の足音に驚きをみせる。
――六本腕?いや、腕が八本の奴もいる。八本腕とか?……言葉通り複数のスラッとした六本腕が見えていた。
「貴様は……」のミールレスの抑える声を消す感じに、好奇心がクローゼの口から出ていく。
ある種の疑問だが、ミールレスを含めた光景にはその場の空気を作る要因が詰まっていた。
「六本腕かそれ?」
「貴様余裕だな。ふざけているのか?」
「聞いているだけだ」
「なるほどな」
ミールレスの着けている鎧は、一応に修繕した魔王の鎧である。またら彼の後ろには細身の六本腕が二体と八本腕が立っていた。
それに、ある意味突き抜けたクローゼの雰囲気が被さって、彼らの会話が成立していた。
緊迫感が場を抜けて行く中で、平静の上に上位者然としたフリーダの声が二人を制していった。
「二人とも止めよ。この場では無しじゃ。何れは別の場で。そう殺気立つな」
「こいつはやる気ですよ。こっちは、やり過ぎでお腹いっぱいですが」
「フリーダ様。魔王に留守を頼むと言われている。故に、この男の様子は看過出来ぬが」
フリーダの雰囲気に合わせる様な二人言葉に、フリーダは更なる制止をのせていく。
「妾が止めよと言うてある。クローゼもミールレスも妾の言が聞けぬか? ……クローゼ、暴れるのも良いが、聞けぬならアリッサの思いの人智の民らは、保証は出来ぬ様になるが良いのか?」
二人を見るフリーダの瞳は、有無を言わさぬ感じに変わっていた。
その様子に、アリッサのクローゼに掛かる手に力が入って行く。クローゼは、軽く頷いて見せ呟きを出していた。
「まあ、私は何れで構いませんが。民をどうにかすると言うなら、ランヘル同様に報復するだけですので、最悪はフリーダ様の思う様に」
「ランヘルがどうした?」
瞬時なミールレスの反応に、クローゼの口角が上がる。そのクローゼの気勢が、対面するフリーダには強くなるのが見えていた。
「ランヘルは落とした。と言う事だミールレス」
「……落とした?」
「陥落させた。因みに、一人で皆殺しにしてやったよ。やるのが魔族の専売特許だと思うなよ」
「ほう、大言……では無さそうだな。場所を変えるか。流石に、それを聞いて黙っていられんな」
一発触発の雰囲気に、フリーダは唐突に立ち上がり、ミールレスに歩き出した。そして、視線を向ける事無くアリッサに指示を出した。
「アリッサ、クローゼを押さえよ」
そう言って、自らはミールレスの前に立ち……行きなり抱き締めた。唐突に「なっ」の声が出て、同様にアリッサが、クローゼを後ろから制止する様に抱き締めていた。
「ミールレス、インジニアムの者らがどれ程散ったのかは分からぬが、お前の気持ちは察する。ただな、魔王様があれを御せば、いや、そうなるであろうゆえ、今ここで、お前が無理をする必要は無い」
フリーダの言動に、戸惑いながらも同意を示していた。その様子に、クローゼはアリッサに促す感じを向けていた。
戸惑いをみせるアリッサに、ミールレスを離したフリーダの瞳が向けられている。
フリーダの見る二人の場景に、優しげな声が艶やかで妖艶な雰囲気で出されていった。
「クローゼ。妾はお前達を好いてある。『かぷっ』などと茶化さずに申す。妾の側に来い。この先も魔解と同等広さを持つ人智を払わねばならぬゆえ、お前が此方に来ても奮う場は存分にある」
アリッサの掛かる腕が微かに揺れていた。クローゼはそれを感じて、フリーダの瞳が今まで違うのがわかった。
そこに、続けられるフリーダの声が届いて行く。
「妾の眷族になれとは言わぬ。人智の者を残したいと言えば、話をしてある。……妾はお前を死なせたくは無いのだ。分からぬかクローゼよ」
分からない話だろう。クローゼは既に突き抜けていた。恐らく、魔王級であるのは間違いない。それすら凌駕するまで見えている。
その上での向けられたフリーダの言葉は、間違いない無く「憐れみ」だった。
クローゼは呟きそれをアリッサに問い掛けた。
「どういう事だ」
「カーイムナス、クローゼ様はご存知と思います」
「ああ」
「それを、魔王は……呑み込んだそうです」
クローゼが今まで聞いたアリッサの言葉で、一番の驚きをもたらした事だった。
当たり前に、呆然がクローゼを抜けていた。
――中々な設定だ。俺も大概だけど、『獄の眷属神』呑み込んむとかどうなんだ。本気ですか……と。
久しぶりに、思考停止をみせるクローゼであった。




